転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

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第一話 誕生

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 1


「まったく!こんな日に限って、なんで揉め事ばかりが起きるんだ!」

 男は、道ですれ違う人々が何事かと驚いているのも気にせずに、憤懣やる方ないといった風情であたりかまわず怒鳴り声を上げながら、真っ白に染められた美しい町並みを力強く疾走していた。

 世界最大にして最も肥沃な大地を有するメリッサ大陸の南岸域一帯を中心に、各地に点在する形で小さな領土をいくつも有する海洋通商国家ヴァレンティン共和国。

 分散する領土はそれぞれが狭く、その全てを併せても総国土面積は非常に小さい。

 しかしヴァレンティン共和国は、海洋国家であるため強大な海軍力を誇っており、ほぼ横長の長方形に近い形をしているメリッサ大陸の南岸域のおよそ半分もの制海権を有し、通商と外交によって大いに栄える富裕国であった。

 そのヴァレンティン共和国内において、最も多い埠頭数と発着隻数を誇る共和国最大の貿易の要衝、それがここ、属州エルムールであった。

 このエルムールの家々の壁が皆まぶしいまでの白一色に染められているのは、夏の強烈な直射日光と、透き通るような紺碧の海からの照り返しで、室内が高温になるのを防ぐためであった。

 そのため夏前ともなれば、男たちが総出で町の後背にそびえ立つキリト山に分け入って石灰を採取し、漆喰にして家々の壁を徹底的に白く塗りつぶすのが、この町の古くからの慣わしとなっている。

 もっとも、建物のすべてを白一色に染めぬいているわけではない。
 
 漆喰を作る際に同じく山で採取した青い色石いろいしを細かく砕き、粉状にしたものを石灰に混ぜて作った青い漆喰で、屋根だけは青く塗っていた。

 そのため、壁の白と屋根の青が絶妙なコントラストを形成しており、さらに透き通るような紺碧の海の青さとあいまって、絶妙なる景色を生み出していた。

 そのためこの美しい情景を見ようと、観光客が一年中引きも切らなかった。


「冗談ではない!これで朝から三件目だぞ!まずは朝っぱらから酒場で酒を飲んではくだを巻く、ゴロツキ傭兵団のわけのわからないいざこざを仲介させられ!次に炭鉱監督官の不正蓄財問題に怒り狂った炭鉱夫たちの暴動騒ぎをなんとか勢いで押さえ込み!それで今度の三件目!一体全体なんだって言うんだ!?言ってみろ!!」

 男は結構な速度で町並みを駆け抜けながら、舌を噛むことなく器用に長広舌を披露した。

 この怒鳴りながら走り続ける男の後方には、黒ずくめの男が足音をまったくといっていいほど立てずに前傾姿勢で疾駆しており、彼の怒声はその後方の黒ずくめの男に向けてのものだと思われた。

 その黒ずくめの男は、とても低く落ち着いた声音でもって、前方の男に厳かに返答をした。

「ご説明いたします。一時間ほど前に入港しましたローエングリン教皇国船籍の商船から輸入禁止品目が発見されたため、港湾職員が押収しようと試みたのですが、商船の乗組員たちが武器を手に取り抵抗の構えを見せているらしく、現在埠頭において膠着状態となっているとのことです」

 黒ずくめの男も前方の男同様に、器用な長広舌で返した。

「それはまたずいぶんときな臭い話しだな?それで、その発見された輸入禁止品目はなんなんだ?」

「申し訳ございません旦那様。わたくしが把握している情報は、先ほどの説明が全てでございます」

「そうか。いや構わん!行ってみれば判ることだ!」

 言うや否や、黒ずくめの男に旦那様と呼ばれた男は、移動速度を上げた。

 それに伴って黒ずくめの男もまた、旦那様と呼んだ男に合わせて速度を上げる。

 そして二人は通常、徒歩ならば一時間ほどかかる距離をわずか十五分ほどで駆け抜け、遂に現場へと到着した。


 2


「審議官!こちらです」

 見るからに官吏を思わせる、堅苦しい身なりのいかにも真面目そうな男が言った。

「この船なのか?これはどうみても商船とは言えんぞ。商船がこんな分厚い装甲板で覆われているなんてことはあり得んからな」

 先ほど黒ずくめの男に旦那様と呼ばれ、今また官吏に審議官と呼ばれた男は、その真面目そうな官吏に向かってはき捨てるように言った。

「これが問題の船舶でありますノリントン号です。審議官の仰られたとおり、わたしの目にも、これは商船というより装甲艦に見えますが、あくまで登録は商船となっております」

「まったくきな臭いったらない。嫌な予感しかしやしないぞ!」

 心底嫌そうな顔で装甲艦を見上げる審議官に、官吏はさらなる追い討ちをかけた。

「船籍はローエングリン教皇国。そして所属は……教皇庁であります」

 審議官は教皇庁という単語を聞いた瞬間、反射的に鸚鵡おうむ返しに叫んだ。

「教皇庁だと!?」

「そのため審議官にご足労いただいたのです。一般の所属船籍ならば輸入禁止品目を発見次第、兵を一個小隊組織して船内に突入、立ち入り調査を強制実施いたしますが、所属が教皇庁ともなりますと外交問題に発展する恐れもあり、我々では対処いたしかねると判断し、審議官をお呼びいたした次第であります」

「なるほどな。相手が教皇庁では、港湾局の手に余るのは致し方ない。しかしそれにしても、悪い予感大当たりだ。まったく今日は何て日なんだ!」

 総人口八百万人を数える世界最大の国家であり、と同時に世界最多の信徒数を誇るゼクス教の最高位者たる教皇が、国家元首を兼ねる政教一致の宗教国家――ローエングリン教皇国。

 の国において、教皇の下に全世界に散らばる信徒たちを束ねるとともに、あらゆる国内行政機関の最上位に位置する最高権組織、それが教皇庁である。

「恐れ入ります。我々もまさか教皇庁所属の船舶が、輸入禁止品目を積載しているとは思いませんで」

「おっ!それだ!その積んでいたという輸入禁止品目はなんだったんだ?」

 審議官は、そのことを忘れていたと言わんばかりに勢い込んで港湾局員に尋ねた。

 すると、先ほどまで澱みなく流暢に話していた港湾局員が、ひどく口ごもった。

「はい……それが……その……」

「構わん。言ってくれ」

「それでは申し上げます。その積載されていた輸入禁止品目とは、奴隷であります」

「なっ!ゼクス教は神の名の元の平等をうたう宗教だぞ!?それが、奴隷だと!?」

 審議官は、ゼクス教徒ではなかった。

 というより彼は、無神論者であった。
 
 とはいっても彼が特別なのではなく、ヴァレンティン共和国の国民の半数以上が無神論者であった。

 進取の気性に富んだヴァレンティン共和国の国風は自由闊達なものであり、あらゆることからの自由を模索した結果、遂に神からのくびきをも脱する者が少なくなかった。

 もっとも、そんな共和国の国是の一つに信教の自由が謳われているため、無神論者もいればゼクス教徒もおり、またゼクス教の元となったダロス教徒や、その他諸々の各宗教信徒でごった返しているというのが、ヴァレンティン共和国の一つの姿であった。

 そのため審議官にはなんらかの神を信ずる友人も多数おり、自身が無神論者だからといって、ゼクス教に限らず全ての宗教に対して偏見を持たずに生きてきた。

 中でもゼクス教徒の友人はもっとも多く、ゆえにゼクス教の厳しい戒律に従って慎ましやかな生活を送る者たちを見て、審議官はゼクス教に対して畏敬の念を持っていたほどであった。

 だが今、そのゼクス教の総本山たる教皇庁所属船内に、あろうことか奴隷がいるという。

 審議官は、信じられない思いで深く嘆息した。


「だが、なぜ奴隷がいると判ったのだ?奴隷商人どもが、おとなしく彼らを捕えている隠し部屋にわざわざ役人を招待して披露したとは思えんが?」

「はい。無論そのようなことはありませんでした。我々が彼ら奴隷たちの存在に気づけたのは、一人の奴隷が勇気を持って隠し部屋から脱出し、我々に助けを求めたからであります」

「そうか。ではとりあえず、その勇者に引き合わせてもらうとするか」

 すると港湾局員の顔が、とても悲痛な表情に変わった。

「申し訳ございません審議官。引き合わせることは出来かねます」

「なぜだ?」

「実は彼は、逃げる際に深手を負い、我々に真実を告げた後、すぐに息絶えてしまったからであります」

「そうだったか。それは、残念なことだ。では彼の冥福を祈るとともに、彼の仲間を救い出しに行こうではないか」

 審議官は暗澹あんたんたる気持ちを胸に抱きつつも、商船とは名ばかりの重厚な外板で覆われた装甲艦を見上げ、強く決意を固めた。


 3


「道をあけてください。ちょっと道を!審議官が通ります。どうか道をあけてください!」

 官吏は、船上で横三列に整然と並んで敵と対峙している水兵一個小隊を、必死の思いで掻き分けて道を作った。

 審議官は陰鬱な表情をしながら、後ろを歩く黒ずくめの男にぶつくさと愚痴をつぶやきながら、その道を通った。

 そして彼は、彼の信念とは相反するであろう三十人ほどの輩たちと相対した。

「船長はどいつだ?」

 審議官のぶっきらぼうな問いに、商船員とは到底思えない粗野で武張った出で立ちの船員たちが、色めき立った。

 そして、『てめえ!審議官風情が生意気な口利いてんじゃねえよ!』や、『なめたこと言ってると海の底にしずめるぞ!』とか、『そのふざけた口に毒薬流し込んでやろうか!』などといった罵声を、思い思いに浴びせかけた。

 だが審議官は、それをどこ吹く風と軽く受け流した。

 そして眼光鋭く船員たちをゆっくりと見渡したのち、その右端で水樽にもたれ掛かりながら口角を上げてにやついている、髭面でむさ苦しい小男を見咎みとがめた。

 審議官は自らの顎を軽く上げ、上から目線でその男をにらみつけて言った。

「お前が船長だな?」

 するとその男はにやつきを止め、少し考え込む素振りを見せた。

「なぜそう思う?」

「ヴァレンティンの官僚は皆、若いうちは船に乗り込んで大海原を駆け巡るんだ。その途中でお前らみたいな愚連隊と遭遇することもある。そういう連中は所詮無法者の集まりに過ぎんだけに、大将がやられたら無力になっちまう。だから誰が自分たちの大将か一様に隠したがるもんだが、見分けるのは実は簡単でな。なあに、後ろや端のほうで静かにして周りを観察している少々にやけた奴が大抵そうなんだよ」

 すると船長と名指しされた男は、破顔哄笑した。

「いやあ、お見事お見事。その通り。この俺がこのノリントン号の船長、ザッハコーデだ」

 ザッハコーデの名乗りに呼応して、審議官も軽く居住まいを正し、名乗りを上げた。

「俺はヴァレンティン共和国内務省安全保障局審議官のロンバルド・シュナイダーだ」

 するとザッハコーデや、船員たちの顔色が急激に変わった。

 そして皆一様に気後れした様子で、無意識に片方の足を一歩後ろに引いた。

 さらに皆口々に、「まさかシュナイダー家の……」「あのヴァレンティン一の名家の……」と口さがない小娘のようにざわめいた。

 もっとも船長のザッハコーデのみは、さすがになんとかその場に踏みとどまったものの、明らかにその顔には驚愕の色が浮かび上がっていた。

「あんたもしや、あのシュナイダー家の者か?」

「ああ、まあそうだ。そのシュナイダー家の者だ」

 ロンバルドは齢十二という若さで船に乗り込み、様々な航海を経験してきた。
 
 そして頭脳明晰で腕も立ち、数々の武勇伝も残してきた。

 そんな勇名を馳せてきたつもりのロンバルドにとって、自分個人の名ではなく、家名であるシュナイダーの名に気圧されているこの無頼漢たちに思うところが無いわけではなかったが、厄介な問題に直面していることもあり、家名を利用することをいとうてなどいられなかった。

「そういうわけだから、おとなしく投降しろ。ほれ、早く武器捨てろ。さっさとしろ。それともお前らシュナイダー家を敵に回すか?」

 ロンバルドは、与えられた台詞を棒読みする大根役者のごとく、抑揚のない気の抜けた言い方でもって、船員たちに武装解除を迫った。

 ロンバルドの言葉に動揺し、ざわめく船員たち。

 しかし船長のザッハコーデは、敢然と抵抗した。

「断る。シュナイダー家の者が相手であろうと、武装解除など応じられるものではない」

「なあ、観念しろよ。貴様らが奴隷商人だということは判っているんだからな」

「証拠はあるのか?それとも証人でもいるのか?」

 ザッハコーデは、証人たる勇者が既にこの世のものではないと知っていた。

 なぜなら、その彼が息絶えたのはこの甲板上でのことであり、ザッハコーデらの目の前で起きた出来事だったからだった。

 だが、それでひるむロンバルドではなかった。

「証人はいない。お前たちも知っての通り、先ほど亡くなってしまったからな。だが彼は証言を残してくれている。それで充分だ」

「ふん。息も絶え絶えの死人寸前の戯言ざれごとじゃないか。意識が朦朧もうろうとして、世迷言よまいごとが口をついて出ただけのことだろう?一体そんなものが何になるっていうんだ?」

 するとロンバルドは大きく息を吸い込み、次いで肺腑の中の空気を全て吐き出そうとでもするかのように大きく口を開け、裂帛の気合を込めて言葉を発した。

「馬鹿を言え!勇者の今際いまわきわの言葉には、万鈞ばんきんの重みがある!そのことには命が乗っているのだ!その前では貴様らの吐く言葉なぞ、羽毛一片の重さもないわ!」

 ロンバルドの気迫に気圧けおされ、奴隷商人たちは大きく後ずさった。

 先ほどは耐えたザッハコーデも、今度ばかりは耐え切れずに、右足を一歩後ろに引いた。

 だがその時、突然ザッハコーデの後背の船長室の扉が、蝶番ちょうつがいの油が切れているためか、不快音を奏でながらゆっくりと開いた。

 そしてその扉の向こうから、ゼクス教の聖職者がまとう漆黒のローブに身を包み、骨に皮をかぶせているだけではないかと思わせる病的なまでに痩身の、生気に欠けた青白い相貌の男が現れた。

 その男は、「司教様……」とつぶやくザッハコーデに軽蔑の視線を送りながらその横をすり抜け、ロンバルドの前へと勇躍と進み出た。

 そして両手を大きく横に広げ、薄気味悪い笑顔を満面に浮かべながら、大仰な身振り素振りで語りだした。

「実に素晴らしい!なんという臓腑に染み渡るお言葉!わたくしは大変心を打たれましたぞ!」

 男は実にわざとらしい語り口調でロンバルドを賞賛した。

 だが無論ロンバルドは、まともに受け取ってなどいない。

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「おお、これは失礼を。わたくしとしたことが、まだ自己紹介もいたしておりませなんだ。わたくし司教のレノンと申します。どうぞよろしくお見知りおきのほどを」

「これはどうもご丁寧に。わたしはロンバルド・シュナイダーと申します」

「おお!ではもしや貴方は、あの世界にその名を轟かすヴァレンティン一の名家たるシュナイダー家に連なるお方で?」

 ロンバルドは内心では「隠れて盗み聞きしていたくせしやがって」と悪態をつくも、表面上は取り繕って答えた。

「世界規模の名家かどうかは知りませんが、そのシュナイダー家の者です」

「おお!それはそれは、お会いできて光栄の至り。長い航海の途中で嵐に出くわし、荒れ狂う海に苦しみながらも耐えてきた甲斐があったというものです。これも大いなる神のお導き。どうぞ今後とも、よしなに」

 レノンはそう言うと、深々と頭を下げた。

 しかしレノンの言葉や態度は、見た目では丁寧極まるものの、腹の中は尊大に全ての者を見下しているであろうことが見て取れ、ロンバルドは鼻白みながら返答をした。

「こちらこそ、と言いたいところですが、現在少々立て込んでおりましてね」

「と、おっしゃると?」

「あなたの後ろにいる奴隷商人たちを捕縛し、この船のどこかに監禁されている奴隷たちを解放しなけりゃならんのですよ」

 するとレノンは、突如素っ頓狂な声を上げた。

「な、な、な、なんですと!?奴隷商人ですと!?なんということでしょう。ザッハコーデ!お前は奴隷商人だったのですか!?おお!なんと恐ろしい。ザッハコーデ!今すぐ罪を認め、悔い改めなさい!」

 すると言われたザッハコーデは、まずきょとんとした表情になり、次いで驚きの表情を浮かべた。

 そして声を振り絞るようにして、レノンに対して呟いた。

「そ、そんな司教様、わたしを切り――」

「ザッハコーデ!!聞こえなかったのですか?悔い改めるのです!」

 レノンは、先ほどよりも遥かに大音声でザッハコーデを強く叱責した。

 するとザッハコーデは恨みがましい色を目の奥ににじませつつも、がくりと深くこうべを垂れてひざまずき、レノンの足下で静かにゆっくりと懺悔をし始めた。

「お前たちもです!」

 レノンの激しい叱責にザッハコーデの部下たちも、一斉にひざまずき、懺悔を始めた。

 レノンはザッハコーデたちの懺悔を受け、神の名により赦す儀式を執り行う。

 そしてレノンは、彼らに奴隷たちを解放するように命じた。


 4


 ロンバルドは、苦虫を噛み潰したような顔で埠頭に下りた。

「くそっ!どう考えてもレノンが主犯だ。それを――」

 傍らの黒ずくめの男が、ロンバルドの言葉を制するように言う。

「旦那様、仰るようにあの司教が主犯であることは間違いないと思われます。ですがあの司教と船長たちのやり取りを見ますれば、彼らをたとえ拷問にかけたとしても、司教が主犯であるなどとは決して言わないでしょう。ならば残念なことではありますが、あの辺りが適当な落とし所だったのではないかと、わたくしは愚考いたしますが……」

「判っている!ああなれば、もはや政治だ。そして政治とは、妥協の産物だ。あそこを落とし所としなければ、後は武力による解決しか方法がなくなるだろう。だがそれでは、双方ともにそれ相応の死者が出てしまう。しかもそれで真実が明らかになるかといえば、決してそういうわけでもない。だとするならば、やはり衝突は避けねばならん。だから俺は、あそこを落とし所としたのだ。しかしそれでは、死んでしまったあの勇者に申し訳が立たないではないか!」

「旦那様、その言い様ですとあの司教を牢獄送りにすることはあきらめたように聞こえますが、そうなのでございますか?たしかに今回はその罪を暴くことは出来ませんでしたが、あの者が今回のことで悔い改め、今後一切犯罪から手を引くとは思えません。ならば捲土重来けんどちょうらい、いつの日かあの者の罪を白日の下にさらしてやればよろしいではないでしょうか」

「ロデムル、確かにお前の言うとおりだ。これで終わりとなるわけではない。俺は、いつか必ずあいつをひっ捕らえて晒し首にしてやるぞ!」

「それでこそ旦那様でございます。このロデムルも微力ながら全力でお力添えをさせていただきます」

「ああ。頼むぞ!」

「はい。ですが、それはそうとお急ぎなさいませ」

 ロデムルの突然の言葉に、ロンバルドは首をかしげた。

「うん?どこへだ?」

「ご自宅にございます。今朝方、お医者様から臨月であらせられます奥様に、ご出産の兆候が見られるとお聞きになったではありませんか」

「そうだ!そうだった!だから俺は急いでいたんじゃないか!」

「ですので、改めましてお急ぎを。もうまもなく正午の鐘が鳴る頃かと存じます。もしかすると、既にご出産されていらっしゃるかもしれません」

 ロデムルの言葉を聴き終える前に、ロンバルドは駆け出していた。

 齢十二で船に乗り、三十路を越えて船を降り、三十二歳で結婚し、今三十五にして初めての子が生まれようとしていた。

 これから本格的な夏を迎えるであろう七月の強烈な日差しの下を、二人の男が駆けていく。

 白と青に染め抜かれた景色の中を、一目散に駆け抜けていく。

 その時、爽やかな風が一陣、二人の間をすり抜けた。

 その瞬間、町のシンボルとなっている見張り塔の鐘が軽やかな音色をかなで、町全体をやさしく包み込んだ。

 そしてロンバルド・シュナイダーは、父となった。
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