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57 ナハル視点
しおりを挟むからりとした風が大きな窓から入ってくる。ゆったりとソファに座って、ハニーニ国の伝統菓子、メドヴィクを口に運ぶ。メドヴィクは、カラメルの層とサワークリームとハチミツを混ぜたクリームの層を交互に重ねて作るケーキだ。はしたないが、ナハルは1つずつ剥がして食べるのが好きだった。
誰も見てないのをいいことに、こっそり1つずつ剥がして食べる。ザクザクとした食感と甘いクリームが舌の上でとろけてゆく。にしても、ドータスは呼びつけたくせに、未だに現れない。
(まったく、この私を待たせるなんて!お詫びに何をおねだりしようかしら)
苛立ちを覚えながらも、上品とは言えない食べ方を見られたくはない。食べ終わるまで来ないで欲しい。最後の一かけらを口に入れ、手と口をナプキンで拭っていると、扉をノックする音が響いた。
「ナハル、遅くなってすまなかった。今日は来てくれてありがとう。そのネックレスは君の美しい肌に良く似合っているよ」
「私も会いたかったわ、ドータス様。ふふ、褒めてくださりありがとうございます。私の婚約者だったサバラン様は1度も褒めてなんてくれなくて、私、」
「そうなのか?その男は、なんて見る目がないんだろうね。君はこんなにも可愛くて愛おしいのに」
うっとりとした目に見つめられ、ナハルはくすぐったい気持ちになる。ドータス様の優しい目と子供のような笑顔が好みだ。この笑顔が自分にだけ向けられていると思うと優越感がすごい。昼間のパーティーでコソコソ悪口を言っていた不細工な女達に見せびらかしてやりたくて仕方がない。甘えるように肩にもたれかかると、頭を撫でてくる。
(ドータスは私に夢中ね!ふふ、これでドータスが王になれば完璧ね)
「それで、ナハル、僕の為に、王国の地図と城内の地図も持ってきてくれた?」
「えぇ、もちろんよ。貴方が王になるために必要なんでしょう?お父様が持っていたから簡単に手に入ったわ」
「ありがとう!ナハル、君は本当に僕の為に尽くしてくれるんだね。お礼をさせて欲しい」
「お礼?」
目をつぶるように促されるままに、目を閉じて待っている。と、首に冷たい感触があった。
「ほら、見てご覧。どうかな?気に入ってくれるといいのだけど」
「まぁ、なんて素敵なネックレスなの!私が赤い宝石が好きだと話したの覚えてくださったのね!しかも、これとても貴重な宝石じゃないのかしら?」
「君に喜んで欲しくて、手に入れたんだ。ナハル、僕はもう我慢できない。今から、君のご両親に会わせてくれないか?結婚を正式に申し込みたい」
普段の可愛いらしい顔と違って、きりっとした表情も素敵だった。見惚れてしまう。この美しい顔を毎日見られて、何でもねだれば叶えてくれるなら、第4王子でもドータスと結婚してもいいかもしれない。
このまま話を進めて、もし直前で嫌になったらサバラン王子か別の男と結婚すればいいわ。私に求婚してくる男は山ほどいるんだから。
「もちろんよ。嬉しいわ!今ならお父様は館にいるはずよ」
「断られなくて良かった。すぐに馬車を用意指せよう。ナハル、僕達の輝かしい未来を祝って乾杯しよう」
執事から渡されたグラスを受け取り、乾杯をする。口に含むと、甘い香りが鼻に抜けていった。ナハルは高揚した気分に浸っていた。
(ふふっ結婚式では自分の美しさに負けないドレスを着たいわ。ドータスに今からおねだりしようっと)
「これとても美味しいわ!結婚の儀式で振舞ったら素敵でしょうね。お父様もお母様も、甘いお酒がお好きだからきっと喜ぶわ」
満面の笑みで応えてくれると思ったドータスは、なぜか目を伏せた。俯いた顔がどこか悲しげで憂いを帯びていた。心配になってすぐ側に座り手を握った。顔を上げた彼の目は少し潤んでいた。
「そうだね。ナハル、兄弟達の中で誰よりも僕が王に相応しいと思っているんだ。穢らわしい第1王子や第6王子と違って僕の母親は最も高貴な身分だし、剣舞では同世代で1番さ。君もそう思うだろう?」
「えぇ、もちろんよ。急にどうしたの?」
「実はね、ナハル・・・・・・。僕が王になるのを邪魔してくる人達がいるんだ。今後、僕達は夫婦になるだろう?つまり、君の故郷は僕の故郷にもなる。だから、協力して欲しいんだ」
「どういうことかしら?私に何をして欲しいの?」
「君の父上に結婚のご挨拶したら、すぐに王国の騎士や兵士達を西の国境門に集めて欲しいんだ!残念ながら、頭の悪い第2王子は、戦争をすれば国が豊かになると思っている。略奪さえすればいいと・・・・・・僕を王にしたくないばかりに、この国を攻めると言われているかんだ。今朝、それを知って君をすぐに呼んだんだ。あぁ、ナハル。僕は君だけは失いたくないんだっ。でとね、やっぱり僕達だけ助かるなんて、そんなこと出来ないよ」
縋りつくドータスにナハルも抱きつく。涙が溢れてきた。
(ドータス様が、こんなにも私のことを思ってくれていたなんて!)
「ドータス様、ありがとうございます。私のことはもちろんのこと、国のことも想ってくださるなんて、私、感激で、な、涙がっ」
「当然のことだよ、それより本当にすまない。兄の暴挙に気づかず止めることも出来なかった僕を許してほしい。君には姉妹もいただろう?すぐに知らせた方がいい!」
憎たらしいシエルの顔が浮かんだ。薬草や魔道具にしか興味の無い、寂しい姉。双子とは思えない、不細工で可愛さの欠片も無い姉がいなくなればいいとずっと思っていた。ナハルは唇が歪むのを押さえようとしてピクリと動いたのが分かった。誤魔化すように口を開く。
「ドータス様、ありがとうございます。姉は私を嫌っており、知らせを受け取ってくれるかは分からないのです・・・・・・」
「姉上は君を嫌っている?!ナハル、其方どうして相談してくれなかった。私をもっと頼ってくれ。君が辛いなら僕から知らせを送ろうか?」
「いえ、私の姉なので、私から知らせを出しますわーーー」
「そうか、ナハル、君は強いな。兄はまだ戦の準備が整っていないと言っていた。婚約者ということで、君のご家族を我が国に逃すくらいの時間はまだあると思う。すぐに支度して出発しよう!」
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