グータラ令嬢の私、婚約す。そしたら前世の記憶が戻った。

さくしゃ

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ミリアside

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「起きろー!遅刻するぞー!大雅!」

 8時だというのに布団にくるまる『大雅』

 おばさんもおじさんも仕事に行ってしまって誰もいない。だから、毎日隣に住む私が起こしている。

「勘弁してくれぇぇ。さっきまでボス戦だったんだよぉぉ」

 私に布団を剥がされて情けなくも涙を浮かべる大雅。本当にこいつは昔からすぐにメソメソするし、人見知りで、家事や勉強もできない。私がいないとなにもできない。

「はぁ……」

 ご飯をせがむ子犬のようにつぶらな瞳で目尻には涙を浮かべて、

「もう少し寝かせて」

 と訴えてきた。

(じゅ、18歳にもなって……)

 私はその年不相応な行動に頭痛を覚えた。
 
(でも、普段は頼りなくても困ってる人がいたら助けるヤツなんだよな……でも、チンピラに絡まれている人を助けようと間に入って逆に返り討ちに遭うのだけはやめてほしいけどね…)


『さやか』は、前世の私だ。日本人として生きた私。

 なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう。

 私は小さい頃から大雅とずっと一緒だった。お互いに共働きで帰ってこない両親だったから、お互いの家を行き来して一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、遊んで、勉強して……気がつくとそんな関係性が10年も続いて高校卒業が間近に迫っていた。

"卒業したら俺は地元で就職、お前は東京の大学に進学だな"
 
 年越しそばを二人で食べ終え、私がキッチンで洗い物をしていたら、こたつにあたる大雅がそう言った。その声はどこか寂しそうで「行かないでくれ」と言われているような気がした。

「……」

 私は大雅の言葉になにも言えなかった。

 大工ってやりたいことを見つけて、その道で生きていくと決めた大雅。そんな大雅を毎日パートをしながら支える私……それもいいと思った。

 だけど、それだと大雅の後ろを歩くだけの人生になってしまうような気がした。私が歩きたいのは大雅の横ーー隣を歩いて同じ景色を楽しんで生きていきたい。

 だから、まだやりたいことが見つかった訳じゃないけど、一度地元から遠く離れた街で一人で頑張って自分を磨こうと思った。

 3月……私と大雅は無事に卒業した。私は学校からそのままの足で駅へ向かった。

「……」

「……」

 無言だった。これで電車に乗ってしまったらしばらくは会えないというのに、話したいこと、今ここで伝えないといけないことがあるのにそれ以外の言葉がたくさん流れ出てくるうちに勇気が萎んでいった。そうするうちに駅の改札に着いた。

「……夏休みにはこっちに帰ってくるから……元気でね」

「……おう、お互いに頑張ろうな!」

 口から出た言葉は本当に伝えたいことではなかった。だけど、それだけ言うとぎこちない笑顔を浮かべつつ大雅に背を向けて改札へと歩き出した。

(まあ、また夏休みに帰ってくるから……)

 その時でいいか……と思いながら改札を潜る直前。不意に夏休みに帰ってきた時に大雅の隣に見知らぬ女性が彼女として立っている姿が浮かんだ。

(……やだ)

 その浮かんだ光景を見て、「嫌だ」と思った。すると、萎んでしまった勇気が一気に膨らみ、伝えなくてよかったのか、どうなのかと煮え切らなかった迷いが一瞬にして消え去った。

"伝えるしかないでしょ!"

 と思って勢いよく振り返った。

「グヒヒヒヒ!『さやか』!一緒に逝こう!」

 振り返った私に向かって混雑する人混みの中から風船のように膨らんだ豊満な体を揺らした男性が、「はぁはぁ」と息を切らしながら走ってきた。

 長い前髪に隠れて顔はよく見えない。けど、どの知り合いにも特徴が一致しない。

 男性の手には包丁が握られていて、切先を私に向けたまま走ってくる。そして半狂乱といった表情で、

「グヒヒヒヒ!これで僕と君は永遠に結ばれる!あの世で幸せになろう!」

 と、訳のわからないことを叫んだ。

(……は?)
 
 突然の状況に私は鈍く光る包丁の切先を呆然と見つめた。

(誰?なんで包丁?結ばれる?あの世?)

 その間にも男の構えた包丁が私へと迫る。そして少し遅れて周囲の人たちが男が刃物を持っていることに気がつき我先にと逃げ惑い、駅員が警報を鳴らし、駅に備え付けられた三叉へ手をかけた。

「さやか!」

 私と同じく呆然と男を見ていた大雅が慌てて男と私の間に滑り込んだ。


 ………
    ……
    …


 なんでこんな大事なことを忘れてたのか。

「大雅!」

「よかった。さやかが無事で」

 私の腕の中でどんどん冷たくなっていく大雅。

「本当によかったぁ」

 大雅の腹部から流れ出る血。私はハンカチで力一杯抑える。だけど、止まらない。

「ずっと怖くて言えなかった」

 寒い時に握るとカイロの代わりになって暖かい大雅の手。今は信じられないほど冷たい大雅の手が出血部を抑える私の手を握った。

「おれはずっとお前のことが……」

 そこまで言いかけて途切れた大雅の声……最後になにを伝えたかったのかわからない。いや、本当はわかってる。10年も一緒だったからなにを伝えたいかなんてわかってる。ただ、

「大雅の口から聞きたかった」

 できることなら、もし時間が戻るなら、その時私はーー。


 ………
    ……
    …


 ずっと……ずっとどこか光が届かない真っ暗な水中を漂っていたような感覚ーー遠い遠い前世の記憶を巡る旅が終わった。

「すぅぅ」

 それが終わると意識は自然と浮上し、まぶたの向こうに光を感じた。その情報が神経を通じて脳へ伝達され、「起きろ」と指令が出され、まぶたが開いた。

「ああ……無事に目を開けてくれてよかった、ミリア」

「ミリア」

「お姉ちゃん!」

 目を開けると父、母、妹の顔があった。3人は私の顔を見て安堵の息を漏らした。

「よかったぁぁ」

「ミリア様!」

 父達の後ろには使用人や兵士たちが控えていて、同じように安堵の息を吐く者、涙を滲ませる者……反応は様々だった。

「……」

 変わり映えしない顔ぶれ……だけど、胸がスーッと軽くなった。多分安心したのだろうと思う。

(ここが私の今の居場所……私はこの光景を守りたい)

 「さやか」だった頃の記憶を取り戻したことで、いろんなことがわかった。

 まずメルエムがなんで私にあそこまで固執するのか。さらに私の異性が苦手な理由ーーそれは前世でいきなり知らない刃物を手にした男に襲われて、その時の事がトラウマとして心の奥底に刻まれていて、

"異性は信用ならない"

 という経験から無意識に避けるようになった。

(そして、そんな私がなんで「レオ」だけはなにもなく接することができ、尚且つ懐かしさを感じたのか……)

 メルエムは今世の私の姿が前世の「さやか」とまったく変わっていないと言っていた。

(前世はあそこまで他人を避けるような性格ではないけど、姿ーー特に他の人にはない特徴的な逆立ち寝ぐせだけは変わっていなかった。それに細かい性格とかも。多分間違いなく「レオ」は大雅の生まれ変わりだ)

 そう思うと「さやか」だったら今すぐにでもこの屋敷を飛び出してレオに想いを伝えに行くだろう。

(「さやか」だった頃ならそうしていた……でも、今の私は「ミリア」)

 この領地で、屋敷でーー領民、使用人、家族に大切に育てられた。現代日本なら「個性」として受け入れられる範囲内の性格でも、この世界、とりわけ貴族社会では「問題児」、場合によっては家を追い出されてもおかしくない私を笑って育ててくれた。

(私はこの場所が大好きだ。みんなの笑っている顔をずっと見ていたい。だから「さやか」の願いは叶えられない)

 みんなの笑顔を見てなお、一層そう思った。

(本当はあんな奴と結婚するなんてやだ。だけど、この笑顔を守りたい。その為なら私は……たぶん……いいや、絶対に大丈夫!!)

 私は覚悟を決めた。「さやか」としての想いをそっと心の奥に封印して。
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