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第一章

「いつもお世話になってます」 2

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「耳、真っ赤にしちゃって可愛いですね。やっぱり初なんですね」

 からかわれているのだろうが、相手は年下である。紗菜にもプライドというものがあるが、強く言えるような性格でもない。怒りと言うよりも衝撃的で、言葉にならないのだ。

「でも、これとか、エロくてお気に入りなんですよ。毎日見ても飽きないくらい」

 そうして紗菜が言いたいことを言えないでいる内に晃は楽しげに次の画像を見せてくる。

「やっ……! 消して!」

 目を逸らしたくなるような卑猥な画像に紗菜は反射的に晃のスマートフォンへと手を伸ばすが、ひょいっと持ち上げられてしまう。そうなると紗菜では必死に背伸びをしても届かなくなってしまう。

「誰にも見せてませんし、これからも見せません。流出するようなへまはしませんよ。俺だけの宝物ですから」

 断言されたことに安心しそうになってから紗菜は気付く。
 言われなければ知ることもなかったというのに、なぜ、彼はこうして接触したきたのか。その意味を冷静に考えることなど今の紗菜にはできなかった。

「盗撮、だよ……?」

 彼がしたことは犯罪行為であるはずだ。自分は正しいことを言っているはずだと思いながら、紗菜は自信がなくなってきていた。
 元々自信がある方ではないが、彼の行為が間違っていることは明白だ。それなのに、「でしょうね」と頷く晃に後ろめたさなど感じている様子は微塵もない。
 犯罪の告白をされているはずだが、許しを請われているわけではない。それどころか、まるで悪びれることなく礼を言ってきたのだから何が目的なのかはわからないものだ。

「まあ、これ消してもパソコンにも保存してあるからいいんですけど」
「そんな……」

 あっさりと晃は画像を消していき、紗菜がほっとしたのも束の間だった。告げられた事実に紗菜は愕然とするしかなかった。
 今、この場で画像を消去してもコピーがあるのなら意味がないことだ。また何度でも戻すことができてしまう。
 たとえ、彼の個人的な使用だとしても紗菜には不安が残る。彼が画像を持ち続ける限り決して消えることのないものだ。
 自分が性的な対象にされることがあるなどとは考えもしなかった紗菜はどういう態度をとるのが正解なのかもわからずにいた。ただおろおろとするばかりである。

「そっちも消してほしいですか?」

 晃の問いはあくまで優しく、紗菜は何度も頷く。
 消してほしくないわけがないのだ。やはり自分の画像が知らないところで保存されているというのは気分が良いものではない。性的な意図があるならば尚更だ。

「じゃあ、消しておきます」

 その返答に紗菜はほっと胸を撫で下ろすが、すぐに晃が耳元でクスクスと笑う。それだけでくすぐったさを感じるというのに紗菜は彼の距離感がわからなかった。

「信用するんですか? 寝ているところを盗撮してズリネタに使っているような男の言うことを」

 はっとして紗菜は晃を見上げる。
 口で言うのは簡単だが、目の前にいる後輩が卑劣な男には見えないというのもあった。
 混乱して何を信じていいのかもわからなくなっている。

「俺の家、近いんですよ。寄ってくれれば、消させてあげますよ。来ますか?」

 思わぬ誘いに固まった紗菜はただ目を瞬かせ、今一度晃を見た。
 自分の目で確認すれば確実だと思う反面、親しくもない異性の家に行くのは抵抗を感じるものだ。相手が自分を性的な目で見ていると打ち明けてきたのだから尚更である。

「あれ? もしかして、家に行ったら襲われちゃうーとか思ってます?」

 紗菜が返事できずにいると顔を覗き込んできた晃が笑う。それはまるで自意識過剰だと言われているようだ。いたたまれなさで紗菜は俯くしかなかった。

「いくら先輩で抜いてるからって、連れ込むなり同意なしに犯すなんてことはしませんよ。それだけは嘘を吐きません。信じてください」

 紳士なんで、と晃は言う。彼の見た目だけならば説得力があっただろうが、既に疑う要素は揃ってしまっている。
 しかし、盗撮はするくせに、とは思っても口に出せるほど紗菜は気が強くはない。

「来ますよね?」

 初めから来るようにし向けるつもりだったのだろう。
 元々、帰るところだったからこそ荷物を持っていた紗菜は逃げることもできない。冷静に考える暇など与えてくれないだろう。
 結局、紗菜は文句も言えずに言いくるめられて彼の家に行くことになってしまったのだった。
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