上 下
22 / 57

戦いの始まり

しおりを挟む
 セイヤは弓を構え、アスタルテに聞いた。
 
「あんた、どうしてここへ……」
「お前に地図を渡したのはあたしだよ。お前が行くところなんてすぐにわかる」
「じゃなくて、いいのかよ? 聖女と敵対して」
「構わないさ。それに、お前とお嬢ちゃんが知らないところで、追手の聖女を始末したのはあたしさ。どのみち、最初から睨まれてる」

 アスタルテは剣を構えていた。
 セイヤは、アスタルテが剣を使って戦うのは知っていたが、炎の力を見たのは初めてだった。
 さらに、ヒジリが構える。

「主。聖女様、こちらが圧倒的に不利です」

 国境の町入口。
 敵の聖女は二十人。主だった戦力はエクレール、フローズン、ウィンダミア、アストラル。そしてオージェとクリシュナだ。
 アスタルテは、セイヤに言う。

「セイヤ、気を付けな。お前の幼馴染だが……新人のくせにかなりの使い手だ」
「……わかった。俺は離脱してアシストする。ヒジリ、危険だけど……」
「お任せください」
「黒髪……お嬢ちゃん、あんたまさか」

 アスタルテは何かに気付いたが、首を振る。
 セイヤは離脱の隙を伺い、アスタルテに聞く。

「あんた、この数でも大丈夫か?」
「……馬鹿を言うガキだね。あたしを誰だと思ってる?」
「え……」

 アスタルテの剣が炎を帯びる。
 そして、敵聖女の一人が恐れるような声で言う。

「あ、アレクサンドロス聖女王国、聖女部隊筆頭……『イグニス』のアスタルテ……っ」
「元、さ」
「ええい!! さっさとかかりな!! 数で押しちまえばこっちの勝ちさね!!」

 クリシュナが叫び、若い聖女たちがセイヤたちに殺到する。
 セイヤの捕獲による王国の恩恵が目当てだろう。だが、目先の欲に走る愚かな思考では、アスタルテには決して届かない。

「『桜火連刃おうかれんじん』」

 炎を纏った剣が、踊るように動く。
 アスタルテ自身も動いた。魔力による身体強化をしながらの動きは風のように素早く、飛び掛かった聖女五人が、血を噴き出しながら燃え上がった。

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「「あががぁぁぁぁっ!?」」
「悪いが手加減しない。死ぬ気で来な」
「…………」

 アスタルテは強かった。
 それこそ、クリシュナが連れてきた聖女なんて目じゃない。
 セイヤとカグヤは動かず、政治が屠られる様子を見ていた。
 クリシュナも、額に青筋を浮かべて歯ぎしりをする。

「おのれ、アスタルテ!!」
「ババア……雑魚ばかりの相手は暇だね。そっちの有望聖女もどうだい?」

 アスタルテは、エクレールたちに剣を向けるが、エクレールたち四人の表情は変わらない。
 彼女たちを止めていたのは、オージェだった。

「どうかしら、エクレール」
「うん、強いね。さっすが王国の聖女!」

 母と娘の会話は、どこまでもいつも通りな雰囲気だ。
 オージェはエクレールの、フローズンの、ウィンダミアの、アストラルの頭に触れる。
 
「私が直接あなたちの思考にアクセスする。私の言う通りに動きなさい」
「は~い」
「わかりましたわ、おばさま」
「いいけどよ、セイヤをぶん殴るのはアタシに任せな」
「ふひひ……最強の聖女アスタルテ、勝てるかなぁ?」

 そして───エクレールたちが動く。
 残りの聖女たちも動き、ヒジリも動いた。
 セイヤは矢を抜いて番える。

「セイヤ、アシストは任せたよ!!」
「わかった!! ヒジリ、無理はするなよ!!」
「はい!!」

 アスタルテが聖女とぶつかり、ヒジリも斧を持った聖女と戦いを始める。
 エクレールたちは、真っすぐセイヤに向かって来た。

「せ~~~~ぃぃやぁぁぁぁぁっ!!」
「エクレール!!」

 セイヤは迷うことなく、エクレールに向かって矢を放った。

 ◇◇◇◇◇◇
 
 エクレールに向けて迷わず射った。
 狙いは右腕───まともに当たれば腕がねじ切れる。
 
「あははははっ!! 『誘導電流ジオストリーダ』!!」
「!?」

 エクレールが左手を真横に突き出した途端、矢の軌道が変わって民家に突き刺さった。
 電磁力を使用し金属製の矢の軌道を変えたのだ。
 エクレールは右手に紫電を纏わせ、魔力による身体強化を加え接近する。

「お仕置きぃぃぃぃ~~っ!! 『雷突ジオ』!!」
「くっ───っ」

 セイヤは『鷹の目』で視力を強化。同時に身体強化。
 エクレールほどではないが、身体能力がアップする。
 エクレールとの距離は数メートルにまで接近し、エクレールが右手を手刀のようにして突き出してきた。

「あら?」

 だが───セイヤは躱した。
 首をひねり、突きを回避したのだ。
 ずっとアスタルテの元で修行してきたセイヤにとって、見え見えの手刀突きを躱すのはそう難しくない。
 目にも止まらぬ速度でコンパウンドボウをロッドに変形させ、エクレールの側頭部めがけて横に薙いだ。
 エクレールは突きを躱されて無防備───。

「おいおい、アタシらを忘れんなよ」
「───っ!?」

 オリハルコン製のコンパウンドボウが、エクレールの脇から伸びた手によって弾かれた。
 そう、敵は一人じゃない……緑色のショートヘアの少女、ウィンダミアだ。

「そういやぁよぉ……アタシら四人と遊ぶの、久しぶりじゃねぇか」
「っ……」
「そうですわね。ふふ……」

 ゾワリと、セイヤの背後に冷気が。
 比喩ではない、本当の冷気。それは……全身から冷気を発している少女、フローズンだ。
 
「あぁぁ~……うちは新薬の実験したいなぁ。でもま、たまには魔法でね?」

 さらに、セイヤの右足が脛辺りまで急に埋まった。
 がくんと体勢を崩す。なぜか、右足の地面だけサラサラの砂になっていた。
 アストラル。『大地グランド』の聖女としての力だ。

「せ~い~やっ!!」
「っ!!」

 そして───ほんの少し先、ほぼ目の前には。
 薄い紫色の長いツインテールを揺らしたエクレールがいた。
 目が蘭々と輝いている……それは、今まで何度も見た、セイヤを苛めていた時によく見た目だった。
 セイヤの身体が、急に重くなった。
 魔法じゃない。虐められていたころのトラウマが、少しずつ蘇っていたのだ。

「あ、ぁ……」
「ふふ、今までの分、た~っぷりお返ししてあげるね?」
「え、エクレール……」

 バチバチと、エクレールの手が発光……スパークした。
 そのままゆっくりと、セイヤに近づいてくる。
 フローズン、ウィンダミア、アストラルは嗤っていた。
 どこまでも、凶悪な笑みを───。

「主!!」
「ッッ!! なに、あんた……」

 だが、セイヤとエクレールの間にヒジリが割り込んだ。
 ヒジリはセイヤの背後から、エクレールに向けて飛び蹴りを放っていた。が、エクレールはその蹴りをバックステップで回避……セイヤとの距離が開く。

「ヒジリ……」
「主!! こんなところで折れないで!! 私との約束を!!」
「……ぁ」

 そうだ。
 セイヤは、ヒジリの復讐を手伝うのだ。
 こんなところで、負けている場合ではない。
 過去に、ケリを付けなくてはならない。

「そうさ。セイヤ、こんなところで諦めるんじゃないよ」
「アスタルテ……」

 セイヤは自分の後ろを確認すると……クリシュナが連れてきた聖女が全員、倒れていた。
 これで残りはクリシュナ、オージェ、幼馴染四人だけ。
 そうだ。こんなところで負けてはいられない。

「……っ!!」

 セイヤは、コンパウンドボウを強く握りしめた。
しおりを挟む

処理中です...