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第八十四話 ナスリ
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1
「ちょっと君!例の資料、ちゃんとまとめておいてくれたんだろうね!?」
上司とおぼしき人物から、激しい詰問口調で問いかけられた、ひょろっとした細身の男が、ビクッと身体を震わせた。
男は恐る恐る振り返り、恐々とした口調で、かすかにささやくように返事をした。
「あ、あのう、ま、まだです」
すると上司は、座っていた椅子を蹴飛ばすように勢いよく立ち上がり、机を両手で叩きつけながら激しく怒鳴りつけた。
「なにやってんの!どうして君はそんなに愚図なのかね!だいたいなんで君みたいな愚図が、この病院にいられるんだね!?この栄光ある王立中央病院に!」
叱責を受けた細身の男は、これ以上ないという位に縮こまって恐縮した。
「もういい!君なんかを怒っているのも時間の無駄だよ!」
そう言うと上司は、近くのデスクでにやにやした笑みを浮かべながらこの顛末を見ていた男に、優しげに語りかけた。
「やあ君、すまないがこの愚図なナスリ君の代わりに、資料まとめをお願いできないかな?」
するとにやけ男は、やれやれといった仕草を見せながらゆっくりと立ち上がった。
「主任も大変ですねえ、こんな愚図を部下に持って。ですが僕は、資料まとめなんていう子供でも出来る仕事と違い、大変に重要な仕事をしておりますので、残念ながら主任のお力にはなれそうもありません。本当に申し訳ありません、ナスリ君が愚図なばっかりに」
「いや、いいんだよ。君が悪いんじゃない。このナスリ君が愚図なのがいけないんだ」
「本当に困ったことです。残念ながらこの部屋にいる者は、皆ナスリ君とは違い、それぞれに重要な仕事を抱えていますので、やはり皆も主任のお力にはなれないと思います。ええ、本当に残念ですが」
「そうだろうねえ。みんなそれぞれに重要な仕事をまかされているからねえ」
「ええ、ナスリ君以外は、ね」
そう言うと二人の男は、侮蔑の笑い声を高らかに上げた。
そして、周りにいた十人ほどの者たちも、一斉に笑い出した。
ナスリは嘲笑を背に受けながら、いたたまれない気持ちを胸に抱き、静かに部屋を出て行くしかなかった。
だがその様子を見守るように、部屋の壁に掛けられた鏡にうっすらと人の顔のようなものが薄ぼんやりと映ったのだが、そのことに気づく者は一人もいなかった。
2
「僕は、愚図じゃない。僕は、愚図なんかじゃないんだ……」
地下の広大な資料室の一角で、一人ナスリは小さな声でぶつぶつと呟いていた。
「資料集めは、子供でも出来る簡単な仕事なんかじゃない。膨大な資料の中から必要な情報だけを的確に抜き取り、誰が見てもわかりやすいようにまとめるには、特殊な能力がいるんだ。僕にはそれがあるんだ。なのに、あいつらはなにもわかってない。わかっちゃいないんだ……」
ナスリは終始ぶつぶつと言いながらも、資料を繰る手を動かし続けていた。
「やってみればいいんだ。あいつらにはきっと出来ない。あいつらは自分でやったことがないくせに、馬鹿にするんだ。本当はそういう奴が、一番馬鹿なんだ……」
すると膨大な資料が詰め込まれた書棚の向こうから、年老いた女の声が響いた。
「確かにそうだねえ。たいした根拠もなしに、よってたかって人を小馬鹿にするような奴らはろくなもんじゃないと、あたしも思うねえ」
誰もいないはずの資料室に響く声に、ナスリは身体を大きくビクッと振るわせた。
「ちょいと邪魔するよ。なあに、びびることはないさ。ちょっとあんたと話がしたくてねえ」
ナスリが小刻みに震えながら振り向くと、そこには大きな鷲鼻の老婆と、長身の身奇麗な男、それにかわいらしい男の子が二人たたずんでいた。
「ちょっと君!例の資料、ちゃんとまとめておいてくれたんだろうね!?」
上司とおぼしき人物から、激しい詰問口調で問いかけられた、ひょろっとした細身の男が、ビクッと身体を震わせた。
男は恐る恐る振り返り、恐々とした口調で、かすかにささやくように返事をした。
「あ、あのう、ま、まだです」
すると上司は、座っていた椅子を蹴飛ばすように勢いよく立ち上がり、机を両手で叩きつけながら激しく怒鳴りつけた。
「なにやってんの!どうして君はそんなに愚図なのかね!だいたいなんで君みたいな愚図が、この病院にいられるんだね!?この栄光ある王立中央病院に!」
叱責を受けた細身の男は、これ以上ないという位に縮こまって恐縮した。
「もういい!君なんかを怒っているのも時間の無駄だよ!」
そう言うと上司は、近くのデスクでにやにやした笑みを浮かべながらこの顛末を見ていた男に、優しげに語りかけた。
「やあ君、すまないがこの愚図なナスリ君の代わりに、資料まとめをお願いできないかな?」
するとにやけ男は、やれやれといった仕草を見せながらゆっくりと立ち上がった。
「主任も大変ですねえ、こんな愚図を部下に持って。ですが僕は、資料まとめなんていう子供でも出来る仕事と違い、大変に重要な仕事をしておりますので、残念ながら主任のお力にはなれそうもありません。本当に申し訳ありません、ナスリ君が愚図なばっかりに」
「いや、いいんだよ。君が悪いんじゃない。このナスリ君が愚図なのがいけないんだ」
「本当に困ったことです。残念ながらこの部屋にいる者は、皆ナスリ君とは違い、それぞれに重要な仕事を抱えていますので、やはり皆も主任のお力にはなれないと思います。ええ、本当に残念ですが」
「そうだろうねえ。みんなそれぞれに重要な仕事をまかされているからねえ」
「ええ、ナスリ君以外は、ね」
そう言うと二人の男は、侮蔑の笑い声を高らかに上げた。
そして、周りにいた十人ほどの者たちも、一斉に笑い出した。
ナスリは嘲笑を背に受けながら、いたたまれない気持ちを胸に抱き、静かに部屋を出て行くしかなかった。
だがその様子を見守るように、部屋の壁に掛けられた鏡にうっすらと人の顔のようなものが薄ぼんやりと映ったのだが、そのことに気づく者は一人もいなかった。
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「僕は、愚図じゃない。僕は、愚図なんかじゃないんだ……」
地下の広大な資料室の一角で、一人ナスリは小さな声でぶつぶつと呟いていた。
「資料集めは、子供でも出来る簡単な仕事なんかじゃない。膨大な資料の中から必要な情報だけを的確に抜き取り、誰が見てもわかりやすいようにまとめるには、特殊な能力がいるんだ。僕にはそれがあるんだ。なのに、あいつらはなにもわかってない。わかっちゃいないんだ……」
ナスリは終始ぶつぶつと言いながらも、資料を繰る手を動かし続けていた。
「やってみればいいんだ。あいつらにはきっと出来ない。あいつらは自分でやったことがないくせに、馬鹿にするんだ。本当はそういう奴が、一番馬鹿なんだ……」
すると膨大な資料が詰め込まれた書棚の向こうから、年老いた女の声が響いた。
「確かにそうだねえ。たいした根拠もなしに、よってたかって人を小馬鹿にするような奴らはろくなもんじゃないと、あたしも思うねえ」
誰もいないはずの資料室に響く声に、ナスリは身体を大きくビクッと振るわせた。
「ちょいと邪魔するよ。なあに、びびることはないさ。ちょっとあんたと話がしたくてねえ」
ナスリが小刻みに震えながら振り向くと、そこには大きな鷲鼻の老婆と、長身の身奇麗な男、それにかわいらしい男の子が二人たたずんでいた。
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