猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

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第一章――ようこそ、学園へ

第4話 赤頭巾エルフは奇跡を起こす

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 椅子に座ったまま撒き散らされたチリビーンズを眺める、赤い頭巾の少女。
 忘れもしない。頭巾に縫い取られた不思議な紋様。

(……今朝、僕を助けてくれた子だ)

 美しい鷹を従えた、あの人。

「――セシュナ君、セシュナ君ってば!」
「うわっ、ルチアさん!?」

 心底驚いて、彼は声を上げた。

「なんで渦中に突っ込んじゃってんの!? あの人達を見ちゃダメ! 目を合わせちゃダメ! 眼が溶け出して死ぬよ!!」

 いつの間にか傍らで伏せていたルチアは、器用にも小声で叫ぶ。

「あのさ、よく分からないんだけど、あそこに座ってる赤頭巾の子って」
「分かんなくていいから! 特待生を理解しようとしたらダメなのっ! 気にしちゃダメ、見ちゃダメ、近づいちゃダメ、触っちゃダメ! あの人達は学園の禁忌・・なんだから!!」

 一気に捲し立てられて、セシュナはたじろぐ。

「ウゼーんだよ、“魔女”! ハナシがあんのは、そこの“冷酷女王《マーシレス・クイーン》”だけだっつってんだろが!!」

 ジャンの怒鳴り声。

(……“女王クイーン”? 赤頭巾の彼女のこと?)

 確かに風格はあるかもしれないが、それにしても女王とは大袈裟な。

「あの子の昼メシ蹴っ飛ばしといて何が『ハナシがある』だよ、アホロン毛! ハゲろ!!」

 “魔女”は唾を飛ばして吠える。

「オマエ、ハゲとか、この、この、うるせーオトコオンナが! おいオマエら、囲め!! 一気に潰すぞ!」

 散乱した机や椅子の下から抜け出した風紀委員達が、各々の武器や魔法マギアを構える。

「なんだよもー、まだやるの!? 全員アバラ折るよ!?」
「十二対一で吠えてんじゃねーよバカッ」

 確かに、この戦力差は流石に分が悪いだろう。

「ほらもうダメ! もう死ぬ!! ホントに! セシュナ君ちょっと死んでるからっ!」

 ルチアに掴まれた袖は気にせず、セシュナは立ち上がった。

(恩返し、しなきゃな)

 まずは、手近な風紀委員に飛びかかる。

「とりゃあッ」

 セシュナは拾い上げた椅子の脚で、大柄な少年の背中を思い切り打ち据えた。
 不意打ちを食らった少年が、折れた椅子の山に突っ込む。

「な――オマエ! 遅刻赤眼野郎レッド・アイ!!」
「キミ、さっきの! おっぱい触り魔!!」

 セシュナは危うくずっこけそうになったが。
 なんとか気持ちを立て直すと、

「……十二対一じゃない、十二対二だッ!」

 叫びながら、駆け出した。

 手斧ハンドアックスを振りあげようとした風紀委員の肘を椅子の脚で打ち据え、取り落とした得物を奪い取る。
 鞭を握る風紀委員の少女――化粧がすごく濃い――に斧を突きつけながら、再度声を張り上げる。

「事情はよく分からないけど、そこにいる赤頭巾の子は僕の恩人だ! 彼女に何かしようって言うなら、僕が相手になるぞ!」

 呆気に取られていたジャンが、再び戦慄き始める。

「オマエ、女の前だからってカッコつけてんなよ赤眼レッド・アイ! ――喰らえ、電光スパークッ」

 その指先から放たれた紫電が見えたわけではない。
 しかしジャンが魔法マギアを放つタイミングは、予想がついていた。

(人間もモンスターも同じ。攻撃に移る前に予兆がある)

 視線が定まる、息が止まる、身体に力が入る――予兆が分かれば、後は呼吸を合わせるだけでいい。
 セシュナは、手斧ハンドアックスをジャンに投げつけた。

 ジャンが放った紫電が、金属製の刃に短絡する。

「んなッ――」

 ついでに鞭を構えていた風紀委員の手首を掴んで捻り倒し、武器を奪い取る。
 セシュナはそのまま前へ跳んだ。後を追って放たれる紫電をかわしながら、荒れた床を二転三転する。

「クソすばしっこいな、田舎モンが! 体液沸騰させんぞ!!」
「……ねえ、金髪野郎ブロンディ。こっち向きなよ」
「なんだようるせえなバカ――ブッッッッッッ!!」

 例えるなら煎じた野草の苦汁を吹き出したような、悲鳴とも付かない声。
 そして、飛び来る魔法マギアの気配が止んだ。

 折り重なった椅子の山を飛び越えて着地した辺りで、セシュナも足を止める。
 振り返ると、ジャンが顔面を押さえて悶絶していた。

 “魔女”が振り抜いた拳が、薄っすら煙を上げているのが見える。

「あ、ごっめーん、イイトコの坊ちゃんには、ちょっとスキンシップ・・・・・・が過ぎたかな?」

 朗らかに言って捨てると、“魔女”は満面の笑み――という名の剣幕で、周囲の風紀委員達を見据えた。

「……で? 他にあたしと話し合いたい・・・・・・奴は?」

 食堂を包む、果てしない静寂。
 その場にいる誰もが息を止めていた。少しでも動けば大鍋に放り込まれてしまうのではないかと、不安がる子供のように。

 やがて“魔女”は一つ息を吐くと、軽く人差し指を立てた。

「じゃあみんな、後片付けよろしくー」

 妙に堂々としたウインクを一つ飛ばす。
 それから“魔女”は、ぐったりしたジャンを捕まえると上着をまさぐり始める。昼食代の請求・・だろうか。

 風紀委員達もとうとう士気をくじかれたのか、悔しそうな顔で机を起こし始める。
 その様子を、セシュナは唖然として眺めていた。

「えーと、キミ。火事場痴漢のキミ!」

 まったく不名誉なことに、そう呼ばれて我に返ると。
 鼻先に飛んできた革財布を、思わず掴まえてしまう。

「分け前。キミも貰っときなよ。どーせコイツにカツアゲとか喰らったんでしょ?」
「いや、僕は……っていうか、さっきのは事故だからね! わざとじゃないから!」

 財布から抜き取った紙幣を数えながら、“魔女”が笑う。

「あはは、分かってるって。助太刀ありがとね。キミ、強いじゃん」

 こちらに向けられた瞳は、陽射しを受けた葉のように鮮やかだった。“魔女”なんて渾名は相応しくない。

「あたし、アシュ。アシュ・パーペルン。レイチェル教室の二年」

 笑うと、どこか少年のような印象になる。

「僕はセシュナ・ヘヴンリーフ。今日からタチアナ教室の第二学年なんだ」

 やはりアシュも学園流に左手を胸に当てて、右手を差し出してくる。握り締めると、たこ・・の痕がいくつかあるのが分かった。

「あ、キミが噂の七人目セブンスか。んじゃ、あたし達とは特待生仲間って訳ね」

 彼女は一人納得すると、背後を振り返り。

「ね、噂の彼だってさ。知ってた? 六人目シックスさん」

 やはり気軽に話しかけた。
 赤頭巾の“女王”は窓の外に見える庭園を眺めたまま、視線だけでこちらを見る。

『木喰』

 手にした木の匙を差し向けながら。

『演示。磊塊。歴々たる』

 何かを呟いた――少なくともセシュナはそう感じた。

『懸濁より。祥鳳。堅。軽妙な』

「え……な、何? なんて言ったの?」

 思わず問い掛けるが。

「ん? どしたの? この子、何か言った?」
「えっ、いやその、彼女、何か言葉を――」

 言われて。
 セシュナは“女王”の小さな桜色の唇がまったく動いていないことに気付いた。

 多分、彼女が発しているのは声ではない――少なくとも、大気を震わせる音波ではない。

『瞹昧。天来。広大なる』
(……他の人には、聞こえてない? どうして?)

 これも魔法マギアなのだろうか?

 ――フードの影から覗く”女王”の瞳。
 夜の森のようだと、セシュナは思った。大樹が幾重にも枝葉を伸ばし、深く暗い静けさに満ちた森の景色。枝に宿る鷹が放つ全てを見透かすような冷たい視線。
 そこに映っているのは、僅かに揺らいだ食堂の景色――

 反射的にセシュナが背後を振り向くのと同時。

『起きて。ドライアド』

 “女王”の匙が、炸裂・・した。
 冗談でも誇張でもなく、セシュナはそう思った。

 単なる木片が風さえ巻き起こす勢いで爆発的な成長を遂げ、一瞬にして巨木となる。ただでさえ乱雑な食堂が広がる枝葉に飲み込まれていく。
 片付けをしていた風紀委員ごと。

「どわっ、なん、これ、なんだこりゃあああああああっ!」

 一際大きな罵声が聞こえたかと思うと。

 絡み合う枝の隙間がゆらりと揺れて――ジャンが現れた。

「ざっけんな”妖精族エルフ”! 汚れた血フォウル・ブラッドの分際で!! つかコレ、なんとかしろコレ、何が精霊だオイ、テメ、この、うげ――ちょ、ま……!!」
「うわ、馬鹿金髪ブロンディ! てか、いつの間に復活してたのアイツ?」

 控えめに言ってみすぼらしいジャンの姿に、アシュが呻くが。
 セシュナは彼女に構わず、もう一度“冷酷女王マーシレス・クイーン”を振り返った。

(彼女は、気付いてたんだ)

 セシュナとアシュが目を離した隙に、ジャンが魔法マギアを使って姿を隠したことを。背後から彼らに不意打ちをかけようとしたことを。

 そして、それを魔法マギアで防いだ。

「……すごい」

 割れ爆ぜるような激しい音を立てて成長していた木の匙――それがかつて匙だったと誰が信じるだろう――が、突然その動きを止めると。

 “女王”は匙だったものから手を離し、音も無く席を立った。チリビーンズに浸ったトレイを返却口に戻し。

「えっ、あ、ちょ、ねえ君!」

 滑るような足取りで、食堂を後にする。

「待って、今朝のお礼がまだ――」
「ああ、無理無理。ナンパならやめときなよ、セシュナっち」

 虚しく空を切ったセシュナの手を、アシュが諫める。

「ああいう娘なんだよ、六人目シックス――ミロウはさ。なんていうか……音のしない台風、みたいな?」

 何故か楽しそうに言うが。
 セシュナは呆然と、彼女――ミロウが揺らしたスイングドアを見つめていた。
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