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始まる愛の支配
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アオイを探すために走り出したロイは、むせかえるような『何か』が展開されたことに気付き、急停止……思わず口を押さえ、嘔吐感を必死にこらえた。
「う、ぐェ……なんだ、これ」
『発動したか……さっきの魔界貴族の死がきっかけだろうな』
「デスゲイズ、まさか」
『ああ。全ての『魔族聖域』が消えた。そして……バビスチェの『魔王聖域』が発動した』
「魔王の、聖域……」
眼に見えない、桃色の『何か』だった。
毒ではない。だが、毒以上。ロイは直感的に感じる。
この聖域は、呼吸するだけで侵される。
『気を付けろロイ。これは、『愛溢れる楽園に住まう希望の鳥』……バビスチェが使う、愛の聖域。ここでは我輩らのような例外を除き、バビスチェの許可なく戦闘は不可能だ』
「は? せ、戦闘が不可能って……」
『我輩も詳しいことは知らん。知っているのは、この聖域が『他者を操る』ことと、『暴力行為が不可能』ということだけ。他にも能力があるようだが……わからんな。だが、バビスチェ自身が聖域を展開したということは、バビスチェの部下たちは自由に動ける。本来の能力を使い、戦うことのできない聖剣士たちを殺すことも容易い』
「せ、戦闘できないんだろ。だったら」
『馬鹿が。そんなの、バビスチェの部下に適応されるはずがないだろう』
「……っ」
つまり───……戦えるのは、本当にロイだけ。
愛の魔王バビスチェ以外に、侯爵級が三人、公爵級が一人。それ以外にも配下の魔界貴族がいる。
圧倒的不利。『闘えなくする』というだけで、こうも追い詰められるとは思わなかったロイ。
「くっそ……俺一人じゃ」
「見つけたぞ」
と、廊下の最奥に、一人の少女が立っていた。
その顔は、つい先ほど倒したタイガと全く同じ。
魔界貴族侯爵『妹虎』のシェンフーが、ロイを睨みつけていた。
「お前だけは許さない。姉を……タイガを殺した罪、あたしが断罪してやる!!」
ベキベキと、シェンフーの身体が変わっていく。
両手を床に付け、尻を高く上げる。
服が裂け、身体が膨張し、体毛が生え、牙が、ツノが、尻尾が伸びる。
異形と化していくシェンフーは言う。
「『魔性化』」
魔性化。
魔族の本来の姿にして最終奥義。
廊下の壁が、窓が砕ける。シェンフー本来の姿に、廊下の大きさが耐えられない。
「ま、マジか……」
全長三十メートル。
高さ四メートル以上の、巨大な虎がそこにいた。
桃色の体毛で、長い牙が生え、頭にはツノが生えている。
『貴様は……喰い殺してやる!! ゴァァァァァァァァッ!!』
「っ!!」
ロイは『狩人形態』へ転換し、矢筒に手を伸ばした。
◇◇◇◇◇
サリオス、スヴァルトの二人は、七聖剣士専用の演習場にある用具室にいた。
「クッソが……ようやく、疼きに、慣れて、きた……ッ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
恐ろしかった。
サリオスとスヴァルト、二人の『男』の本能が膨れがあり、暴走しそうになった。
あの場にいた女を襲いかけた。欲望のまま手を出そうとした。
スヴァルトは確信した。
「標的は、この学園……いや、トラビア王国全域と考えた方がいいな。殿下よぉ……コイツは、『愛の魔王』だ!!」
「あいの、まおう……」
「意識を保て!! ハラに力入れろ!!」
「う、っぎ……ぁぁ!!」
サリオスは、自分の両頬をバチンと叩き、涙目で勢いよく立ち上がる。
「先輩、ありがとうございました……ッ!! オレ、あそこにいたら、先輩たちを」
「オレもだ。抑えが利かなかった。恐らく、ロセたちも……」
「……っ」
サリオスは、ブルリと震える。
愛の魔王バビスチェ。
かつて、炎聖剣フェニキアが守護するフレム王国を襲った『愛』の力。
人々が『愛』に狂い、内側から崩壊寸前まで追い込まれ、隣国であるレイピアーゼ王国と戦争寸前にまで関係が悪化……『愛の魔王』の手番による攻撃だと発覚した時は、すでに手遅れ寸前だった。
だが、唐突に『愛』が消えた。人々が正気に返ったのである。
愛の魔王襲来後の出生率は四倍強になるが、孤児の発生率も三倍以上に膨れ上がった。望まぬ子が多く生まれ、フレム王国の治安が数年で一気に悪くなったのである。
真正面、または側面から魔族が襲撃してくるのではない。人々の感情を煽り、愛を増幅させ、操り、手籠めとし、内部崩壊を引き起こす……それこそ、『愛の魔王』バビスチェのやり方だ。
スヴァルトは、壁を思い切り殴りつける。
「ふざけんじゃねぇ……このまま、ヤられてたまるか。おい殿下、気ィ引き締まったらロセたちを探して合流する!! 恐らく、あいつらもまだ正気を保ってるはずだ……このまま」
「せ、先輩……」
「あ?」
振り返ると、サリオスの後ろに女が立っていた。
「ふふ、イケメンの味……甘くて好きぃ」
魔界貴族侯爵『夢魔』のスキュバが、サリオスの背後に回り、首に吸い付いていた。
「『支配キッス』……フフ、私の可愛い下僕ちゃん。一緒にアソビましょ?」
「殿下!!」
「…………ハイ、スキュバ、サマ」
サリオスの眼が桃色に染まり、手には光聖剣サザーランドが握られていた。
「そっちの吸血鬼モドキはぁ……いらないわぁ。ヤッちゃって」
「……ハイ」
「おいおい……マジで、冗談キツイぜ……!!」
次の瞬間、膨大な閃光が倉庫を吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇
ロイが『意識』と『感情』を奪ったはずのエレノアたち。
だが、エレノアたちは目を覚ました。あくまで一時だけ『奪う』のであり、意識や感情などの不確かなものは、長時間奪うことができない。
目を覚ましたはいいが……エレノアたちの身体が、動かない。
「…………?」
「あら、起きた?」
「……ぅ」
眼を開けると───なぜか、全身が凍り付いていた。
エレノアが目を見開く。エレノアは、生まれたままの姿で、両腕と両足が『氷』に包まれていた。
「なっ」
「ふふ……」
そして、エレノアの顔を覗き込むのは、美女。
白いロングヘアの、病的なまでに白い美女。
魔界貴族侯爵『凍鳴』のエルサ。
凍っているが、冷たくはない。周りを見ると、エレノアだけではない。ユノ、ロセ、ララベル……そして、エレノアの知らない上級生や、同級生たちが、裸で氷漬けにされていた。
「こ、これは……」
「『氷檻』……私の生み出した氷の檻よ。冷たくないでしょう? これは、氷のような……でも、氷じゃない。透明な、私の氷」
「な、何言って……ってか、ここどこよ!! アンタ誰!? みんなは!?」
身体を動かすが、両腕と両足が拘束されているので動かない。胸が揺れるだけで、意味がない。
「私は、バビスチェ様の僕、エルサ」
「バビスチェ……まさか、愛の魔王」
「そう。ふふ……王国の子たちは危機感ゼロねぇ? バビスチェ様の手番が始まっているのに、のんきな子たちばかり。おかげで、やりやすかったわぁ」
「くっ……」
エルサの手が、エレノアの頬に伸びる。
「……ここ、どこ」
「ここは王都にある教会。今は……私が集めた子たちの、檻」
「檻? アンタ……あたしたちをこんな風にして、どうするつもり?」
「楽しむのよ。私はねぇ? 女の子が大好きなの……たあぁ~っぷり『愛』してあげる」
「愛……」
「そう。私たちバビスチェ様の僕は全員、愛に溢れている子ばかり。あなた、いい顔してたわよ? そっちの氷聖剣の子も……」
「ど、どういう意味よ」
「八咫烏。ロイ、だったかしら? あの子に発情してたわよねぇ? ふふふ……あの子が本物だったらよかったのに、ねぇ?」
「ほ、本物って……」
「偽物。あのロイは偽物……本物は今頃、シェンフーの餌ねぇ?」
「っ!!」
「感じない? シェンフーの本気……あの子、姉を殺されて本気で怒ってた」
「ロイ……」
「さぁ、こっちも楽しみましょう。愛溢れる世界に住む、可憐な小鳥たち」
「くっ……フン!! アンタなんかにあたしは負けないし!! 来い、フェニキア!!」
エレノアが叫ぶ。
だが、聖剣が反応しない。
エルサが指を鳴らすと、祭壇の上に凍り付いた五本の聖剣が現れた。
エレノアたち、七聖剣士の聖剣だ。
「残念でした」
「……ッ」
炎聖剣フェニキアは、ピクリとも反応しなかった。
「う、ぐェ……なんだ、これ」
『発動したか……さっきの魔界貴族の死がきっかけだろうな』
「デスゲイズ、まさか」
『ああ。全ての『魔族聖域』が消えた。そして……バビスチェの『魔王聖域』が発動した』
「魔王の、聖域……」
眼に見えない、桃色の『何か』だった。
毒ではない。だが、毒以上。ロイは直感的に感じる。
この聖域は、呼吸するだけで侵される。
『気を付けろロイ。これは、『愛溢れる楽園に住まう希望の鳥』……バビスチェが使う、愛の聖域。ここでは我輩らのような例外を除き、バビスチェの許可なく戦闘は不可能だ』
「は? せ、戦闘が不可能って……」
『我輩も詳しいことは知らん。知っているのは、この聖域が『他者を操る』ことと、『暴力行為が不可能』ということだけ。他にも能力があるようだが……わからんな。だが、バビスチェ自身が聖域を展開したということは、バビスチェの部下たちは自由に動ける。本来の能力を使い、戦うことのできない聖剣士たちを殺すことも容易い』
「せ、戦闘できないんだろ。だったら」
『馬鹿が。そんなの、バビスチェの部下に適応されるはずがないだろう』
「……っ」
つまり───……戦えるのは、本当にロイだけ。
愛の魔王バビスチェ以外に、侯爵級が三人、公爵級が一人。それ以外にも配下の魔界貴族がいる。
圧倒的不利。『闘えなくする』というだけで、こうも追い詰められるとは思わなかったロイ。
「くっそ……俺一人じゃ」
「見つけたぞ」
と、廊下の最奥に、一人の少女が立っていた。
その顔は、つい先ほど倒したタイガと全く同じ。
魔界貴族侯爵『妹虎』のシェンフーが、ロイを睨みつけていた。
「お前だけは許さない。姉を……タイガを殺した罪、あたしが断罪してやる!!」
ベキベキと、シェンフーの身体が変わっていく。
両手を床に付け、尻を高く上げる。
服が裂け、身体が膨張し、体毛が生え、牙が、ツノが、尻尾が伸びる。
異形と化していくシェンフーは言う。
「『魔性化』」
魔性化。
魔族の本来の姿にして最終奥義。
廊下の壁が、窓が砕ける。シェンフー本来の姿に、廊下の大きさが耐えられない。
「ま、マジか……」
全長三十メートル。
高さ四メートル以上の、巨大な虎がそこにいた。
桃色の体毛で、長い牙が生え、頭にはツノが生えている。
『貴様は……喰い殺してやる!! ゴァァァァァァァァッ!!』
「っ!!」
ロイは『狩人形態』へ転換し、矢筒に手を伸ばした。
◇◇◇◇◇
サリオス、スヴァルトの二人は、七聖剣士専用の演習場にある用具室にいた。
「クッソが……ようやく、疼きに、慣れて、きた……ッ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
恐ろしかった。
サリオスとスヴァルト、二人の『男』の本能が膨れがあり、暴走しそうになった。
あの場にいた女を襲いかけた。欲望のまま手を出そうとした。
スヴァルトは確信した。
「標的は、この学園……いや、トラビア王国全域と考えた方がいいな。殿下よぉ……コイツは、『愛の魔王』だ!!」
「あいの、まおう……」
「意識を保て!! ハラに力入れろ!!」
「う、っぎ……ぁぁ!!」
サリオスは、自分の両頬をバチンと叩き、涙目で勢いよく立ち上がる。
「先輩、ありがとうございました……ッ!! オレ、あそこにいたら、先輩たちを」
「オレもだ。抑えが利かなかった。恐らく、ロセたちも……」
「……っ」
サリオスは、ブルリと震える。
愛の魔王バビスチェ。
かつて、炎聖剣フェニキアが守護するフレム王国を襲った『愛』の力。
人々が『愛』に狂い、内側から崩壊寸前まで追い込まれ、隣国であるレイピアーゼ王国と戦争寸前にまで関係が悪化……『愛の魔王』の手番による攻撃だと発覚した時は、すでに手遅れ寸前だった。
だが、唐突に『愛』が消えた。人々が正気に返ったのである。
愛の魔王襲来後の出生率は四倍強になるが、孤児の発生率も三倍以上に膨れ上がった。望まぬ子が多く生まれ、フレム王国の治安が数年で一気に悪くなったのである。
真正面、または側面から魔族が襲撃してくるのではない。人々の感情を煽り、愛を増幅させ、操り、手籠めとし、内部崩壊を引き起こす……それこそ、『愛の魔王』バビスチェのやり方だ。
スヴァルトは、壁を思い切り殴りつける。
「ふざけんじゃねぇ……このまま、ヤられてたまるか。おい殿下、気ィ引き締まったらロセたちを探して合流する!! 恐らく、あいつらもまだ正気を保ってるはずだ……このまま」
「せ、先輩……」
「あ?」
振り返ると、サリオスの後ろに女が立っていた。
「ふふ、イケメンの味……甘くて好きぃ」
魔界貴族侯爵『夢魔』のスキュバが、サリオスの背後に回り、首に吸い付いていた。
「『支配キッス』……フフ、私の可愛い下僕ちゃん。一緒にアソビましょ?」
「殿下!!」
「…………ハイ、スキュバ、サマ」
サリオスの眼が桃色に染まり、手には光聖剣サザーランドが握られていた。
「そっちの吸血鬼モドキはぁ……いらないわぁ。ヤッちゃって」
「……ハイ」
「おいおい……マジで、冗談キツイぜ……!!」
次の瞬間、膨大な閃光が倉庫を吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇
ロイが『意識』と『感情』を奪ったはずのエレノアたち。
だが、エレノアたちは目を覚ました。あくまで一時だけ『奪う』のであり、意識や感情などの不確かなものは、長時間奪うことができない。
目を覚ましたはいいが……エレノアたちの身体が、動かない。
「…………?」
「あら、起きた?」
「……ぅ」
眼を開けると───なぜか、全身が凍り付いていた。
エレノアが目を見開く。エレノアは、生まれたままの姿で、両腕と両足が『氷』に包まれていた。
「なっ」
「ふふ……」
そして、エレノアの顔を覗き込むのは、美女。
白いロングヘアの、病的なまでに白い美女。
魔界貴族侯爵『凍鳴』のエルサ。
凍っているが、冷たくはない。周りを見ると、エレノアだけではない。ユノ、ロセ、ララベル……そして、エレノアの知らない上級生や、同級生たちが、裸で氷漬けにされていた。
「こ、これは……」
「『氷檻』……私の生み出した氷の檻よ。冷たくないでしょう? これは、氷のような……でも、氷じゃない。透明な、私の氷」
「な、何言って……ってか、ここどこよ!! アンタ誰!? みんなは!?」
身体を動かすが、両腕と両足が拘束されているので動かない。胸が揺れるだけで、意味がない。
「私は、バビスチェ様の僕、エルサ」
「バビスチェ……まさか、愛の魔王」
「そう。ふふ……王国の子たちは危機感ゼロねぇ? バビスチェ様の手番が始まっているのに、のんきな子たちばかり。おかげで、やりやすかったわぁ」
「くっ……」
エルサの手が、エレノアの頬に伸びる。
「……ここ、どこ」
「ここは王都にある教会。今は……私が集めた子たちの、檻」
「檻? アンタ……あたしたちをこんな風にして、どうするつもり?」
「楽しむのよ。私はねぇ? 女の子が大好きなの……たあぁ~っぷり『愛』してあげる」
「愛……」
「そう。私たちバビスチェ様の僕は全員、愛に溢れている子ばかり。あなた、いい顔してたわよ? そっちの氷聖剣の子も……」
「ど、どういう意味よ」
「八咫烏。ロイ、だったかしら? あの子に発情してたわよねぇ? ふふふ……あの子が本物だったらよかったのに、ねぇ?」
「ほ、本物って……」
「偽物。あのロイは偽物……本物は今頃、シェンフーの餌ねぇ?」
「っ!!」
「感じない? シェンフーの本気……あの子、姉を殺されて本気で怒ってた」
「ロイ……」
「さぁ、こっちも楽しみましょう。愛溢れる世界に住む、可憐な小鳥たち」
「くっ……フン!! アンタなんかにあたしは負けないし!! 来い、フェニキア!!」
エレノアが叫ぶ。
だが、聖剣が反応しない。
エルサが指を鳴らすと、祭壇の上に凍り付いた五本の聖剣が現れた。
エレノアたち、七聖剣士の聖剣だ。
「残念でした」
「……ッ」
炎聖剣フェニキアは、ピクリとも反応しなかった。
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