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久世雷式帯刀剣術皆伝 久世葵③/薔薇騎士

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 バビスチェは、生徒会室を『自分好み』に改装し、部屋のど真ん中に置いた天蓋付きベッドに寝転がっていた。
 ロイに射抜かれた腕はすでに治っている。
 アオイを洗脳し、ロイと戦わせているが……すでに興味を失い、大きな欠伸をしてクッションを抱きしめていた。
 だが、そうじゃない魔族もいる。

「アンジェリーナちゃぁ~ん……」
「…………」

 魔界貴族公爵、『薔薇騎士』アンジェリーナである。
 薄水色のストレートヘアを揺らし、首をゴキゴキ鳴らしまくっていた。

「くっ……八咫烏め。お美しいバビスチェのお肌に傷を……ッ!! 許せん、許せん、許せん、許せん、許せん、許せん……」

 ブツブツ言いながら首をゴキゴキ鳴らし、指や腕もゴキゴキと嫌な音がする。
 美しい女騎士としてのアンジェリーナはいない。怒りに燃える女騎士がここにいた。
 バビスチェとしては、別に腕を吹き飛ばされようが、頭を射抜かれようがどうでもいい。
 
「アンジェリーナちゃん。私はねぇ~……『愛』さえあれば何でもいいのよ。ヒトを愛し、魔族を愛し、全てを愛する女神。それがこの私。さっきの攻撃も、私に対する『愛』だと思えば、痛くもかゆくもないのよ?」
「ですがっ……!!」
「もう、可愛い子ねぇ」

 バビスチェに『怒り』はない。
 『敵意』もないし、『恨み』もない。『闘争心』も、『性欲』も、何もない。
 あるのは『愛』だけ。誰かを愛し、愛されること。
 その『愛』がどんなに歪んでいても、バビスチェにとって『愛』は『愛』なのだ。殺すことも、自分が傷つけられることも、人々が醜く争っても……それは、『愛』なのだ。
 何事も『愛』という言葉だけで終わらせてしまう、異常で狂気な魔王。
 それが、バビスチェ。

「お願いします、バビスチェ様!! この『薔薇騎士』アンジェリーナに、七聖剣士抹殺の許可を!!」
「う~ん……」

 バビスチェは、困ったように微笑む。
 『魔王聖域アビス』は健在。闘争心を抱くこともできず、暴力行為は一切できない空間で、アンジェリーナは例外の存在。
 一方的な展開になるだろう。それこそ、嬲り殺しするだろう。
 
「仕方ないわねぇ」

 だが、それも『愛』である。
 そう決めつけ、バビスチェはアンジェリーナの出陣を許可しようとして───。

「───あらぁ?」

 妙な気配を感じ、窓の外を見た。
 するとそこにいたのは───純白の蝶。
 アンジェリーナも気付いた。

「あれは……まさか、エルサ!? 魔性化するほど追い詰められたのか!? 馬鹿な、バビスチェ様の『魔王聖域アビス』で暴力行為は不可能のはず!! なぜ……」
「う~ん? おかしいわねぇ。『魔王聖域アビス』の効果は発揮されてるけどぉ……どうやら、あの聖剣が原因かも」
「え……?」
「七聖剣士の持つ聖剣……今まではちょっと強い聖剣と思ってたけど、世代を重ねるごとに強くなっているような気がするわねぇ」
「そ、そんな……ま、まずいのでは」
「かもねぇ。ふふっ」

 バビスチェは笑った。
 まぁ、それも楽しいし、いっぱい愛することができる。
 そんな風に思い、ベッドに再び転がった。
 すると、生徒会室のドアがノックされた。

「!?」

 アンジェリーナがギョッとする。
 だが、一瞬で切り換え、腰に提げている剣の柄に触れ、一瞬でドアの前に立つ。

「いいわよぉ~」

 バビスチェが言うと、ドアが開いた。
 同時に、アンジェリーナが抜刀。
 だが、ドアの前に立つ何者かが、アンジェリーナの剣を剣で受けた。
 
「ッ!!」
「下がっていいよ、ヴェスタ」
「はい、主」

 十六歳ほどの少年と、同い年くらいの少女だった。
 少年の名は『忘却の魔王』ササライ。
 そして少女は、真紅の長髪、右目に漆黒の眼帯をして、黒装束に身を包んでいた。
 アンジェリーナは、自分の剣を受け止めた少女を見る。
 覇気も、敵意も、存在感もない。
 だが……手に持つ真っ赤な刀身の『刀』が、圧倒的な存在感を放っていた。
 アンジェリーナは、ごくりと唾を飲む。

「バビスチェ、調子はどう?」
「別に普通よ~? いつもどおり、『愛』を振りまいてるわん」
「ふーん。で、八咫烏は?」
「ちょっと変わった男の子、それだけねぇ」
「それだけ?」
「ええ。私にとって『愛』する子ってことに、変わりないわぁ」
「あー……やっぱりそういう結論になったか」

 ササライは苦笑する。
 バビスチェは『八咫烏を追い込む』と言い、少しは期待したが……ある程度の過去を知り、七聖剣士に協力する変わった聖剣使いと結論付け、それ以上の調査はしなかった。
 それが、ロイにとって最高の幸運であり、バビスチェの詰めの甘さでもある。
 バビスチェは、ササライの傍に立つ少女を見た。

「…………なかなかの子ねぇ」
「だろ? ボクの配下で最も強い八人・・・・・・の一人さ」
「……八人? 侯爵級は四人、公爵級が一人の決まりでしょ? その子……公爵級以上の強さじゃない」
「まあね。ボクの秘蔵さ」
「……ん~、何考えてるか知らないけどぉ、私の次の手番で、あまり無茶しないようにねぇ?」
「そうだね」

 ササライは薄く微笑んだ。
 そして、アンジェリーナを見る。

「ところで、アンジェリーナだっけ? キミの太刀筋、なかなかだね」
「……ありがとうございます」
「ヴェスタ。この子を倒せるかい?」
「……七秒あれば」

 ビキリと、アンジェリーナの顔に青筋が浮かぶ。
 ササライは慌ててた。

「待った待った。あはは、喧嘩を売りに来たんじゃないよ。ちょっとボクの作った《魔剣》を使う気はないかなって」
「……魔剣?」
「そう。ボクの最高傑作である『七冥魔剣』には及ばないけど、今魔界にあるどの剣よりも強いのは間違いないよ」

 七冥魔剣。
 アンジェリーナは、ヴェスタの持つ赤い魔剣を見る。
 確かに……異常な力を感じた。

「この『炎魔剣イフリート』は、『炎聖剣フェニキア』を参考に作ったんだ。どうだい? カッコいいだろう?」
「むふー」

 ササライは子供のように笑い、ヴェスタも満足そうに微笑んでいる。
 アンジェリーナは無表情だった。

「で、キミにはこれを。炎魔剣イフリートの試作品だ」
「……必要ない」
「まあそういわずに。ほらほら」
「い、いらんと言っているだろう。まったく……魔王だからと言って……」

 アンジェリーナは、ふと剣を手に取ってしまった。
 まるで、拒否感が消えうせた・・・・・・・・・ような、忘れて・・・しまったような、そんな気になってしまう。

「……いい剣、だ」
「だろう? じゃ、試し斬りだ。ヴェスタ」
「はい、主」

 ゴッ!! と、炎魔剣イフリートが振られ、アンジェリーナは剣で防御。
 チリチリと、恐るべき熱気が両者の剣から発せられる。だが、アンジェリーナの剣のが弱かった。
 
「『冥炎楼めいえんろう・一閃』」
「ッ!!」

 速すぎる斬撃。
 アンジェリーナの右腕が斬り落とされた。

「っぐ、ァ……!?」
「とどめ」

 そのまま、ヴェスタの剣が振り下ろされた瞬間───。

「あらぁ~……」
「ッッッ!?」

 ヴェスタの胸、腹に、背後から伸びてきた手が絡みついた。
 そして、甘く妖艶な声が、ヴェスタの耳元でささやかれる。

「おいたしちゃダメ、よ?」

 バビスチェ。
 ヴェスタの全身に絡みつく《愛》が、ヴェスタにまとわりついていた。
 どっと汗が流れ、ヴェスタは死を感じた。
 
「あはは、ごめんねバビスチェ。ほらヴェスタ、謝って」

 呑気なササライの声に、ヴェスタは現実に引き戻される。
 そして気付く。バビスチェは未だベッドの上で、ヴェスタの全身に絡みついた《愛》は、ただの錯覚ということに。
 アンジェリーナの腕はすでに完治していた。
 ヴェスタは、アンジェリーナにペコっと頭を下げる。

「ごめんなさい」
「…………ッ」

 アンジェリーナは、『炎魔剣イフリート・サンプル』を掴み、無言で部屋を出た。

「怒らせちゃったかなぁ……」
「ごめんなさい、主」
「いいよ、次から気を付けるように」
「はーい」

 どこかほのぼのとしたやり取りだった。
 バビスチェはベッドから降り、お茶の支度を始める。

「さ、二人とも。お茶にしましょ。まだまだ『愛』は続くと思うから」
「いいけど。キミ、のんきにしてていいのかい? キミの『聖域』の効果、七聖剣士にあんまり効いてないだろ?」
「ええ。だったら……出力、ちょっと上げればいいし♪」

 バビスチェがパチンと指を鳴らすと、王都を包む『桃色』が濃くなった。
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