【R18】お世話した覚えのない後輩に迫られました

Nuit Blanche

文字の大きさ
19 / 42
第二章

侵食される日常 2

しおりを挟む
「って言うか、鈍すぎますよ。紗菜先輩」
「紗菜ちゃん、私だってわかってたよ?」
「ぅにゃっ!?」

 千佳にまで呆れられているようで油断した紗菜は横から伸びてきた手に気付かなかった。
 むに、と晃の手が紗菜の頬をつまんできたのだ。

「何ですか、『ぅにゃっ!?』って可愛すぎるんですけど」
「や、やめて……」

 この状況でよくもケラケラと笑えるものだ。心臓に毛が生えているのかもしれないが、紗菜はそんな彼に強く言うこともできない自分が情けなくも思えた。

「先輩のほっぺ、柔らかくて、凄く伸びますね。頬袋ですか?」
「うわー、見せつけてくれるわね」
「すごーい! お餅みたい! 私も後で触りたい!」

 むにむにと楽しげに引っ張ってくる晃に対して、睦実は止めるわけでもなくニヤニヤしている。千佳もマイペースに喜んでいるのだから、改めて自分の味方がいないのだと紗菜は気付いた。本当に短い時間で晃は紗菜の友人さえ懐柔してしまったのだ。

「って言うか、お弁当美味しそうですね。先輩の手作りですか?」

 一頻り頬を伸ばして遊ばれて、ようやく解放されたかと思えば晃が紗菜の弁当を覗き込んでくる。どうやら彼は購買で買ってきた弁当のようだ。

「そう、だけど……」
「その卵焼き、美味しそうですね。俺のおかずと交換しませんか? 唐揚げでどうです?」

 紗菜としてはは『おかず』と聞くだけで嫌なことを思い出してしまうのだが、トラウマを植え付けた本人は悪いなどとは微塵も思っていないだろう。意識もしていないに違いない。

「交換はいい……あげるから」

 断っても面倒であったし、食欲もなくなったところだ。卵焼き一切れくらい大したことはないと紗菜は思っていたが、晃は違ったようだ。自らの弁当の唐揚げを掲げて見せてくる。

「先輩、もうちょっと食べた方がいいですよ。はい、あーんしてください」
「いら、んむっ!」

 いらない、はっきりと言うつもりだった言葉は最後まで紡ぐことはできなかった。開いた唇に唐揚げを押し込まれ、こうなれば食べるしかないのは明らかだった。唐揚げに罪はない。

「じゃあ、いただいていきますね。先輩からの『あーん』はまた今度ってことで」

 ひょいっと卵焼きが箸で摘み上げられ、晃の口に運ばれていくのを紗菜は唐揚げを咀嚼しながらぼんやりと見ていることしかできなかった。彼は意外にも箸の持ち方が綺麗だった。
もぐもぐと口を動かす様はどこか幸せそうにも見える。

「美味しい……! 凄く好きな味です。今度俺の分も作ってほしいです」

 卵焼き一つで大げさだが、これもきっと演技なのだろう。紗菜は冷めた気持ちで見ていたが、ふと睦実も千佳もニマニマと笑みを浮かべて自分を見ていることに気付いた。

「ラブラブだねぇ。彼氏できたなら言ってくれれば良かったのに」
「恥ずかしかったんですよね?」
「あー、紗菜ちゃん、恥ずかしがり屋さんだもんねぇ」

 口を開こうとしても出るのは『ぁ……』や『ぅ……』などの意味のない音ばかりで、ボロが出ないか紗菜が不安になっている内に千佳は納得してしまったようだ。
 疑われないのは異性の前で挙動不審になった前科が多々あるせいなのかもしれない。

「って言うか、なれそめは?」

 普段、三人で話していても恋愛の話をすることはまずあり得ない。特に睦実はそういうことに興味がなさそうであった。だからこそ、紗菜は彼女の追及が珍しくも感じ、冷や冷やしていた。まるで刑事のようにも見える。その眼差しに自白してしまいそうなほどだが、晃はまるで動じない。

「俺、最近転校してきたんですけど、紗菜先輩に一目惚れしちゃって、それで金曜日にアタックしてOKもらったんです」

 彼は平然と嘘に嘘を重ねる。用意していたのだろうか、あまりにスラスラと出てくるからこそ紗菜はただ閉口した。彼は将来詐欺師にでもなるのではないか。

「素敵!」
「あんたは断れなかったわけね?」

 千佳はキラキラと目を輝かせるが、呆れているような睦実に紗菜はギクリとした。うまく取り繕わなければ困るのは自分なのだ。

「多少押しが強いくらいの方がいいんじゃない? なかなか育ちが良さそうだし」
「あっ、バレちゃいました? やっぱり滲み出ちゃうんですかね? 札束で汗拭いた方がいいです?」
「あはは、菅野君、おもしろーい!」

 先日は観察する余裕もなかったが、晃は食べ方が綺麗で姿勢も良い。睦実も千佳も好印象を抱いているようである。特に千佳の方は彼女の妙なツボにハマってしまったようだ。だからこそ、紗菜の心には暗い影が落ちる。盗撮をした上に脅してレイプするような男だと知る由もなく、言えるはずもないからこそ余計だ。

「うちの紗菜をよろしくお願いね」

 まるで睦実は母親のような口振りだが、紗菜にとっては姉のように頼りがいのある友人でもある。紗菜が挙動不審になるとフォローするのは彼女の役目になっていた。

「いえいえ、俺の方こそお世話になります」

 しかし、始まりを思わせる言葉に胃が痛くなるような気がしていた。彼が何か含みを持たせていると感じるのは考えすぎだろうか。

「紗菜ちゃん泣かせたらダメだからね!」
「もちろん、大事にしますよ」

 微笑みながら晃は呼吸するように嘘を吐く。
 もう泣かされたと知ったら彼女は怒って守ってくれるだろうか。否、きっと誰を止められない。諦めが紗菜の中で大きくなっていた。


 そうして千佳に質問責めにされても晃は終始穏やかに答え、時間は和やかに過ぎたが、紗菜にとってはあまりに気まずい昼休みだった。昼食の味も、どこに入ったのかも紗菜にはわからなかった。

「帰りも迎えに来ますから、先に帰らないでくださいね」

 最後にそう言い残して晃は去っていく。来なくて良いなどと言える雰囲気ではない。紗菜は放課後が憂鬱で仕方なかった。本当に当たり前だった日常が彼によって侵食されてしまったようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...