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70・リンの新能力

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 マリアは、複数人の海賊たちに襲われていた……が、やや退屈そうだ。
 
「はぁ~……」
『マリア、どうしたのよ』
「いえ。海賊というからどんな方たちなのか、少し楽しみにしていたのですが……」

 マリアの背から『百足鱗』が一本長く伸び、マリアを中心として蜷局を描くようにマリアを包んでいる。たったこれだけしかマリアはしていないのに、海賊たちはマリアに攻撃をすることができなかった。
 マリアの『百足鱗』の強度は高い。
 ライトの第二階梯であるガトリングガンですら完全に破壊するのに時間がかかるのだ。いくら『剣士』や『槍士』といったギフトを持っていても壊すことはできないだろう。

「やれやれ、あっちのが楽しそうですわね」

 マリアの視線の先には、海坊主と戦うライトがいた。
 大きな薙刀を振るう海坊主に筋肉は膨張し、振り回される薙刀を躱しながらライトは発砲している。だが、銃弾が命中しても海坊主はびくともしない。

『マリア、あなたもやる気を出しなさいな。このままだと、ライトに負けちゃうわよ?』
「……負ける? このわたしが?」
『ええ。だってあの子、この短期間で第三階梯にまで目覚めたのよ? いがみ合いつつもカドゥケウスとの相性が抜群、第四第五、さらにその先……最終階梯も夢じゃないわね』
「…………」

 マリアは、第三階梯まで目覚めている。
 初めて覚醒して二年弱……二年で第三。なのにライトは、一月も経たずに第三。
 気に入らない。マリアはそう考え、蜷局巻きにしていた百足鱗を解除した。
 マリアを囲んでいた海賊は15人、現れた少女の肢体を眺め、舌なめずりする。

「へへ、なんだ嬢ちゃん、観念したの「煩い」

 声を遮り、百足鱗が海賊の腹を削った。

「えっ……あ、あぁぁぁぁぁぁっ!? いでぁぁぁぁぁっ!?」

 マリアの『百足鱗』は、『斬る』のではなく『抉り、削る』武器。
 スパっと斬れば痛みはあるが治りも早い。だが、ガリガリギャリギャリと肉を削れば、痛みは激しく回復も遅い。

「少し、運動しましょうか」

 マリアの右手に百足鱗が巻き付き、まるで槍のような形になる。
 左手には百足鱗が鞭のように項垂れ、背には二本の百足鱗がグネグネ踊る。

「シャルティナ、わたしはあの方より上です。見てなさい」
『はいはい。ふふふっ、うちのお嬢様も負けず嫌いねぇ』

 直後─────海賊たちの絶叫とマリアの嗤い声が響いた。

 ◇◇◇◇◇◇

「アク・エッジ!!」
「ぎゃあっ!?」「いっでぇぇっ!?」

 リンは海賊に囲まれながらも、得意の水魔術と刀による剣技で、なんとか戦っていた。
 得意の水の刃アク・エッジは何発撃ったのかわからない。この海賊船の船員は一体何人いるのかと考えつつ、左右から来る海賊たちに対処する。

「クカカカカッ!」
「っづ⁉」

 海賊の剣とリンの刀が鍔迫り合いを起こす。
 身体強化の魔術で肉体を補強しているが、まだ16歳の少女と鍛え抜かれた海賊の肉体とではやや分が悪い。

「っく……強い!!」
「うっひゃはははっ! おれのギフト『剣士』は、そこらの雑魚とは違うぜェ!?」

 何度も打ち合うが隙が無い。
 たとえ同じギフトでも、練度や使い手によって実力は全く異なる。この海賊の『剣士』はかなりのレベルだった。ファーレン王国で剣術の手ほどきを受け、魔刃王討伐の旅でさらなる実力を付けたリンといえ、ギフトなしで渡り合うのは難しい。

「おじょ~ちゃん、まだ殺しはしないよぉ? 動けなくしたらみんなでたっぷり可愛がってあげるよぉぉ~♪」
「うっげ……キモイ」

 剣をペロペロ舐めながら海賊と対峙する。
 よく見ると、周囲の海賊は手を出さない。この『剣士』が海賊たちの中でも上位格なのだとリンは理解した。
 
「うっひひひっ! 手足の一本くらいは覚悟しとけよぉぉ~~っ!」
「ッチ……」

 上級魔術で吹っ飛ばすこともできるが、船の上では危険すぎる。
 チマチマした水魔術ではこの海賊剣士には当たらない……。
 そんな時だった。

『きゃんきゃんっ、きゃんきゃんっ!』
「わわっ、ちょ、出てきちゃダメだってマルシア!」
『ぐるるるるっ!』
「ああ? なんだこの犬っころ?」

 リンのカバンからマルシアが飛び出し、海賊剣士に向かって唸り声を上げたのだ。
 そして、唸り声を上げながらリンの方を向く。

『きゃんきゃんっ!』
「え……ちょっ、えぇぇっ!?」

 マルシアは、リンの影に飛び込んだ・・・・・・・・・・
 まるで、プールに飛び込むように、トプンと静かに飛び込み消えた。
 さらに驚くリン。

「うきゃぁっ!?」

 リンは、自分の影に落ちた・・・・・・・・
 自然と、音もたてずに落下した。
 わけもわからず目を閉じるリン。

「…………え? あれ、息できる?」
『きゃうん』
「あ、マルシア……」

 影の中と言えばいいのだろうか。呼吸もできるし天井から光も降り注ぐ。そしてリンの足下には尻尾をフリフリする小さな狼がいた。

「……まさか、マルコシアスの……うぅん、マルシアの『影士アサシン』の力?」
『きゃんっ!』
「一緒に、戦ってくれるの?」
『きゃうんっ!』
「……ありがとうっ!」

 リンはマルシアを抱きしめ、光差す空を見上げる。
 どうやら自分の影に潜ったようで、歩くと空の景色も切り替わる。数歩進むと、怪訝な顔で足下を見る海賊剣士がいた。どうやら海賊剣士の足下に移動したようだ。

「とりあえず、こいつはキモイっ!!」

 リンは刀を頭上に掲げてジャンプする。すると、影から飛び出した刀が海賊剣士の顔に突き刺さった。

「ぷひゅ……」
「あんた、気持ち悪い……じゃあね」

 海賊剣士は倒れ、リンは船上に戻ってきた。

「デオンさん!?」「おい、まさかこいつ」「ああ、レアギフトだ!」
「まさか『影士』なのか!?」「くっそ、影だ、影に注意しろ!」

 周囲が一斉にリンを警戒する。
 リンは足下を見て、くすっと笑った。

「さぁ、いくよマルシア!」

 リンは、マルシアと共に海賊たちに向かっていく。

 ◇◇◇◇◇◇

「がーっはっはっはっは!! 効かん効かぁぁんっ!!」
「……ッチ」

 ライトと海坊主は、接近戦を繰り広げていた。
 海坊主の薙刀を躱しながら銃弾を叩き込む。だが、分厚い海坊主の筋肉に銃弾は容易く弾かれ、決定打を与えられない。
 海坊主の優勢に見えたが……。

『おい相棒、楽しんでるのか?』
「ああ。接近戦でこれほどの相手、なかなかいないからなっ!」

 ライトは、接近戦を望んでいた。
 銃は遠~中距離の武器で、離れた場所からの狙撃戦に特化している。だが、勇者一行の武器は剣。相手の間合いに慣れる必要がある。
 模擬戦ではない命のやり取り。マニュアルにない戦闘は、ライトにとっても修行になる。

「カドゥケウス、いくぞ」

 ライトは『硬化』と『強化』の祝福弾を自らに撃ちこむ。
 身体が硬直し、力がみなぎる。

「よし、だいぶ慣れてきた!」

 『硬化』を使っても、肉体が固まることがない。硬い身体のまま肉体を強化し、カドゥケウスをホルスターにしまう。

「くかかかかっ! ワシと殴り合いするつもりか小僧ぉぉぉぉぉっ!」

 振り降ろされた薙刀を半歩で躱し、懐に潜りこむ。

「おぉぉぉぉらぁぁぁっ!」

 そして、硬化と強化された拳を腹に叩き込む。
 硬い牛肉を叩くような感触で、間違いなく手ごたえはあった……が。

「痒い」
「っちぃっ!」

 海坊主はニヤッと笑い、腹筋を膨らませてライトを弾き飛ばした。
 ライトは体勢を整え着地、カドゥケウスを抜いて発砲する。

「ぶわっはっはっは! 効かんと言っとるじゃろうがぁぁぁっ! ワシの『筋力増強《マッスル》』はそんじょそこらの奴に破られるほどぬるくないぁぁぁいっ!!」

 海坊主は両手を広げて銃弾を全身で浴びる。ライトの銃弾など怖くない、お前の力などその程度と、ライトに対し絶対的な力を見せつけるように。
 ライトは一発の祝福弾を装填し、海坊主に向けた。

「じゃあこれは?」

 発砲。
 そして。

「へ?」

 ビチャッと水っぽい音が響く。
 そして、海坊主の胸に大穴が空いた。

「…………はい?」

 目を見開き、わけもわからずすっとぼけた声を出す海坊主。
 心臓が消失し、自慢の筋肉がドロドロに溶けていた。
 ライトは、あっけらかんと告げる。

「『液状化』だよ。どんなに硬くても、ドロドロになっちまえばおんなじだろ」
「…………えへ」

 海坊主はグルンッと白目を剥き、そのまま倒れた。

 ◇◇◇◇◇◇

 ライトは海坊主の死体に近づき、左腕の袖を巻くる。

「カドゥケウス、リロードよろしく」
『はいよ。……なーんか筋っぽそうな肉だなぁ』

 左手が海坊主を吸収し、手のひらに一発の祝福弾が現れる。

「『筋力増強マッスル』か。使えそうだ」
『ふひひ、これをリンの嬢ちゃんに使ってムキムキにしたらどうだ、きっと爆笑モンだぜ?』
「…………ばか、言うな」

 なぜか笑いを堪えるライト。
 周りを見ると、海賊たちは全滅し、戦意を失った者は両手を上げて伏せていた。
 マリアとリンも無傷のようだし、海賊討伐は終わった。
 
「さて、カドゥケウス、今度は吐くなよ」
『ケケケケケケケケッ、食事の時間だぜぇ?』

 新しい祝福弾は、どのくらいできるだろうか。

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