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9話
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「ちょっと待て」
自宅の明かりが道の向こうに見えた頃、はたと俺は立ち止まった。
「なんじゃ? どうした?」
「ときにトリエステよ。自然な流れで俺の後に付いてきてるようだが、何を考えている」
「ふむ、説明不要だと思っておった」
「……いいだろう。試しにその説明とやらを聞いてみようじゃないか」
「しばらく主水家の世話になる」
「なるほど」
俺はずり落ちかけたズボンを片手で引き上げ、煌々と闇を照らす街灯の下、至って真面目な顔つきで俺のことを見返しているトリエステを見下ろした。
「ついさっき、俺たちは握手までして別れの時を惜しんだ。ちょっと感動的なシーン、あれはいったい何だ?」
さらに視線を下ろすと血染めになったトリエステのブラウスが目に映る。さらに首を折り曲げると、血濡れた俺のネルシャツが飛び込んできた。
トリエステは口を開きかけていた。俺は「待て」と、彼女の言を制止した。
「俺の家族構成は父親と母親。よくできた妹は五年前に家を出て、一人暮らしを続けている。そして先日、交際して長い彼氏がいるということを両親の会話から盗み聞いた。今頃は結婚秒読み段階のはずだ」
「それはつまり、どういうことじゃ?」
「俺たちは殺人鬼一家ではない。ひっそりと山荘を経営しつつ、年に数回訪れる客をさばいて食卓に並べたりする趣味はないのだ」
「回りくどいのぉ」トリエステは眉をひそめた。「言いたいことはなんじゃ?」
「つまり血だらけの俺たちを見て意識を保っていられるような両親ではないのだ」
「それなら……」
「いや、待て。みなまで言うな」
俺はごしごしと頭を掻きむしった。あまりにも問題が多すぎて、何から解きほぐしていいのかわからないのだ。
だってそうだ。俺が引きこもりニートという根本的な家族の問題があるのだからな。
「あぁ、くそっ! 問題はそういうことじゃくてだな」
「では、なんじゃ? わしだってはよ風呂に入りたいんじゃが」
「風呂は母親が趣味の園芸教室に出かけた後にこっそりと……ってそういう問題でもなくてだな。なんというか」
「なんというか?」
「しばらく世話になるとは何日、何週間、何ヶ月の予定だ?」
「そうじゃな」トリエステは眉頭をポリポリと掻いた。「百年ぐらいのつもりだったのだが」
「確実に家族死んでるよね」
「定命の者たちじゃからの」
「いやいや、それ以前の話だ。ただでさえ俺と言う穀潰しがいるのに、さらにもう一人分まで養う余裕がどこに……」
「それは主水の問題じゃろ? 主水が働けば解決する話じゃないか」
「ぐぬぬ……」
トリエステは一歩踏み出すと、その場でくるりと回った。ブラウスの裾がひらりと舞う。つるつるすべすべの肌が目に焼き付く。
「安心せい、主水」
「な、何がだ?」
「マスコミ、農水産業、金融業界。我ら血盟の兄弟は各種経済界に潜り込んでおる」
「だからなんだよ!」
「必要経費はこっちから仕送りするから安心せい。もちろん多少の色はつけてな」
「それもロッジとやらか?」
「あぁ。あくまで私にかかる分だけじゃがな」
トリエステはにやりと笑い、自宅の呼び鈴へと差し指を走らせた。
俺は唇を噛んで、「まだ話がっ」と叫んだ。
「俺の見た目とか、どう説明するんだよ! こんなに痩せてちゃ別人だと……」
玄関の向こうから、「は~い」と母親の声が近づいてきた。
自宅の明かりが道の向こうに見えた頃、はたと俺は立ち止まった。
「なんじゃ? どうした?」
「ときにトリエステよ。自然な流れで俺の後に付いてきてるようだが、何を考えている」
「ふむ、説明不要だと思っておった」
「……いいだろう。試しにその説明とやらを聞いてみようじゃないか」
「しばらく主水家の世話になる」
「なるほど」
俺はずり落ちかけたズボンを片手で引き上げ、煌々と闇を照らす街灯の下、至って真面目な顔つきで俺のことを見返しているトリエステを見下ろした。
「ついさっき、俺たちは握手までして別れの時を惜しんだ。ちょっと感動的なシーン、あれはいったい何だ?」
さらに視線を下ろすと血染めになったトリエステのブラウスが目に映る。さらに首を折り曲げると、血濡れた俺のネルシャツが飛び込んできた。
トリエステは口を開きかけていた。俺は「待て」と、彼女の言を制止した。
「俺の家族構成は父親と母親。よくできた妹は五年前に家を出て、一人暮らしを続けている。そして先日、交際して長い彼氏がいるということを両親の会話から盗み聞いた。今頃は結婚秒読み段階のはずだ」
「それはつまり、どういうことじゃ?」
「俺たちは殺人鬼一家ではない。ひっそりと山荘を経営しつつ、年に数回訪れる客をさばいて食卓に並べたりする趣味はないのだ」
「回りくどいのぉ」トリエステは眉をひそめた。「言いたいことはなんじゃ?」
「つまり血だらけの俺たちを見て意識を保っていられるような両親ではないのだ」
「それなら……」
「いや、待て。みなまで言うな」
俺はごしごしと頭を掻きむしった。あまりにも問題が多すぎて、何から解きほぐしていいのかわからないのだ。
だってそうだ。俺が引きこもりニートという根本的な家族の問題があるのだからな。
「あぁ、くそっ! 問題はそういうことじゃくてだな」
「では、なんじゃ? わしだってはよ風呂に入りたいんじゃが」
「風呂は母親が趣味の園芸教室に出かけた後にこっそりと……ってそういう問題でもなくてだな。なんというか」
「なんというか?」
「しばらく世話になるとは何日、何週間、何ヶ月の予定だ?」
「そうじゃな」トリエステは眉頭をポリポリと掻いた。「百年ぐらいのつもりだったのだが」
「確実に家族死んでるよね」
「定命の者たちじゃからの」
「いやいや、それ以前の話だ。ただでさえ俺と言う穀潰しがいるのに、さらにもう一人分まで養う余裕がどこに……」
「それは主水の問題じゃろ? 主水が働けば解決する話じゃないか」
「ぐぬぬ……」
トリエステは一歩踏み出すと、その場でくるりと回った。ブラウスの裾がひらりと舞う。つるつるすべすべの肌が目に焼き付く。
「安心せい、主水」
「な、何がだ?」
「マスコミ、農水産業、金融業界。我ら血盟の兄弟は各種経済界に潜り込んでおる」
「だからなんだよ!」
「必要経費はこっちから仕送りするから安心せい。もちろん多少の色はつけてな」
「それもロッジとやらか?」
「あぁ。あくまで私にかかる分だけじゃがな」
トリエステはにやりと笑い、自宅の呼び鈴へと差し指を走らせた。
俺は唇を噛んで、「まだ話がっ」と叫んだ。
「俺の見た目とか、どう説明するんだよ! こんなに痩せてちゃ別人だと……」
玄関の向こうから、「は~い」と母親の声が近づいてきた。
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