さんかくの僕達

三つ葉

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1部 中学生時代

戸惑い

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坂井美智代。



いきなり名前を出されて誰?と思うだろうが、ただの愁也の担任の先生である。


年齢推定37歳。女性。担当科目国語。未だ悲しき独身。彼氏なし。


愁也達が時々、「来年は必ず結婚できますよ」と励ましてあげると、涙を流しながら「心配してくれてありがとう」と言ってくる。


でも、この前、この坂井女史は「自分の教え子と将来結婚するのもありよね」と恐ろしい独り言を呟いていたらしい。


この人が犯罪に走らない内に早くいい人が見つかってくれる事を愁也のクラスの男子全員が祈っていた。



その坂井女史が朝のホームルームでなにやら話をしている。


愁也は昨日の透の衝撃の告白が気になって、坂井女史の話が全然耳に入ってこなかった。


もし瑞希と透が付き合ったら、どうなってしまうのだろうか?


今まで通り、三人で遊びに行ったりできるのだろうか?


いやできるわけない。


例えば、毎年恒例の夏祭り。


毎年三人で行っている。


でも、瑞希と透が付き合ってたとして、それにのこのこ一緒についてくるとする。


この場合、自分はただの邪魔者にしか他ならないではないか。



という事は、瑞希と透が付き合ったら、ただの邪魔者になってしまうじゃないか。



「これはいけない!!」


「何がいけないのですか?」


気がつくと坂井女史が愁也の目の前に立っていた。


愁也は坂井女史の接近に気付かない程考え込んでいた。


クラス全員と坂井女史の視線が自分の方に向いていてビックリした。


「朝のホームルームは重要な事を話すので、ちゃんと聞いとかないと駄目でしょう」


坂井女史はクラスのみんなの前で愁也を叱りつける。


「へーい」


愁也は基本的にこの先生を舐めているので、適当に返事をした。


「全然、反省してないみたいわね」


「そんな事はないですよ」


「先生ね。最近新しいお仕置きを考えたの」


「へぇ~」


「神奈木君はそのお仕置き第一号ね」


そう言うと、坂井女史は愁也の頭をガッシリ掴んだ。


次の瞬間、坂井女史は愁也の頬に熱烈なキスをプレゼントした。


「えっ!?」


愁也は予想の遥か斜め上を突いてきた坂井女史のお仕置きに一瞬だけ記憶喪失に陥る何とも不思議な体験をしたという。


後に語り継がれる坂井女史の“悪魔のお仕置き”の最初の犠牲者になってしまった。


      ☆


気が付くとホームルームは終わっていた。


愁也の席にクラスの男子が同情した目をして集まってきた。


「なんだか悪い夢を見ていたような気がする・・・・・・」


「愁也・・・・・・残念だが・・・・・・それは夢じゃない。現実さ」


山本君が悲しい目をして教えてくれた。


「あれって体罰だよな!! ていうかセクハラだよな!! 俺PTA会長に訴えてくるわ」


「辞めとけ」


山本君は静かに言う。


「どうして止めるんだ!?」


愁也は声を荒げる。


「よーく考えろ。そんな事をしたら坂井女史にストーカーされるぞ」


「・・・・・・・・・・・・」


「40代直前の独身女は何をしでかすか分からない・・・・・・今日の事は辛いだろうけど、何もなかった事とするんだ」


山本君に優しく諭された。


大変不本意だったが、愁也は山本君の言うことに従う事にした。


「ところで何で俺は坂井女史に怒られたんだ?」


「それは愁也が進路希望調査の紙をまだ出してないのに返事しなかったからだろ」


「そういえば出してなかったなぁー」


「いっそうのこと、第一希望に坂井女史のお婿さんと書けば」と誰かが茶々を入れる。


愁也は言った奴の頭を小突いてやった。



「ところで愁也はなんであんなにぼんやりとしてたんだ? どうせ卑猥な事でも考えてたのだろ?」


ムッツリスケベの山田君が聞いてきた。


「卑猥な事なんて考えてねぇよ。朝っぱらから」


「朝だから考えるんだろ」


山田君は同意を求める目をした。


そんな目で見られても困る。


「俺にもぼんやりと考え事したい時があるの」


愁也は真面目な顔で言う。


でも、周りの皆はシラケた視線を送っていた。


「なんだよその俺が嘘ついているとでも言いたげな顔は」


「じゃあ何を悩んでいるんだよ」


「言う義務はない」


ていうか言えない。


透が瑞希の事を好きだと言ったら、間違いなく暴動が起きる。



「俺にも早く彼女できないかなぁ」


愁也は話題を変えようと誤魔化すように呟いた。


「お前まさか瑞希ちゃんと付き合うつもりか?」


クラスの男子に動揺が走る。


「なんでそこで瑞希の名前が出てくるんだ?」


愁也は呆れる。


「だってお前、なんだかんだ言っても瑞希ちゃんの事が好きなんだろ」


「そんなわけないじゃん。瑞希を好きなのは、とお・・・・・・お前らだろ」


愁也は寸前の所で言い留まる。


瑞希の事を好きなのは透だと思わず暴露する所だった。


これ以上話すとボロがでそうだったので愁也の机に集まっていた男子達を解散させる。


男子達は愁也に「瑞希ちゃんに手を出すなよ!」と釘をさして散っていった。


全くどいつもこいつも瑞希の事が好きな奴ばっかりだ。



愁也はふと瑞希の方を見る。


瑞希は三つの派閥がある女子のグループの一つで話していた。


平和そうにニコニコしてやがった。


瑞希の事を恨めしそうな目でジッーと見つめていると、瑞希と突然目が合ってビックリする。


すると瑞希は口パクで


「バーカ」


と言ってきた。


さっき坂井女史に怒られた事を言っているのだろう。



愁也は無性に悔しくなり、口パクで


「うるさいお節介女」


と言って、瑞希から目線を逸らした。




全く誰のせいでこんなに悩んでると思ってるんだ。


愁也は目を閉じて、考える事を辞めた。


      ☆


その日の愁也は、何も考えないようにしていたせいか、授業の事も頭に入ってこなかった。(元々あまり授業は聞いてないけど・・・・・・)


こんな時は、遊びまくるのがいいなぁと思い、クラスの暇そうな奴らをカラオケに誘ったら、ことごとく振られてしまった。



今日は厄日だ。



仕方ないので、家に帰ってゲームでもやろうかと思い、渋々帰宅する。



家に帰って「ただいま」と言う。


母親は「あら、おかえり。今日は早いのね」と言った。


愁也はそのまま二階の自分の部屋に上がろうとする。



すると、母親は「冷蔵庫にケーキがあるから一緒に食べましょう」と言ってきた。



母親とは、中学生になってからあまり話さなくなった。


いわゆる中学生特有の反抗期というものだろうと自分で自分を分析する。


でも、母親はそれが気に入らないらしく、愁也とコミュニケーションの機会を増やそうと試行錯誤してくる。


それが逆にうざいというのに・・・・・・。


愁也の母親は一般的に言う美人に分類するだろう。


実際、16歳で愁也を産んだので年齢も若い。


父親は地味で取り柄もない、安月給のサラリーマンだ。


そんな父親と駆け落ち同然で結婚したので祖父とは未だにギクシャクしてる。




美人な母親という物を自慢できるのは小学生までの話だ。


中一の時、同級生の友達を家に呼んだ事があった。


すると、友達が愁也の母親をとてもいやらしい目でジロジロ見ていた。


それがなんとも言えない嫌悪感を抱いた。


それ以来、透と瑞希以外の友達を家に招かないようになったし、母親を友達に見られるのが嫌になった。


特に授業参観なんか嫌で嫌で堪らない。


クラスの男子全員が愁也の母親をいやらしい目で見ていると思うと吐き気がする。


だから、つい「授業参観なんか来なくていい」とぶっきらぼうな態度で言ってしまう。



まぁ言っても、この人は無駄にオシャレして来るんだが・・・・・・。


愁也は冷蔵庫からケーキを皿の上に乗せ、自分の部屋に持って行こうとする。


すると、母親は物凄く悲しそうな目をして愁也を見つめていた。


「一緒に食べようと言ったのに・・・・・・」


母親は半泣きで訴える。


なんだかひどく悪い事をしているような気がした。


愁也は罪悪感には勝てず、舌打ちをしながらキッチンに戻ってテーブルに座る。


すると、母親の顔が一瞬にして笑顔なった。


我が母ながら喜怒哀楽が激しすぎる。


愁也は黙ってケーキを口に運んだ。


「ここのケーキおいしいでしょ?」


「別に」


本当はおいしいけど、わざとぶっきらぼうに答える。


「可愛いくないぞ」


母親は頬を膨らます。


その仕草をすると、更に若く見えて愁也は嫌になる。


もっと30歳のおばさんらしくして欲しい。


「お母さんねぇ、愁ともっとお喋りしたいの」


「俺は別に喋りたくない」


愁也はちょっと言い過ぎたと思ったけど、言ってしまっては、もう取り返しがつかない。


母親はとても哀しそうな顔で「はぁー」と溜め息をついた。


「お隣の瑞希ちゃんはあんなに喋ってくれるのに・・・・・・。お母さん、最近愁より瑞希ちゃんと話してる方が長いわ」


瑞希と愁也の母親は仲がいい。時々、二人で買い物に出かける程だ。


「だったら、瑞希を娘にすればいいだろう」


「そうねぇ」


嫌味のつもりで言ってやったのに、真面目に受け止めやがった。


息子としては複雑な気分だった。


「じゃあ、愁よろしくね」


「何が?」


「瑞希ちゃんをお嫁さんに貰って来てよ」


「ブッッ」


愁也は思わず咽せてしまった。


「何変な事言ってんだよ!!」


「あら、だって瑞希ちゃんがお嫁に来てくれたらお母さんの娘になるじゃない」


「俺はそういう意味で言ったんじゃない!!」


愁也は喉が痛くなる程叫んだ。


「瑞希ちゃんがお嫁に来てくれたら、嫁と姑問題で悩まなくて済みそうだわ」


「それ悩むの早くない? 俺、まだ中学生だよ」


「あら、お母さんは16歳で結婚したのよ」


「そんなの参考にならないよ」


あんたらは無計画のできちゃった結婚のくせに。


そのせいでどれだけ苦労したか、1度祖父が涙ながらに話してくれた。


「瑞希ちゃん最近可愛いくなったと思わない?」


「思わない」


愁也は淡々と答える。


実際、瑞希とは毎日会ってるので愁也には変化が分からない。


「瑞希ちゃん将来美人になるわよ」


「あっそう」


愁也は興味なさげに答えた。


「瑞希ちゃんしっかり者だから愁にぴったりじゃない」


「ただのお節介をしっかり者とは言わない」


母親は洗脳するかのように瑞希を持ち上げるので、愁也は呆れ返る。


どんだけ瑞希を娘に欲しいんだよ。



「もし俺が瑞希を好きだったとしても、瑞希とは付き合えねぇよ」


「あら、どうして?」


母親は不思議そうな顔をする。



「だって透がいるから・・・・・・。透が瑞希の事好きなんだ」


「へぇ~そうなんだ。そういえば透ちゃん、最近かっこよくなってきたもんね」


母親はニコニコしながら言う。何がそんなに面白いのか分からない。


「そういう事。だから、俺の出る幕はないの」


「どうして?」


母親はまた不思議そうに尋ねる。


だんだんイライラしてきた。


「だから、瑞希が俺を選ぶわけないだろうって言ってんの」


「お母さん、そうは思わないわ。瑞希ちゃんは透ちゃんより愁の事を選びそうな気がするの」


「はぁ~? 何を根拠にそんな事を」


愁也は何言ってんだコイツというような目で母親を見る。


「瑞希ちゃんはね。母性本能をくすぐらせるような人が好きなのよ」


「瑞希がそう言ったの?」


「女の勘よ」


愁也は溜め息をついた。


全然根拠ないじゃん。



愁也はケーキを食べ終えたので席を立って自分の部屋に戻ろうとする。


すると母親が後ろから「透ちゃんに負けるなよ」と言ってきた。


愁也は首だけ振り返り、最後に言った。



「どっちにしろ俺は透を裏切る事はできない。もう応援するって約束しちまったから」


「そうなんだ、上手くいかないね」 


母親は困ったように眉を寄せた。


      ☆



その日の夜、夕飯を食べ終えて自分の部屋に愁也は戻った。


机に座って、カバンから進路希望調査用紙を取り出し、それからしばらく睨み合っこしていた。



愁也は何も進路決めてなかった。


できるなら、近くの公立高校の進学校に行きたいが、今の自分の成績では到底無理だ。


しかし、これから真面目に勉強したらどうだろう?


いや無理だ。自分の飽きっぽい性格で続くわけがない・・・・・・。


というような事を考え、再び振りだしに戻る。


一向に考えがまとまらなかった。



「愁ちゃんも紫山高校にしようよ」


「いつからそこにいた!!」


いつの間にか瑞希が愁也の隣にいて心臓が飛び出す程驚いた。


瑞希はチャイムを鳴らさずに愁也の家に入ってくる図々しい女なので、時々、勝手に愁也の部屋に入る。


プライバシーなんか愁也には存在しなかった。


「透ちゃんも私も第一希望紫山高校だよ。愁ちゃんもそうしなよ」


「お前らは頭がいいからすんなり決断できるだろうけど、俺の成績じゃそうもいかないの」


「じゃあ今から勉強すればいいじゃない。私、手伝うよ」


瑞希の顔を見ると、どうも本気で言ってるらしい。


瑞希の特技お節介が発動したようだ。



「お前簡単に言うけど、たぶん今から頑張っても成績なんかそんなに上がるわけねぇだろ」


「努力は報われるんだぞ。それに目標は高い方がいいよ」


「なるほど・・・・・・そういう考え方もありか。別に後から志望校変えてもいいんだし、とりあえず書いとくか」


瑞希の言うことも一理合ったので、珍しく愁也は瑞希の提案を受け入れた。


瑞希はとても嬉しそうな顔で「また高校でも同じクラスになるといいね」と言った。


愁也が「それは嫌」と答えたら瑞希に叩かれた。


瑞希は愁也の持っている漫画を読みにきたらしく、愁也のベッドに仰向けで寝そべって読んでいた。


学校で会う瑞希からは想像できない程、だらしない恰好である。


愁也がいる角度からではパンツが丸見えである。


クラスの男子にこの事を言ったら地球から存在を消されるかもしれない。



今日は白か・・・・・・。


愁也は心の中で冷静に呟いた。



でも、不思議と性欲が湧いてこないのが幼馴染みマジック。


女の子と部屋で二人っきりになっても、何も起こらないで冷静でいられるのは幼馴染みだからできる事だろう。


瑞希もそれを分かっていて、無防備でいるのかもしれない。




絶対的に安心できる存在。




それが愁也と瑞希の関係だ。


それを崩したくはない。


変化する事は怖い。



大丈夫だ。弱気になるな俺。透と瑞希が付き合ったくらいで壊れる関係じゃないだろう・・・・・・と愁也は必死で自己暗示をかけた。


愁也は瑞希のパンツを眺めるのも飽きたため、椅子から立ち上がった。


瑞希も漫画から目を離し、横目で愁也の方を見る。


愁也はなんとなく瑞希の顔をちゃんと見たくなって、瑞希の方へ近づく。


そして、愁也は仰向けで寝たまんまの瑞希の顔を真上から覗きこんだ。



「え? 何?」


瑞希は戸惑う。


それはそうだろう。上から無言で覗きこまれたら、いくら幼馴染みでも驚く。


「いやー特に意味はない。どうぞ僕には気にせず漫画を読んで下さい」


「気にせず読めるわけないでしょう。何か言いたい事でもあるの?」


「いや特に何もないです」


「変な愁ちゃん。坂井先生にあんな事されて頭おかしくなった?」


「お前・・・・・・せっかく忘れかけていたのに・・・・・・」


まさかの反撃を喰らった。


「だいたいあの時、愁ちゃんは少しくらい抵抗できたでしょう? それなのに黙って頬っぺたにキスされて・・・・・・女なら誰でもいいの?」


瑞希は汚い物を見るような目付きをして言う。


「お前はアホか! あんなおばさんからされて嬉しいわけないだろう!」


「じゃあ、何で避けようとしなかったのよ?」


「お前なぁ坂井女史がいきなりあんな暴挙に出るとは思わないだろ。あんなのどうやって避けろと言うんだ」


愁也のベットで仰向けで寝ている瑞希と睨み合う。


「愁ちゃんには隙が多いだよ」


「今のお前が言うな」


男の部屋のベットで平気で寝て漫画を読んでいる女に言われたくなかった。



「私、愁ちゃんが女の人にキスされるの見たくない」


「なんでだよ?」


「分かんないかな?」


「分かんねぇよ」


そもそも今、なんで自分が責められているかも分かんなかった。


すると、瑞希は黙りこんで下から愁也を見つめる。


目を反らすとなんとなく負けなような気がして愁也も黙って見つめ返す。


しばらくその状態が続いた。


瑞希は一向に折れる様子はない。


腰を曲げた状態が何分も続いたので、愁也の腰が悲鳴をあげている。


そろそろ限界だったので、愁也が顔を上げようとした瞬間、それを遮るように瑞希が愁也の頭をガッシリ掴んだ。


瑞希は何を思ったのか、顔を近づけてくる。


愁也は後ろに下がろうとしたが、瑞希に頭を抑えられていて身動きが取れない。


そして、数秒後、唇に何かが触れた。


瑞希の唇だった。



愁也は目を限界まで開いたまま驚く。


頭が真っ白になった。


女の子の唇がこんなに柔らかい物だと初めて知る瞬間がこんな形で迎えるとは全く予想できなかった。




「ほら、やっぱり隙があるじゃない」


キスを終えた瑞希は勝ち誇った笑みを浮かべ、まだ呆然としてる愁也を尻目に一人部屋を出ていった。


その数分後やっと愁也の意識が現実に戻る。


そして、呟く。


「やっぱり今日は厄日だ」
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