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主人公編1-1
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ふと気が付いた時、私は私じゃなかった。
目の前には恋人の慧斗君がいて、私を見下ろしてた。いつもみたいにチビな私が慧斗君を見上げてるんじゃなくて真正面に慧斗君の顔がある。
サラサラの長い前髪の隙間から見える目は確かに情欲を宿していて、普段の寡黙だけど優しい慧斗君からは想像できないものだった。
見慣れない部屋は慧斗君の部屋で、私は制服姿でベッドの上で押し倒されていた。だって、学校が早く終わって誰もいないって言う慧斗君の家に寄って初体験を迎えるはずだったんだから。
そう、これは初エッチのシーンに入った瞬間のことだった。私はバス事故に遭って、エロゲーの世界に転生してしまったらしかった。乙女向け18禁ではなく男性向けの。
元の名前は思い出せないけれど、今の私がある人気ゲームの攻略対象の内の人、ロリ系ヒロインの玉瀬希々花だってことは理解した。慧斗君はそのゲームの主人公鈴懸慧斗だってこと。
「のの……?」
不安げに慧斗君が私を呼ぶ。どうにか平静を装わなきゃと思ってたのに、言葉にならない。
何か言わなきゃって焦るほどに頭が真っ白になる。
「……ごめん」
何も言えない私に慧斗君は苛立った風でもなく、申し訳なさそうな顔をしてる。そうして優しく髪を撫でてくれる。
「やっぱり怖くなったんだろ?」
「ちがっ……」
慧斗君はぶっきらぼうに思われがちだけど、口数が少ないだけで凄く優しい人。
今日、初めてを捧げようと思ったのだって、慧斗君の気持ちがわかったから。私を大事に思ってくれてること、それ故に我慢してくれてたこと……
でも、今の一瞬でそれが本当に私の気持ちかわからなくなったから困惑してる。希々花は慧斗君が好きで覚悟を決めたけど、私は……?
「無理しなくていい」
「違うの。なんか急に緊張しちゃって……」
大丈夫だって言うつもりだったけど、慧斗君が浮かない顔をしてる気がする。気のせいだよね……?
私が希々花じゃなくなったこと、慧斗君にはわからないよね?
自分の気持ちがわからなくなったけど、慧斗君を嫌いになったわけでもなく、多分、きっと私の自我に戸惑ってるだけ。
ここが本当にあのゲームの世界だとすると、このまま初体験をしてしまわないとまずいような気もするわけで……
「それならいい」
「慧斗君……?」
慧斗君がぎゅっと抱き着いてきて、それは嫌じゃないんだけど、何だかざわざわする。
何だろう? この感じ。まさかバッドエンドの気配……?
希々花のルートには入ってるからって安心できないのも確か。選択するのも私じゃない。
このゲームは絵が綺麗だけど、異能力とかなしの平和な学園物と思いきやNTRやら輪姦やら調教やら悲惨なバッドエンドが多数用意されて、なかなかに鬼畜で鬱になるという噂だった。
前世は確かに女子だった私がどうして男性向けのエロゲーを知っているのかと言えば、従兄がエロゲーオタクで実の兄まで毒されたというか洗脳されたと言うか……まあ、そんな二人に散々このゲームの良さを語られたから。
ついでに言えば高校の卒業祝いにこのゲームをプレゼントされた。頭がおかしいと思う。
尤も、私は初見で希々花のルートに突入し、無事にハッピーエンドを迎えて以降は何を言われようと放置してたけど、他のルートをプレイできなかったことやバッドエンドを制覇しなかったことに対して全然未練なんてない。攻略サイトでどんなエンディングかは把握したし……正直綺麗な思い出だけにしておきたかった。
「ののまでおかしくなったら嫌だから」
そう言う慧斗君の声は珍しく弱々しく聞こえる。
振り返れば希々花の記憶ではこの数日おかしなことがいっぱいあった。今、私の自我が目覚めてるのもゲームのシナリオの中ではありえないことだけど。
攻略対象の一人であるお嬢様キャラの有栖川さんが失踪したとか、セクシーな担任の先生が急に辞めちゃったり、真面目な委員長が急に派手になって超絶テクの持ち主で瀬良悠君が襲われたり……
瀬良君は慧斗君と幼馴染みでイケメンだけど、今も仲がいいのが不思議なくらいチャラくて、バッドなルートだとヒロインを寝取っちゃうヤリチンのはずなんだけど、記憶にある限りそんな気配がない。私には誠実に接してくれる。まだ慧斗君とする前だから……?
バッドエンドではヒロインがどんなひどいことをされても不思議じゃない物騒な世界だし、描かれてなかった部分なのかもしれないけど、でも、希々花のルートに関して言えばモブの不良に襲われそうになってるところをそれこそ不良でレイプ要員の武藤飛悟君が助けてくれて何となく仲良くなったのも私が知らなかった展開。
上級生の女子に呼び出された時だって沢城先生が助けてくれたけど、そもそも沢城先生って調教要員でもっと陰湿な感じじゃなかったっけ? 髪の毛ぼさぼさだし、野暮ったい眼鏡かけてて根暗感満載だけど、少女漫画的な実はイケメンだったりする。
武藤君だって、嫌なやつって感じだったはずなのに、ワイルド系のイケメンに見える。
全体的に美化されてる? 厳密にはゲーム通りじゃない? 私が一つのルートしか知らないだけ?
後はゲームでは一応存在してるけど立ち絵がなかった希々花のお兄ちゃんも結構イケメンだったりする。まるで乙女ゲームみたい。実は男性向けと見せかけて女性向けに……?
「のの」
状況を忘れて必死に記憶を辿っていた私を慧斗君が現実に引き戻す。
やばい、長考に耽ってる場合じゃなかった。
いくら慧斗君が優しいからって蔑ろにしちゃダメだった。ゲームキャラとしての慧斗君はちょっと鬼畜なところもあったわけだし……
「あっ、ごめ、んぅっ!」
慧斗君の顔はよく見えなかったし、謝罪の言葉は最後まで紡がせてもらえなかった。
だって、慧斗君の顔が近付いてくるところで、唇に塞がれたから。と言うよりも、いきなり舌が入ってきた。
慧斗君とキスするは初めてじゃないけど、ディープなキスは初めてされる。
エロゲーの主人公だからと言うべきか、多分慧斗君はキスが上手いんだと思う。あっという間に知らない官能の世界に引きずり込まれるような濃厚さは初な希々花にも前世でも未経験な私にもきつい。
スチルでもインドア系な割にいい体してるなぁとは思ってたけど、細身の慧斗君の胸板は叩いてもびくともしない。硬い。
「けいっ……ん、っ……! なんで……」
「ののが変わったとしても、誰かに奪われたくないから」
どうにか解放されて息も絶え絶えに見上げて問いかけるけど、ネクタイを外しながら慧斗君の表情は読めない。
さらっと吐き出された言葉の真意もわからない。
慧斗君が気付いてるのかどうかもわからない。
「だから、ののが俺から逃げないように縛り付けておこうと思って」
そう言って、前髪を掻き上げた慧斗君を一言で表すなら凄艶だと思う。
普段エロゲーの主人公らしい長い前髪に隠された顔は恐ろしいほどイケメンだった。
イケメンの雰囲気だったけど、希々花はそこに惹かれたわけでもなくて、どこからどこまでが私かわからないままドキリとした。
「に、逃げないから……!」
少し落ち着く時間がほしいだけ。この現実を受け入れきれてないだけ。前世の最後の記憶がショッキングすぎたわけだし……だって、私は即死だったっぽい。楽しい旅行になるはずだったし、他の子達がどうなったかもわからない。
それなのに、慧斗君は外したネクタイで私の手首を縛る。
「やっ……!」
「できるだけ痛くないように、優しくするから」
こんなの嫌なのに、ちゃんと自分の気持ちと向き合ってからしたかったのに、慧斗君はやめる気がなさそう。
手首縛っておいて優しいの何もないと思う。ゲーム的には全然ソフトだとは思うけど……
「俺を安心させて。ののが俺の物だって証明して」
私の変化が影響しちゃったんじゃないかって思うくらい、慧斗君は自信があるのかないのかわからない。
でも、縋るような目を向けられて、私はそれ以上拒絶できなかった。
目の前には恋人の慧斗君がいて、私を見下ろしてた。いつもみたいにチビな私が慧斗君を見上げてるんじゃなくて真正面に慧斗君の顔がある。
サラサラの長い前髪の隙間から見える目は確かに情欲を宿していて、普段の寡黙だけど優しい慧斗君からは想像できないものだった。
見慣れない部屋は慧斗君の部屋で、私は制服姿でベッドの上で押し倒されていた。だって、学校が早く終わって誰もいないって言う慧斗君の家に寄って初体験を迎えるはずだったんだから。
そう、これは初エッチのシーンに入った瞬間のことだった。私はバス事故に遭って、エロゲーの世界に転生してしまったらしかった。乙女向け18禁ではなく男性向けの。
元の名前は思い出せないけれど、今の私がある人気ゲームの攻略対象の内の人、ロリ系ヒロインの玉瀬希々花だってことは理解した。慧斗君はそのゲームの主人公鈴懸慧斗だってこと。
「のの……?」
不安げに慧斗君が私を呼ぶ。どうにか平静を装わなきゃと思ってたのに、言葉にならない。
何か言わなきゃって焦るほどに頭が真っ白になる。
「……ごめん」
何も言えない私に慧斗君は苛立った風でもなく、申し訳なさそうな顔をしてる。そうして優しく髪を撫でてくれる。
「やっぱり怖くなったんだろ?」
「ちがっ……」
慧斗君はぶっきらぼうに思われがちだけど、口数が少ないだけで凄く優しい人。
今日、初めてを捧げようと思ったのだって、慧斗君の気持ちがわかったから。私を大事に思ってくれてること、それ故に我慢してくれてたこと……
でも、今の一瞬でそれが本当に私の気持ちかわからなくなったから困惑してる。希々花は慧斗君が好きで覚悟を決めたけど、私は……?
「無理しなくていい」
「違うの。なんか急に緊張しちゃって……」
大丈夫だって言うつもりだったけど、慧斗君が浮かない顔をしてる気がする。気のせいだよね……?
私が希々花じゃなくなったこと、慧斗君にはわからないよね?
自分の気持ちがわからなくなったけど、慧斗君を嫌いになったわけでもなく、多分、きっと私の自我に戸惑ってるだけ。
ここが本当にあのゲームの世界だとすると、このまま初体験をしてしまわないとまずいような気もするわけで……
「それならいい」
「慧斗君……?」
慧斗君がぎゅっと抱き着いてきて、それは嫌じゃないんだけど、何だかざわざわする。
何だろう? この感じ。まさかバッドエンドの気配……?
希々花のルートには入ってるからって安心できないのも確か。選択するのも私じゃない。
このゲームは絵が綺麗だけど、異能力とかなしの平和な学園物と思いきやNTRやら輪姦やら調教やら悲惨なバッドエンドが多数用意されて、なかなかに鬼畜で鬱になるという噂だった。
前世は確かに女子だった私がどうして男性向けのエロゲーを知っているのかと言えば、従兄がエロゲーオタクで実の兄まで毒されたというか洗脳されたと言うか……まあ、そんな二人に散々このゲームの良さを語られたから。
ついでに言えば高校の卒業祝いにこのゲームをプレゼントされた。頭がおかしいと思う。
尤も、私は初見で希々花のルートに突入し、無事にハッピーエンドを迎えて以降は何を言われようと放置してたけど、他のルートをプレイできなかったことやバッドエンドを制覇しなかったことに対して全然未練なんてない。攻略サイトでどんなエンディングかは把握したし……正直綺麗な思い出だけにしておきたかった。
「ののまでおかしくなったら嫌だから」
そう言う慧斗君の声は珍しく弱々しく聞こえる。
振り返れば希々花の記憶ではこの数日おかしなことがいっぱいあった。今、私の自我が目覚めてるのもゲームのシナリオの中ではありえないことだけど。
攻略対象の一人であるお嬢様キャラの有栖川さんが失踪したとか、セクシーな担任の先生が急に辞めちゃったり、真面目な委員長が急に派手になって超絶テクの持ち主で瀬良悠君が襲われたり……
瀬良君は慧斗君と幼馴染みでイケメンだけど、今も仲がいいのが不思議なくらいチャラくて、バッドなルートだとヒロインを寝取っちゃうヤリチンのはずなんだけど、記憶にある限りそんな気配がない。私には誠実に接してくれる。まだ慧斗君とする前だから……?
バッドエンドではヒロインがどんなひどいことをされても不思議じゃない物騒な世界だし、描かれてなかった部分なのかもしれないけど、でも、希々花のルートに関して言えばモブの不良に襲われそうになってるところをそれこそ不良でレイプ要員の武藤飛悟君が助けてくれて何となく仲良くなったのも私が知らなかった展開。
上級生の女子に呼び出された時だって沢城先生が助けてくれたけど、そもそも沢城先生って調教要員でもっと陰湿な感じじゃなかったっけ? 髪の毛ぼさぼさだし、野暮ったい眼鏡かけてて根暗感満載だけど、少女漫画的な実はイケメンだったりする。
武藤君だって、嫌なやつって感じだったはずなのに、ワイルド系のイケメンに見える。
全体的に美化されてる? 厳密にはゲーム通りじゃない? 私が一つのルートしか知らないだけ?
後はゲームでは一応存在してるけど立ち絵がなかった希々花のお兄ちゃんも結構イケメンだったりする。まるで乙女ゲームみたい。実は男性向けと見せかけて女性向けに……?
「のの」
状況を忘れて必死に記憶を辿っていた私を慧斗君が現実に引き戻す。
やばい、長考に耽ってる場合じゃなかった。
いくら慧斗君が優しいからって蔑ろにしちゃダメだった。ゲームキャラとしての慧斗君はちょっと鬼畜なところもあったわけだし……
「あっ、ごめ、んぅっ!」
慧斗君の顔はよく見えなかったし、謝罪の言葉は最後まで紡がせてもらえなかった。
だって、慧斗君の顔が近付いてくるところで、唇に塞がれたから。と言うよりも、いきなり舌が入ってきた。
慧斗君とキスするは初めてじゃないけど、ディープなキスは初めてされる。
エロゲーの主人公だからと言うべきか、多分慧斗君はキスが上手いんだと思う。あっという間に知らない官能の世界に引きずり込まれるような濃厚さは初な希々花にも前世でも未経験な私にもきつい。
スチルでもインドア系な割にいい体してるなぁとは思ってたけど、細身の慧斗君の胸板は叩いてもびくともしない。硬い。
「けいっ……ん、っ……! なんで……」
「ののが変わったとしても、誰かに奪われたくないから」
どうにか解放されて息も絶え絶えに見上げて問いかけるけど、ネクタイを外しながら慧斗君の表情は読めない。
さらっと吐き出された言葉の真意もわからない。
慧斗君が気付いてるのかどうかもわからない。
「だから、ののが俺から逃げないように縛り付けておこうと思って」
そう言って、前髪を掻き上げた慧斗君を一言で表すなら凄艶だと思う。
普段エロゲーの主人公らしい長い前髪に隠された顔は恐ろしいほどイケメンだった。
イケメンの雰囲気だったけど、希々花はそこに惹かれたわけでもなくて、どこからどこまでが私かわからないままドキリとした。
「に、逃げないから……!」
少し落ち着く時間がほしいだけ。この現実を受け入れきれてないだけ。前世の最後の記憶がショッキングすぎたわけだし……だって、私は即死だったっぽい。楽しい旅行になるはずだったし、他の子達がどうなったかもわからない。
それなのに、慧斗君は外したネクタイで私の手首を縛る。
「やっ……!」
「できるだけ痛くないように、優しくするから」
こんなの嫌なのに、ちゃんと自分の気持ちと向き合ってからしたかったのに、慧斗君はやめる気がなさそう。
手首縛っておいて優しいの何もないと思う。ゲーム的には全然ソフトだとは思うけど……
「俺を安心させて。ののが俺の物だって証明して」
私の変化が影響しちゃったんじゃないかって思うくらい、慧斗君は自信があるのかないのかわからない。
でも、縋るような目を向けられて、私はそれ以上拒絶できなかった。
応援ありがとうございます!
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