ハーレムヴァンパイア〜すべてのヒロインたちに花束を〜

LABYRINTH

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3話

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 こんな幼気な少女を置いて立ち去れと言うのか。苦しみあえぎ、今にも死にそうになっているというのに。


「そりゃ無理な話だな」


 独り言のつもりで俺は呟いた。

 元から躊躇いなどなかった。あるとすれば、生身の肌に触れることへの引け目くらいで、苦しんでいる人間を見捨てられるほど俺は終わっちゃいない。


 少女の腰の下に腕を回す。

 膝は痛むが、少し力を入れるだけで、少女の身体は軽々と持ち上がった。


「君は何てことを……」


 腕の中の少女は片目を見開き、俺を見上げた。

 俺の左手は少女の背中を、右手は尻と大腿部のちょうど中間に添えられていた。


 少しだけ揉むように力を加えると、弾力のある肌が俺の手を弾き返す。

 涙が自然とこみ上げてくるほど圧倒的な肉感。

 俺がどれだけ願っても叶わなかった三次元の女の触感だ。

 しかも合法的に味わえるなんてな。こんなラッキーイベントもう一生ないかもしれない。


「俺も立場が悪いからな。病院の前に置くだけだぞ。そしたら向こうで勝手に介抱してくれるだろうさ」


「勝手に決めるな。それとどさくさに紛れて変なとこ触るな!」


「安心しろ、俺は童貞だ」


「はっ? えっ、ちょっとどういう意味⁉」


 家の近くに大きな病院がある。

 そこまでダッシュだ。

 少女を置いたら一目散に帰宅。手が感触を覚えているうちに自慰をしてやる。

 三回……いや、四回はしてやる。


「完璧な作戦だ!」


 俺が颯爽と一歩を踏み出した時だった。


「ちょっとそこの君っ」


 若い男の声が背後から聞こえてきた。

 最初の一歩で足を止めざるを得なくなった。


「止まりなさい、警察だ」


 バッドタイミング。一番見つかってはいけない存在に見つかってしまった。


「うぐ……あの……」


 時が止まった気がした。

 まだなにもされていないのに、じゅわっと背中から汗が噴き出すのがわかる。

 ありとあらゆる最悪のシナリオが頭の中で駆け回っていた。


「言わんこっちゃない」少女が小さく呟いた。立て続けに、「振り返るな。逃げろ」と囁いている。


 どうする。少女の言うとおり、このまま駆け出すか。それとも事情を説明すれば理解してもらえるかもしれない。何よりもこのぐちゃぐちゃの膝で逃げ切れるかという心配もある。

 しかし冷静にみて、ほぼ半裸の少女を抱いているというこの状況。

 上手く切り抜けたとしても指名手配だ。


「私を置いて逃げろ。君では勝てない」


「どういう意味だよ。そんなことできるか」


 そんなやりとりをしている間に、機を逃してしまったらしい。

 ぽんと俺の肩に手が置かれるのがわかった。


「署に来て、いくつかお話をお聞かせくれませんか」


 丁寧でこなれた口調だった。

 俺は額を汗まみれにしながら、壊れた玩具のようにカクカクと振り返った。

 

 制服の警官が二人いた。

 俺の肩に手を置いた好青年は微笑ともつかぬ顔で俺を見つめている。

 もう一人精悍な顔つきの若者は少し奥の方で、無線機らしきものを口元にあてていた。

 何か報告でもしているのだろうか。


「十分ほど前なんですが。この公園付近に怪しい男がいるとの通報を受けましてね」


 あのスーツの女だ。あいつが通報したのだ。善良なる市民の責務を果たしやがって。


「心当たりがないか、どうかご協力をお願いしたく」


 好青年は口ではそう言っているが、穏やかな表情の中に有無を言わせない威圧感を漂わせている。

 確実に俺がその怪しい男だと決めつけている目だ。

 奥の男は腰に手を当て、明らかに訝しげな様子で、俺の顔と俺の抱いている女の子を交互に睨みつけている。


「あ、いや、俺は、その。怪しいもんじゃないです、ほんとに……」


 くそ。馬鹿か俺は。自分で怪しいもんじゃないって言う奴があるか。

 最悪だ。穏やかだった警官があからさまに表情を厳しくした。


「署までご同行を願いたいのですが、できればでよろしいので」


「そ、それって任意ってことですよね。お、俺は何もしてませんから」


「いくつか質問に答えてもらうだけですので」


 奥の警官がざっと砂を蹴り、一歩近づいた。


 直後、少女は俺のシャツをぎゅっと握りしめると、「逃げろ」と囁いた。

 意外にも強い力で、俺のネルシャツのボタンがみしみしと音を立てた。


「俺、ちょっと急ぎの用があるんで!」


 俺はうわずった声で叫び、踵を返した。逃げたらまずいということも重々承知だ。


 だが、予想していたよりも遥かにまずい状況が俺を待っていたのだ。


「これが何かわかるか」


 もはや先程までの穏やかな声ではなかった。

 ちゃっと硬質な音がして、背中に固い物が押し付けられる。

 頭の中が真っ白になった。


 ちょっと待てよ、ここは日本だぞ。


「こっちを向け」


 考える余裕なんてなかった。恐怖に支配され、暗示にかかったように俺は振り返っていた。


「死にたくなかったら、その女をこっちへ渡せ」


「こ、この子を⁉」


「お前には用はない。大人しく渡せば、命は助けてやる」


 恐れていた通り、青年は銃らしき物を構えていた。銃口は完全に俺の額を捉えている。

 しかも銃にはサプレッサらしき物が取り付けられ、どう見ても映画の中でしか見たことのない非日常感を醸し出していた。


「聞こえなかったか」


 制服姿の青年は無表情のまま、引き金に指をかけた。指が動くと同時に、銃口が俺の両脚の間にスライドした。

 パシュンと意外なほど呆気ない音がした。


 だが、本物だ。銃は本物。


 はっきりと思い知らされた。

 地面へ向けて撃たれた銃弾は時に跳弾することもあるようだが、地面が柔らかかったせいか、ちょうど俺の股下、足元の地面を抉っていた。


「わかったか。次は膝を撃つ」


「女を地面に置くだけでいい」奥の男が付け加えた。「それで終わりだ。簡単な話だろ」


 こいつら本当に警官か。

 俺の心臓は拍子を乱していた。汗もぴたりと止まっていた。

 そんな硬直状態の俺に向かって、少女は鐘を打つような声を振り絞った。


「逃げろ! 相手に撃つ気はない!」


「いや、でも……」


「奴らは警官じゃない。わかってるだろ」


 確かに警官なわけがない。いきなり発砲するなんて正気の沙汰ではないからだ。

 でも撃つ気がないなんて何を理由にこの娘は言ってるんだ。

 俺が一歩二歩と後ずさりすると、手前の男が奥の男に目配せした。


「仕方ない。確保だ。細心の注意を払えよ」


「了解」


 警官の服を着た男たちは、埒が明かないと判断したのか、腰を低く落とし、俺を取り囲むように近づいてきた。

 おっさん一人を相手にするには警戒しすぎだ。

 

「お、おい!」俺は少女に呼びかけた。「どうすりゃいいんだよ⁉」


「このボタン貰うぞ」


「ふぇっ⁉」


 俺が目を見開いた時だった。

 少女は俺の服のボタンを引きちぎると、それをコイントスするように、二人組に向けて親指で弾き飛ばした。

 パン、パン。と、立て続けに空気が破裂するような音。さっきの発砲なんかより、よっぽど大きな音だった。


 我が目を疑った。

 キンッと、男の銃が弾き飛ばされたのだ。

 二つ目のボタンはもう一人の肩に直撃した。鞭で叩いたような音がして、肩の一部を貫いたようだった。水風船を貫いたように血しぶきが後方へと放射状に噴射される。


 男は「ちっ」と舌打ちをして、噛みちぎられたようになっている肩の傷口を手で押さえた。


「悪い。よけられた」


「い、いまのがっ⁉」


 ジャストミートじゃないんですか。

 てか、何なんだよ、この女は。

 俺は眼下の少女を二度見した。


 驚いてる場合じゃなかった。

 今のが振り絞った最後の力だったのか、少女は俺の腕の中でぐったりとしていた。急速に生気が失われていくのがわかる。


「今のうちに逃げろ」と少女は震える唇で声にならない声を発した。

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