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第一章

「いつもお世話になってます」 4

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「AVとかも見たんですよ? でも、他の女じゃ全然興奮できなかったんです。先輩に似てる子の探しても、やっぱり先輩じゃなきゃダメなんです。今の俺には先輩が、先輩だけが必要なんです」

 熱烈に求められても嬉しくないことはあるものだ。特別だと言われているようで一瞬錯覚しそうになるが、喜べはしなかった。
 まるで熱烈な告白のようで、そうでないことは紗菜にもわかるのだ。彼が口にしているのは恋愛感情ではない。

「これでも結構経験積んでるんで、女の子の体なんて見慣れてるのに、先輩の着エロで飽きもせずに勃つんですよ、俺のチンポ。ほんと自分でも呆れるぐらいにガチガチになるんです」

 異性に抱き締められることも初めてだというのに、卑猥なことに耐性があるはずもない。
 紗菜は晃の言葉全てを理解できているわけではない。どこか外国語を聞いているような気持ちでありながら、淫らなことだとは察していた。
 それなのに、晃は淡々と耳元に吹き込んでくるのだ。いくら彼が年下であっても、よく知りもしない異性に強く言うことなどできないのが紗菜だ。抗議したくとも完全に萎縮してしまっていた。

「急な転校で引っ越すことになって、彼女とも別れさせられて、寂しかったのかもしれませんね」
「ぃゃ……」

 気持ちを表すかのように腕にギュッと力を込められて、紗菜は弱々しく首を横に振ることしかできなかった。
 彼にどんな事情があったかは知らない。一人で家族からも友人からも離れて新しい環境で生活をする孤独は今の紗菜には考えられないことだ。
 だから、寂しいというのは理解できる。しかし、その寂しさをぶつけられても、つい先ほどまでただの他人だったのだから安易に慰めることもできない。
 彼の気持ちに応えられないのは彼が自分を愛しているわけではないとわかっているからだ。

「そんな時に保健室で無防備に寝てる先輩を見て、悪戯したくなっちゃって」
「ひっ、やっ……」

 首筋に顔を埋められて髪が肌をくすぐる。それだけでも紗菜の体はビクリと跳ねるが、晃の腕は緩むことなく紗菜に巻き付いている。
 異性に欲情されるような体つきでもないというのに、保健室で盗撮されることがあるなどとは思いもしなかった。養護教諭がしばらく席を外すと聞いた時も特に警戒もしなかった。
 今も悪戯をされているが、寂しさ故のじゃれつきと思うには無理がある。

「可哀想な俺に神様が出会いをプレゼントしてくれたんですかね? きっと運命ですよね」
「きゃう……」

 首筋に口づけられて否定することもできずに紗菜はただ身構える。彼に何があったかはわからないものの、何か訳ありであることが窺える。しかし、それは冷たい言い方をすれば紗菜には全く関係ないのである。あまりに一方的であり、彼にとっては幸運であっても紗菜には不運としか言いようがない。

「あぁ、さっきからずっとビクビクしちゃって……敏感なんですね。やっぱり反応があるといいです。声も可愛いって言うか、全部可愛いです」
「やめっ、ひぁ……!」

 べろりと首筋を舐められ、抵抗は彼の腕に封じられてしまう。背筋を駆け抜けるゾクゾクする感覚に紗菜は為す術もない。
 やはり来るべきではなかったのだろう。信じてはいけなかったのだ。そう後悔しても手遅れだということはわかっていた。

「起きちゃったら、その時は無理矢理ヤっちゃえばいいやーなんて思ってたんですけど、先輩よく寝てるし、眠り姫かと思いましたよ」
「そんな……」

 今は晃の顔は紗菜には見えないが、優しそうな印象を抱いただけに混乱するものだ。
 声は今も優しげに響いているというのに告げられることはあまりに残酷だった。
 紗菜の中では何事もなかった記憶だ。けれど、もし、あの時目覚めていたらどうなっていたのか――そんな恐怖を抱くには十分だった。

「本当は女の子を無理矢理とか趣味じゃないんですよ? これでも地元では結構モテてたんで、そんなことしなくても俺とエッチしたいって子が寄ってきてくれましたし」

 そんなにモテていたのなら、こちらでもすぐに相手が見つかるのではないか。思うことはあっても言葉にはならない。
 不意に首筋から唇が離れてるが、一向に離してくれる気配のない晃を紗菜は警戒せずにはいられなかった。

「でも、キスして起こしておけば、今頃俺の彼女になってくれてましたかね?」
「そんなこと……」

 キスで目覚めるなどというおとぎ話のようなことが現実に起こりうるとは紗菜には思えなかった。
 いくら皆無と言っても良いほど恋愛経験が乏しいからと言って、そこまで夢は見ていないつもりだった。
 出会ったばかりの彼と交際することも考えられない。
 この状況でさえ現実とは思えずにいるというのに、ふと晃の手が顔に触れる。

「え……んっ!」

 頤にかけられた指によって持ち上げられ、晃の顔が視界に入ったかと思えば唇が重なっていた。
 逃れようとしても、いつの間にか後頭部に回された手が許さない。
 もし、そのキスで夢から覚めるのならば紗菜も歓迎できただろう。
 だが、この居心地の悪い夢からは覚めない。何よりもこれが現実であるからだ。
 唇が離れても呆然とする紗菜に畳み掛けるように晃は口を開く。

「消した画像の代わりに俺の記憶に残ることしてくれませんか? 生の紗菜先輩を堪能したいです」
「い、今……キス……」

 つい今し方、唇を奪われたというのに、これ以上何をしろというのか。
 不安を覚えて晃を見ようとした紗菜の視界はくるりと回った。
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