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衛生兵
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馬車に揺られて数日。
私は、ラスタリア王国に到着した。
行商人さんは、お城まで連れて行ってくれた。どうも、貴族の令嬢が見送りもなしに送り出されるところを見て、察してくれたらしい……家族よりも温かな気遣いで、憐れみを感じた。
行商人さんにお礼を言い、馬車から降りた。
「さて、がんばらないと」
ちなみに、私の髪は塗料で金色になっている。
さらに、深い帽子もかぶっていた。
城門を見上げると、田舎のクレッセント男爵家とは全く違う雰囲気にのまれそうになる。
私は、お父様から預かった《衛生兵の応募用紙》を取り出し、門番さんに見せた。
「あの、衛生兵の応募で来たんですけれど……」
「衛生兵か。どれどれ……クレッセント男爵領からか。ん?……おいおい、男爵領からはお前だけか?」
「は、はい……申し訳ございません」
「ま、あんたが謝ることじゃないな。さて、名前は?」
「ラプンツェルです。ラプンツェル・クレッ……あ、いえ、ラプンツェルです」
もう、私は貴族じゃない。
お父様にも、「クレッセントの名を名乗らないように」と言われていた。
門番さんは、応募用紙に何かを書き込み、私に還す。
「門を抜けてまっすぐ突き当りを右に進むと、衛兵用宿舎がある。一応、男女別になっている。そこで指示をもらってくれ」
「はい。ありがとうございます」
言われた通り、門を抜けて突き当りを右へ。
そこは、大きな煉瓦造りの建物だった。
「ここが、衛生兵の宿舎……」
木造りの立派なドアをノックする。
「入りな」
ぶっきらぼうな女性の声が聞こえた。
中に入ると、メガネをかけた恰幅のいい女性が煙草を吸っていた。
「お上品なノックはいらないよ。書類を見せな」
「は、はい」
「どれどれ……クレッセント男爵領からね。ったく、田舎モンかい。部屋は二階の一番奥、ベッドに着替えがあるからそれに着替えてきな。お前の行く戦場に付いて講義してやるから」
「は、はい……え? 戦場?」
驚く私に、メガネの衛生兵さん? は、馬鹿にしたように笑った。
「何驚いてるんだい? 衛生兵はどこも足りないんだ。明日になったらさっそく戦場に移動して仕事を始めてもらうよ」
「え……」
「なーに呆けてんだい!! さっさと着替えてきな!!」
「は、はい!!」
私は逃げるように二階へ。
一番奥の部屋に行くとそこは、六人部屋だった。
粗末なベッドが六個と、小さな椅子とテーブルが六組ずつ。ベッドの上には、私より先に来たであろう人たちの荷物があった。
後で知ったことだが、私の到着が応募兵の中で最後らしい。他の応募兵はみんな、荷物を置いてすぐに煽情へ行ったようだ。
私は、自分に割り当てられたベッドに上に置いてある、上下緑色のシャツとズボンに着替え、髪をすっぽり覆う帽子を付けた。付属品でマスクもあったが、今は付けないでポケットに入れておく。
そして、一階へ戻ると、先程のメガネの衛生兵さんがいた。
「さ、こっち来な。お前が割り当てられる戦地について講義してやる」
「は、はい……」
私は、未だに《戦地》という言葉に慣れていなかった。
テーブルの上に大きな地図が開かれ、衛生兵さん(後で知ったが、衛生兵長さんらしい)が地図に指をさす。
「ここがラスタリア王国。んで、ここがラグナ帝国だ」
地図に記されているラグナ帝国とラスタリア王国は、だいぶ離れていた。
さらに、いくつかの国にはバツ印で消されている。
「バツは、すでにラグナ帝国に征服された国さ。小国ばかりだけどね」
「はい……」
「それで、お前が行くのはここ。ラグナ帝国が征服したオルバ王国だ。ラグナ帝国の部隊はここを拠点として、ラスタリア王国の国境軍にちょっかいを出している。お前はここの最前線にある医療施設で、怪我人の治療をしてもらうよ」
「わ、わかりました……」
「基本的に、あっちにいる医者の指示に従えばいい。戦地が落ち着いたらここに帰って来れるから、それまで頑張るんだよ」
「…………」
国境まで、馬車で十日ほどの距離だ。
私は、救援物資と増援と一緒に、馬車で目的地に向かう。
出発は、明日。
「話は終わり。さ、食堂でメシ食ったら寝な。明日は早いよ」
「は、はい」
いうだけ言い、衛生兵さんは出て行った。
残されたのは、私だけ。
「…………」
地図を見ると、ラグナ帝国に征服された国は、二十を超えていた。
どれもラスタリア王国とは比べ物にならない小国ばかり。でも……たった一つの国が、二十を超える国を征服した事実が、恐ろしかった。
「……大丈夫。だよね」
確か、兵士と違い、衛生兵は戦争法によって保護される。
たとえ敵兵だろうと、命を救う行動をとる医師や衛生兵は殺されないはず。
「…………」
でも、私は甘かった。
まさか……私の身に、恐るべき危機が迫り、その結果、私の人生が大きく変わることになるなんて。
私は、ラスタリア王国に到着した。
行商人さんは、お城まで連れて行ってくれた。どうも、貴族の令嬢が見送りもなしに送り出されるところを見て、察してくれたらしい……家族よりも温かな気遣いで、憐れみを感じた。
行商人さんにお礼を言い、馬車から降りた。
「さて、がんばらないと」
ちなみに、私の髪は塗料で金色になっている。
さらに、深い帽子もかぶっていた。
城門を見上げると、田舎のクレッセント男爵家とは全く違う雰囲気にのまれそうになる。
私は、お父様から預かった《衛生兵の応募用紙》を取り出し、門番さんに見せた。
「あの、衛生兵の応募で来たんですけれど……」
「衛生兵か。どれどれ……クレッセント男爵領からか。ん?……おいおい、男爵領からはお前だけか?」
「は、はい……申し訳ございません」
「ま、あんたが謝ることじゃないな。さて、名前は?」
「ラプンツェルです。ラプンツェル・クレッ……あ、いえ、ラプンツェルです」
もう、私は貴族じゃない。
お父様にも、「クレッセントの名を名乗らないように」と言われていた。
門番さんは、応募用紙に何かを書き込み、私に還す。
「門を抜けてまっすぐ突き当りを右に進むと、衛兵用宿舎がある。一応、男女別になっている。そこで指示をもらってくれ」
「はい。ありがとうございます」
言われた通り、門を抜けて突き当りを右へ。
そこは、大きな煉瓦造りの建物だった。
「ここが、衛生兵の宿舎……」
木造りの立派なドアをノックする。
「入りな」
ぶっきらぼうな女性の声が聞こえた。
中に入ると、メガネをかけた恰幅のいい女性が煙草を吸っていた。
「お上品なノックはいらないよ。書類を見せな」
「は、はい」
「どれどれ……クレッセント男爵領からね。ったく、田舎モンかい。部屋は二階の一番奥、ベッドに着替えがあるからそれに着替えてきな。お前の行く戦場に付いて講義してやるから」
「は、はい……え? 戦場?」
驚く私に、メガネの衛生兵さん? は、馬鹿にしたように笑った。
「何驚いてるんだい? 衛生兵はどこも足りないんだ。明日になったらさっそく戦場に移動して仕事を始めてもらうよ」
「え……」
「なーに呆けてんだい!! さっさと着替えてきな!!」
「は、はい!!」
私は逃げるように二階へ。
一番奥の部屋に行くとそこは、六人部屋だった。
粗末なベッドが六個と、小さな椅子とテーブルが六組ずつ。ベッドの上には、私より先に来たであろう人たちの荷物があった。
後で知ったことだが、私の到着が応募兵の中で最後らしい。他の応募兵はみんな、荷物を置いてすぐに煽情へ行ったようだ。
私は、自分に割り当てられたベッドに上に置いてある、上下緑色のシャツとズボンに着替え、髪をすっぽり覆う帽子を付けた。付属品でマスクもあったが、今は付けないでポケットに入れておく。
そして、一階へ戻ると、先程のメガネの衛生兵さんがいた。
「さ、こっち来な。お前が割り当てられる戦地について講義してやる」
「は、はい……」
私は、未だに《戦地》という言葉に慣れていなかった。
テーブルの上に大きな地図が開かれ、衛生兵さん(後で知ったが、衛生兵長さんらしい)が地図に指をさす。
「ここがラスタリア王国。んで、ここがラグナ帝国だ」
地図に記されているラグナ帝国とラスタリア王国は、だいぶ離れていた。
さらに、いくつかの国にはバツ印で消されている。
「バツは、すでにラグナ帝国に征服された国さ。小国ばかりだけどね」
「はい……」
「それで、お前が行くのはここ。ラグナ帝国が征服したオルバ王国だ。ラグナ帝国の部隊はここを拠点として、ラスタリア王国の国境軍にちょっかいを出している。お前はここの最前線にある医療施設で、怪我人の治療をしてもらうよ」
「わ、わかりました……」
「基本的に、あっちにいる医者の指示に従えばいい。戦地が落ち着いたらここに帰って来れるから、それまで頑張るんだよ」
「…………」
国境まで、馬車で十日ほどの距離だ。
私は、救援物資と増援と一緒に、馬車で目的地に向かう。
出発は、明日。
「話は終わり。さ、食堂でメシ食ったら寝な。明日は早いよ」
「は、はい」
いうだけ言い、衛生兵さんは出て行った。
残されたのは、私だけ。
「…………」
地図を見ると、ラグナ帝国に征服された国は、二十を超えていた。
どれもラスタリア王国とは比べ物にならない小国ばかり。でも……たった一つの国が、二十を超える国を征服した事実が、恐ろしかった。
「……大丈夫。だよね」
確か、兵士と違い、衛生兵は戦争法によって保護される。
たとえ敵兵だろうと、命を救う行動をとる医師や衛生兵は殺されないはず。
「…………」
でも、私は甘かった。
まさか……私の身に、恐るべき危機が迫り、その結果、私の人生が大きく変わることになるなんて。
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