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しおりを挟む夏のあの日。
祖父母の別荘に、圭介は負傷の療養を兼ねて預けられていた。涼しく快適な気候の土地でもあり、夏休みの娯楽や部活の練習を一切あきらめなければならない身には、良い気分転換でもあった。
圭介がそこで過ごして何日目だっただろうか。
奈恵が、来た。
小さな、と思っていた可愛らしい従妹が、かすかな異性の匂いを漂わせて現われた姿に、少しだけ胸の内を弾ませた。
リハビリのために少しずつリフティングの練習をしていた圭介を、二階の窓から密かに奈恵が眺めていたのも知っている。その視線に見られていることが、小さなときめきであり、励みにもなった。
あの日。祖父が入院し、祖母も付き添いのために出かけた。
不意に、二人きりの夜が訪れて、圭介は確かめたくなって奈恵の元へ行った。
奈恵が異性だと言うことを。
性への興味は、はち切れそうにあった。奈恵にもそういう興味はあるだろうと思った。そうでなければ、圭介の姿を眺めていたのは何故なのか説明がつかない。
興味で、奈恵に触れた。
何処をどう触ると、女の子の身体がどうなるのか、興味があった。
キスも。唇を触れ合うとどんな心地がするのか、興味があった。
女の子の中に自分を入れるとどんな心地がするのか。多分そのことに一番興味があった。そしてそれは、想像を遙かに超えて、気持ちの良いことだった。
奈恵は、怖がっていたような気もする。無理もないことだっただろう。
秋になって、圭介の入院先で再会してからも、そうだった。拒絶するようなことをずっと言っていた。
それでも、そうしてしまえば奈恵は甘い声で啼き、淫らなような仕草で圭介を求めて受け入れた。奈恵の身体は、圭介のもたらす行為に順応しているように見えた。
それでも嫌だと奈恵は言っていた。
その意味が、圭介はやっとわかりはじめている。
好きじゃないならもう止めて。
悲鳴のように奈恵は言った。私は何なの、と奈恵は圭介に訊いた。
奈恵の身体だけを欲しがってる。圭介が求めているのは奈恵の身体だけで、心は別の人を向いている。そんな疑いを、奈恵はずっと抱いていたのだろう。
(なんて、勘が良いんだ……?)
九月に圭介が入院したときに、奈恵はさおりとすれ違った。多分、あの、ほんの一瞬と言って良いような邂逅で、奈恵は、圭介の心が何処にあるのか、気づいてしまったのだろう。その勘は、悲しいくらいに当たっていた。
さおりのことはあきらめようとしていた。それでもあきらめきれない思いはどこかにあって、圭介自身がさおりへの感情から目を背けようとしていた。だが奈恵は、背けようとして背けきれなかった圭介の心の底の感情に気づいてしまったのだろう。
だから、怖がっていた。
圭介を。
奈恵を傷つけることで、自分の気持ちを救おうとしていた圭介を、そんな残酷な仕打ちばかりをする圭介を、怖がっていた。
だから嫌だと奈恵は言ったのだ。
身体は気持ちが良い。けれどもそのときに圭介が奈恵に向ける心は、好きとか、愛とか、そういう感情ではなかった。それを、奈恵は嫌だと言っていたのだ。
もっと奈恵が上手に気持ちを伝えることができたなら、もっと早く圭介にそんな話が出来ただろう。
奈恵は人に心を伝えるのが上手ではない。卑屈なほど自分に自信がなくて内気で、感情を表すことが不器用だ。
そんな奈恵の性格を、圭介は気づきながら無視した。嫌、と奈恵が言っても、何がどう嫌なのか、知ろうとしなかった。口ごもる奈恵の不器用な言葉を煩わしいと退けて、何一つ聞く耳を持たなかった。
それでも奈恵は、圭介を好きだったと言った。
こんな自分を必要としてくれたから、嬉しかった、と言った。
奈恵に、謝らなければならない。
ひどいことをしたこと、傷つけたこと。
それから誤解をとこう。疑わせてしまったことも謝ろう。
私なんかを欲しがってくれたことが嬉しかったなんて、あまりに惨めすぎる事を思わせ、そう言わせてしまったことを、謝ろう。
(奈恵に、会いたい……)
痺れるように圭介は思った。
圭介が贈ったシュシュを大事に握りしめた奈恵も、プレゼントと言ってクッキーをくれた奈恵も、好きだと言ったあとに嬉しいと笑った奈恵も、腕の中で甘い声で啼きながら身悶える奈恵も、脳裏に全部残っている。
失いたくないものは、何なのか。かけがえのないものは何だったのか。
片思いのさおりだったのか。それとも、奈恵なのか。
私、圭ちゃんが好きだったよ。ホントだよ。
過去を懐かしむように奈恵は言っていた。
奈恵に、会いたいと思う。
省みれば、どれほど奈恵を傷つけてきたのか。寒気がするほどなのに、その圭介を、奈恵は受け入れてくれていた。それでも好きだったと言ってくれた。
そんなにまで、圭介を許してくれていた奈恵を、どうして傷つけて平然としていたのか。
どうして、そんな奈恵の心を、悲しいような気持ちを、見過ごしてしまっていたのか。
(奈恵が、好きだ。……多分、好きになってた)
今さら気づくことが、馬鹿だ。
奈恵の存在に圭介はどれほど縋っていたのだろう。何の説明もせず、何の言葉も聞かず、ただ求めて、縋って、傷つけて、卑屈にさせ、悲しい誤解をさせた。
そうしてついに、奈恵は圭介から目を背けた。
もういい、もういいよ、と泣いて、圭介から去ってしまった。
「奈恵……!」
圭介は頭をかきむしった。
夜中なのに、家に走って行ってでも奈恵に会いたい。会って、謝って、誤解をといて、そしてきちんと言いたい。奈恵の心に届くように。
その上で、もういい、と奈恵が言うなら、あきらめるしかない。だが伝えたかった。聞いて欲しかった。
本当に、奈恵を好きになっていたのだと。
それを伝えたいという欲求がどれほど身勝手な思いか、圭介自身にも今はもうよくわかってきている。それでも、どうにかして奈恵に聞こえるように話をしたい。
奈恵に、会いたい。
深夜に、奈恵はふと目が覚めた。
枕元に充電中の携帯電話がある。振動していた。
「……」
液晶画面に「相良圭介」と、出ている。
黙って、見過ごした。
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