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112 鉄製の扉
しおりを挟むこれが奴の奥の手か。
……結構やばそう。
トリストは巨大な丸太のような腕をブンブンと振り回して、準備運動をしている。
あれをまともに喰らったら終わりだな。
ほぼ即死。
かろうじて生きていたとしても、瀕死の重傷だ。
その後、滅多クソにやられて終わるに決まっている。
脚の太さはそれ以上だ。
あのデカい図体だから、素早い蹴りなんて出来ないだろうけど、喰らったらこっちは完全に即死だね。
てことは、肉弾戦は避けた方が良いってことだ。
俺は魔力勝負に持ち込むことに決めた。
「そんじゃあこっちから行くぜ」
トリストが余裕の表情で応じる。
「いつでも構わん。好きにしろ」
偉そうに。
さっきまで瀕死だったくせに。
ちょっと大きめの皮を被っただけで、急に態度でかくしやがって。
それでも俺の方が強いっての。
俺は心の中でぶつくさと文句をひとしきり言うと、意を決して攻撃を仕掛けるのだった。
「喰らえっ!」
俺は両腕から爆炎をぶっ放した。
凄まじい業火が、猛り狂ってトリストに襲いかかる。
だがトリストは避けない。
自らの右腕を伸ばし、その先の手のひらで爆炎をせき止めた。
行く先を止められた炎は、四散した。
俺は軽く歯と歯を合わせて、ギリッと音を鳴らした。
「くそっ!魔法耐性も強くなってるってのか」
すると俺の声が聞こえたらしく、トリストが勝ち誇ったように言った。
「当然だ。これはわたしが『黄昏の時』に備えて用意しておいた、最終兵器なのだからな」
うん?『黄昏の時』って、確か前にも言っていたな?
「おい、その『黄昏の時』って、何なんだ?それに、前に俺のことを神話のなんちゃらって言ってたけど、それも一体何なんだ?」
するとトリストが鼻でせせら笑った。
「知らなくていい。どうせお前は、ここで死ぬことになるのだからな」
ちっ!
思わせぶりなことばかり言いやがって。
いいさ。必ずぶっ倒して、全部白状させてやる!
俺はそう心に決めると、再び紅蓮の炎を繰り出すのであった。
ジトー侯爵はアリオンと別れて洋館の中をひた走り、建物の北側へとたどり着くや、素早く窓を開け、そこに待機しているであろうリリーサに向かって手招いた。
すると次の瞬間、庭の草むらがザザッと大きな音を立てて揺らめき、リリーサが素早くそこから飛び出してきた。
リリーサは圧倒的な速度で庭を駆け抜け、ジトー侯爵が開けた窓にそのままの勢いで飛び込んだ。
「アリオンは?」
リリーサの短い問いに、ジトー侯爵も短く答えた。
「上だ」
それだけでリリーサには意味が通じた。
リリーサはうなずくと、すぐに地下へと通ずる階段へと向かった。
階段は特に隠されているわけでもなく、すぐそこにあった。
リリーサは躊躇なく階段に飛び込み、階下へ向かった。
ジトー侯爵も間髪を入れずにリリーサの後に連なり、地下へと向かった。
階段は十段降りるごとに方向を変え、二度目の方向転換、三十段を駆け下りたところで、扉が二人の行く手をふさいだのだった。
扉は重厚な鉄で出来ており、剣でどうにか出来るレベルではないと思われた。
だがリリーサは、構わず腰の剣を抜き放った。
そして裂帛の気合いを込めて剣を振り下ろすと、鉄製の扉がさも紙切れのようにスパッと切れたのだった。
リリーサは返す刀でさらに鉄の扉を切り刻み、分厚い鉄板が倒れて轟音を鳴り響かせる中、人が通れるほどの大きな穴を開けたのだった。
「お見事。腕を上げたな、リリーサ」
ジトー侯爵のお褒めの言葉に、リリーサが得意げな顔で応じた。
「当然よ、おじ様。だってわたし、剣豪だもの。これくらいは朝飯前よ」
「そうか。それは頼もしいことだ」
ジトー侯爵はそう言うと、扉の奥を眺め見た。
リリーサも同じく中をのぞき込み、言った。
「特に見張りがいるって訳じゃないみたい。楽勝かしら」
だが年長のジトー侯爵が、すかさずリリーサをたしなめた。
「気を抜くな。その一瞬の油断が命取りとなるぞ」
するとリリーサが、素直に受けた。
「そうね。おじ様の言うとおりだわ。気合いを入れていきましょう」
「うむ」
ジトー侯爵は短くそれだけ言うと、今度は自分が先頭に立って、扉の穴をくぐった。
扉の先は、冷たい石畳が続いている。
一切の油断なく静かにゆっくりと歩を進めるジトー侯爵。
その後に続くリリーサも、周囲を注意深く観察しながら進んでいった。
すると進む先の空間が、微かに揺らめいた。
ジトー侯爵はスッと足を止め、ジーッと先の空間を凝視した。
「リリーサ、何かがいる。気をつけろ」
ジトー侯爵は囁くようにリリーサに告げた。
すると次の瞬間、思いも寄らぬことが二人の身に起こるのであった。
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