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オフィスでふたりきりになって困る
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竹内鞠、28歳。
無機質なオフィスに私一人。
今週は忙しい。
やつれながら時計を見上げるともう10時前。
一旦飲み物を買いに行こうとに立ち上がった瞬間、オフィスの扉が開いて驚いた。
「きゃっ……」
「竹内さん? まだいたの」
我が上司、笹見課長。御年32歳。
打ち合わせが長引いたようでお疲れのご様子だ。
「お疲れ様です……」
「お疲れ。もう帰るの?」
「いえ、ちょっと疲れてきたので、飲み物を買いに行こうと思いまして……。もうちょっとかかりそうなので」
笹見課長の凛々しいお顔が怪訝そうに崩れる。
課長は、社内男前ランキングでも上位に入るのだと思う。見た目は。
「まだ残るのか。仕事何が残ってるの?」
「えっと……」
手元にあったあれやこれやの作業を説明していると、課長はジャケットを脱いで立ち上がった。
「飲み物買ってくるから、竹内さんは続き進めてて」
「えっそんな、課長にパシらせるわけには……」
「パシらされてねーわ、部下への優しい気遣いだ」
あ、ご自分で言うのですね。
そうして私は多少強引に買いに行ってくれた課長をお見送りして、残りの作業を進めることにした。
課長は、見た目はかっこいいけど、どこかアンバランスな感じがする変わった人だ。
中学生男子としゃべっている気分になる。
何分かして課長が戻ってきた。コーヒー店まで行ってくれたらしく、おいしそうなブラックのアイスコーヒー。疲れや眠気も吹き飛びそうだ。
「ありがとうございます! 課長、優しい!」
「お、おう。素敵だろ?」
「素敵! かっこいい! 憧れる! 好き!」
残業のハイテンションもあり、合いの手を入れ続ける私に課長が限界を迎え遮った。
「もういい……ふざけてたら終わらない。さっさと終わらせよう。そして帰ろう」
「え、課長手伝ってくれるんですか……?」
「当たり前だろ。全く、あいつらなんでも竹内さんに投げるんだな。自分でやれよって突っ返してもいいよ、これとか、これも。俺全部自分でやってるのに」
「そんなの言えませんよ……下っ端ですし……これが私の仕事だし……」
「まあな」
課長即答。
いくつか課長にも手伝ってもらって、10時半には終わることができた。
「それにしても――あいつら、社内メールでも『鞠ちゃん』て呼んでるんだな。部長まで……。ここはセクハラ職場か」
「大体皆さんそうですね。知ってる人で私のこと名字で呼んでるのは課長ぐらいです」
「あっそう」
課長は不機嫌そうに返事すると、パソコンの電源を落として伸びをする。
私はアイスコーヒーを最後まで飲んで、帰る用意を始めた。
課長は、なんだかんだ言いながら優しい。
お代を返そうとしたら頑なに拒まれ受け取ってくれなかった。
表情も読めないし、あんまり笑顔も見せない人だから、少し仲良くできたようで嬉しかった。
ビルを出ようとすると、ぱらぱらと雨が降っていた。
「雨か」
「私折り畳みありますよ。課長は?」
「ない」
「じゃあ、一緒に入りますか?」
ライトピンクの傘を広げたけど、課長が躊躇しているのがわかった。
「俺と寄り添って歩いてたら誤解されない?」
「どういう……? 男女の関係、とかですか?」
「そうだよ。それに、このご時世だし」
ソーシャルディスタンス的な……?
そうしている間にも雨足は強くなり、私たちはビルのエントランスに戻った。
空を見上げながら課長が言った。
「帰っていいよ。俺コンビニで傘買ってくる」
「でも、私の残業のせいで課長も残ってくれたのに。私だけ帰ったら変じゃないですか。私の折り畳み使ってください」
「ピンクすぎるだろ傘。女の子の色じゃん」
そこ?
なかなかに細かい課長。そういうところが少し残念な感じがすると教えたほうがいいのだろうか。
せっかくの男前が。
でも、課長の眼差しはずっと柔らかい。
消灯されているビルのエントランスで課長とふたり。
私の目線は背の高い課長の肩ぐらいだ。
少し見上げたら、課長が心配そうに私を見つめていた。
課長のその表情を見たら、残念な発言も掻き消される。
私と男女の関係だと思われたくない、と言われたのはちょっと悲しいけど……。
「課長、今日はありがとうございました。残業も、コーヒーも……。何かお礼ができるといいんですけど」
「お礼?」
「はい。課長って何がお好きですか?」
「んー……」
課長は口元に手を当てて考え込み始めた。
思ったより長考するので、焦って止めた。
「あの、なかったらいいんです」
「俺は、竹内さんが好きだよ」
「え?」
「責任感強いところ。笑顔で仕事してるところ。その笑顔でみんなのモチベ上げてるところ。途中で投げ出さないところ。ってこれは責任感強いのと一緒か。えーっと、一個しかない傘貸してくれようとするところとか」
課長が一生懸命羅列してくれるから、嬉しいのに胸がぎゅっと締まって苦しい。
「まだまだあるよ。好きなところ」
「も、もう、いいです……」
恥ずかしくて胸がいっぱいで、課長の隣でうつむく。
課長は何も言わずに夜の雨空を見上げていた。
無機質なオフィスに私一人。
今週は忙しい。
やつれながら時計を見上げるともう10時前。
一旦飲み物を買いに行こうとに立ち上がった瞬間、オフィスの扉が開いて驚いた。
「きゃっ……」
「竹内さん? まだいたの」
我が上司、笹見課長。御年32歳。
打ち合わせが長引いたようでお疲れのご様子だ。
「お疲れ様です……」
「お疲れ。もう帰るの?」
「いえ、ちょっと疲れてきたので、飲み物を買いに行こうと思いまして……。もうちょっとかかりそうなので」
笹見課長の凛々しいお顔が怪訝そうに崩れる。
課長は、社内男前ランキングでも上位に入るのだと思う。見た目は。
「まだ残るのか。仕事何が残ってるの?」
「えっと……」
手元にあったあれやこれやの作業を説明していると、課長はジャケットを脱いで立ち上がった。
「飲み物買ってくるから、竹内さんは続き進めてて」
「えっそんな、課長にパシらせるわけには……」
「パシらされてねーわ、部下への優しい気遣いだ」
あ、ご自分で言うのですね。
そうして私は多少強引に買いに行ってくれた課長をお見送りして、残りの作業を進めることにした。
課長は、見た目はかっこいいけど、どこかアンバランスな感じがする変わった人だ。
中学生男子としゃべっている気分になる。
何分かして課長が戻ってきた。コーヒー店まで行ってくれたらしく、おいしそうなブラックのアイスコーヒー。疲れや眠気も吹き飛びそうだ。
「ありがとうございます! 課長、優しい!」
「お、おう。素敵だろ?」
「素敵! かっこいい! 憧れる! 好き!」
残業のハイテンションもあり、合いの手を入れ続ける私に課長が限界を迎え遮った。
「もういい……ふざけてたら終わらない。さっさと終わらせよう。そして帰ろう」
「え、課長手伝ってくれるんですか……?」
「当たり前だろ。全く、あいつらなんでも竹内さんに投げるんだな。自分でやれよって突っ返してもいいよ、これとか、これも。俺全部自分でやってるのに」
「そんなの言えませんよ……下っ端ですし……これが私の仕事だし……」
「まあな」
課長即答。
いくつか課長にも手伝ってもらって、10時半には終わることができた。
「それにしても――あいつら、社内メールでも『鞠ちゃん』て呼んでるんだな。部長まで……。ここはセクハラ職場か」
「大体皆さんそうですね。知ってる人で私のこと名字で呼んでるのは課長ぐらいです」
「あっそう」
課長は不機嫌そうに返事すると、パソコンの電源を落として伸びをする。
私はアイスコーヒーを最後まで飲んで、帰る用意を始めた。
課長は、なんだかんだ言いながら優しい。
お代を返そうとしたら頑なに拒まれ受け取ってくれなかった。
表情も読めないし、あんまり笑顔も見せない人だから、少し仲良くできたようで嬉しかった。
ビルを出ようとすると、ぱらぱらと雨が降っていた。
「雨か」
「私折り畳みありますよ。課長は?」
「ない」
「じゃあ、一緒に入りますか?」
ライトピンクの傘を広げたけど、課長が躊躇しているのがわかった。
「俺と寄り添って歩いてたら誤解されない?」
「どういう……? 男女の関係、とかですか?」
「そうだよ。それに、このご時世だし」
ソーシャルディスタンス的な……?
そうしている間にも雨足は強くなり、私たちはビルのエントランスに戻った。
空を見上げながら課長が言った。
「帰っていいよ。俺コンビニで傘買ってくる」
「でも、私の残業のせいで課長も残ってくれたのに。私だけ帰ったら変じゃないですか。私の折り畳み使ってください」
「ピンクすぎるだろ傘。女の子の色じゃん」
そこ?
なかなかに細かい課長。そういうところが少し残念な感じがすると教えたほうがいいのだろうか。
せっかくの男前が。
でも、課長の眼差しはずっと柔らかい。
消灯されているビルのエントランスで課長とふたり。
私の目線は背の高い課長の肩ぐらいだ。
少し見上げたら、課長が心配そうに私を見つめていた。
課長のその表情を見たら、残念な発言も掻き消される。
私と男女の関係だと思われたくない、と言われたのはちょっと悲しいけど……。
「課長、今日はありがとうございました。残業も、コーヒーも……。何かお礼ができるといいんですけど」
「お礼?」
「はい。課長って何がお好きですか?」
「んー……」
課長は口元に手を当てて考え込み始めた。
思ったより長考するので、焦って止めた。
「あの、なかったらいいんです」
「俺は、竹内さんが好きだよ」
「え?」
「責任感強いところ。笑顔で仕事してるところ。その笑顔でみんなのモチベ上げてるところ。途中で投げ出さないところ。ってこれは責任感強いのと一緒か。えーっと、一個しかない傘貸してくれようとするところとか」
課長が一生懸命羅列してくれるから、嬉しいのに胸がぎゅっと締まって苦しい。
「まだまだあるよ。好きなところ」
「も、もう、いいです……」
恥ずかしくて胸がいっぱいで、課長の隣でうつむく。
課長は何も言わずに夜の雨空を見上げていた。
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