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91 尾行
しおりを挟む「くそっ!馬鹿正直に待ってしまった!」
俺は慌てて駆け出し、メラルダ夫人が飛び出したドアから外へ出ようとした。
だがそこで俺は思い出した。
何の手掛かりもなく追いかけても見つけられるはずがないと。
そして俺には手掛かりさえあれば、何処までも追いかけられる魔法を習得していることを。
俺は慌てて引き返して、メラルダ夫人が座っていたであろうソファーへと戻った。
そしてソファーの上を丹念に調べた。
「あった!これなら!」
俺は一本の長い黒髪を手に取った。
そして意識を集中させて「トレース」と叫んだ。
すると俺の視線の中に、黄色く細い一本の糸のようなものが見えた。
その糸は先程メラルダ夫人が出ていった扉へと続いている。
「よしっ!絶対に捕まえてやるからな!」
俺はそう叫ぶと、全速力で廊下へと飛び出したのだった。
「お父様!」
メラルダ夫人が男に駆け寄りながら叫ぶ。
するとメラルダ夫人からお父様と呼ばれた男が、驚いた顔をしながら抱きしめた。
「おお、メラルダ!こんな夜中に一体どうしたというのだ!?」
「襲われたの!だからこうして」
「逃げてきたというのか?」
「ええ、ええ。そうよ。もうわたくし恐くって」
「誰に襲われたというのだ?メラルダよ」
「わからないわ。子どもなの!名前は何と言ったかしら?覚えていないわ」
メラルダは父親の胸にすがりつきながら、必死に思い出そうとしているようだ。
ならば教えて差し上げよう。
「アリオン=レイスだよ」
俺がカーテンの向こうから姿を現わし、親切に教えてやると、メラルダ夫人が恐怖に顔を引き攣らせながら叫び声を上げた。
「ヒイィィーーーー!」
「な、何者だ!」
父親も娘に劣らず、恐怖を顔に表わしながら叫ぶ。
だからさ、アリオン=レイスだって言ったばかりじゃん。
親子揃って記憶力ってものがないのか?
たしかメラルダ夫人の父親のクランド男爵って、元々は商人として成功して爵位を金で買った人物じゃなかったっけ?
だったら頭は良いはずだと思うんだけど、そんなに俺のことが恐いかねえ?
まあ、突然物陰から姿を現わしたら恐いか。子どもだし。
俺はそう思い直すと、ゆっくりと近付いていった。
だがその前に立ちふさがる者がいた。
「君か。どうやって追ってきた?尾行には気をつけていたのだがね」
トリストが肩をすぼめながら問い掛けてきた。
俺はすかさず答えてやった。
「トレースという尾行にはうってつけの魔法がある。それを使ったのさ」
するとトリストが驚いた顔となった。
「トレースだと!?そうか、やはり大魔導師を名乗るのは伊達じゃないようだな」
「当然。さあ、今度は油断しないぜ」
俺は臨戦態勢を整え、トリストと対峙した。
いつでも魔法は放てる。
それも俺の持てる魔法の中で最速の魔法を。
トリストも油断なく構えを取った。
どうやら今度は逃げなさそうだ。
俺はにやりと口角を上げると、先手必勝とばかりに叫んだ。
「雷撃戦槍!」
俺の右手から凄まじい雷光が煌めき、トリスト目掛けて最速で進む。
だが!
「ちっ!」
俺は咄嗟に身体を傾け、横っ飛びに飛んだ。
すると、寸前まで俺がいたところを凄まじい業火が襲った。
炎は直線的に進んで壁に激突し、途端に火の手が上がった。
「おいおい、屋敷の中で炎系の魔法を使うなよ。燃え落ちちゃうぜ?」
俺はゆっくりと立ち上がりながら、余裕の表情を作って言った。
実際のところは余裕ではなかったが、ここは弱気は見せられないからな。
するとトリストが、実に悪魔的な笑みを浮かべて言ったのだった。
「別に構わないさ。わたしの屋敷ではないのでね」
すると後ろの方で怯えながら俺たちの戦いを見ていたクランド男爵が、ワナワナと震えながら叫んだ。
「き、貴様!使用人の分際で何を言う!このわしの屋敷を燃やしおって!」
するとメラルダ夫人も父親の胸に顔を埋めながら叫ぶ。
「そうよトリスト!おやめなさい!お父様の屋敷を燃やすことはこのわたくしが許さないわ!」
するとトリストがゆっくりと振り返り、ドスのきいた声でもって驚くべきことをメラルダたちに言ったのだった。
「黙れ。わたしの主は貴様等ではない。よってわたしがどんな魔法を使おうと、貴様等の関与することではないと知れ」
するとメラルダ夫人がまたも恐怖に顔を引き攣らせながら言った。
「な、何を。お、お前は」
するとトリストがさらに恐ろしげな声でもって、メラルダ夫人の言葉を遮って言ったのであった。
「黙れと言っている。何なら貴様等から先に殺してやろうか?」
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