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彼は変態でした
イケメンの闇を見た
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「りりちゃん」
名前を呼ばれて、体が離れて、見上げれば真っ直ぐに私を見詰める影本君がいた。
そのまま、金縛りに遭ったみたいに動けなくなって、いつもとは少し違う雰囲気の影本君を見詰めるしかない。
至近距離で見詰め合って、心臓がバクバクして壊れそうなのに視線を逸らすことができない。
そんな風に見詰められ続けたら好きになっちゃう女の子はいると思う。
自分はそうじゃないと思いたいのに、自分の全てが壊れていきそうで怖いのかもしれない。
近くで見る影本君は本当にイケメンだと思う。
肌も綺麗だし、歯は白いし、いい匂いがするし、背も高いし、体つきもガリガリって感じではないけど無駄がなさそう。
でも、乙女ゲームみたいに恋に落ちるわけじゃない。
「俺、りりちゃんに好きになってもらえるように努力するから――」
影本君の目は真剣そのものに見えて、吸い込まれると思った。
睫毛長いなぁ、なんてどうでもいいことを考えた瞬間、顎をくいっと持ち上げられた。
「――俺を受け入れて?」
影本君の顔が近付いてきて、魅了されたように頷く代わりに目を閉じそうになってから、はっとする。
「やっ!」
唇が触れそうになる寸前で慌てて影本君の胸を押す。
今度はそれで少し離れてくれて影本君は首を傾げる。
「キス、ダメ?」
やっぱりキスされそうになってたんだ……危なかった。
残念そうな顔をしながら影本君は無理矢理してくるわけじゃなかった。
「したことないから……」
ファーストキスに夢を見ているというよりも、普通に付き合ってもいない人とすることが考えられなかった。
こんな形で奪われたくはなかった。
「ファーストキスが俺じゃやだ?」
「影本君はずるい……」
影本君はずるすぎる。私からたくさんの選択肢を奪ってる。
はっきり断れない性格で損をしたことが何度もあった。
文芸部に入ったのだって、自分の意志じゃない。今は楽しいから後悔はしてないけれど。
嫌だってはっきり言えたらいいのに、って何度も思ってきた。
でも、影本君は嫌だって言ったら何をするかわからないところがあるから余計に困る。
「胸キュン作戦はうまくいかないね。顎クイはいけると思ったんだけどなぁ」
全部作戦だったんだ……
恋に恋する女の子には有効だったかもしれないけど、私はそこまで夢見がちじゃないつもりだった。
けど、困ったような顔をした影本君は次の瞬間にはニヤリと笑った。
「やっぱり子宮から攻略してみようかな? 膣キュン?」
そう言って、影本君はお腹の辺りを触ってくる。
ちょっとイケメンが気持ち悪いと思った。
「だ、だめ……」
そういうのはキスしようとするのより、もっとダメだと思う。
はっきり言えたらいいのに、言えない。
イケメン相手だと萎縮しちゃうのもあるし、単純に影本君に刻まれた恐怖があるのも確か。
「もう濡れちゃってたりして」
「しないもん!」
するりと影本君の手が少し下がって、やばいと思った。
そういうことを言われるのが嫌なのに。
「じゃあ、確かめてみようか」
あっ、と思った時にはペラッとスカートがめくられた。
でも、ミニスカートに見せかけてそうじゃない。
「中、パンツのやつなんだ…………こんなもので俺がガッカリすると思った?」
無理矢理脱がそうとしてくるわけでもなく、そのまま戻された。
でも、笑顔で問いかけてくる影本君が怖い。
ぶるりと震えた時、頭がぽんぽんと叩かれた。
「まあ、冗談はさておき」
それは冗談だったんだ……影本君の感覚が全然わからない。
絶対に変なことされると思った。
もう影本君の何が本当なのかわからない。
「りりちゃん。ちょっと一緒に考えてみよう。本音で答えてね」
考えるのはいいことだ。そう思って頷く。
「たとえば、学校での俺が」
「ヤリチンチャラ男の影本君が?」
そう聞き返した瞬間、影本君が固まった。
「それ、りりちゃんに言われると凄く辛い……グサグサくるからやめて」
「う、うん……」
影本君は凄く傷ついたような顔をして、何だか悪いことを言ってしまった気がした。
そう言えば、ヤリチンもキャラだけなのかわからないけど、今聞くのはやめておくことにする。
今の影本君には禁句みたいだし……話を進めてもらわないと。
「それで?」
「普通にりりちゃんに話しかける」
「怖い。逃げたい。できるなら猛ダッシュで逃亡したい」
本音って言われたから、正直に答える。
この前だって本気で逃げたかった。
由真ちゃんみたいにゴキブリ扱いはしないけど、普通に苦手なタイプで、普通にお喋りできるはずがない。近付かれるだけで緊張する。
「どうにか俺はチャラいフリしてるだけで、本当はオタクだから仲良くなりたいって打ち明ける」
「絶対信じない」
シミュレーションしてみるけど、どんなことを言われても怖いだけだと思う。
この前みたいにきっと罰ゲームとかを疑う。
「この部屋の写真とか証拠見せて、学校の外で会えないか誘う」
「絶対絶対信じられない」
写真なんていくらでもネットで拾えるし、偽造できる。
学校でだって影本君がいないクラスが良かったのに、休みの日まで会いたくない。
それに、絶対罠だって思っちゃう。
「まずはメッセージのやりとりでお互いを知ってから、と連絡先を交換することを提案する」
「すっごい渋る」
実際の私は影本君の圧力に負けると思うけど、教えたくない。
連絡先ぐらいなんて簡単には考えられない。
それこそこの前みたいに無理矢理じゃなきゃ絶対に教えたくないのが本音。
「それでも、どうにか連絡先ゲットしてドキドキしながらメッセージを送る」
「絶対陰で友達に見せて笑うから返信したくない」
気を許したら負けだと思う。
最低なゲームで笑い者にするくらいにしか影本君クラスの人が私達底辺の陰キャラに声をかける理由がわからない。
そういうの、絶対にやだ。
本当に好かれてるのかもって勘違いしちゃった瞬間に奈落に突き落とされるかもしれない。
「ほら、詰んでる。りりちゃんにとって俺は完全に攻略対象外だったでしょ?」
その通りなのに、答えられなくて顔を背ける。それも逃げだってわかってた。
仮に逆を考えたって詰んでるんだから、やっぱり絶対に交わることはないんだって思う。
同じクラスにいても近くにいても遠い。影本君はそういう人。そこに実在するのに、二次元キャラみたいな人。
「だって、や……チャラいの抜きにしても影本君みたいなイケメンが私なんか絶対好きにならないと思うし」
あ、あれ……?
急に音が消えた気がした。
そんなの錯覚なのに、部屋の温度が下がっていくような気さえしてくる。
何これ、怖い。ホラー現象?
「凛鈴」
名前を、呼ばれた。
さっきまでとは違う低い声で、『りりちゃん』じゃなくて、ちゃんと名前で呼ばれた。
それを嬉しく感じるわけでもなく、怖くて影本君を見ることができない。
「ひぅっ!」
ひたっと手が頬に触れて、変な声が出た。
まるでお化け屋敷でこんにゃく当てられたみたいに竦み上がる。
多分、今、私の目の前にはお化けより怖いものがいる。
「凛鈴、俺を見て」
もう一度、名前を呼ばれて、そう言われて、目を逸らし続けることなんてできなかった。
ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく影本君を見る。
もう涙目になってると思う。でも、泣けなかった。
「一回目だから、優しく言うから、よく聞いて」
「うん……」
何か雰囲気変わった?
ノートは言わせない圧倒的な強制力がある。
絶対的な支配者的な影本君に恐れおののく。
影本君は全然笑ってくれなかった。
「確かに俺はイケメンだよね」
自分で認めちゃうんだって突っ込める雰囲気じゃなかった。
ナルシストだなんて言えない。影本君は文句なしに自他共に認めるイケメンでいいと思う。
「でも、イケメンって安易な言葉だよね」
イケメン○○に釣られて何度ガッカリしたかわからない。
でも、私自身も広い意味でよくイケメンって言っちゃう。影本君は本物イケメンだと思うけど。
「俺は、『イケメンだから』とか、『イケメンのくせに』とか、この顔を理由に自分を否定されて勝手に定義されるのが、この世で一番我慢ならないんだよ」
影本君の闇を見た気がした。
喉がカラカラになってくみたいで、私が何も言えなくなっても影本君は続ける。
「イケメンの俺は君を好きになっちゃいけないの? イケメンだからって理由で俺は気持ちを否定されるの? イケメンには自由に恋する権利がない? --違うよね?」
イケメンだって普通の人間だ。
誰にだって平等に人を好きになる権利がある。
影本君が言うのはそういうこと?
「いいよね? 君のこと好きで」
有無を言わせない様子に何度も頷く。
好かれても、気持ちに答えられないから困るのに、そんなこと言えるはずもなかった。
二度目はないって言われてる気がする。
影本君は満足したように微笑んで頭を撫でてきた。
怖かった……今までで一番怖かった。本気で殺されるかと思った。
名前を呼ばれて、体が離れて、見上げれば真っ直ぐに私を見詰める影本君がいた。
そのまま、金縛りに遭ったみたいに動けなくなって、いつもとは少し違う雰囲気の影本君を見詰めるしかない。
至近距離で見詰め合って、心臓がバクバクして壊れそうなのに視線を逸らすことができない。
そんな風に見詰められ続けたら好きになっちゃう女の子はいると思う。
自分はそうじゃないと思いたいのに、自分の全てが壊れていきそうで怖いのかもしれない。
近くで見る影本君は本当にイケメンだと思う。
肌も綺麗だし、歯は白いし、いい匂いがするし、背も高いし、体つきもガリガリって感じではないけど無駄がなさそう。
でも、乙女ゲームみたいに恋に落ちるわけじゃない。
「俺、りりちゃんに好きになってもらえるように努力するから――」
影本君の目は真剣そのものに見えて、吸い込まれると思った。
睫毛長いなぁ、なんてどうでもいいことを考えた瞬間、顎をくいっと持ち上げられた。
「――俺を受け入れて?」
影本君の顔が近付いてきて、魅了されたように頷く代わりに目を閉じそうになってから、はっとする。
「やっ!」
唇が触れそうになる寸前で慌てて影本君の胸を押す。
今度はそれで少し離れてくれて影本君は首を傾げる。
「キス、ダメ?」
やっぱりキスされそうになってたんだ……危なかった。
残念そうな顔をしながら影本君は無理矢理してくるわけじゃなかった。
「したことないから……」
ファーストキスに夢を見ているというよりも、普通に付き合ってもいない人とすることが考えられなかった。
こんな形で奪われたくはなかった。
「ファーストキスが俺じゃやだ?」
「影本君はずるい……」
影本君はずるすぎる。私からたくさんの選択肢を奪ってる。
はっきり断れない性格で損をしたことが何度もあった。
文芸部に入ったのだって、自分の意志じゃない。今は楽しいから後悔はしてないけれど。
嫌だってはっきり言えたらいいのに、って何度も思ってきた。
でも、影本君は嫌だって言ったら何をするかわからないところがあるから余計に困る。
「胸キュン作戦はうまくいかないね。顎クイはいけると思ったんだけどなぁ」
全部作戦だったんだ……
恋に恋する女の子には有効だったかもしれないけど、私はそこまで夢見がちじゃないつもりだった。
けど、困ったような顔をした影本君は次の瞬間にはニヤリと笑った。
「やっぱり子宮から攻略してみようかな? 膣キュン?」
そう言って、影本君はお腹の辺りを触ってくる。
ちょっとイケメンが気持ち悪いと思った。
「だ、だめ……」
そういうのはキスしようとするのより、もっとダメだと思う。
はっきり言えたらいいのに、言えない。
イケメン相手だと萎縮しちゃうのもあるし、単純に影本君に刻まれた恐怖があるのも確か。
「もう濡れちゃってたりして」
「しないもん!」
するりと影本君の手が少し下がって、やばいと思った。
そういうことを言われるのが嫌なのに。
「じゃあ、確かめてみようか」
あっ、と思った時にはペラッとスカートがめくられた。
でも、ミニスカートに見せかけてそうじゃない。
「中、パンツのやつなんだ…………こんなもので俺がガッカリすると思った?」
無理矢理脱がそうとしてくるわけでもなく、そのまま戻された。
でも、笑顔で問いかけてくる影本君が怖い。
ぶるりと震えた時、頭がぽんぽんと叩かれた。
「まあ、冗談はさておき」
それは冗談だったんだ……影本君の感覚が全然わからない。
絶対に変なことされると思った。
もう影本君の何が本当なのかわからない。
「りりちゃん。ちょっと一緒に考えてみよう。本音で答えてね」
考えるのはいいことだ。そう思って頷く。
「たとえば、学校での俺が」
「ヤリチンチャラ男の影本君が?」
そう聞き返した瞬間、影本君が固まった。
「それ、りりちゃんに言われると凄く辛い……グサグサくるからやめて」
「う、うん……」
影本君は凄く傷ついたような顔をして、何だか悪いことを言ってしまった気がした。
そう言えば、ヤリチンもキャラだけなのかわからないけど、今聞くのはやめておくことにする。
今の影本君には禁句みたいだし……話を進めてもらわないと。
「それで?」
「普通にりりちゃんに話しかける」
「怖い。逃げたい。できるなら猛ダッシュで逃亡したい」
本音って言われたから、正直に答える。
この前だって本気で逃げたかった。
由真ちゃんみたいにゴキブリ扱いはしないけど、普通に苦手なタイプで、普通にお喋りできるはずがない。近付かれるだけで緊張する。
「どうにか俺はチャラいフリしてるだけで、本当はオタクだから仲良くなりたいって打ち明ける」
「絶対信じない」
シミュレーションしてみるけど、どんなことを言われても怖いだけだと思う。
この前みたいにきっと罰ゲームとかを疑う。
「この部屋の写真とか証拠見せて、学校の外で会えないか誘う」
「絶対絶対信じられない」
写真なんていくらでもネットで拾えるし、偽造できる。
学校でだって影本君がいないクラスが良かったのに、休みの日まで会いたくない。
それに、絶対罠だって思っちゃう。
「まずはメッセージのやりとりでお互いを知ってから、と連絡先を交換することを提案する」
「すっごい渋る」
実際の私は影本君の圧力に負けると思うけど、教えたくない。
連絡先ぐらいなんて簡単には考えられない。
それこそこの前みたいに無理矢理じゃなきゃ絶対に教えたくないのが本音。
「それでも、どうにか連絡先ゲットしてドキドキしながらメッセージを送る」
「絶対陰で友達に見せて笑うから返信したくない」
気を許したら負けだと思う。
最低なゲームで笑い者にするくらいにしか影本君クラスの人が私達底辺の陰キャラに声をかける理由がわからない。
そういうの、絶対にやだ。
本当に好かれてるのかもって勘違いしちゃった瞬間に奈落に突き落とされるかもしれない。
「ほら、詰んでる。りりちゃんにとって俺は完全に攻略対象外だったでしょ?」
その通りなのに、答えられなくて顔を背ける。それも逃げだってわかってた。
仮に逆を考えたって詰んでるんだから、やっぱり絶対に交わることはないんだって思う。
同じクラスにいても近くにいても遠い。影本君はそういう人。そこに実在するのに、二次元キャラみたいな人。
「だって、や……チャラいの抜きにしても影本君みたいなイケメンが私なんか絶対好きにならないと思うし」
あ、あれ……?
急に音が消えた気がした。
そんなの錯覚なのに、部屋の温度が下がっていくような気さえしてくる。
何これ、怖い。ホラー現象?
「凛鈴」
名前を、呼ばれた。
さっきまでとは違う低い声で、『りりちゃん』じゃなくて、ちゃんと名前で呼ばれた。
それを嬉しく感じるわけでもなく、怖くて影本君を見ることができない。
「ひぅっ!」
ひたっと手が頬に触れて、変な声が出た。
まるでお化け屋敷でこんにゃく当てられたみたいに竦み上がる。
多分、今、私の目の前にはお化けより怖いものがいる。
「凛鈴、俺を見て」
もう一度、名前を呼ばれて、そう言われて、目を逸らし続けることなんてできなかった。
ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく影本君を見る。
もう涙目になってると思う。でも、泣けなかった。
「一回目だから、優しく言うから、よく聞いて」
「うん……」
何か雰囲気変わった?
ノートは言わせない圧倒的な強制力がある。
絶対的な支配者的な影本君に恐れおののく。
影本君は全然笑ってくれなかった。
「確かに俺はイケメンだよね」
自分で認めちゃうんだって突っ込める雰囲気じゃなかった。
ナルシストだなんて言えない。影本君は文句なしに自他共に認めるイケメンでいいと思う。
「でも、イケメンって安易な言葉だよね」
イケメン○○に釣られて何度ガッカリしたかわからない。
でも、私自身も広い意味でよくイケメンって言っちゃう。影本君は本物イケメンだと思うけど。
「俺は、『イケメンだから』とか、『イケメンのくせに』とか、この顔を理由に自分を否定されて勝手に定義されるのが、この世で一番我慢ならないんだよ」
影本君の闇を見た気がした。
喉がカラカラになってくみたいで、私が何も言えなくなっても影本君は続ける。
「イケメンの俺は君を好きになっちゃいけないの? イケメンだからって理由で俺は気持ちを否定されるの? イケメンには自由に恋する権利がない? --違うよね?」
イケメンだって普通の人間だ。
誰にだって平等に人を好きになる権利がある。
影本君が言うのはそういうこと?
「いいよね? 君のこと好きで」
有無を言わせない様子に何度も頷く。
好かれても、気持ちに答えられないから困るのに、そんなこと言えるはずもなかった。
二度目はないって言われてる気がする。
影本君は満足したように微笑んで頭を撫でてきた。
怖かった……今までで一番怖かった。本気で殺されるかと思った。
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