グータラ令嬢の私、婚約す。そしたら前世の記憶が戻った。

さくしゃ

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レオside

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"俺はずっとお前のことが……"

 最愛の人を守り、最後に想い……は、力尽きて伝えられなかったけど、まあ、俺にしては大した人生を送ったと思う。胸を張っていい!……といいたいところだけど。

「たい、が……っ」

 最期、俺の視界に映ったのは涙を流した「さやか」だった。

"ははは……もういつもそうやってふざけるんだから"

 どんな時も笑ってるから能天気なやつだと勘違いされやすいけど、本当のあいつは泣き虫だ。何かあると影で一人で泣く。俺もそうだったからわかる。

 学校で子供が泣くと体面を気にした教師が騒いで、大した理由でもないのに親に電話をかける。すると、仕事にだけ集中したい両親に迷惑をかけてしまう。

「私のために働く両親に迷惑をかけたくない」

 と「さやか」は言っていた。

 だからせめて俺だけは「さやか」をいつでも笑顔でいさせてやろうと思った。そう心に誓った。

「みへー!」

「え……ってその顔!あははは!」

 だけど、最後の最後で泣かせてしまった。それだけが心残りだった。

 そして俺の意識は暗転したあとしばらくして再び光が差した。

「元気な男の子です」

 まさかの転生を果たした。しかも大雅だった頃の記憶を持ったまま。

「偉いぞ、レオ!」

 生まれてから数ヶ月後、俺は、先王が崩御したことで始まった権力争いに巻き込まれないように、レオ・ウルジュ子爵家の次男ということで引き取られ前世では考えられないほど義両親に甘やかされて育った。

「……あ、あり」

 しかし大雅だった頃は、運動会、参観日、誕生日、通院……どんな時も一人だった。両親と話すのなんて「いってらっしゃい」「おやすみ」だけだった。だから、どんなふうに「家族」と過ごせばいいのかわからなかった。

「あり、あり、あり」

 普通に「ありがとう」と言えばいい状況でもうまく言えなくて、生き物の名前を連呼したみたいになってしまったりもした。だけど、

「どういたしまして」

 義理の息子でしかない俺のことを笑って受け入れてくれた。そんな家族の優しさに俺は自然と歩み寄った。

「こんな俺でもいいんだ」

 「さやか」を泣かせてしまって、そのことをいつまでも引きずってウジウジしている俺のままでもいいんだ、と思った。

"初めまして。ミリア・レイブンといいます"

 しかし、そんな時に「さやか」にそっくりな君が現れた。金糸のようにサラサラした艶のある髪、人形のように整っているけど人間味を感じるぷにぷにした頬、きめ細かい白い肌ーー前世そのままの姿に、声、

"ついに私も男性恐怖症を克服したのか?!"

 そして何か悩みが解決した時に喜びを全身で表すように飛び跳ねるところとか。

"だ、ダメ……"

その結果、嬉しさの勢いのままに突っ走って失敗してしまうところも。

(やっぱり……)

 関わるつもりはなかった……なのに、前世の「さやか」と変わらない危なっかしくさに見ていられなかった。

(もうこれきり……これきり)

 こんな自分ではまた泣かせてしまう。幸いにもミリアは前世のことを覚えていないようだったし、思い出させてしまってはいけない。だから、俺は身をひこうとした。それでもやっぱりミリア(さやか)と過ごす時間は楽しくて心地よくて……気がつけば10年が経っていた。

(婚約……か)

 15歳になり俺もミリアも結婚をしなければならない時期がやってきた。前世の記憶がある俺にしてみればこの歳で結婚なんてピンとこなくて、全然本腰が入らない。そんな日々の中で、

「レイブン領が!?」

 レイブン侯爵領を未曾有の水害が襲った。東西南北に存在する街はほとんど壊滅、村々もいくつか高台にあるところは被害を受けなかったがそれ以外は見る影もない。

(ミリア!!)

 その後すぐに支援に向かった。が、支援に訪れたのはウルジュ子爵家だけで、支援に名乗りをあげていた周辺の所領達は急に支援することをやめると宣言した。

(レイブン侯爵家に恩義のある家はかなりの数に上る。なのにも関わらず、そういった全ての家が急に支援をやめるなんて)

 俺は密かに連絡を取り合っていた実の父ずてに調べてもらうことにした。権力争い中で申し訳なくはあったが。

 そんな中でミリアが倒れたと聞いた。原因は例のメルエムだという。

 示し合わせたように支援に名乗りをあげていた周辺所領の急な撤退、そのタイミングでのジーニスト侯爵家からの支援の申し出、そして交換条件でミリアとメルエムの婚約ーーあまりにも話が出来すぎている。

 訝しげに思ったが、それよりもミリアのことが心配だった俺は、避難民への配食を兵士たちに任せ、馬に飛び乗って屋敷を目指した。

(ミリア……!)

 屋敷についた俺はミリアの部屋を目指して走った。大きな玄関の扉を開いて、2階へと続く階段を駆け上がった。中腹地点にある踊り場を通って2階の天井が見えた時……、

「お前……」

 階段を降りようと一歩踏み出したばかりのメルエムと相対した。一瞬誰かわからなかった。が、噂通りの端正な顔立ち、すらりとしたスタイル抜群の身体から目の前の人物が噂のメルエムであるとすぐに理解できた。

「そうか、これはいい」

 すこしの間、俺の顔を見つめて何か考え事をしていたメルエムは得心がいったのか、目を見開いたあとすぐに意地の悪い笑みを浮かべて、

「お前……大雅だろ」

 俺の目の前にやってくると指をさして前世の俺の名前を口にした。クツクツと今にも笑い出したそうな様子で。

「……」

「無反応ってことは記憶があるんだな。グヒヒヒヒ!」

 口を隠すように手を当てて特徴的な笑い方をするメルエム。

「……っ!お前!」

 変わった笑い方をするヤツだなと能天気に見つめていた俺だったが、大雅だった頃の死ぬ間際の記憶、

"グヒヒヒヒ!これで僕と君は永遠に結ばれる!あの世で幸せになろう!"

 記憶にあるあの太った男の笑い方とメルエムの笑い方が重なった。

「グヒヒヒヒ!あの時は邪魔されたけど、僕と『さやか』は正式に婚約することになった。やっとやっと……僕と『さやか』は結ばれるんだ!!」

 羨ましいだろ、と言わんばかりの笑みを僕に向けると、

「だから今回は邪魔するな……まあ、子爵家の次男程度を侯爵令嬢が相手をするわけがないけどな、グヒヒヒヒ!」

 メルエムは声音を落として、真顔で俺に忠告しながら頭を小突いた。

「今さら『さやか』に何をいっても無駄。あいつの心はすでに僕のもの。そして僕だけを見ている」

 それだけ言うと、「それじゃあ」と俺の横を通って階段を降りて行った。

「……」

 階段の踊り場で立ち尽くしたまま俺は、ギュウとシャツの裾を握りしめた。言われたい放題で何も言い返さなかった自分に腹が立ってしょうがなかった。
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