病んで死んじゃおうかと思ってたら、事故ってしまい。異世界転移したので、イケおじ騎士団長さまの追っかけを生き甲斐とします!

もりした透湖

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【聖女の育成って何ですか?】その3

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 (しかし、嗚呼・・・格好いい! 騎士団長ソラルさまぁ!)
「ミリアン、もう次に行っていい?」
「はい・・・ありがとうございます。“ソラルさま充電”オッケーです!」
 (大丈夫、これで三日は妄想で生きていける)
 生温かい眼で私を見つめるナトンはスルーしておく。
 いちいち細かい事を気にしていたら、病んでいる私は生きてはいけないのだ。
 ウツの為の薬がない私には、唯一の心の潤い・・・ソラルさま充電は必要不可欠である。
 とりあえず、静々と侍女見習いらしくナトンの後ろをついて行こうとした私を、涼し気な風が包んだ――――。
「うそ! ソラルさまじゃん!」
 思わず、目の前に現れた人物に声を抑えきれなかった。
 (え・・・ちょっ! 今、軽く20メートル先に居たよね?)
 私は、両手で口元を押さえた。
 何故って、“犬のようにご主人様を”したい衝動を抑える為だ。
 ソラルさまはそんな私を・・・どこをどう勘違いしたのか、優しい瞳で見詰めながら近づいてきた。
「私の小さな聖女・・・今日は頑張ってここまで歩いて来たんだね。体の調子はどうだい?」
 私の前に跪こうとした、長身のソラルさまのふところにナトンはいつの間にか入り込み、全身で彼の動きを力技で押さえていた。
 (お・・・ナトン君、すごい力だ! どうやってあんな体格差のある相手の動きを止められるんだい?)
「ちょっとソラル様! お願い、察して! 彼女の服装で察して!!」
「え?」
 ちょっと天然が入ってるソラルさま・・・ここは、ナトンのフォローをしなければ! と、私がソラルさまに、侍女らしくかしずいた。
「はじめまして、北の騎士団長、名誉騎士のソラル様・・・私は、侍女見習いの“ミリアン”と申します・・・背格好がヒロコ様に似ている事から、今日から雇っていただける事となりました。以後、よろしくお願いいたします」
 (我ながら見事な説明台詞だぜ! エッヘン!)
 さすがにいつもリアクションが空振り気味のソラルさまでも、察してくれたらしい。
 ソラルさまの体重を支えていたナトンが、ようやく解放された・・・本人もほっとして、私の横にすすっと移動した。
「そ・・・そうか、ミリアンと言うのか・・・本当に似ているな、ヒロコに」
 (うん、ちょっとダイコン?)
「ソラル様、この度はおめでとうございます」
 とりあえず、おめでたの件を祝っておこうと思い、笑顔で首を傾げておいた。
 ソラルさまは一瞬、驚いた顔をしたが、直ぐに誰がチクったか見当がついたらしく、素敵な笑顔を返してくれた。
「つかぬ事を伺うが、ミリアン」
「はい、なんでございましょう?」
 ソラルさまは素敵なおじ様笑顔で、こう続けた。
「既婚者が浮気をするタイミングを知っているかな?」
 ピシッ――――ここに来てはじめて、私は“笑顔の顔面氷結”を会得した。
 (ま・・・負けない!)
「ええ、存じておりますわ。それが何か?」
 私が言い終わろうとした瞬間、横にいるナトンの呼吸が変化したので、思わずしゃがんだ。
 案の定、私がしゃがんだ直後にナトンのキレイな蹴りが空を切った。
 どうやら鎖骨を掠ったらしく、すごい勢いでソラルさまは飛び下がった。
 その距離、約5メートル。
 さすがはソラルさま・・・“騎士団長殺し”と名付けたくなる様な、ナトン豪脚ごうきゃくげ蹴りをかわした。
「チッ! さすがはセクハラ騎士団長」
 (“セクハラ騎士団長”・・・って、なに? ちょっと面白いんだけど?)
 私はメイド服のまま地面に片膝を着いた状態で、一呼吸してから、スっと立ち上がり、侍女フォームで姿勢を正した。
 そして、私はよぉ~く知っているのだ。
 既婚者が浮気をするタイミング第1位とは・・・妻の妊娠期間だ。
 こんな事で“イケおじ専門”の私がひるむ訳がなかろう!
 そんな憂いを帯びたイケおじの弱ったところにつけ込むなんて・・・私は喜んでやるよ?
 (あ、いかん、私は聖女、私は聖女・・・思考は悪女!)
「おお、流石は聖女の“世話係”に選ばれし者だな! 油断した」
 ソラルさまはカッコよく数メートル先で、スマートな騎士様立ちをしているが、左手で右の鎖骨を押さえていた。
 (赤い何かがにじんでいるよ? ナトンくんや、もしや本気で殺しにかかったのかい?)
「では、またな! 私のミリアン」
 私はスカートの両端をつまみ、静かに屈んで淑女しゅくじょらしい挨拶でソラルさまを見送った。
 爽やかに白い歯を光らせて、風のようにどこかに飛び去ってしまった。
 きっとこの後、お着換えタイム&傷薬をぬりぬりするんだろう。
「ご挨拶、よくできました。侍女見習いのミリアン」
 ナトンもまた、“笑顔の顔面氷結”で唇だけを動かしていた。
「恐れ入ります。ナトン様・・・」
 (ちなみに、キミのあの挨拶の仕方はどうなんだい?)

 騎士達の訓練場を抜けると、バラ園のアーチ状の入り口が見えた。
 つまり、バラ園を突っ切ると・・・私の居候部屋へのショートカットがかなりできるという事らしい。
 なるほど、だからこないだソラル様がバラのアーチの向こう側から現れたのだ。
 でも、この庭って(国立公園か?)・・・たぶんヘクタールいっていると思うのですが?
 更に庭園の奥に進むと・・・いや、これは既に林と草原のようなのだが、白い細長い塔と、マテオ宰相様が管理している温室があった。
 白い細長い塔の周りには、お昼寝に最高のロケーションの芝生がすばらしい手入れをされていた。
「ナトン様、今度ここでピクニックなどいかがでしょうか?」
「え!?」
 何故かナトンがビクリと反応した。
「あ・・・ダメですか?」
「そっか・・・大丈夫だと思うよ? ただ、ここは昔から奥まっていて、マテオ様と庭師以外近づかないからね、そんな事言われるとは思わなかったんだ」
「人が近づかない・・・?」
 白い塔を遠巻きに見ていると、その最上階の窓から赤銅色しゃくどういろの波打つ髪を持つ美少女が見えた。
 (おや? いるじゃん)
 私とその少女はバッチリ目が合ったが、少女は慌てて唇に指を立てて「言わないで!」とジャスチャーをした。
 (お、どっからか抜け出して忍び込んだから、バレちゃまずいのかな?)
「ミリアン、あの白い塔は“月石の塔”と言ってね。あの中ではほとんど魔力や才が使えないんだ。王宮の一部も安全性を高める為に、同じ石が使われている部屋もあるんだよ」
「ほほう・・・“魔封じの塔”ですな! それはとってもファンタジーちっく」
「・・・なんでミリアンはそんな知識があるのかな?」
「え? いえ、私の故郷ではそういう物語が沢山あって、実際に魔法は存在しないのですけど、私は好きでそういう本をよく読んでいました」
 慌てて私は言葉使いを直した。
 誰もいないとは言え、壁に耳あり障子に目ありである。
「ふうん? おとぎ話で戦闘訓練の話とか出てくるの?」
「・・・で、出てきますよぉ・・・」
 はっきり言って、説明が面倒くさかったので、そういう事にしておいた。
 温室の先は城内の“採取の森”という、狩り禁止の食用の果実など取れる森が広がっているそうだ。
 本日の城内探検はここまで、という事でバラ園を抜けて居候先に戻る事となった。
 (あ~、疲れた・・・)

 そろそろ春のバラが終わり、夏のバラが咲きはじめた庭園に向かって、とても幻想的なバラのアーチが続いていた。
 夏のバラはしっとりとした美しい種類が多い、上品なピンク色の海の妖女“セイレーン”、シャクヤクのような優美な花びらの“イヴピアッチェ”、くっきりとした赤色で愛の告白に使われるという“アマダ”、魔力を使う“育生の才”とは、とんでもない技術者なのだろう。

「ナトン様、そういえばイスマエル様の“地味の才”ってどのような能力なのですか?」
「簡単に言うとそのままだよ、地味に見せる能力だね」
「地味? イスマエル様って地味ですかねぇ・・・」
 顔の造りや、ぱっと見は確かにマクシムやナトンと比べて地味かも知れないが、あの身長、あの気品、あの頭脳・・・地味ってなんだよ。
 (全国の“地味な人”に謝れ!)
「まあ、聖女ヒロコ様には効きにくいのかもしれない」
「う~ん、難しい事は分かりませんねえ」
「あの身長、あの気品、あの頭脳・・・女性に追っかけ回されても不思議じゃないよね」
 中身は”おかん”だけどね。
「ですよね! 御父上のソラル様を見ても・・・がありそうです」
 ナトンはくすり、と鼻で笑った。
「イスマエル本人はそれがわずらわしくてね、独学で“地味の才”を身に着けたんだ」
「・・・・・・モテるのも苦労が絶えませんものね。本人でないと判らない様々な葛藤かっとうがあった事でしょう」
 (おねーさんは安心したよ、ただの朴念仁ぼくねんじんじゃなかったんだね)
「“聖女ヒロコ様”は、不思議な人だね」
「不思議?」
「こうして話しているとね・・・会話の着地地点が誰かをいたわわる言葉で終わっていて、心地好いんだ」
「心地好い・・・のですか・・・お褒めにあずかり光栄です」

 こればっかりは元々の性格なのだ。
 だからこそ、私はウツ病になってしまった――――
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