勇者の野郎と元婚約者、あいつら全員ぶっ潰す

さとう

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第211話・狂った肉塊

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 扉を開けると、そこには……。

「うっ……な、なに、あれ」
「…………肉塊、か?」

 とても広く美しい部屋だったのは、壁や柱の装飾ですぐにわかった。
 だが、今は全くの別物。妙な肉塊が部屋を埋め尽くしている。しかも、肉塊は痙攣のような動きで震え、まるで生きているようだった。
 ライトはカドゥケウスを抜き、第六階梯『悪衣悪食ダンテ・オブ・ファフニール』の衣を纏う。
 リンは剣を抜き、足下の影に命じた。

「マルシア……お願いね」

 第一相の子狼マルシア。リンに忠実な飼いオオカミは、影を震わせることで返事をした……結局、リンにしか懐いていない。
 部屋に踏み込む……奥行きがあるらしく、肉塊は気色悪いが特に何かを仕掛けてくる様子はなかった。

「これが女神のすることか……? なぁリン」
「…………」
「フリアエは後回し、まずは勇者レイジを探す。レイジを殺したらフリアエを……ぶちのめす・・・・・ぞ」
「うん……え?」
「行くぞ、注意して進む」
「……うん!」

 リンは刀を握り、ポケットに手を入れて小さな銃弾を取り出す。
 それは『壊刃』と『雷切』の祝福弾。セエレとアルシェの使っていたギフトだ。
 ライトは見向きもしなかったが、いつの間にかお守りのようにリンのポケットの中に入れていた。

「ライト」
「ん?」
「これ……」
「……祝福弾か」
「うん。セエレとアルシェの……これ、使えないかな」
「無理だ。俺の誓約は知ってるだろ」
「だよね……」

 リンは祝福弾をポケットに戻す。
 少しだけライトは考え込む。すると、カドゥケウスから声がした。

『相棒。使えるかもしれねぇからとっとけ。リンの嬢ちゃん、必要な時は言いな』
「は? おいカドゥケウス」
「……わかった」
『ケケケケケッ、使えるモンは何でも使いな。相棒も、今さら誓約の痛みにビビったりしねぇだろ?』
「…………好きにしろ」

 ライトとリンは、肉塊の広間を進んで行く。

 ◇◇◇◇◇◇

 そして、ついにその時は来た―――。
 
『あ、ぉぉあ、あぁぁ……あるぇ? りぃん?』

 肉塊が喋った。
 奥に進み、開けた場所へ出た。
 ファーレン王城にこんな広い場所があったのか、リンにはわからない。
 でも、王城前広場くらい広い場所で、壁には肉がびっしり張り付いている。
 そして、それ以上に驚いたのは……部屋の天井付近。そこに、巨大な肉でできた『卵』のような物体があったのである。
 そして、その卵を守るように……いた。

「ああ、来たのですか……暴食、そしてリン」

 祝福の女神フリアエ。
 フリアエは、肉で作られた椅子に座り、卵を眺めていた。
 だが、それよりも驚いた。

「あ……あぁ、あ……ま、まさ、か」

 卵と女神フリアエ、そして……『肉塊のバケモノ』がいた。
 まるで、女神を守る騎士……それにしてはかなり醜悪な姿だった。
 人間の身体をベースに、贅肉をメチャクチャに取り付けたような、身体が崩れ、顔のパーツもメチャクチャになっている。
 目の位置、口の位置、鼻、耳……何もかもがメチャクチャだった。
 何より、その肉塊は……リンの名前を呼んだのだ。
 その声は、リンにもライトにも覚えがあった。

「……勇者、レイジ」
「うそ、うそ……な、なんて姿に」

 勇者レイジは、狂った肉塊になっていた。
 さすがのライトもすぐに攻撃に移れず、思わずフリアエを睨んでしまった。
 フリアエは、興味なさげに言う。

「ああ……生け贄に必要な臓器を摘出して、ラスラヌフの実験用肉体で補ったらそうなってしまったの。でも、人としての意志は残っているし、神性を帯びているから人間よりも上位の存在になったのよ? 食事も睡眠も必要ない、これからも私のために尽くしてくれる立派な騎士としてね」
『あ、あぁ……おれ、うまれきゃわったぁぁ……ふりアえ、しゃまぁぁ』

 狂っていた。
 肉塊は首をカクカクさせ、醜悪に顔を歪ませて笑った。
 この瞬間、リンは言う。

「許さない……」

 刀を握り、目に涙を浮かべて。

「確かに、レイジはクズだった……ライトの両親を殺して、悪いことや取り返しの付かないことをいっぱいした。でも……止められなかった私にも責任はあるし、一緒に償う方法を考えてた……」

 ずっと、リンは考えていた。
 ライトは殺すと言っていた。でも、もしも……もしもレイジが、アンジェラのように心から反省し、許しを請うなら……自分はレイジに付こうと、レイジのために頭を下げ、もしライトがそれでも許さないなら、レイジは自分の手で殺すと決めていた。
 レイジを殺し、その罪を背負い、ライトに断罪されるのも仕方ないと……本気でそう考えていた。
 でも、もうそれは不可能だ。

「ごめんね、ライト。私……やっぱりレイジを助けたいって考えてた」
「…………」
「同じ日本人、同じ学校で、同じクラスで……リリカやセエレ、アルシェだって、何度もレイジに助けられたの。もちろん私も……レイジはバカだけど、真っ直ぐな奴で……助けてあげたかったの」

 それは、リンの本音だった。
 ライトと旅をしながら思っていた。
 別に、恋しているわけではない。ただ、助けたかっただけだ。
 ライトも譲れないことがあるのはわかっている。それでも、助けたかった。本当はリリカもセエレもアルシェも、共に戦った仲間として助けたかった。
 でも、もうそれは叶わない。

「ごめん……ごめん」
「…………別にいい。で、どうすんだ?」
「終わらせる。あんな姿でこれからも生きるなんて……可哀想だよ」
「そうか」

 リンは、ライトに『壊刃』と『雷切』の祝福弾を渡す。

「お願い。私にやらせて……あなたの思いも載せるから」
「……ああ、わかった。どうやら俺には俺の相手がいるみたいだしな」

 リンから祝福弾を受け取ると、ライトの全身に激痛が走る。
 だが、そんなもの今さらどうでもいい。
 祝福弾を装填し、カドゥケウスを向ける。

「いいんだな?」
「うん」

 銃口は、リンに向けられていた・・・・・・・・・・
 そして、発射……二発の銃弾はリンの両腕に命中。

「う、っぐぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」

 ボコボコとリンの両腕に血管のような紋様が浮かび上がる。
 リンの全身に紋様が浮かんだ。
 そして、リンは叫ぶ。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 そして―――リンの両手に、剣が握られていた。
 かつてセエレが握っていた『雷切』と、アルシェが握っていた『壊刃』が。
 ギフトの力、それを二つも同時に移植した。女神の力としてではなく、暴食の魔神カドゥケウスの力として。

「レイジ……あんたは私が斬るよ。ライトの思いも載せてね」
「じゃあ、俺はあの女神だ……任せるぞ」

 ライトとリン、フリアエとレイジ。
 最後の戦いが始まった。
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