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雷の記憶
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「ねぇ、アオイちゃん。あなたのこと……もっと、もっと知りたいわぁ」
学園のどこかなのか、それとも全く別の場所なのか。
アオイは、ピクリとも動けず、ベッドの上でバビスチェのオモチャにされていた。
拷問を受けているわけではない。ただ、身体に触れられるだけ。
だが……その『触れる』だけが、アオイにとってはこの上ない拷問だった。
「や、め……」
「やめなぁ~い。ふふ、アオイちゃんってば、すご~く可愛い♪」
「ぅ、ぁ……」
バビスチェは、アオイの『女』を執拗に攻めた。
女として生まれ、男として育った。
男の中で、生きてきた。
女を感じることは、ほとんどなかった。
だが……バビスチェは、アオイを『女』に戻そうとしている。
知っているのだ。アオイにとって、これが何よりの拷問だということに。
「ね、アオイちゃん。アオイちゃんは……恋を、したことある?」
意味が解らない。
恋とは、男女の恋愛。
アオイには無縁の話。女を捨てた時から、男になった時から、結婚などするつもりはなかった。
「女の子はね、恋をすると、強く美しくなる。そこは、人も魔族も同じ……『恋』をすれば『愛』が生まれる。『愛』の先にあるのは、男女の本能」
バビスチェが何を言っているのか、アオイには理解できない。
アオイに覆いかぶさり、舌を見せる。
その舌は、蛇のように二股に裂け、長くうねる。
「私の『魔王聖域』はぁ……『恋』の先にある『愛』を、強制的に起こすの。互いに求め合う先にある本能を刺激して開放する。……不思議よねぇ? 人間って本能を解放すると、み~んな喧嘩しちゃうの。オスとメスの組み合わせが重要みたいなのよねぇ」
バビスチェが何を言っているのか、アオイには理解できない。
「私はねぇ、世界を『愛』で満たしたいの。人間の『欲』を解放して、オスもメスも好きな時に恋をして、愛をして……そうすれば、世界は『愛』に包まれる。みぃ~んな、幸せになれる……人って、それが理解できないのよ。私の手番は、こんなにも平和的なのに……いくつも国が滅びて、みんな喧嘩して……私は、みんなを幸せにしたいだけなのにねぇ?」
バビスチェが何を言っているのか、アオイには理解できない。
だが……一つだけ、わかった。
「お、前……は」
「ん?」
「お前の愛、は……愛、じゃない」
「……へぇ?」
「っぐ!?」
バビスチェは、アオイの首に小指を突き刺した。
「私の『愛』が理解できないのねぇ……じゃあ、わかるように、いっぱい教えてあげるわぁ」
「ぅ、ぁ……ぁ」
「まだまだたっぷり、『愛』し合いましょうね、アオイちゃん♪」
バビスチェは、アオイの身体に手を這わせ……蛇のように絡みついた。
◇◇◇◇◇◇
アオイが『雷聖剣イザナギ』に選ばれたのは、七歳の時だった。
聖剣の所持者になる前、アオイは尊敬していた兄とこんな会話をした。
「兄上。わたし、兄上みたいな聖剣士になります!!」
「そうか。うん、きっとアオイならなれるさ」
アオイの兄、ウヅキ。彼は『雷聖剣イザナギ』の正統後継者だった。
アオイの家は代々、雷聖剣イザナギに選ばれてきた家系。アオイの父が雷聖剣イザナギを手放したことで、新たな使い手が選ばれることになった。
そこで選ばれたのが……アオイの兄、ウヅキ。
才能に恵まれ、アオイの家が雷聖剣イザナギの特性を利用し作り上げた、『久世雷式帯刀剣術』の奥義を、十七歳にして会得していた。
アオイの祖父も、祖母も、父も、母も……誰もがウヅキが後継者になり、クゼ家に栄光をもたらしてくれると、信じていた。
そして、運命の日。
「───……え?」
雷聖剣イザナギが選んだのは───……アオイだった。
ウヅキが触れると、ウヅキを拒むように放電した。そして、近くにいたアオイを求めるように、イザナギはアオイを選んだのである。
「な、何故だ……何故!? 何故ウヅキではない!? ええい、その手を離せアオイ!!」
「きゃあ!?」
「っぐあぁぁ!?」
アオイの父が雷聖剣イザナギに触れた瞬間、放電した。
まるで、アオイを守るかのように。
アオイは、わけがわからなかった。
そして、見た。
「…………」
ウヅキの、絶望した表情を。
その二日後、ウヅキは久世家から消えた。
ただ一言だけの書置き……「申し訳ございませんでした」と、だけ残して。
◇◇◇◇◇◇
それから、アオイの日常は変わった。
祖父、父による拷問のような『久世雷式帯刀剣術』の訓練。そして、ワ国政府に知られないように、女ではなく男として育てられることになった。
祖母も母も、文句の一つも言わなかった。
ワ国では、男児こそ聖剣の使い手。女の聖剣士は望まれていない。
七聖剣の一本である雷聖剣イザナギ。ワ国にとって最も重要な聖剣が、女に使われるなんてことが知られたら……考えただけで、恐ろしかった。
「脇が甘い!! お前は筋力で男に劣る!! 瞬発力、速度で勝て!!」
「お前はただでさえ女というハンデを背負っている!! 人一倍努力しろ!!」
「は、はい!!」
アオイは、言われるがまま、己を鍛え抜いた。
絶望した兄の顔が、頭から離れない。
自分は、兄の全てを奪ったのだ。
だから───兄の代わりに、男になって、雷聖剣イザナギに相応しい剣士にならなければならない。
それはアオイにとって、ある意味呪いであった。
七歳で雷聖剣イザナギに選ばれ、九年。
アオイは、炎聖剣フェニキアに使い手が現れたことを知り、聖剣レジェンディア学園へ向かうことになった。
「いいですか、アオイ。決して女だということを、知られてはなりません」
「はい、母上」
何度も、何度も言われた。
男のようにふるまえ。男のように歩け。男のように。男のように。男のように……身体は女だが、心は男のアオイは、聖剣レジェンディア学園にやって来た。
少し遅れての入学となり……学園に魔族が現れ、パレットアイズの襲来、トリステッツァの討伐と、いろいろな事件が起きた。
それに関わることができず、申し訳なく思った。
そして、初めての学生寮生活。
友人ができた。男の友人。気さくな感じで、アオイは新鮮だった。
だが───ちょっとした油断もあった。
「……お、女の子!?」
ロイ。
彼に秘密がバレてしまった。
それだけじゃない。ロイが『八咫烏』と知り、互いに秘密を共有もした。
今、愛の魔王が襲撃しており……動けるのは、アオイとロイだけ。
二人で協力して戦う。そう思った矢先に、アオイは捕まり、今に至る。
「せ、拙者は……」
「駄目。アオイちゃん……あなたは女の子。私の言葉を受け入れて、ね?」
「あ、ぁ……」
「大丈夫。あなたは女の子、女の子……」
「せ、拙者……わ、私は……おん、な」
「そう。女の子……わかるかしら?」
「…………」
「受け入れたら……わかる?」
「……こい」
「そう。恋……そして、愛。そして……欲望、欲求」
「…………」
トロン……と、アオイの瞳の光が消えていく。
そして、むくりと起き上がる。
一糸まとわぬ裸身を隠すことなく、立ち上がる。
アオイが手を伸ばすと、どこからともなく『雷聖剣イザナギ』が現れ、握られた。
「欲望……」
「あなたの欲望……解放する?」
「わ、たし……」
「八咫烏」
「やた、がらす」
「その子を、あなたのモノにしてごらんなさい」
「わたしの、もの」
アオイは、フラフラと歩きだす。
バビスチェが指を鳴らすと、桃色のヴェールがアオイの身体を包み込む。
煽情的なドレスのようになり、アオイの女としての色気が増す。
「ふふ……いってらっしゃぁ~い……♪」
バビスチェは、歩き出すアオイの背中を見送り、手を振った。
学園のどこかなのか、それとも全く別の場所なのか。
アオイは、ピクリとも動けず、ベッドの上でバビスチェのオモチャにされていた。
拷問を受けているわけではない。ただ、身体に触れられるだけ。
だが……その『触れる』だけが、アオイにとってはこの上ない拷問だった。
「や、め……」
「やめなぁ~い。ふふ、アオイちゃんってば、すご~く可愛い♪」
「ぅ、ぁ……」
バビスチェは、アオイの『女』を執拗に攻めた。
女として生まれ、男として育った。
男の中で、生きてきた。
女を感じることは、ほとんどなかった。
だが……バビスチェは、アオイを『女』に戻そうとしている。
知っているのだ。アオイにとって、これが何よりの拷問だということに。
「ね、アオイちゃん。アオイちゃんは……恋を、したことある?」
意味が解らない。
恋とは、男女の恋愛。
アオイには無縁の話。女を捨てた時から、男になった時から、結婚などするつもりはなかった。
「女の子はね、恋をすると、強く美しくなる。そこは、人も魔族も同じ……『恋』をすれば『愛』が生まれる。『愛』の先にあるのは、男女の本能」
バビスチェが何を言っているのか、アオイには理解できない。
アオイに覆いかぶさり、舌を見せる。
その舌は、蛇のように二股に裂け、長くうねる。
「私の『魔王聖域』はぁ……『恋』の先にある『愛』を、強制的に起こすの。互いに求め合う先にある本能を刺激して開放する。……不思議よねぇ? 人間って本能を解放すると、み~んな喧嘩しちゃうの。オスとメスの組み合わせが重要みたいなのよねぇ」
バビスチェが何を言っているのか、アオイには理解できない。
「私はねぇ、世界を『愛』で満たしたいの。人間の『欲』を解放して、オスもメスも好きな時に恋をして、愛をして……そうすれば、世界は『愛』に包まれる。みぃ~んな、幸せになれる……人って、それが理解できないのよ。私の手番は、こんなにも平和的なのに……いくつも国が滅びて、みんな喧嘩して……私は、みんなを幸せにしたいだけなのにねぇ?」
バビスチェが何を言っているのか、アオイには理解できない。
だが……一つだけ、わかった。
「お、前……は」
「ん?」
「お前の愛、は……愛、じゃない」
「……へぇ?」
「っぐ!?」
バビスチェは、アオイの首に小指を突き刺した。
「私の『愛』が理解できないのねぇ……じゃあ、わかるように、いっぱい教えてあげるわぁ」
「ぅ、ぁ……ぁ」
「まだまだたっぷり、『愛』し合いましょうね、アオイちゃん♪」
バビスチェは、アオイの身体に手を這わせ……蛇のように絡みついた。
◇◇◇◇◇◇
アオイが『雷聖剣イザナギ』に選ばれたのは、七歳の時だった。
聖剣の所持者になる前、アオイは尊敬していた兄とこんな会話をした。
「兄上。わたし、兄上みたいな聖剣士になります!!」
「そうか。うん、きっとアオイならなれるさ」
アオイの兄、ウヅキ。彼は『雷聖剣イザナギ』の正統後継者だった。
アオイの家は代々、雷聖剣イザナギに選ばれてきた家系。アオイの父が雷聖剣イザナギを手放したことで、新たな使い手が選ばれることになった。
そこで選ばれたのが……アオイの兄、ウヅキ。
才能に恵まれ、アオイの家が雷聖剣イザナギの特性を利用し作り上げた、『久世雷式帯刀剣術』の奥義を、十七歳にして会得していた。
アオイの祖父も、祖母も、父も、母も……誰もがウヅキが後継者になり、クゼ家に栄光をもたらしてくれると、信じていた。
そして、運命の日。
「───……え?」
雷聖剣イザナギが選んだのは───……アオイだった。
ウヅキが触れると、ウヅキを拒むように放電した。そして、近くにいたアオイを求めるように、イザナギはアオイを選んだのである。
「な、何故だ……何故!? 何故ウヅキではない!? ええい、その手を離せアオイ!!」
「きゃあ!?」
「っぐあぁぁ!?」
アオイの父が雷聖剣イザナギに触れた瞬間、放電した。
まるで、アオイを守るかのように。
アオイは、わけがわからなかった。
そして、見た。
「…………」
ウヅキの、絶望した表情を。
その二日後、ウヅキは久世家から消えた。
ただ一言だけの書置き……「申し訳ございませんでした」と、だけ残して。
◇◇◇◇◇◇
それから、アオイの日常は変わった。
祖父、父による拷問のような『久世雷式帯刀剣術』の訓練。そして、ワ国政府に知られないように、女ではなく男として育てられることになった。
祖母も母も、文句の一つも言わなかった。
ワ国では、男児こそ聖剣の使い手。女の聖剣士は望まれていない。
七聖剣の一本である雷聖剣イザナギ。ワ国にとって最も重要な聖剣が、女に使われるなんてことが知られたら……考えただけで、恐ろしかった。
「脇が甘い!! お前は筋力で男に劣る!! 瞬発力、速度で勝て!!」
「お前はただでさえ女というハンデを背負っている!! 人一倍努力しろ!!」
「は、はい!!」
アオイは、言われるがまま、己を鍛え抜いた。
絶望した兄の顔が、頭から離れない。
自分は、兄の全てを奪ったのだ。
だから───兄の代わりに、男になって、雷聖剣イザナギに相応しい剣士にならなければならない。
それはアオイにとって、ある意味呪いであった。
七歳で雷聖剣イザナギに選ばれ、九年。
アオイは、炎聖剣フェニキアに使い手が現れたことを知り、聖剣レジェンディア学園へ向かうことになった。
「いいですか、アオイ。決して女だということを、知られてはなりません」
「はい、母上」
何度も、何度も言われた。
男のようにふるまえ。男のように歩け。男のように。男のように。男のように……身体は女だが、心は男のアオイは、聖剣レジェンディア学園にやって来た。
少し遅れての入学となり……学園に魔族が現れ、パレットアイズの襲来、トリステッツァの討伐と、いろいろな事件が起きた。
それに関わることができず、申し訳なく思った。
そして、初めての学生寮生活。
友人ができた。男の友人。気さくな感じで、アオイは新鮮だった。
だが───ちょっとした油断もあった。
「……お、女の子!?」
ロイ。
彼に秘密がバレてしまった。
それだけじゃない。ロイが『八咫烏』と知り、互いに秘密を共有もした。
今、愛の魔王が襲撃しており……動けるのは、アオイとロイだけ。
二人で協力して戦う。そう思った矢先に、アオイは捕まり、今に至る。
「せ、拙者は……」
「駄目。アオイちゃん……あなたは女の子。私の言葉を受け入れて、ね?」
「あ、ぁ……」
「大丈夫。あなたは女の子、女の子……」
「せ、拙者……わ、私は……おん、な」
「そう。女の子……わかるかしら?」
「…………」
「受け入れたら……わかる?」
「……こい」
「そう。恋……そして、愛。そして……欲望、欲求」
「…………」
トロン……と、アオイの瞳の光が消えていく。
そして、むくりと起き上がる。
一糸まとわぬ裸身を隠すことなく、立ち上がる。
アオイが手を伸ばすと、どこからともなく『雷聖剣イザナギ』が現れ、握られた。
「欲望……」
「あなたの欲望……解放する?」
「わ、たし……」
「八咫烏」
「やた、がらす」
「その子を、あなたのモノにしてごらんなさい」
「わたしの、もの」
アオイは、フラフラと歩きだす。
バビスチェが指を鳴らすと、桃色のヴェールがアオイの身体を包み込む。
煽情的なドレスのようになり、アオイの女としての色気が増す。
「ふふ……いってらっしゃぁ~い……♪」
バビスチェは、歩き出すアオイの背中を見送り、手を振った。
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