猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

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第三章――深く静かな学園の底

第19話 “萌芽”と“開花”と“結実”

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 振り向く。そこにはミロウの顔。
 眉一つ動かさず、こちらを見る黒い瞳。
 彼女の肩を抱き寄せたままの、セシュナの右腕。

 彼は熱いものに触れてしまったかのように――いや、燃え盛る炎に突っ込んでしまったかのように、手を離した。無意味にばたばたと振り回しながら。

「ごっ、ごごごごごごご、ごめん、ごめんっ! あの! さっき! そう、さっき! 空から落ちるんじゃないかと思って! せめて! クッションになれたら、とか! 思って! ごめん!」
「……別にいい」

 彼女は小さく頷いただけで。
 とにかく謝罪しようと思うが、単なる事故といえば事故な訳で、とはいえ平然と居直ることも出来ず、取り急ぎ動揺を鎮めようと、セシュナは己の頭を掻いた。

「照れ過ぎですよ、セシュナ先輩。なんか、かわいい」

 ケーテに冷やかされる。顔が火を吹きそうだ。

「ごめんなさいね。でも、誰も言わないんですもの」
「いや、あたしも、いつツッコもうかとは思ってたんだけどさー、なんかお似合いだし? 別にいいかなって」

 しゃあしゃあとアシュにも言われ。

「ヘタレてんなヘタレ。質問があるんならはよ言え。急いどるんや、こっちは」

 不機嫌に呟くニザナキに、逆に救われたような心地になる。
 何とか気を取り直して、セシュナは口を開いた。

「……そもそも、“禁忌フォビドゥン”が発生する原因って何なんですか?」

 あの夜、聞きそびれた質問。

「そういやアレクサンドラはん、そこんとこの説明省きよったな。演説に夢中になっとったもんなぁ」

 ニザナキが鼻で笑う。

「……あら。それなら、代わりにニザナキさんがご説明いただけます?」
「はあ? なんでワイが、めんどくさい」
「わたくし拝見しましたわ、『漆黒変異症ブラック・シンドロームにおける霊素干渉エーテル・エフェクトの歪曲現象』。公表できないのが勿体無い出来でしたわね。あの論文を書き上げたあなたなら、こんな説明は造作も無いことでしょう? 流石、アケノ教授のご子息は違いますわ」
「んなっ、おま、おっ、オヤジは関係ないやろが!」

 流石は長女エルダー、見事な仕返し。
 しばらく口の中で何事か毒づき、盛大に舌打ちした後でニザナキは身体を起こした。

「……ケーテ。とりあえずアレ・・、見せたれ」
「えー。いきなり大丈夫ですか? 環境再現リプロダクションごしでも、結構ショック大きいですよ?」

 頬を膨らませたケーテに、ニザナキは面倒臭そうに手を振る。

「それでヘタるようなら、そもそも奴らと戦えんわ」

 セシュナは傍らのミロウに目で問いかけるが、やはりというべきか、彼女は表情らしい表情も見せず、近くを舞う蝶々の幻影を眺め続けていた。
 薔薇の香りに惹かれたのだろうか、黄色い蝶はゆらゆらと宙を泳ぎ。

 不意に、消えた。

「――――!!」

 またしても景色が変わる。
 今度は、広大な白亜の空洞だった。地下墓地と似ているが、やや面積は狭く縦方向に広い。
 その中心に、何か・・がある。

「あれは……?」

 それが一体何なのか。
 セシュナには判断が出来なかった。眼は確かに捉えているというのに。
 一見して、黒い球体のように思えた。

(でも、違う。丸いけど……球じゃない)

 球体のように、というのはその通りで、それは球体ではなかった。
 空間に満ちる青白い光を受けても、全く反射せず、影の一つも落とさない。宙に浮いているのに釣糸もなく、仮に魔法マギアで浮いているのだとしても、揺れもしない。

 まるで、空間に開いた大穴だった。

「あれが女王株クイーンや」

 片手で黒い球体を示しながら、ニザナキが続ける。

「“禁忌フォビドゥン”の親玉――感染源やな。この塔の最上階に浮かんどる」

 説明を聞きながらも、セシュナは女王株クイーンから目が離せなかった。

「塔に残ってた当時の記録によれば、アレは古代魔導文明が生み出した魔法マギアらしい。お得意の自律型やな。もとは世界に穴を開けて、新しい”霊素エーテル”を獲得するための実験をしとったそうやが……結果は散々。周囲にどエラい被害を出した挙げ句、なんとか封印したらしい」

 夜よりもなお暗く、海よりもなお深く。
 世界を穿つ虚空には果てなど無いように思えた。

 周囲を歩いて見る角度を変えても、反対側は僅かも見通せない。光どころか影さえも飲み込まれてしまったかのように。

「でも、古代人の努力も虚しく”感染”は今も続いとる。幸い、範囲はこの学園で収まっとるけどな」

 重い頭痛。
 こめかみのあたりを殴りつけられたような。

「ケーテ、そろそろ切り替えていただけます? これ以上は少し辛いですわ」

 返答は、景色の切り替えで行われた。
 虚空は瞬く間に消えて、薔薇に囲まれた平穏な風景が帰ってくる。

 それと同時に、頭痛がぴたりと止んだ。

「……“禁忌フォビドゥン”に感染すると、すぐ怪物になるの?」

 荒波に揺さぶられた精神を抑えつけて、セシュナは問いを投げる。
 ニザナキは眼鏡を持ち上げながら、

「症例の研究は最近の方が詳しいな。百年前のレポートやけど、初代エルダーであるロイゼル・アダムスフォード博士の報告によれば、人間から“禁忌フォビドゥン”への変化は大きく三段階や。感染したら、まずは“萌芽デュナミス”が始まる。性格や行動の変化、幻覚や幻聴。身体能力が向上したり、いきなり魔法マギアの素養を発揮したりするらしい。俗に“悪魔憑き”と呼ばれとるような症状が出るのがこの段階やな」

 他のメンバーが皆表情を曇らせている中で、ニザナキは一人、平然と人差し指を立てていた。二本目の指を起こしながら語る。

「次に“開花エネルゲイア”。ワレが見た通り――人間だったはずのものが、バケモンに変わる。形も様々、性格も様々、能力も様々やが、その辺は生前・・に抱えとったもんが大きく影響する。とにかく小狡くてしぶとい、クソ厄介な怪物や」

 そして最後に三本目を立てて。

「最後が“結実エンテレケイア”。二体以上の“開花エネルゲイア”が融合した形やな。ロイゼル自身はコイツとやり合って死んだらしい。“開花エネルゲイア”状態の数倍から数十倍の規模で、最低でも七日間は破壊と殺戮を振り撒くんやと。ま、そんなんがポンポン生まれたら、新大陸アカシアが滅ぶわ」

 あくまで冷静に。あるいは冷酷に、ニザナキは推察した。
 セシュナも異論はない。

 (“開花エネルゲイア”状態でも、あれだけ強かったんだ。しかも感染して増えるなんて……街の一つや二つ、簡単に滅ぼせるぞ)

「……さて。いかがだったかしら? セシュナさん」
「分かりやすかったろ、ワイの説明」

 セシュナは顎に手を当て、少し考えた。空いている手で髪をくしゃくしゃにしながら。

「……おい。ワレ、どないやねんコラ」

 ふと、顔を上げる。

「あの。変化が途中で止まるとか、年単位で時間がかかる、っていうことはあり得ますか?」

 ニザナキとアレクサンドラは、面食らったような表情でこちらを見ていた。
 答えてくれたのは、ケーテ。

「うーん、過去の記録には無いですね。感染から“開花エネルゲイア”までは最短で五分、最長でも七日間だって。途中で死亡した場合、あるいは、ええと、か、解剖? された場合も、その範疇を出ないそうです。解剖した場合は、逆に数が増えて危険だったとか」

 過去の『子供達』が遺した記録の一部を、空中に描いてくれる。

「感染が起こる条件は? 例えば“開花エネルゲイア”状態にならないと伝染しないとか」
「ええっと、“萌芽デュナミス”状態でも感染は起こりえるそうです。でも、その状態での観察数が少ないみたいなので、確実とは言えませんけど」

 重なる質問に、彼女は戸惑ったような様子を見せる。

「なんや。何が言いたいんや、ワレ」
「考えてるんです。どうして今年に限って、“禁忌フォビドゥン”の発生件数が増えているのか」

 割り込んだニザナキの声には苛立ちが混じっていたが、不思議と今は気にならなかった。

「例えばですけど。“萌芽デュナミス”したけれど、“開花エネルゲイア”していない――誰にも気付かれないまま、“禁忌フォビドゥン”の運び手、というか、第二の感染源になっている人が、いるとしたら」

 ケーテが引き出してくれたデータをじっと見つめる。
 どこかに根拠があるだろうか。

「……なるほど」

 アレクサンドラが笑い声を漏らす。こちらを見据えて、満足気に。

「素晴らしい着想だと思いますわ。確かにわたくし達は、“開花エネルゲイア”した数を観測してきました。逆に言えば、“開花エネルゲイア”していないものは観測出来ていない・・・・・・・・、ということですものね」

 彼女はゆっくりと立ち上がり、居並ぶメンバーに宣言した。

「ちょうど調査班を提案しようと思っていたところでしたの。セシュナさんには、ぜひそちらで活躍していただきましょう」
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