子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ

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ヴァーンズ視点

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世界最高難度ダンジョン「神滅領域」1階層ーーフェンリルの間。

「バゥ!」

 屋敷を出ていったエミリアを迎えに男爵領を旅立って2日、俺は王国と帝国の間にある半径30キロメートルの湿地帯を抜け、ダンジョンの扉を開いた。

 その先には円形の闘技場があり、真ん中には神話に登場する伝説上の怪物ーーフェンリルが雄々しく鎮座している。

 フェンリルは俺を見るや即座に腰を上げると

「ギャウ!」

 警戒感を露わに距離を取り、殺意全開の威嚇を放ってきた。

「……」

 その殺意は俺の肌をチクチクと刺激する。

 いっかいのA級冒険者ならこの威嚇だけで気を失い、その隙を突かれ喉笛を噛みちぎられて終わるだろう。

「ふん!」

 しかし俺にはこの程度の威嚇は通用しない。逆にフェンリル以上の殺意を持って睨み返した。

「ギャウ!?」

 すると、フェンリルは俺から目を逸らし、その身を小刻みに震わせながら地面に伏せ、恭順の意を示した。

「……」

 それからしばらく俺は地に伏したフェンリルを見つめた。

 フェンリルは普段、威風堂々と正面から戦うが、自身が敵わないと悟った相手には恭順の意を示したと見せかけ、敵が隙を見せた瞬間に襲い掛かってくる。

「よし」

 慎重にフェンリルの心の内を観察した俺は、敵意らしきものを感じなかったため、フェンリルの横を通り、次の階層に繋がる扉へと歩く。

「くぅぅぅん……」

 横を通り過ぎる時怯えた様子のフェンリルと目があった。

(悪いな)

 俺は心の内でフェンリルに謝った。

 完全な八つ当たりだった。

 もちろんエミリアの実家であるダンジョンの住人ということもあり殺したくはなかったので威嚇したのもあった。

 だけどそのほとんどは自分自身に対する苛立ちからくるものだった。

 この二日間、俺は十数年ぶりに一人の時間を過ごした。

(なんで俺は忘れてしまっていたんだろうな……)

 初めは「領主」という肩書きから一時的にとはいえ解放されたような自由感に心地よかった。

 しかし道中ですれ違った商人、冒険者、吟遊詩人など多くの者達が俺を見た瞬間に逃げるか、悲鳴をあげるか、道端へと避けるかして、皆が『俺』を恐れた。

 一人だった頃はそれが当たり前だった。が、久しぶりにそんな現実に直面した時、俺は幼い頃のように萎縮してしまい、人に話しかけることが怖くなり途中にあった村や街を避けて野宿でここまできた。

"外見であなたを避ける人はあなたの本当の良さがわからない人なの。そんな人達の言動で落ち込むことなんてないわ"

 道中はずっとエミリアの顔が浮かんだ。俺の人生を照らしてくれた、あの太陽のように眩しい笑顔が浮かんだ。

(君がいてくれたから俺は繋がりを持てたんだ)

 明るく天真爛漫な彼女の周りにはいつだって人が寄ってきた。その笑顔に当てられて多くの人が君を囲んだ。

 俺もその一人だ。人を見かけると苦手意識から遠ざけるように眉間に皺を寄せてしまっていたのに君が隣にいてくれるだけで自然と笑えた。笑い合えた。

"まだまだ笑顔が硬い!"

 って、君には注意されたけど。

(それに結婚する時に二度と君に寂しい思いをさせないって心の内で誓ったのに)

 1000年前に実在したとされる超魔法文明が生み出したとされる亜人ーーこのダンジョン最下層を守る最後の一体として君は生まれ落ちた。それから500年間、一人で守り抜いた。

 そのため普段は明るく振る舞ってるけど、本当は誰よりも寂しがり屋なのが君だ。だから時折「私を見てほしい」と行動で示すときがある。まさにそれが結婚記念日の席での事だった。

 あの時は久しぶりの二人きりでの食事に、緊張し過ぎてしまって何も気づいてあげられなかった。

(あのネックレスは結婚式でつけていた時のもの、あの香水は俺が「いい匂い」だと褒めたもの、それに髪型だって、ドレスだって……)

 自分に腹が立って仕方ない。

「……ふぅ」

 俺は次の階層への扉を開いた。
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