猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

文字の大きさ
17 / 41
第三章――深く静かな学園の底

第16話 学園に眠る“禁忌《フォビドゥン》”

しおりを挟む
「“禁忌フォビドゥン”。人智の底、深奥の扉を押し開いて出づる、死と破壊が形を成した最悪の権化アバター

 傘の柄を握るアレクサンドラの手に、力が籠もる。

「人が成り堕ちた災厄を鎮められるのは、わたくし達しかいないのです。秘密を守り、なおかつあの強大なモンスターと戦えるわたくし達しか」

 セシュナは挑みかかるように、口を開く。

「アレクサンドラさん、あなたは半分しか質問に答えてない。どうして、隠すんです。“禁忌フォビドゥン”の存在を」
「理由は三つ。一つ、モンスターと化した人間を元に戻す方法はありません。二つ、あれは伝染し、増殖するのです――疫病のように。そして三つ目。『病』は、このティンクルバニアでしか発生していない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・からですわ」

 アレクサンドラの言葉は、それでもなお優美と言ってよかった。

「……この事実が持つ意味、お分かりいただけるかしら?」

 つまり“禁忌フォビドゥン”は、ただのモンスターではなく。
 どんな悪疫よりも残虐で悪質な、自らを拡散し再生産を続ける病魔。

「この街は――ティンクルバニアという都市は、多くの人々が生きる場所。そして学園は、わたくし達の未来を築く為の大切な礎ですわ。その平和と繁栄を守る為に、ここが呪わしい悪鬼の苗床などと知られてはならない。決して」

 セシュナは思わず自らの右手を見やった。
 あの時、這い寄る闇に飲まれかけた手を。

「……もしも、あれが風土病なら。何か原因があるはず」
「ええ、もしそうなら根絶できるでしょう。もしも対処できる原因があるなら・・・・・・・・・・・・・

 握りしめられた傘が微かに震えていた。金属と石が擦れる硬い音。 

「でもそうではない。だから、わたくし達はあれを隠滅・・するのです」
「でも、それは」
「欺瞞だと仰られるの? 真実を晒すべきだと」

 二の句を次ぐ暇は無かった。
 アレクサンドラは決然と、セシュナに問いかけてくる。聞き分けのない子供を叱るように。

「全てを明るみに出して、それで何が残りますの? 何が失われますの? この街に暮らす人々に、この学園に夢と希望を託した生徒達に、この街が百年の間に積み重ねてきた、全てのものに。何が残されると言うんですの?」

 セシュナは――黙ることしかできなかった。

「この街を良く知りもしない留学生に、一体何が分かるんですの?」

 言葉は、殷々と夜に響き。
 再び訪れた沈黙はずっと長く感じられた。

 降り積もる月の雫が数えられそうなほど、重く静かな時間。

「……ごめんなさい。少し、言葉が過ぎましたわね」

 知らぬ間に俯いていた顔を起こして。
 セシュナはアレクサンドラの黒い仮面を再び見上げた。

「いずれにせよ。わたくし達が――いいえ、この学園が・・・・・示せる選択肢は、二つだけですわ」

 目元の白い雫が、月の光で微かに浮かび上がっている。

「わたくし達と共に秘密を守り、“禁忌フォビドゥン”と戦うか。それとも、全てを失うか」

 セシュナはもう一度、自分が置かれている状況を冷静に考えようとした。

(僕は何をするために、学園ここへ来た? 何を求めて――故郷ハルーカを出たんだ?)

 視線を周囲に向ける。彼女達の黒い仮面からは何も読み取れない。
 ――皆それぞれに迷い悩んだのだろうか。それとも未だに戸惑い、自らに問い続けているのだろうか。
 あのモンスターを――人間が成れ果てた悲劇を、密かに滅ぼすことの意味を。

 結局の所、納得するしかない。
 いや。納得していることを、改めて認めるしかない。

(僕は、真実を見て、聞いて、知って。そうして、決めたかったんだ)

 正しいと思える何かを。
 誰かに任せることなく、自分自身で。

 セシュナは一度、瞼を閉ざし。
 アレクサンドラを――その背後に控える聖女ミリアの立像をも見据えて、声を上げた。

「――分かりました。僕も戦います」

 何を選んだ所で。
 知ってしまったのならば、目を背けることは出来ない。
 誰かに押し付けても、逃げ出しても。忘れることなど出来はしない。

 己が背負った紅い眼の凶相と同じく。
 目の前の敵に立ち向かうより他に、選択肢などない。

 アレクサンドラは頷くと、手にしていた傘を傍らのフォースに預けた。

「ならば、誓いを立ててくださいな。そしてそれを、血を以って刻むのですわ」

 懐から鞘に入った短剣を取り出し、セシュナに差し出してくる。
 儀礼用の剣であることは、一目で知れた。鍔元に埋め込まれた赤い宝石と、直線を多用した複雑な彫金の鞘。

「一つ。“禁忌フォビドゥン”を隠滅せよ。徹底的に、絶対的に、確実に」

 彼女は厳かに宣った。

「二つ。学園を守護せよ。徹底的に、絶対的に、確実に」

 声は染み入るように、夜闇を震わせる。

「三つ。結社を秘匿せよ。徹底的に、絶対的に、確実に」

 短剣の鞘が月の光を映して、煌めきを零した。

「大いなるミリアと己が魂にかけて。誓うのならば、その手に剣を取れ」

 セシュナは手を伸ばす。剣の柄は、今までどれだけの人間に握られてきたのか、かなり摩耗していた。
 ひやりと冷たく、腹の底が震えるような感触。

「刃を以って血を流し、母なるミリアの御前にて証しを刻め」

 アレクサンドラが脇に退くと。

 慈悲深き女神の似姿は、月光の下でその白い肌を晒していた。
 彼女の足元には祭壇がある。臙脂の布をかけられた説教台の向こうに控えているのは、いつの間に移動したのか、錫杖を抱きかかえた黒尽くめ――シックスだった。

 祭壇の前に立つ。そこに置かれているのは、銀の皿に載せられた聖ミリアの肖像画。
 風の吹く木陰で竪琴をかき鳴らす、最も有名な情景の複写。
 長い黒髪が風になびき、足元まで広がる白い衣が美しい。

 セシュナは恐る恐る短剣を引き抜く。思ったよりも手応えは軽やかで、晒された刃は鋭いものだった。
 切っ先で左の親指を突くと、すぐに血の玉が浮かぶ。

 彼は、指先を証書にかざした。
 雫の一つが落ち、聖女の右眼に紅い涙が浮かぶ。

 シックスに短剣を渡す。今度は彼女が指に刃を当てる。白く滑らかな指の上ならば、鮮血は尚の事美しい。

 彼女の血も、一滴。
 今度は聖女の左眼から、鮮やかな血の涙が溢れる。

「誓いと覚悟において、汝と我等は結ばれる――我等は同じ聖女の血を授かりし兄弟姉妹、すなわち『ミリアの子供』なり」

 気付けば、黒衣の少年少女は祭壇に寄り集まり。
 一人進み出た武器を持たぬ少年――ニザナキが諸手を翳す。

「もし、この誓いが破られることがあれば。ここに描かれた聖母ミリアの如く、その命も燃え尽きるであろう」

 アレクサンドラの無慈悲な言葉に合わせて、ニザナキが何事かを呟くと。
 不意に生まれた炎が、聖堂の闇を払い除けた。

「…………!!」

 魔法マギアが生み出した紅蓮の炎が、画布に描かれた聖女を焼き尽くしていく。
 かすかに爆ぜた火の粉が、彼らの黒い面を撫でた。
 やがて白銀の皿には、赤黒い消し炭だけが積み重なり。

「……これで、あなたもわたくし達の仲間――いえ、姉弟ファミリーですわ」

 仮面の下から現れたのは、やはりアレクサンドラの美貌だった。
 陽の下で見るよりもよっぽど鮮やかで、眩いほどのアイスブルーの眼差し。

「お迎えいたしましょう、改めて。わたくしは、母なる聖女の第一子ファースト長女エルダーアレクサンドラ。ようこそ、セシュナ。新しいブラザーを迎えられて、本当に嬉しいですわ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...