猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

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第三章――深く静かな学園の底

第18話 新しい『兄弟』

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「う――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 咄嗟に、ミロウの身体を引き寄せて。
 あの内臓がひっくり返るような落下の不快感に耐えようと、セシュナは瞼を閉じた。

 そして。
 ――いつになっても、不快感がないことを訝り始める。

「……目を開けて」

 ミロウに促されても、セシュナはまだ半信半疑だった。
 恐る恐る、瞼を緩めていく。

 広がるのは、やはり青空だった。色濃く迫るような青。雲が光を放ちながら過ぎて行く。
 セシュナは足元を見た。やはり空中である――そうとしか思えない。

 そして辺りに目を向ける。
 どこまでも広がる晴天を背景にして。
 黒い外套マントを纏った生徒達が、そこに集っていた。

「ごめんなさい、驚かせちゃいましたね。えへへ」

 悪びれない様子で口を開いたのは、園遊会パーティで出会った赤毛の少女――ケーテだった。彼女の指が、傍らに浮かんだ白い石版に触れる。

 またしても変化は一瞬だった。
 青い空は跡形もなく消えて、先程まで歩いていた中庭の景色が広がる。かと思いきや、次の瞬間には食堂に移動している。学生達の姿もあり、賑やかな喧騒も聞こえるが手で触れることだけが出来ない。続いてどこかの教室。実験室。廊下。大聖堂。

 そして最後には匂い立つような薔薇園が広がり。

 今度は、それほど怯えずに――きょろきょろと見回しながら、セシュナはこの驚くべき現象を受け入れた。

「これ……そうか! 魔導機械シルフィメックが創り出した幻!?」
「そうです。正しくは環境再現リプロダクションっていうんですけどね?」

 ケーテの語り口は、あくまで軽かったが。
 セシュナは心の底から感激していた。

(これが、古代魔導文明の魔導技術シルフィック――っ)

 数千年前に滅んだとされる超文明の技術。それが今なお、こうして動いている。

「うわあ……これ、つまり離れた場所にいても、知りたい場所の様子がわかるってこと!? 学園のどこでも? いや、ティンクルバニア市内なら? それともまさか世界中? そうか、これがあったから、僕を待ち伏せることも出来たのか……すごいな、ホントにすごい!」
「ふふん、そんなに感心してもらえると、ケーテも鼻が高いです!」

 セシュナは次々湧いてくる疑問を、ケーテにぶつけようとするが。

「そろそろ良いかしら、お二人とも。話を始めたいのですけれど」

 アレクサンドラに窘められた。ソファにゆったりと腰掛け、優雅に紅茶を嗜みながら。

「ここは揺り籠クレイドル。セシュナさんが毎日見ている白い塔の内部であり、わたくし達の――そうですわね、秘密基地・・・・ですわ」

 予想を遥かに超えた秘密だった。これではとても見つけられない。

「実は、今日は皆さんとお話ししたいことがあって集まってもらったのですけれど」
「あー、アレクサンドラ先輩。こういう時って、一応、自己紹介とかした方がいいんじゃないの?」

 手を挙げたのは、第四子フォース――アシュだった。床に座り込んで、弁当箱のサンドウィッチを口に運んでいる。

「あら。でも皆さん、もうお友達みたいなものでしょう?」

 悪びれない様子で、アレクサンドラは笑うが。

「どうでもええ。はよ進めてくれや」

 アシュからもアレクサンドラ達からも離れた場所で、少年は長椅子に似た直方体に寝転がっていた。左手で頭を支えながら、右指で直方体をこつこつと叩く。

「さっきも言うたやろ。こっちは午後から実験で忙しいねん」

 訛りの強い話し方で、すぐに分かった。

 あの地下墓地でセシュナを出迎えた、戦術魔法士ウォーロック
 ニザナキ・トラフ。四人目の特待生――『ミリアの子供達』では第三子サードと呼ばれている少年に違いない。優れた魔法マギア理論研究者であり、史上最年少で予備保安官リザーブドに任命された破格の天才。

「ああ、そうそう。セシュナさんはお気付きでしたわね? 彼が、ルイ教室第二学年のニザナキ・トラフ――人呼んで“壊滅魔人ジャガーノート”ですわ」

 短く刈り込んだ麦色の髪を掻きむしりながら、ニザナキは面倒臭そうに溜息を吐いた。ずり落ちた銀縁眼鏡を指先で押し上げて。

「挨拶なんぞクソ食らえや。口閉じとけ、新入り。ヘタレが伝染んねん」
「とか言っちゃってさー。昨日、セシュナっちにしてやられたのが悔しいんでしょ?」

 にやにやと、アシュ。
 上着がはためく程の勢いで、ニザナキが跳ね起きた――またしても眼鏡がずり落ちる。

「じゃかしいボケ! 全身の水分抜いて体重三分の一になるまで圧縮乾燥したろか、ゴリラ女!」
「はいはい、暴力はんたーい。あー、これだから破壊魔法使いはなー。ちょっと図星突かれただけで、すぐ火力に訴える単細胞馬鹿ばっかり。嫌になるわホント」

 わざとらしくアシュが肩をすくめると、ただでさえ鋭いニザナキの青い眼が、それこそ斬りつけるような気配を帯びる。

「おう、毎度抜かしよるやないか、ワレ。そろそろ一遍痛い目見んと分からんようやなぁ」
「ちょっとちょっと二人共、喧嘩なら他所でやってもらえます? お姉様アレクサンドラに怪我でもさせたらどうするんです」
「誰が喧嘩なんぞするかい、アホ」

 呆れ顔のケーテなど、ニザナキは歯牙にもかけない。

「ただ、上下関係ってモンを躾けたるだけや、この格闘魔法馬鹿にな」

 今度はアシュの顔に、険が立った。

「えっらそうに、一人万国ビックリ人間ショーの分際で」

 ニザナキの掌が光を宿し、アシュの拳がみしみしと音を立て始めると。
 ――割り入るように、銃声が響いた。

「あら、失礼。少し銃爪が緩んでいたみたいですわ」

 硝煙を上げる傘型散弾銃を天に振り上げたまま、アレクサンドラが満面の――薔薇のように美しく、そして刺々しい笑みを浮かべる。

「ところで、お二人とも? 兄弟間ファミリーでの私闘はやめていただきたいと、わたくし以前もお願いしましたわよね? かわいいブラザーシスターがいがみ合うなんて、耐えられませんもの。もし、どうしても! というなら、命を懸けた決闘という形を取っていただくことになりますけれど。その場合、生き残った方には、相応の責任を取っていただかなくてはなりませんわね」

 ボン、と音を立てて開かれた傘に、飛び散った散弾が降り注いだ。

「――ねえ。ニザナキさん。アシュさん。わたくしのお願い、聞いていただけないかしら?」

 そして訪れる得体の知れない静けさ。
 ただバラバラと、散弾が傘を叩く音だけがしばらく続いて。

「……あ、あのー」

 一番初めに耐え切れなくなったのは、情けないことにセシュナだった。
 教師に激しく叱られた子供のような心地で、怖ず怖ずと挙手する。

「それで、その。アレクサンドラさんのお話っていうのは……何なんでしょう?」

 言いながら周囲を伺うと。

 興が削がれたのか、ニザナキが鼻を鳴らす。アシュは面白がるようにこちらを見てから、また腰を下ろす。
 溜息を吐くケーテと、羽ばたく蝶の幻像を視線で追いかけるミロウ。

 全ての散弾が落ち切ったことを確認して、アレクサンドラが傘を閉じる。

「……ここしばらく、わたくし達の活動頻度が増えていること、皆さんお気付きかしら」

 言葉に、セシュナ以外のメンバーが同意を返した。

「えと……どれぐらい、増えてるんですか?」

 セシュナが挙手すると、アレクサンドラがちらりとケーテに目線を送る。
 白い石版の上で指を踊らせながら、ケーテが話を引き継いでくれた。

「えーと、数字で言うと、この時期の平均活動回数は、月二回。でも、先月は七回も出動してるんです」

 ケーテの後ろにあった薔薇の植え込み辺りに、突然文字とグラフが浮かび上がる。
 それは出動回数の記録のようだった。
 確かにアレクサンドラが言う通り、先月――ちょうど新学期が始まる直前から、グラフの丈は急激に伸びている。

「まあ春だし。暖かいと変な人増えるしねー」

 アシュは暢気に言ってのけた。サンドウィッチで口が乾いたのか、水筒を傾ける。

「“禁忌フォビドゥン”の出現には周期性があったはずや。生徒のストレスが増える時期は確率が上昇する。これまでの出現データとの比較は済んどるんか」

 指摘したのはニザナキ。ケーテが再び石版に指を走らせる。

「もっちろん。これ、見てください」

 宙に浮かんだグラフの数が一気に増えた。十もの棒グラフは、確かによく似た形をしており、特に進級や入学が多い春には数値が高くなっていることが分かる。

 とはいえ過去十年の中で最も多い年でも、三回が最多だ。今年の半分以下。

「……原因は?」

 ぼそりと、ミロウの発言。

「そこが問題なんですよ~ミロウ先輩! 全然見当がつかなくって……”女王株クイーン”の監視データはいつもどおりだし、学園内の霊素エーテル環境も正常だし」
「困った状況ですわね、まったく」

 アレクサンドラが紅茶に口をつける。
 ニザナキはどうでもいいとばかりに首を振って。

「で? どうするつもりなんや、アレクサンドラはん」
「ええ、まずは増えた分の対処を。具体的には今日の放課後から一ヶ月。通常の本部待機に加えて、二人一組の校内巡回を実施してみては、と考えていますの」

 嫌そうな呻き声を上げたのは、アシュとニザナキだった。アシュに至っては、喉にサンドウィッチまで詰まらせている。

「様子を見ながら、必要があれば順次増員を。いかがかしら」

 アレクサンドラは二人の反応など意に介さず、紅茶を一口。

「正直、メンドくさいんですけど」
「まあアシュさんったら、面白い冗談ですこと。他には何か?」

 あっさりとかわされたアシュが、しょんぼりしながら最後のパンを齧る。
 セシュナはもう一度手を挙げた。

「質問があります」
「どうぞ――と言いたいところですけれど。先にわたくしから、よろしいかしら」

 アレクサンドラは、吐息のように微かな笑いを零して。

「セシュナさんは、いつまでミロウさんを抱きしめていらっしゃるの?」

 一瞬。
 頭が真っ白になった。
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