転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

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第十一話 デジャブ

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「それでは母様、剣術の稽古に行って参ります」

 豪壮なたたずまいの玄関前で、ガイウスは威儀を正して母エメラーダに挨拶をした。

「気をつけていってらっしゃいね」

 エメラーダは慈愛に満ちた微笑みをたたえながら、愛息を送り出した。

 ガイウスはくるっと反転して意気揚々と馬車へと乗り込むと、対面に座る老従僕に出発の合図を送った。

 老従僕は深くうなずき、持っていた杖の先端をゆっくりと高く掲げて天井を強く二回叩いた。

 それを合図に馬車はゆっくりと動き出し、静かにコツコツと石畳を叩きつつ、歩を進めた。


 ガイウスが剣術家アキレス・クラウディウスの指南を受けるようになって、数日が経つ。

 とはいえわずかな期間の稽古では、そうすぐに剣術の腕前が上がる訳もなかったが、アキレス自身の腕前は相当なものであるとガイウスは確信していた。

 無論、ガイウスが木剣ぼっけんを手に斬りかかっても、アキレスは軽くさばくだけでその実力をはかることなど出来なかったが、彼には何十人もの弟子たちがおり、その彼らとの稽古を見学した際の剣さばきや体さばきを実際に目の当たりにし、そう確信していた。

 またアキレスはロンバルドとは異なり、教え方がとても上手だった。

 ロンバルドはとかく一生懸命に打ち込むことを求めるだけで、剣さばきや体さばきを丁寧に教えるなどということはまったくなかった。

 ゆえにその稽古は単調なものとなり、ガイウスはただいたずらに体力を削られるだけの無駄な時間くらいに思っていた。

 だがアキレスは違った。

 彼は、いまだ筋力が未発達なガイウスの一定しない太刀筋を、華麗に受け流しながらもしっかりとした道筋をつけて安定させたり、打ち込みのに余裕を持たせることで、ガイウスに戦術的思考を植えつけようとしていた。

 ガイウスは、そんなアキレスの意思をはっきりと剣を通じて感じ取った。

(たぶん相当な腕前なんだろうな。ロンバルドもそう悪い腕前ではないんだろうけど、アキレスに較べると太刀筋がずいぶんと単純な感じだ。家令のロデムルは相当な腕前だけど、それでもアキレスのほうが数段上だろうな)

 ガイウスは心中で三人の腕前を、アキレス、ロデムル、ロンバルドの順に格付けした。

(といっても俺は、そのロンバルドの遥か下だけどな)

 ガイウスは自虐ぎみに口元をゆがめて肩をすぼめた。


(それはともかく、ユリアの件はやはり妙だな)


 ガイウスは先日、アキレス宅へ初めて稽古に向かう途中で、数人の男たちによって少女が誘拐されそうになっている現場に遭遇した。

 ガイウスはその少女に見覚えがあり、禁じられていた魔法を駆使して誘拐犯たちを追いやり、その少女を見事に救い出したのだが、その少女はガイウスが見知った少女とは瓜二つの別人であった。

 救った少女の名は、ユリア。

 ガイウスが向かうはずの剣術指南アキレス・クラウディウスの娘であり、彼が見知っているダロス王国の貴族で、駐エルムール公使の娘クラリスとはそっくりでありながらも、まったくの別人であった。

 だがそのことを父親であるアキレスに問いただした際、彼は明らかな動揺を見せた。

 しかしその後、彼は固い意思を持って口を閉ざしたため、事の真相は語られずじまいであった。


(ユリアとクラリス、この二人には、なにか関係がありそうだが)


 ガイウスは一つ大きなため息を付いたあと、気分転換に窓の外でも眺めようかと思い、首を横に振り向けた。

 とそこには、驚くべき光景が現れていた。


「おいおい!まさか本当かよ!?」


 ガイウスは流れる景色の中の驚くべき光景を見て、強い既視感を覚えた。

 それもそのはず、その光景とはつい先日繰り広げられたユリア誘拐未遂事件と、ほぼ同じものだった。

「また懲りもせずに、ユリアをさらいに来やがったのか!」

 ガイウスは吐き捨てるようにそう言うと、先日同様対面に座る老従僕が手にするステッキを素早く奪い、天井にしこたま強く打ちつけた。

 馬丁がそれに気付いて馬車の速度が徐々に弱まり始めると、ガイウスは馬車のドアを開けて外に飛び出すタイミングを慎重にうかがう。

 多少やわらかそうな草地を目に留めたガイウスは、思い切りよく馬車から飛び出した。

 勢いのついたガイウスの体は目標の草地の上では止まらず、もんどりうって激しく地面の上で何度も転がる。

 しかしガイウスは巧みに受身をとって身体の回転を止めると、すっくと素早く立ち上がり、瞬く間にユリアの元へと勢いよく駆け出した。

 ガイウスは走りながら、状況を冷静に分析し始める。

 彼が見るところ、先日と違うところはユリアにはアキレスの高弟が護衛に付いている事と、誘拐犯の顔ぶれが、先日よりも見るからに腕が立ちそうないでたちだったことであった。

(たしか護衛は、二人いるはずだが……)

 ガイウスは低い背丈のためか、先ほどまではよく見えなかったものの、近づくにつれ既に倒れ伏した者が一人いることが見て取れた。

(ちっ!すでに一人倒されているのか。まずいな、このままではもう一人も時間の問題だろう。それにしても毎度の事ながら、この身体は遅すぎる!)

 ガイウスは自らの身体の小ささゆえに遅々としてユリアとの距離を詰められないでいることを、歯痒はがゆく思った。

 だがそんな彼の思いとは裏腹に、魔法の有効射程距離に入るには、いまだ少しの時間が必要だった。
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