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第六章――学園は燃えているか
第35話 死と再生
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――いつの間にか、雨の冷たさも風の重たさも、何処かへ過ぎ去っていた。ただ感じるのは、春のような暖かさだけ。
そして。
彼は最早、何者でもなかった。
彼は――砕け、拡がり、混ざり合い――世界の全てだった。降り止まない豪雨の一粒一粒が彼だった。吹き荒ぶ風が彼だった。弄ばれる草木が。そこにしがみつく虫の一匹が。
「見よ。永劫なる」
初めに視えたのはイザベラ。
眼窩から『核』を抜き取られてもなお、闇に囚われたまま。その肉体は未だ呪われたまま。彼女の中心には深い穴が空いている。世界の裏側へと続く虚。溢れ出す混沌だけで彼女は容易く形を無くしてしまう。
「光る。溢れたる蓋然」
崩れ落ちるイザベラを支えながら、アレクサンドラが無心に呪文を唱え続ける。人の眼では捉えられなかった可能性の流れが、求めに応じて渦を巻くのが見える。
「猛れ。漆黒にして憤怒」
ヒルデがいる。まるで捧げ物のように黒い腕を、その手が掴んだ虚無の核心を掲げて。
飛び掛かったのはアシュだ。残光さえ引くような空中前転踵落とし、僅かな間隙を置いて逆足の踵落とし。かろうじて受け止めたヒルデの手から黒い腕が落ちる。
蜻蛉を切ってアシュがそれを掬い上げた。だが、ヒルデの荒々しい蹴り下ろしが彼女を打ち据える。またしても腕は奪われ、しかしアシュは床を転がりヒルデに逆襲する。
「落ちた。彼方から此方」
崩れた鐘楼の下でニザナキは動けない。一人呻き続けている。
「響く。振るう。荒れ狂う」
ミロウの声はまだ続く。
今や紡がれる”静寂の言葉だけが、彼を彼と成す寄す処。
「――先輩?」
ケーテの念話だ――白い塔が放つ可能性が、彼に直接響く。
「この反応っ。え……セシュナ先輩、ですよね?」
戸惑うケーテに微笑み返す。
形が無くても感情だけは伝わるようで。
「――ねえ。還って来て、先輩っ! お願い! 助けて、セシュナ先輩っ。みんなを、お姉ちゃんを、助けて。助けて!!」
ケーテが泣くのをこらえていることも、彼には分かった。溜めた涙の温度さえ。
痛みを感じるというのも奇妙な話だった。
彼の肉体はもう鼓動を止めた。痛みなど必要ない。
だというのに。
「其は嵐。彼は雷。万象。至境。赫奕」
光の文字は雨中を広がり続けていた。絡み合う文字列は今や帯ではなく、全てを包み込む大きな天蓋と化しつつある。
その中心に、ミロウがいた。
彼の肉体を膝に載せ、祈るように諸手を組み合わせて――彼を呼んでいる。
しかし、それはもう、空の器でしか無かった。
彼は精霊だ――精霊とは意思を持つ霊素であり、霊素とは即ち世界が内包する可能性そのものである。世界の可能性は、彼女の言葉によって――”静寂の言葉によって象られ、目醒める。
今、彼にはその全てがはっきりと分かった。
それが疑いようもない真実で、真理であると、直感した。
――長かった”静寂の言葉が、ついに止む。
「行かないで」
ミロウの一言。
それが引き金になったかのように。
彼は思い出した。思い出してしまった。
何を望んでいたのか。何を諦めようとしたのか。何が諦めきれなかったのか。
(守りたい。助けたい。どうか、せめて)
全てとは言わない。彼女達だけでも。
光る言葉が、一つの形へと収束していく――
「お願い。起きて。セシュナ君」
そして。
彼は最早、何者でもなかった。
彼は――砕け、拡がり、混ざり合い――世界の全てだった。降り止まない豪雨の一粒一粒が彼だった。吹き荒ぶ風が彼だった。弄ばれる草木が。そこにしがみつく虫の一匹が。
「見よ。永劫なる」
初めに視えたのはイザベラ。
眼窩から『核』を抜き取られてもなお、闇に囚われたまま。その肉体は未だ呪われたまま。彼女の中心には深い穴が空いている。世界の裏側へと続く虚。溢れ出す混沌だけで彼女は容易く形を無くしてしまう。
「光る。溢れたる蓋然」
崩れ落ちるイザベラを支えながら、アレクサンドラが無心に呪文を唱え続ける。人の眼では捉えられなかった可能性の流れが、求めに応じて渦を巻くのが見える。
「猛れ。漆黒にして憤怒」
ヒルデがいる。まるで捧げ物のように黒い腕を、その手が掴んだ虚無の核心を掲げて。
飛び掛かったのはアシュだ。残光さえ引くような空中前転踵落とし、僅かな間隙を置いて逆足の踵落とし。かろうじて受け止めたヒルデの手から黒い腕が落ちる。
蜻蛉を切ってアシュがそれを掬い上げた。だが、ヒルデの荒々しい蹴り下ろしが彼女を打ち据える。またしても腕は奪われ、しかしアシュは床を転がりヒルデに逆襲する。
「落ちた。彼方から此方」
崩れた鐘楼の下でニザナキは動けない。一人呻き続けている。
「響く。振るう。荒れ狂う」
ミロウの声はまだ続く。
今や紡がれる”静寂の言葉だけが、彼を彼と成す寄す処。
「――先輩?」
ケーテの念話だ――白い塔が放つ可能性が、彼に直接響く。
「この反応っ。え……セシュナ先輩、ですよね?」
戸惑うケーテに微笑み返す。
形が無くても感情だけは伝わるようで。
「――ねえ。還って来て、先輩っ! お願い! 助けて、セシュナ先輩っ。みんなを、お姉ちゃんを、助けて。助けて!!」
ケーテが泣くのをこらえていることも、彼には分かった。溜めた涙の温度さえ。
痛みを感じるというのも奇妙な話だった。
彼の肉体はもう鼓動を止めた。痛みなど必要ない。
だというのに。
「其は嵐。彼は雷。万象。至境。赫奕」
光の文字は雨中を広がり続けていた。絡み合う文字列は今や帯ではなく、全てを包み込む大きな天蓋と化しつつある。
その中心に、ミロウがいた。
彼の肉体を膝に載せ、祈るように諸手を組み合わせて――彼を呼んでいる。
しかし、それはもう、空の器でしか無かった。
彼は精霊だ――精霊とは意思を持つ霊素であり、霊素とは即ち世界が内包する可能性そのものである。世界の可能性は、彼女の言葉によって――”静寂の言葉によって象られ、目醒める。
今、彼にはその全てがはっきりと分かった。
それが疑いようもない真実で、真理であると、直感した。
――長かった”静寂の言葉が、ついに止む。
「行かないで」
ミロウの一言。
それが引き金になったかのように。
彼は思い出した。思い出してしまった。
何を望んでいたのか。何を諦めようとしたのか。何が諦めきれなかったのか。
(守りたい。助けたい。どうか、せめて)
全てとは言わない。彼女達だけでも。
光る言葉が、一つの形へと収束していく――
「お願い。起きて。セシュナ君」
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追記:2025/09/20
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