猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

文字の大きさ
18 / 41
第三章――深く静かな学園の底

第17話 一番気になるあの子

しおりを挟む
 ようやく落ち着いて訪れた学生食堂は、一昨日の騒ぎに負けず劣らずの賑やかさだった。

 白木のトレイを持った学生の列は配膳口の前では収まりきらず、廊下にまで続いている。今日のメニューは牛肉の香草煮込みシチューか、魚介と米の炊き込みパエリアか。どちらを注文するのか、談義する学生の声だけでもやかましいぐらい。

(どれだけ待たされるのかな……って思ってたんだけど)

 どういう訳かセシュナの顔を見た途端に、生徒全員が列を譲ってくれた。ヒソヒソと小声で「逆らうな」「潰される」「風紀委員の連中と同じ目に遭う」「窓から落とされた」「頭を割られた」「ノート破かれた」「家焼かれた」などと聞こえてきて――噂が段々悪化している気がする。

 とはいえ、それはそれ、これはこれ。

「……で、どうだった? どうだったの聖堂の調査は?」
「あ、うん――ひょっちょまっひぇちょっと待って

 隣に座ったルチアの、深刻な表情にも負けず。
 セシュナは口いっぱいに頬張った塊肉を堪能していた――一噛みする度に広がる濃厚なソースの味わいで、溜め息が漏れそうになる。

 故郷を離れる時は、食べ物が合うか心配していたけれど。ティンクルバニアに到着して早三日、不安は完全に払拭されていた。
 最後の一欠片を名残惜しくも飲み込み、陶製のコップに注いでおいた水で一息を入れる。

「……昨日、聖堂の地下墓地カタコンベに行ってみたんだけどね」

 コップの底を見つめながら、言葉を捻り出す。
 それらしく聞こえるようにと祈りながら。

「はずれだった。『子供達』に繋がりそうな手掛かりは、何も」
「うー、そっかぁ。残念だったね……」

 ルチアが大きな溜息を吐く。
 会長への連絡係として気が重いのだろうか。

 彼女の皿は、貝の身が無くなり、ハーブで色付けされた米だけが大量に残っていた。
 話を逸らす為というより、単純な好奇心で訊ねる。

「食べないの、パエリア?」

 言外に、もし残すなら譲ってくれないだろうか、という気持ちを込めて。

「んー、その、まあ、お腹は空いてるんだけど」
「え、じゃあどうして?」
「……セシュナ君ってさ。細い人が好きなんでしょ? ヒルデ会長みたいな」

 突然の話題転換。
 セシュナは少し考えてから、

「太い方がいいよ。食が細い人は過酷な環境じゃ生き抜けないし。雪山とか」
「体形の話! 食ではなく! 読んで、文脈を! だから、その、セシュナ君って、人形みたいに華奢な体型が好きなんでしょ? ”冷酷女王マーシレス・クイーン”みたいな。それとも、スラっとして背の高い、アスリートみたいな感じ? ヒルデ会長系?」

 ルチアはやけに深刻な顔だが、セシュナはそれどころではなかった。
 まだ見ぬ美食を求めて、腹の虫がざわめいている。

「えーと。ちゃんと食べないと、アスリートにはなれないよ?」
「そうなんだけど、そうじゃなくて! もー、もー!!」

 荒ぶるルチア。スプーンで刺されそうになる。

「女の子! 食べ物じゃなくて、女の子の好き嫌い! セシュナ君はどんな子が好きなの!?」
「……どんな子?」
「その、ほら、だって、き、綺麗でしょ、ヒルデ会長とか! 髪も艶々だし、肌も白いし、目もキリッとしてて……あと、“女王”だって、実は美人なんじゃないかって噂で――」

 セシュナはふと、考え込む。

(……考えたことなかったな。故郷ハルーカじゃ、女の子と話す機会なんて全然無かったし)

 どう伝えればいいのか。言葉を選びながら、

「ええと。どんな子……っていうか。みんな好きだよ」

 今までセシュナが出会った女性は、それぞれ違う魅力があった。

「……は!? ちょ、え? 待ってセシュナ君、それって女の子なら誰でもいいってこと?」 
「え? いや、違うよ! 誰でもいいとかじゃなくて!」

 語弊があったか。

「その……みんな違う魅力があって、みんな素敵っていうか」
「そーいうのいいから! じゃあ、今までセシュナ君があった中で一番の子を選んで!」

 ルチアの顔がどんどん険しくなっている。何故だ。

「一番って……何基準で?」
「んーと、好き? 気になる? っていうか、もっと知りたいなー、一緒にいたいなー、って思う相手!」

 つまり、一番好奇心をそそられる相手、ということか。

 気付けば心惹かれ、その姿を探してしまう。
 もっともっと、彼女のことを知りたいと思ってしまう。
 そんな人といえば――

「――ミロウさん、とか……?」

 ふと。
 ルチアはすっかり静かになっていた。驚く程青ざめた顔で、セシュナの背後を見ている。

「…………?」

 訝しく思いながら、セシュナは振り返り。
 ――今度は椅子から転げ落ちるまではいかなかった。ちょっと蹴飛ばしただけ。

「えっ、あっ、わ、ミ、ミロウさんっ!?」

 赤い頭巾を被った少女は空の皿を載せたトレイを持って、じっとこちらを見下ろしていた。肩に鷹を乗せていないのは食堂だからか。

「……こ、こんにちは」

 とりあえず挨拶。訪れる沈黙。
 いつの間にか、食堂全体が水を打ったように静まり返っていた。

「あの、ぼ、僕に、用ですか?」
「…………」

 返事は無い。
 ただ、夜を写し込んだような視線をひたすらに注がれると、意味もなく鼓動が高鳴っていく。
 顔が熱い。汗が出る。

 これ以上は耐えられないという所まで待った上で、口を開く。

「えと。ミロウさん。あんまりじっと見られると……その。恥ずかしいと言うか……」
「……ついてきて」

 答えは、ただそれだけ。

 彼女はやはり足音も無く。
 返却口にトレイを戻し、再度こちらを振り返る。

 またしても、しばし見つめ合って――セシュナはようやくミロウが発した言葉の意味を理解した。

「ま、待ってっ、ミロウさん!」

 自分でもびっくりするほど大きな声を上げて、ミロウの後を追う。

 彼女の歩き方は修道女のそれに似ていた。身体を上下に揺らさず決して音を立てない。賑やかな昼休みの廊下で、たった一人、水面を歩いているかの如く。

「あの、どこに行くの?」
「……着けば分かる」
「あ、うん」

 セシュナは何も分からないまま、儚げな背中を追う。
 どんな距離を保てばいいのか分からず、離れ過ぎては見失いそうになり、近づき過ぎては慌てて立ち止まる。

 何度か背後を振り返ったが、ルチアはついて来ていないようだった。もしかしたらまたヒルデの元へ向かったのか。あまり大事にされても困るけれど。

「さっきの」

 突然。
 ミロウが声を発した。視線は前を向いたまま。

「あ、うん、え? さっきの?」
「ルチア・トスカニーニと話していたこと。なんで、私の名前を?」
「あ……ごめん、その。ミロウさんって言ったのは、別に変な意味じゃなくて。その、普通の意味というか」

 言ってから、説明になっていないと気付く。

「普通の意味っていうのは、その。僕はミロウさんのこと、全然知らないから。もっと話してみたいし、あの綺麗な鷹のこととか、聞きたいことがたくさんあるんだ」

 ミロウの返事は、沈黙。

(うう。いきなりぐいぐい話しすぎたかな……引かれたかな……)
「……キーラ。あの子はただの鷹じゃない。鷹精霊フォエニクス霊素エーテルへ昇華された命」

 不意打ちな上に早口だったけれど。

「――キーラ! いい名前だね」

 セシュナは小走りにミロウへ追いつき、

「ねえ、命が霊素エーテルに昇華、ってどういうこと? それも魔法マギアの一種? あと、その頭巾の柄、すごくかわいいと思うんだけど自分で作ったの? あと、それからそれから」
「……あの。一度に、訊かないで。答えづらい」
「あ、ごめん、その、嬉しくって、つい」

 セシュナ達はいつの間にか、南棟の端から昇降口を出て中庭へ。同心円を描く美しい庭園を抜けて聖堂へと至っていた。
 日差しが差し込む聖堂は明々とした穏やかさに満ち、そこが正しく女神の家なのだと実感させてくれる。

 そして。身廊に出来た陽だまりで、ミロウが立ち止まった。

「……ブレスレットは、つけてる?」

 彼女の小さな声も、静寂に満ちた聖堂ではしっかりと耳に届く。

「うん! アレクサンドラさんから言われたとおりに」

 セシュナは、おずおずと左手を差し出した。
 手首に巻いた銀鎖の腕輪。
 昨夜の儀式を終えた後にアレクサンドラから渡されたものである。

(『ミリアの子供達』の一員たる証、って言ってたな)

 鎖には小さな金属板がついていた。肌に沿ってカーブを描く銀のプレートには、まるで文字のような記号がいくつも刻まれている。

(この文字。文献で見たことはあったけど……本物は初めてだ)

 遥か古代――地上が今よりも多くの”霊素《エーテル》”に満ちていた時代の遺産。
 魔法マギアを自律させる魔導技術シルフィックの核心となる記号、魔導文字シルフィグラフ

「このブレスレットをつけてれば対抗魔法レジスト・マギアがかかるの? それとも何か他の力があったりするの?」
「……自分の指を当てて」
「指? えっと……」

 ミロウ――『ミリアの子供達』では第六子シックスと呼ばれていた少女は、セシュナの手首を掴むと自らの指でセシュナのブレスレットを撫でる。

「こうやって」
「こ、こここ、こ、こう?」

 ひんやりとしたミロウの手の感触で、心臓が爆発しそうになった。
 僅かに震える右手で、セシュナは何とか金属板に親指を当てる。

「唱えて。帰投する、ポイント・クレイドル」
帰投する、ポイント・クレイドル・・・・・・・・・・・・・・・

 ――ほんの一瞬だった。
 それこそ、瞬きを終えた直後には。

 セシュナは空に浮いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...