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16話
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「うちは由奈、よろしく!」
溌剌とした金髪関西弁に続いて口々に前後左右から名前が教えられたが、俺の鳥頭は一瞬にして記憶を蒸発させた。
とりあえず由奈と名乗った女の恵まれた胸が俺の腕を挟んでいる。俺の意識の大半はその柔らかみに支配されていた。がっしりと腕で押さえ込まれ、逃れることはできない。
「教えてくれ。俺はどこへ連れて行かれるんだ?」
「じぶんおもろいなぁ! 食堂に決まとるやろ!」
わっしょいと廊下を突き進む俺たちを、通行人たちが「なんだなんだ」と見つめていた。呆然と見守られるのはいいが、男たちの妬むような鋭い視線が痛い。
「じぶんどこから来たん?」
「彼女いるの?」
「今まで何人ぐらい付き合ったの?」
「犬飼ってる?」
「セレベスクレステッドマカク飼ってる?」
「猫は?」
「イグアナは?」
……誰だ、セレベスクレステッドマカクを飼ってるか聞いたやつは。国際自然保護連合のレッドリストにも入ってる絶滅危惧種だぞ。
いや、まぁ、そんなことはどうでもいい。
俺は神輿の掛け声のように浴びせられる質問に翻弄されながら、いつの間にか人気のない渡り廊下のところまで来てしまった。
左右から服をひっぱられ、まさぐるように身体を触られたせいで、全身がぼろぼろだった。
「ちょっと待ってくれ!」
俺が場違いなぐらいの大声を発すると、ぴたりと行進は止まった。女子たちはきょとんとした顔で俺を見ている。
「いきなりなんなんだよ、お前ら!」
「なんなんってなんなん?」
「だから……」
突然、日焼けギャル由奈氏の空気が変わった気がした。
「うちわかっとんねん」
彼女は艶めかしい声で言ったかと思うと、身体を密着させ、耳元に唇を接近させてきた。女子たちも再び俺を取り囲んでくる。
まるで何かに操られたようだった。何かというのはおそらく俺自身だ。身体距離が近づくほど雌の本能が刺激されるとトリエステから話を聞いたことがある。特に俺が渇きを感じているほど、相手は自制心を失い、トランス状態に陥りやすいのだと。
「わ、わかってるって何が?」
「身体は正直っちゅうこと」
由奈氏が俺の腹に指を当て、それを這うように下へ滑らせていく。ぞくぞくとした感覚がこみ上げてきた。
俺が徐々に膨らんでいく。
「違う!」
俺は身体を振り乱し、由奈氏の手を解いた。すると由奈氏は少し怒ったように言った。
「何が違うん?」
「い、いや! なんか、膨らもうとしてる」
「もう膨らんどるで」
「そうじゃなくて!」
身体の異変は今朝から感じていた。
ただ、今日が学校初日ということで、気分が紛れていたというか、それどころではなかったのだ。
俺が、俺自身が膨らんでいるのだ。
腹が膨張し、ズボンを押し広げ、ベルトに食い込もうとしている。シャツやブレザーがぱつぱつに張ってきて、今にも突き破るほどだ。顎もたるみ出したのがわかる。
そう。まるで数週間前のぶくぶくに太っていた頃の俺に戻ろうとしているかのように。
━━渇き過ぎには気をつけるんじゃ。生命は元の状態に戻ろうとする力があるからの。ホメオスタシスじゃ。
以前話していたトリエステの台詞が頭の中で響いた。
このままじゃ駄目だ。厄介とは言え、中々幸先のいいスタートを切れた学校生活が、その日の内に終わってしまう。
俺はぐっと腹を引っ込め、女子たちを吹き飛ばすように、駆け出した。
「きゃっ、なんなんよっ!」
「悪い! ちょっと用事を思い出した!」
俺は廊下を逆走し、校舎に入り込んだ。壁際で俺たちの様子を盗み見ていた生徒たちが、口々に「どうしたんだ」と囁いている。
逃げ場はない。
俺は階段を駆け上った。
最上階にたどり着き、さらに上を目指す。
この階段をのぼれば屋上だ。
立ち入り禁止の張り紙を飛び越えて、屋上へ通じる扉に手をかけた。
「くそ、鍵が……」
諦めるわけにはいかない。真の姿、老いた上に肥満体の俺を見られでもしたら、トリエステ提案のハーレム計画(俺は渋々計画を受け入れただけだ)が儚く散ってしまう。
ふん、と力を込めると、ドアノブごと鍵が壊れた。足で蹴りつけて、扉を開く。
息を乱しつつ、屋上へと踊り出た。
燦々と降り注ぐ太陽の光。
手を眉の上に当て、傘を作る。それから辺りを見回すと、既に先客がいることに気がついた。
「初日から大変そうじゃの」
俺は目を細め、トリエステを見つめた。日傘をさしている彼女は屋上のフェンスの上に腰掛けて、校庭を眺めていた。
「どうやって屋上に?」
「そんなことより」
トリエステはフェンスから手前に飛び降り、屋上のフロアに着地した。
「なぜ血を飲まん? もう何日飲んどらん?」
溌剌とした金髪関西弁に続いて口々に前後左右から名前が教えられたが、俺の鳥頭は一瞬にして記憶を蒸発させた。
とりあえず由奈と名乗った女の恵まれた胸が俺の腕を挟んでいる。俺の意識の大半はその柔らかみに支配されていた。がっしりと腕で押さえ込まれ、逃れることはできない。
「教えてくれ。俺はどこへ連れて行かれるんだ?」
「じぶんおもろいなぁ! 食堂に決まとるやろ!」
わっしょいと廊下を突き進む俺たちを、通行人たちが「なんだなんだ」と見つめていた。呆然と見守られるのはいいが、男たちの妬むような鋭い視線が痛い。
「じぶんどこから来たん?」
「彼女いるの?」
「今まで何人ぐらい付き合ったの?」
「犬飼ってる?」
「セレベスクレステッドマカク飼ってる?」
「猫は?」
「イグアナは?」
……誰だ、セレベスクレステッドマカクを飼ってるか聞いたやつは。国際自然保護連合のレッドリストにも入ってる絶滅危惧種だぞ。
いや、まぁ、そんなことはどうでもいい。
俺は神輿の掛け声のように浴びせられる質問に翻弄されながら、いつの間にか人気のない渡り廊下のところまで来てしまった。
左右から服をひっぱられ、まさぐるように身体を触られたせいで、全身がぼろぼろだった。
「ちょっと待ってくれ!」
俺が場違いなぐらいの大声を発すると、ぴたりと行進は止まった。女子たちはきょとんとした顔で俺を見ている。
「いきなりなんなんだよ、お前ら!」
「なんなんってなんなん?」
「だから……」
突然、日焼けギャル由奈氏の空気が変わった気がした。
「うちわかっとんねん」
彼女は艶めかしい声で言ったかと思うと、身体を密着させ、耳元に唇を接近させてきた。女子たちも再び俺を取り囲んでくる。
まるで何かに操られたようだった。何かというのはおそらく俺自身だ。身体距離が近づくほど雌の本能が刺激されるとトリエステから話を聞いたことがある。特に俺が渇きを感じているほど、相手は自制心を失い、トランス状態に陥りやすいのだと。
「わ、わかってるって何が?」
「身体は正直っちゅうこと」
由奈氏が俺の腹に指を当て、それを這うように下へ滑らせていく。ぞくぞくとした感覚がこみ上げてきた。
俺が徐々に膨らんでいく。
「違う!」
俺は身体を振り乱し、由奈氏の手を解いた。すると由奈氏は少し怒ったように言った。
「何が違うん?」
「い、いや! なんか、膨らもうとしてる」
「もう膨らんどるで」
「そうじゃなくて!」
身体の異変は今朝から感じていた。
ただ、今日が学校初日ということで、気分が紛れていたというか、それどころではなかったのだ。
俺が、俺自身が膨らんでいるのだ。
腹が膨張し、ズボンを押し広げ、ベルトに食い込もうとしている。シャツやブレザーがぱつぱつに張ってきて、今にも突き破るほどだ。顎もたるみ出したのがわかる。
そう。まるで数週間前のぶくぶくに太っていた頃の俺に戻ろうとしているかのように。
━━渇き過ぎには気をつけるんじゃ。生命は元の状態に戻ろうとする力があるからの。ホメオスタシスじゃ。
以前話していたトリエステの台詞が頭の中で響いた。
このままじゃ駄目だ。厄介とは言え、中々幸先のいいスタートを切れた学校生活が、その日の内に終わってしまう。
俺はぐっと腹を引っ込め、女子たちを吹き飛ばすように、駆け出した。
「きゃっ、なんなんよっ!」
「悪い! ちょっと用事を思い出した!」
俺は廊下を逆走し、校舎に入り込んだ。壁際で俺たちの様子を盗み見ていた生徒たちが、口々に「どうしたんだ」と囁いている。
逃げ場はない。
俺は階段を駆け上った。
最上階にたどり着き、さらに上を目指す。
この階段をのぼれば屋上だ。
立ち入り禁止の張り紙を飛び越えて、屋上へ通じる扉に手をかけた。
「くそ、鍵が……」
諦めるわけにはいかない。真の姿、老いた上に肥満体の俺を見られでもしたら、トリエステ提案のハーレム計画(俺は渋々計画を受け入れただけだ)が儚く散ってしまう。
ふん、と力を込めると、ドアノブごと鍵が壊れた。足で蹴りつけて、扉を開く。
息を乱しつつ、屋上へと踊り出た。
燦々と降り注ぐ太陽の光。
手を眉の上に当て、傘を作る。それから辺りを見回すと、既に先客がいることに気がついた。
「初日から大変そうじゃの」
俺は目を細め、トリエステを見つめた。日傘をさしている彼女は屋上のフェンスの上に腰掛けて、校庭を眺めていた。
「どうやって屋上に?」
「そんなことより」
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