ハーレムヴァンパイア〜すべてのヒロインたちに花束を〜

LABYRINTH

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14話

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 ルチアは感染という言葉を使った。

 吸血鬼の本質とはウィルスによる感染にあるらしい。正確には超古代に造られたウイルス様ナノマシンということになる。つまり俺やトリエステは感染した末の生物ということだ。


 あるレベル以上のウイルスが体内に取り込まれると、それは発症する。そのレベルを超過しなければ、体内の免疫機構がウィルスを打ち破り、結果人のままでいられるというのだ。

 その境界となるのが総血液量の一割。それを超えれば人でなくなる。

 一割というのは、あくまで目安だから注意が必要だとルチアは言った。


「これでわかった? トリエステはあなたを試したのよ」

「試した?」

「最初から血への渇望に抗えるなんて思ってなかったってこと」

「失敗するなら早い方が良い」トリエステは肩をすくめた。「それだけのことじゃ」


 俺は再び喉を手で押さえてみた。血は止まっている。傷も綺麗に消えていた。

 ルチアはトリエステを押しのけると、勝ち誇ったような笑みで俺を見た。


「あんまりさあ。ぼこぼこ仲間を増やされても困るのよ。そのくらい想像すればわかるでしょ?」

「わからん」

「ピラミッドの頂点は少なくあるべきじゃない? それが自然の摂理なのよ」

「一度バランスが崩れれば、加速度的に仲間が増える。そういった可能性があるということか」

「大事なのは需要と供給のバランス。そのうちあたしたちの食料がなくなっちゃうじゃない。それに目立ち過ぎると商売敵に狩られちゃう」


 俺は壁にへたり込んでいたスーツの女を見下ろした。女の身体が小刻みに震え始めていたのだ。


「やっぱり吸いすぎちゃったみたいね」

「じゃあ、もう仲間にするしか……」

「だめよ」ルチアは冷たくぴしゃりと否定した。「ただでさえあなたが増えた。もう定員オーバーよ」

「じゃあ……」


 俺は息をのみこんだ。

 ゆっくりとルチアが動き出したからだ。

 ルチアは女の首筋に爪を立てた。女のうなじに血管が浮き上がる。爪から急速に血が吸われていくのが目に見えてわかった。


「いいこと? もし吸いすぎたら早いうちに全部吸い取っちゃうこと」ルチアはふふっと笑った。「からからになるまでね」

「ちょっと待ってくれ」

「あら。やってみたいの」

「そうじゃない!」

「違うの? なら、あなたにできる? チェリー坊や」


 女の身体が急速に萎んでいく。乾燥した林檎のようにしわしわと水分を失っていく。

 俺は困った顔をしているトリエステを見つめ、それでも居たたまれず目を背けて何もない地面を見つめた。


「もしかしてあなたって菜食主義? 家畜は食べないの?」


 馬鹿にするように言ったルチアは、胸の谷間から取り出した黒いハンカチーフで手を拭きながら、トリエステと背中を向き合わせるように歩み進んだ。


「これはあたしからの忠告よ。単なる優しさからのね」

「なんじゃ?」

「あなたたちの情報。向こうに伝わってるかもね」

「じゃろうな」トリエステは肩をすくめた。「百も承知じゃ」

「あら、また生け捕りにされて実験に使われるつもりなの?」

「んなわけなかろう」

「じゃあ、上手くやることね。あちらさんも動き出したみたいだし。お互い気をつけましょう」

「魔女による魔女裁判か。心配してくれてありがたいの」

 

 トリエステが呆れたように言うと、ルチアは「ほほほ」と笑いながら女の死体を軽々と担ぎ上げ、静かに歩き去った。

 俺はその場に残された女の鞄を見つめたまま、しばらくの間、何を言っていいのかわからなくなっていた。


「すまなかったの、主水。悪気はなかったんじゃ」

「俺が言うことを聞かなかったからだ」

「次から気をつければ良いだけの話じゃ」

「でも彼女は死んだ」

「しかし主水は生き残った」

「そうだ。だが俺がもう人でないなら、それが本当にそうなら、こんなに苦しい気持ちにはならないはずだ」

「なあ、主水。今の社会で食料を得るのは難しい。犠牲を最小にして、この問題を解決する方法はあるかの?」

「急に質問か? 俺に訊いてるのか」

「もしいいアイデアがあるなら……」


 あるわけない。そう思った時、俺ははたと東の空を見上げた。

 空が白くなり始めていた。夜が明けようとしているのだ。


「やばい! 太陽だ!」

「どうした主水。太陽に嫌な思い出でもあるのか?」

「なにとぼけてんだよ。ほら、俺たち!」


 俺は両手を広げた。

 弱点といえば十字架。それから、にんにくと銀、そして日光と相場が決まっている。

 俺がぶかぶかの服を頭までかぶり、慌てふためいていると、トリエステが腹を抱えてゲラゲラと笑い始めた。


「ひっひっひっ。面白い奴じゃの、お前は」

「笑ってる場合かよ!」

「わしらが日光で死ぬと思ったか?」

「違うのかよ。灰になるんだろ?」

「だから彼岸島の吸血鬼を見習えと……」

「それはもういい!」


 俺は被せるように叫んだ。トリエステは笑いを堪えるような表情で、「うむ」と頷く。


「確かに我々は光に弱い。だがそれは、せいぜい日焼けが酷くなったというレベルじゃ。太陽を浴びてすぐに死ぬなんて脆弱な生き物ならとっくに滅びておる」

「な、なんだってー?」

「光とかにんにくとか。そんなのはわしらがかつて作り上げた迷信なんじゃよ。現に私の好物はペペロンチーノじゃ」

「ぺぺ……って、でもさ」

「それに今では良い物がある」


 トリエステはそう言って、懐からチューブ状の化粧品のような物を取り出した。軟膏でも入っているような容器だ。チューブの側面には『BB』と記されていた。


「これは『Blood《血盟の》 Brotherhood《兄弟》』印の特性クリームじゃ。通称BBクリームと呼ばれておる」

「なんか化粧品みたいだな」

「紫外線をカットしてくれる上に、青白い肌も隠してくれる代物じゃ。いかにも健康そうな血色良い肌に見せてくれるぞ」

「興ざめなぐらい便利な物だな。ありがたくいただくとしよう」

「おっと! ただし注意があるんじゃ」

「なんだよ。オゾン層の問題で紫外線照射が増えてるとか言うんじゃないだろうな」

「う~ん、近い。言うほど我らが光に弱くないとはいえ、渇きがある上に長時間の日光照射はさすがに禁物じゃ。昨日の私みたいになるぞ」


 俺はわかったと頷いた。

 そそくさと貰ったクリームを全身に塗りたくっていると、


「おぉ、そうじゃ」とトリエステはぽんと手を叩いた。「クリームを見ていて、いい手を思いついた」

「ふむ、聞こうか」

「ほれ、頭を使え。木を隠すには森とよく言うじゃろ?」

「それってクリーム関係あるのか。いや、代わりに俺が答えてやる。絶対関係ないはずだ」

「しかし名案じゃぞ」


 トリエステはにんまりと笑っていた。

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