ハーレムヴァンパイア〜すべてのヒロインたちに花束を〜

LABYRINTH

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8話

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 あの日、俺がもはや人とは呼べないものになった直後の話だ。

 

「主水、そっちの死体を持ってくれ」


 俺たちは下半身だけになったニセ警官の身体を肩に担いだ。

 その時点で俺は茫然自失状態。トリエステに言われるままになっていた。


「私と君とで血を半々にしたようなものだからの。ふらふらするのは仕方ない。あとで補給することにしよう」

「それって……血を吸うってことか」

「当たり前じゃ」


 俺がいざ歩きだそうとしたところで、ズボンがストンと地面に落ちた。慌てて片手でズボンを引き上げたが、どうもおかしい。ベルトをしていてもぶかぶかなのだ。

 ズボンだけじゃない。愛用のパンツもそうだ。あやうくずれ落ちかけている。


「って、なんだ俺⁉ 痩せてる⁉」

「いちいち説明せんといかんのか。めんどくさいのぉ」

「まさか雰囲気みて納得しろってか? 悪いが俺の頭の中は絶賛ぐちゃぐちゃなんだよ! 必要な説明はしてもらわないとこっちも困る。あんたも後から文句言われたくないだろ」


 トリエステは「仕方ないの」とため息をもらし、簡単な説明をはじめた。


 血盟の兄弟、つまり吸血鬼たちのコミュニティがこの世にはあるらしい。血盟の兄弟は略してBBともいう。

 さて、この吸血鬼になった者は驚きの特典をいくつも得ることになる。

 わかりやすいところでは、吸血鬼は最も充実した姿を手に入れるというものだ。

 過去痩せていた者はその姿に、年老いた者は若々しく。


 トリエステに言わせれば、今の俺は十代中頃の顔姿になっているらしい。

 正確に言うと、過去の自分に戻るというよりは、その者にとって最適な、要するに魅力的な状態となるらしかった。

 

「それじゃあ、トリエステ。あんたはどうなんだ。まさか子供の頃に吸血鬼になったのか?」

「いや、わしは特別なんじゃ。ベテランと言うべきかな。ある程度姿を自由に変えられるというわけで」

「じ、自由に?」

「血を吸う行為は、ビタミンやミネラルなどの養分を取り込む他に、相手の生命力を摂取するということなんじゃ。インド風に言えばプラーナというのかの」

「……ほ、ほう」

「それと一緒にその者の遺伝情報も取り込むことになる。例えるなら生命の設計図を手に入れるということじゃ。それを元に自分の姿を書き換えることができるというわけじゃ」

「つまりそれができるようになるまでは長年かけてコツを掴む必要があると……」

「うむ。じゃが、当面は気にする必要ないじゃろ。血を得れば得るほど、人から見た魅力が勝手に増していく。そのことだけわかってれば良い」


 俺たちはいつの間にか、神社のところまで歩いていた。暗闇を選んで進んでいたから、さほど怪しまれなかっただろう。


「死体はここに置いていこう」

「ここって神社の裏に⁉」

「後でロッジに連絡する。死体はそいつらに回収させるから問題ない」

「ロッジ?」


 俺が聞き返すと、トリエステは頭を掻いた。それからまためんどくさそうに説明をした。


「ロッジというのは各地に存在するBBの活動拠点みたいなもんじゃ。事務所ぐらいに考えておけ」

「なるほど……」

「お前のことも報告せんといかんし、なんだかダルくなってきたのお。まあ、そのうち主水も加盟の儀式に参加するだろうから心の隅に留めておけ」

「なんだって?」

「我々にもルールと責任があるということじゃ。そのルールと責任は当然、主水にも守ってもらうことになる」

「ルールって例えば?」

「例えば子どもには手を出すなとかな」


 自由気ままかと思いきや、彼らにも色々しきたりがあるようだ。

 手間を取らせて悪い気がしてきたが、聞きたいことは山ほどあった。


「なんとなくロッジは理解した。それで俺たちを襲ってきたこの男たちは何者なんだ?」

「なんでもよかろう。機関でも組織でも教会でも騎士団でも好きに呼べ」

「つまり、それにトリエステは関係してると? 組織に追われてたとか? 捕まったところを逃げ出したとか」

「まぁな。とにかく私はまどろっこしいことが嫌いなんでな。それについては、また気が向いた時に説明しよう」

「そうか……悪かったな」


 確かに。これ以上聞いても整理できる自信がなかった。おいおい訊ねることにするか。

 俺はとりあえず今生きている喜びを噛み締めることにした。


 考えてみれば。公園で倒れているトリエステに近づいた時点で、俺は一方的に血を吸われていてもおかしくなかったはずなのだ。それをしなかったってことは、この女はつまり『そういう』奴なのだろう。

 もちろんそれもルールということなのかもしれないが、どうもそれ以上の、形容し難い小さな信頼感を俺は密かに抱いていた。

 ともかく俺はトリエステが悪い奴とは思えないし、それが何より重要だったのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 神社を立ち去る時、俺はある重大な事を思い出した。


「やばい。コミケの紙袋……」

「なんじゃ?」

「しまった」俺は頭を抱えた。「戦利品、どっかに落としてきた」


 するとトリエステはふふふふと笑いだした。口を手で押さえて笑うと、ほんとにあどけない少女のようだった。

 そんな様子を呆然と見つめていた俺も、いつの間にか、つられて笑っていた。

 

「そうか。大した問題じゃなかったな」

「さっきは面倒とか言って悪かったの。主水のお陰で命を助けられたのじゃった。感謝しとるぞ」


 トリエステはその場でぴょんと跳び上がると、俺の頬にキスをした。

 ほっぺたとはいえ、生まれて初めてだ。悪い気分なわけがないだろう。

 俺は少し照れながらも、手を差し出す。


「こちらこそありがとう。気をつけて帰れよ」


 トリエステは目をつむり、俺の手を握り返すのだった。
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