猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

文字の大きさ
12 / 41
第二章――華やかなり、学園の庭

第11話 大聖堂の秘密を暴け

しおりを挟む
 ティンクルバニア市長アストン・グレイの挨拶が終わると、春季園遊会は無事に終了した。撤収は社交クラブお抱えのスタッフによって速やかに行われ、中庭はあっという間に元通りだった。

 一般生徒達も下校した放課後。
 学園に残っているのは部活や委員会に参加している生徒と、密命を負ったセシュナだけ。

 彼は庭園の中心――大聖堂の正門を前に、一人佇んでいた。建物は飾り付けを全て取り払われて、元の質素な外観となっていた。
 昨日と同じように樫の扉を押しやると。
 手応えは重々しく、蝶番が微かに軋みながらもゆっくりと開いた。

 並ぶ礼拝用の長椅子と祭壇。奥には巨大な聖女像、そして彼女が身を捧げた磔台を模した聖印。天井近くの窓から差し込む光が、壁の色を綺麗に二分している。
 その景色も昨日と何も変わらない――ただ一つを除いて。

 セシュナは真っ直ぐに聖堂の中心へ歩いて行った。

(確か、この辺だったはず。あの……女の子の死体が寝かせられていたのは)

 床の上に膝をついて、敷き詰められた石の一つ一つに触れていく。
 石は完全に乾いていて、血の跡はもちろん残り香すら感じられない。拭き取るような当たり前の掃除方法ではないと思っていたが、こうも完全に痕が残らないというのは驚きだった。

(……魔法マギアで消した、ってことだよね)

 そうとしか考えられない。彼らが姿を消したのも、やはり同じだろう。

 魔法マギアを使えば「魔法痕サイン」が残る。例え目に見えるもの全てを消し去ったとしても。
 大図書館で見つけた魔法マギアの入門書には記されていた。
 ただ、その痕跡は魔法マギアの素養を持つ者にしか感じ取れない残り香のようなものらしい。魔法痕には個人の特徴がある為、魔法マギアを使った人間も特定できる。

(協力してくれる魔法使いウィザードがいれば、だけど)

 ヒルデは、生徒会所属の魔法使いウィザードに協力をさせることを嫌った。

魔法使いウィザードは『同胞』を売り渡さない、か)

 かつて旧大陸ユートリアで行われた“魔法狩り”の記憶を、魔法使いウィザードは未だ深い所に留めている。例え同じ学園に通っていても、彼らは学友である前に魔法使いウィザードなのだ。
 万が一裏切りにあっては元も子もない、とヒルデ。

(生徒会長さんも色々大変だなぁ……ま、仕方ないか)

 セシュナは上着のポケットから一枚の紙を取り出した。
 図書館で得たもう一つの収穫。

(聖堂の設計図。ここにヒントがあるはず)

 正確にはその写しだが。
 当時の記録を検めてみると、この建物が二つの役目を負わされていたことが分かる。

 一つは祈りの場としての聖堂。
 二つ目は荒野に巣食う鳥獣から死者を守り、安らかな眠りを約束する弔いの墓標。

(つまり)

 この建物には地下墓地カタコンベが存在しているのだ。
 今はもう新しい死者を迎え入れていない、閉ざされた空間。

 あの黒ずくめの集団――『ミリアの子供達』はそこへ向かったのではないか。

(根拠その一。死体を入れた棺を運ぶには絶好の場所)

 市街の葬儀屋や街の外れにある墓所では、どうしても人目につく。だが、封印された地下墓地は違う。

(根拠その二。魔法マギアでは、そう遠くまで瞬間移動出来ない)

 入門書にもある。魔法マギアは、認識できるもの、そして想像できることしか実現できない。
 一瞬で世界の反対側へ――あるいは市内のどこかへ移動するということは、その奇跡をイメージできても行き先が認識できない。壁の向こうや床下ならば、その音や温度を感じることが出来る。

(根拠その三。入り口は封印されていて、他の人間は入れない)

 当事者以外は誰も憶えていない、出入りもできない密室。犯罪の証拠を隠すには最高の場所だ。

 セシュナは長椅子の間を通り抜けて、祭壇を目の前にする。両手に少しだけ伸びているのが翼廊だ。
 向かって左手の翼廊には、昨日忍び込んだ礼拝準備室に繋がる扉がある。

 しかし右の翼廊に扉はない。
 本来それがあるべき箇所には漆喰で固められた石壁だけがあった。

(設計図では扉の印が付いてる)

 近づいてじっくりと観察してみるが、他の壁との違いはない。
 昨日今日埋め立てられた訳ではないのだから当然か。

 ヒルデによれば、『ミリアの子供達』の噂は学園の設立当初から囁かれてきたという。

(何百年も、学園で人殺しを?)

 何の為にそんな真似をするのか。どうやって続けてきたのか。

 壁を叩き、外側の壁と音に違いがないことを確認する。つまりそれは、壁の向こう側に空間がある・・・・・・・・・・・ということだ。
 石の間に不自然な隙間がないか、あるいは石を動かす仕掛けのようなものがないか確認していく。見た目で鍵穴と分かるものやスイッチは見当たらない。

 本当に、一切の人間を受け入れるつもりはないらしい。
 セシュナは溜息をついた。

 それは諦めや苛立ちではなく――むしろ歓喜に近いものだった。
 重厚な石壁の向こうにどんな景色があるのか。どんな真実があるのか。

 隠される程に、好奇心が疼く。

(見たい。知りたい――ここには、何が隠されている?)

 上着のポケットから、最後の得物を取り出す。
 のみ・・と金槌、そして小振りなダイナマイトを一つ。
 ヒルデを通して考古学研究科から分けてもらった遺跡発掘用の道具である。

 これだけの古跡を傷付けるのは、躊躇いがあった。

(でも、こうするしかない。本当のことを知るためには)

 他の壁や基部に影響が無いよう、通路の中心と思われる場所にのみ・・で穴を開ける。導火線を長く伸ばしたダイナマイトを嵌め込んだら、長椅子を出来るだけ遠くに押しやって向こう側に身を隠す。

 マッチを擦り、手元の導火線へ近付ける。
 火は音もなく編み上げられた導火線へと移り――

 爆発までの時間は、思ったよりも長かった。
 罠を仕掛けて獲物を待つ時のように、興奮と忍耐の鬩ぎ合いの中で。

 衝撃は爆音となり、会堂に反響する。
 あらかじめ耳栓を入れていても、耳朶は痛みを訴えた。窓ガラスが不吉な音を立てて震える。

 恐る恐る、長椅子の影から首を出してみると。
 石壁は見事に崩れ落ちて――その先にある螺旋階段の一部を覗かせていた。

「――よしっ」

 我知らず快哉をあげ、拳を固める。

 石壁に開いた大穴に手をかけると、まずは首を突っ込む。噎せ返るような埃と黴と、死の匂いが鼻先にちらついた。
 荒野の片隅で眠っていた記憶と歴史の断片。

 吹き付ける未知の気配に、セシュナは自分の背筋が震えるのを感じた。

(行こう。確かめるんだ)

 よじ登るようにして穴を抜け、封印された空間に足を踏み入れる。階段の壁に設えられた燭台には蝋燭の欠片が残っていた。試しにマッチを近づけると、どうにか火が着く。
 明かりを灯しながら、彼は慎重に階段を降りていった。

 螺旋を六周もした所で階段は途切れる。設計図通りとはいえ驚嘆に値する深さだった。
 またしても扉が行く手を阻むが、今度は簡単に開いてくれた。

 樫材の隙間から噴き出す濃密な空気。
 そして、暗がりに慣れた眼には眩しいほどの光。

(明かり! 誰かいるのか?)

 セシュナは扉の影に身体を忍ばせた。耳を澄ましてみるが気配は掴み取れない。
 奇妙な静けさだった。積もった新雪に全ての音が吸い込まれてしまったような。

「――ホンマに来よったんか。恐ろしい奴やのう」

 声だ。少年の声。

 しかも、こちらに向けて。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...