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第二章
侵食される日常 4
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口車に乗せられて約束をしてしまったが、紗菜は少なくとも週末までは平和だと思っていた。
だが、放課後に晃から連絡が入ったのはすぐ翌日――火曜日のことだった。
何か理由をつけて断ることも紗菜にはできなかった。彼が下で待っているのなら避けて通ることも不可能だ。結局、一緒に帰ることになって紗菜は不満でいっぱいで、それが顔に出てしまっていたのだろう。
「不機嫌な紗菜先輩も可愛いですね」
笑っている晃はその原因が自分だとわかっていて言っているのだろうか。
全ての元凶は彼だ。彼は紗菜の日常に入り込んで破壊していく。
「困るって言ったのに……」
紗菜にはどうしても怒ることができなかった。元々の他人に強く言えない性格もあるが、何より晃を恐れている。彼は圧倒的優位に立っているのだ。
だから、そんな言葉を絞り出すだけでやっとだった。
「ええ、だから教室には行かなかったじゃないですか」
やはり晃は悪びれない様子で、約束を破ったなどとは微塵も思っていないのだろう。
「お昼はお友達との時間を邪魔しちゃいけないと思ったんですけど……先輩が足りないんです」
そういった配慮ができるのなら、どうして肝心なことでは意思を無視するするのか。紗菜には理解できないことだった。紳士のように振る舞いながら彼の本質は極めて自己中心的だ。
「約束したのに……」
「我慢する努力はしたんですよ? でも、先輩の中毒性高すぎません?」
「そんなこと言われても……」
自分が悪いとでも言うのか。しかし、紗菜自身に自覚があることではない。そう言われても、どうすることもできないのだ。
「凄く触りたいんですけど、ダメですか?」
「だ、ダメ……!」
「別にエッチな意味じゃないですよ? 頭撫でたりとか……あっ、ほっぺ触りたいです。スクイーズ? スライム? 何かそんな感覚で」
そっと手が伸びてくると紗菜は思わず晃から距離を取っていた。また頬を伸ばされることは好ましくないのだ。
「ダメですよ、危ないから離れないでください」
肩を抱き寄せられて紗菜は晃から少し離れることも許されないのだと知った。
一番危ないのは何か。恨みがましく感じることは多々あるが、言えるはずもない。
「あ、もちろんエッチな意味でも触りたいですけど、先輩が嫌がるから我慢しないと」
本当に我慢する気などあるのか。結局は何かと理由をつけて丸め込もうとするのではないか。そんな気持ちで紗菜が疑いの眼差しを向ければ晃が肩を竦める。
「だから、全然会わないと週末に爆発しちゃいそうで、先輩の身の安全のために少しぐらい付き合ってくださいよ」
「う、嘘つき……!」
会わないための週末の約束ではなかったか。
次々に条件が変わっていくようで紗菜は思わずもう何度思ったかわからない言葉を口にした。あるいは詐欺師かもしれない。紗菜としては精一杯罵ったつもりだったが、晃は物ともせずどこか嬉しそうにすら感じるのだからわからないものである。
「カフェ行きません? お詫びに何でも奢りますよ?」
カフェ自体は好きだが、彼とでは楽しめる気がしない。しかし、紗菜は行きたくないとも言えそうになかった。
「ケーキも食べていいんですよ? ちょっとお話しません?」
晃の誘惑は続くが、紗菜はスイーツに釣られるほど飢えているわけでもない。何より平気で嘘を吐く彼とこれ以上話しても精神が磨り減るように感じるのだ。飲み物さえ味がしなくなるだろう。
「俺と話すことなんかないって顔ですね」
何もかも見抜いている様子の晃に紗菜は何も言えなくなって足下を見ることくらいしかできなかった。わかているのなら、そっとしておいてほしいものだが、そんな紗菜の切なる願いは届かないのだ。
「じゃあ、ゲーセンにしましょう?」
結局のところ紗菜には選択権も拒否権もなかった。良い逃げ道が浮かぶわけでもなく、渋々ゲームセンターに引きずり込まれることしかできないのだった。
様々なゲームの音で騒がしい店内は紗菜の気持ちを更に落ち着かなくさせた。友人達と来る時は気にならないことも晃とでは気になってしまう。
「こういうとこ、あんまり来ないですか?」
「得意じゃないから……」
紗菜がゲームを苦手としているのは事実である。友人達とはいつもお菓子を取るゲームをしているが、分けてもらうことが多いくらいだった。
「ああいうのもお友達と撮らないんですか?」
「あんまり……」
晃が指さしたのはプリントシール機だった。撮ったことがないわけではないが、滅多に撮らない。あの雰囲気が紗菜はどうにも苦手だった。
「じゃあ、俺と撮りましょうか? 付き合った記念に」
「やっ……」
紗菜は即座に首を横に振っていた。
彼と写真を撮るだけでも嫌だというのにシールとして残るとは考えるだけでも恐ろしいことだった。良い思い出にはなり得ない。誰かに見られてしまうリスクもあるだろう。
「もしかして……先輩って写真撮られたら魂抜かれちゃうとか思ってる人です?」
「そうじゃないけど……」
ニヤニヤしながら晃が問いかけてくるのは、一体いつの時代の話だろうか。紗菜は否定しながらも強ち間違いでもないような気がしてきていた。あるいは晃に盗撮されたことで魂が抜けてしまったのかもしれない。
「なら、いつか先輩が撮りたくなるように、今日はいいところ見せないとですね」
どうせ撮らされるのだろうと紗菜は暗い気持ちだったが、意外にも晃は強要してこなかった。彼の言う『いつか』があるとは思いたくなかったが。
紗菜の手を引いて歩き出した彼はクレーンゲームを物色しているらしい。
だが、放課後に晃から連絡が入ったのはすぐ翌日――火曜日のことだった。
何か理由をつけて断ることも紗菜にはできなかった。彼が下で待っているのなら避けて通ることも不可能だ。結局、一緒に帰ることになって紗菜は不満でいっぱいで、それが顔に出てしまっていたのだろう。
「不機嫌な紗菜先輩も可愛いですね」
笑っている晃はその原因が自分だとわかっていて言っているのだろうか。
全ての元凶は彼だ。彼は紗菜の日常に入り込んで破壊していく。
「困るって言ったのに……」
紗菜にはどうしても怒ることができなかった。元々の他人に強く言えない性格もあるが、何より晃を恐れている。彼は圧倒的優位に立っているのだ。
だから、そんな言葉を絞り出すだけでやっとだった。
「ええ、だから教室には行かなかったじゃないですか」
やはり晃は悪びれない様子で、約束を破ったなどとは微塵も思っていないのだろう。
「お昼はお友達との時間を邪魔しちゃいけないと思ったんですけど……先輩が足りないんです」
そういった配慮ができるのなら、どうして肝心なことでは意思を無視するするのか。紗菜には理解できないことだった。紳士のように振る舞いながら彼の本質は極めて自己中心的だ。
「約束したのに……」
「我慢する努力はしたんですよ? でも、先輩の中毒性高すぎません?」
「そんなこと言われても……」
自分が悪いとでも言うのか。しかし、紗菜自身に自覚があることではない。そう言われても、どうすることもできないのだ。
「凄く触りたいんですけど、ダメですか?」
「だ、ダメ……!」
「別にエッチな意味じゃないですよ? 頭撫でたりとか……あっ、ほっぺ触りたいです。スクイーズ? スライム? 何かそんな感覚で」
そっと手が伸びてくると紗菜は思わず晃から距離を取っていた。また頬を伸ばされることは好ましくないのだ。
「ダメですよ、危ないから離れないでください」
肩を抱き寄せられて紗菜は晃から少し離れることも許されないのだと知った。
一番危ないのは何か。恨みがましく感じることは多々あるが、言えるはずもない。
「あ、もちろんエッチな意味でも触りたいですけど、先輩が嫌がるから我慢しないと」
本当に我慢する気などあるのか。結局は何かと理由をつけて丸め込もうとするのではないか。そんな気持ちで紗菜が疑いの眼差しを向ければ晃が肩を竦める。
「だから、全然会わないと週末に爆発しちゃいそうで、先輩の身の安全のために少しぐらい付き合ってくださいよ」
「う、嘘つき……!」
会わないための週末の約束ではなかったか。
次々に条件が変わっていくようで紗菜は思わずもう何度思ったかわからない言葉を口にした。あるいは詐欺師かもしれない。紗菜としては精一杯罵ったつもりだったが、晃は物ともせずどこか嬉しそうにすら感じるのだからわからないものである。
「カフェ行きません? お詫びに何でも奢りますよ?」
カフェ自体は好きだが、彼とでは楽しめる気がしない。しかし、紗菜は行きたくないとも言えそうになかった。
「ケーキも食べていいんですよ? ちょっとお話しません?」
晃の誘惑は続くが、紗菜はスイーツに釣られるほど飢えているわけでもない。何より平気で嘘を吐く彼とこれ以上話しても精神が磨り減るように感じるのだ。飲み物さえ味がしなくなるだろう。
「俺と話すことなんかないって顔ですね」
何もかも見抜いている様子の晃に紗菜は何も言えなくなって足下を見ることくらいしかできなかった。わかているのなら、そっとしておいてほしいものだが、そんな紗菜の切なる願いは届かないのだ。
「じゃあ、ゲーセンにしましょう?」
結局のところ紗菜には選択権も拒否権もなかった。良い逃げ道が浮かぶわけでもなく、渋々ゲームセンターに引きずり込まれることしかできないのだった。
様々なゲームの音で騒がしい店内は紗菜の気持ちを更に落ち着かなくさせた。友人達と来る時は気にならないことも晃とでは気になってしまう。
「こういうとこ、あんまり来ないですか?」
「得意じゃないから……」
紗菜がゲームを苦手としているのは事実である。友人達とはいつもお菓子を取るゲームをしているが、分けてもらうことが多いくらいだった。
「ああいうのもお友達と撮らないんですか?」
「あんまり……」
晃が指さしたのはプリントシール機だった。撮ったことがないわけではないが、滅多に撮らない。あの雰囲気が紗菜はどうにも苦手だった。
「じゃあ、俺と撮りましょうか? 付き合った記念に」
「やっ……」
紗菜は即座に首を横に振っていた。
彼と写真を撮るだけでも嫌だというのにシールとして残るとは考えるだけでも恐ろしいことだった。良い思い出にはなり得ない。誰かに見られてしまうリスクもあるだろう。
「もしかして……先輩って写真撮られたら魂抜かれちゃうとか思ってる人です?」
「そうじゃないけど……」
ニヤニヤしながら晃が問いかけてくるのは、一体いつの時代の話だろうか。紗菜は否定しながらも強ち間違いでもないような気がしてきていた。あるいは晃に盗撮されたことで魂が抜けてしまったのかもしれない。
「なら、いつか先輩が撮りたくなるように、今日はいいところ見せないとですね」
どうせ撮らされるのだろうと紗菜は暗い気持ちだったが、意外にも晃は強要してこなかった。彼の言う『いつか』があるとは思いたくなかったが。
紗菜の手を引いて歩き出した彼はクレーンゲームを物色しているらしい。
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