ハーレムヴァンパイア〜すべてのヒロインたちに花束を〜

LABYRINTH

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37話

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 俺は振り返ったのと同じ速度で前を向き直り、さらにペダルを踏み込んだ。


「ひゃっ⁉ ちょっ、なにしてるの! 止まりなさいって」


 取り乱した杏がばたばたと俺の背中を叩いた。彼女は今にも泣きそうな声で、


「なんで止まらないの? 少し注意を受ければ終わるはずでしょ」

「昔は二人乗りで逮捕なんてされなかったんだがな」

「だから逮捕じゃないってば!」

「ガンジーは非暴力を貫いても投獄された」

「えっ? どういう意味よ!」


 警官と仲良く立ち話なんてしてたら確実に遅刻する。それ以上に、名前を知られ指紋まで取られれば更なる厄介に繋がるだろう。

 トリエステに出会った時も偽警官に襲われた。警察組織にブラザーフッドの敵が紛れ込んでいる可能性は大きい。


「本気で飛ばすぞ。手を放すなよ」

「だからなんでそうなるのよ!」


 自転車を傾け、直角に方向転換する。

 そこは見覚えのある、そして思い出深い通りだった。

 自転車の速度をさらに早めると、後方からサイレンの音が聞こえ始めた。


「何考えてるの⁉ これじゃほんとに逮捕よ、逮捕!」

「捕まるわけにはいかないんだよ」


 俺は歯を食いしばった。悲鳴を上げ始めた大腿四頭筋に力を込める。

 後方からは婦人警官のヒステリックな声が、「止まりなさい」と迫ってくる。

 杏は俺の制服の襟をひっぱり、何度も「止まって」と懇願を繰り返した。


「どうしてくれるのよ! もうどうやったって注意じゃ済まなくなったじゃない!」

「く、くるしぃ……」俺は絞められている喉を必死に開いて、息を吸い込んだ。「安心しろ。勝算はある」

「どうみても負け戦でしょ! 制服で学校ぐらい簡単に突き止められるんだから!」

「学校を知られても特定はされない。到着したら、後は知らぬ存ぜぬで押し通せば問題ないだろ」


 俺は自転車を急旋回させ、小道に突入させた。そのまま石造りの鳥居をくぐる。

 そう、あの神社だ。

 一瞬振り返り、後方へ視線を走らせる。

 パトカーが小道に入れず、往生している様子が見えた。

 タイヤが砂利を踏み、車体ががたがたと揺れ始めた。

 杏はさらに取り乱した。


「なにここ、神社⁉ ちょっと罰当たりなことしないでよ!」

「ここの神様とは顔見知りだから安心しろ」

「なら安心ね……って思うわけないでしょ! というか前! 前前前! 行き止まりじゃない!」

「これが行けるのさ。かなり揺れるから振り落とされるなよ」


 俺はハンドルを強く握り、速度を落とさずに神社の裏側へと突き進んだ。


「近道だよ、近道!」

「な、慣れてるの?」

「そうだ。この前はトラックに撥ねられた」

「だ、だめじゃん!」


 俺は前輪を少し持ち上げ、神社の柵の隙間を華麗にすり抜けた。


「って、うわっ⁉ えっ、ちょっと、これ崖じゃなあああぁぁぁあぁいっ」

「口を閉じろ。舌噛むぞ。それにこれは崖じゃなくて急な坂だ」

「神様神様神様……」


 杏は涙声で繰り返しながら、俺の背中に顔を埋めてコアラの様にしがみついていた。

 世界がいい具合に振動していた。木々の間をすり抜けて、自転車は速度を上げていく。

 この前は突然速度を落としたから行けなかったのだ。道路で立ち止まれば車に轢かれるのは当然だ。

 だが、並行に走ればどうだろうか。車と同じ速度なら原理的に轢かれることはない。

 俺はハンドルを切り、やがて辿り着くであろう車線方向へ舵を取った。

 次の瞬間、坂道は途中で途切れ、視界がぱっと開ける。


「少し飛ぶぞ!」

「と、とぶっ⁉」


 自転車が空を飛ぶ。心地よい風が顔を撫でるように吹き上げてきた。

 見慣れた街と、その遠くに海が広がっていた。穏やかな波がきらきらと光を反射していた。


「見てみろ、委員長。良い景色だ」


 しかし返事はない。それどころではないらしい。

 タイヤがバウンドしながら着地した。真後ろに大型のダンプカーがぴったりと走ってる。案の定、痛烈な勢いでクラクションを鳴らされた。

 道路の端に自転車を寄せ、少し速度を落とした。ダンプカーが横を通り過ぎていく。

 振り返ると、杏は口元を手で押さえ、顔を青ざめさせていた。


「き、気持ち悪い……」

「やった、見てみろ! 俺たち無事だ。おまけにかなりの短縮になった」

「寿命の話……? ほんと、死んだらどうするのよ」

「大丈夫。俺が死んでも杏のことは守るさ」

「………………」


 どうやらパトカーの方も無事振り切れたようだった。

 汗が吹き出て、喉も渇いていた。

 だが、爽快な気持ちだった。

 たぶんそれは澄み渡る青空のせいだろう。
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