猟師の息子ですが、魔法学園では”災厄”と呼ばれています

最上へきさ

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第五章――学園は風雲急を告げる

第28話 避けられない決裂

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 いつも人気のない聖堂に転移テレポートして、重い樫造りの扉を開く。

 隙間から溢れてくるのは、焼け付きそうなほどに鮮やかな夕日の欠片だった。外に出てみると、最早西日さえ沈みかけて、空は宵の色に飲み込まれつつある。気の早い一番星が瞬き始めていた。

「……思ったより早く終わったね」
「セシュナ先輩のおかげです。全部手を付けなくて済みましたし」

 ぱたぱたと軽い足音を立てて、ケーテが追い付いてくる。 

「セシュナ先輩は、下宿どこでしたっけ?」

 半日近く魔導機械のデータベースと向き合っていたにも関わらず、彼女の表情には陰りがなかった。
 わずか十三歳にして国立魔導文明学会に籍を置いているというのは、伊達ではないらしい。

「コール博士のお屋敷だよ、チェルシー区の」
「あっ、ケーテのおうち近ーい! ね、送って行ってくれます?」
「もちろん、暗くなっちゃったしね」

 ミリア大聖堂から学園の正門まで、ほとんど距離はない。一度南校舎を通ると正面庭園に出る。芸術過程の研究生が作った先鋭的なデザインの噴水を横目に歩道を行けば、すぐに正門だ。

「そういえば、さっきの事例なんですけど。変質霊素エーテル自体が意志を持ってるんじゃないかって、例の精霊魔法からの推測については――」
「――待て」

 声は。
 喉元にあてがわれたように、冷たく固かった。

「……ヒルデ会長」

 閉ざされた鉄門の脇、通用口を抜けてすぐの死角に彼女がいた。
 細くしなやかな腕を組み、壁にもたれて立っているのは生徒会長ヒルデ・ロタロフィオ。

「随分と遅い下校だな」

 言いながら、ゆっくりとこちらへ向き直り。

「……ケーテ?」

 見たことがないぐらい動揺した、ヒルデの顔。

「……お姉ちゃん」

 苦虫を噛み潰したような、ケーテの声。
 セシュナは思わず振り返ってケーテの顔を確認し――もう一度ヒルデの顔を確認し――すぐに納得した。

(なんで今まで気づかなかったんだろ)

 しなやかな赤毛と、光を溜め込んだように輝く緑の瞳。そして高く真っ直ぐな鼻筋は、ほとんど瓜二つと言ってもいいぐらいによく似ている。

「どうしてお前が、セシュナと一緒にいる?」
「別に。関係ないでしょ、お姉ちゃんには」

 不機嫌にぼやき、ケーテはそっぽを向いてしまう。
 それを見つめるヒルデの顔色は複雑だった。

 しかし何かを振り切って、セシュナへと視線を戻してくる。

「風紀委員会に入ったそうだな、セシュナ」
「……はい」
「どういう意図なのか、説明してくれないか」

 流石に委員会関係の情報は耳が早い。仮にも風紀委員会の上部に位置する生徒会の長なのだから当然か。

「もちろん、調査の為です」
「風紀委員のメンバーが退学の件に関わっていると言うのか。誰が、何故?」

 矢継ぎ早に質問をしながらも、ヒルデの表情は変わっていった。
 疑問から発見へと。

「まさか――イザベラか」

 目こそ逸らさなかったが、それでもセシュナはすぐに否定できなかった。

「彼女が『ミリアの子供達』なのか。キャスの命を奪ったのか」

 肩を掴んでくるヒルデの手は素早く、痛みを感じる程に強い。

「まだ、分かりません。それを調べているんですす」
「確信はあるんだろう。話してくれっ!」

 緑の瞳には、燃えるような怒りと縋りつくような必死さが同居していた。
 真っ直ぐに当てられてセシュナは唇を噛む。

「やめてよお姉ちゃん! 先輩に何してんのっ」

 ケーテが間に割り込んでくれなければ、限界だったかもしれない。
 彼女の細腕に押しやられた訳でもないだろうが、ヒルデは少しだけ引き下がった。それでも強い視線を残したまま。

「頼む。セシュナ・ヘヴンリーフ」

 間に割り込み、受けて立つのはケーテ。

「何なの? お姉ちゃん、『ミリアの子供達』なんてまだ信じてるの?」
「黙れケーテ。私はセシュナと話をしている」

 ケーテは怯まなかった。肩を精一杯いからせて、食って掛かる。

「いい加減にしなよ! もし本当に・・・子供達・・・がいたとして・・・・・・、お姉ちゃんどうするつもりなの!?」

 その質問には意味があった。
 ヒルデには理解できない真意が。

「……然るべき報いを――受けさせる。それだけだ」

 セシュナは頭を振った。
 そして、ヒルデの眼を見据える。

「学園をより良いものとする為に。あなたは、そう言いましたよね。ヒルデ会長」
「ああ。そうだ」

 息を吸う。それぐらいの時間は、欲しかった。

「……もしそれが本当なら。あなたは今、本当のことを知るべきじゃない」

 訝しむヒルデに、はっきりと告げる。

「あなたの復讐・・は、学園にとって災いだから」

 不意に、風の音がした。
 夕焼けに滲んでいたはずの西の空が陰り始めている。ここしばらく目立っていた西風が勢いを増していた。

 これは嵐の予兆だ。

「……私は、君の意思を尊重したかった。弱みにつけ込んで巻き込んだのは、私だからな」

 今度こそ――ヒルデの眼に光が宿る。
 研ぎ澄まされた刃のような輝きが。

「残念だよ。こんな風に話を聞かなければならないとは」

 両手が黒いブレザーの下へと滑りこんでいく。

「――ちょっと、お姉ちゃん!!」

 叫ぶケーテをセシュナは止めた。出来るだけ優しく、脇へと押しやる。

「駄目ですよ、セシュナ先輩! お姉ちゃんは馬鹿みたいに強いんですから!」
「うん。知ってる」

 再び現れたヒルデの手には、鈍い輝きが握られていた。

 右と左に一振りずつ、護拳の付いた短剣ファイティング・ナイフ。逆手に握った二刀を顔と胸の前に置いて、左足を前に。
 隙の無い構え。

「でも――受けて立つよ。これは僕の我が儘だから」

 セシュナは肩にかけた鞄を手元まで下げて。

 そして二人は、動きを止めた。申し合わせていた訳ではなく、通じ合っていた訳でもない。
 ただ単に、機を窺っていただけ。
 いつどこへ打ち込めば相手を倒せるのか。それを模索し続けて。

 仕掛けたのは――ヒルデだった。
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