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続く日々
終わりの気配
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楽しい日々は速く過ぎ去り、冬休みが近付く頃、実結も少なからず浮かれていた。
慶とは毎週末一緒にいるが、部活を引退した和真とは校内でも会う機会が減っている。それでもクリスマスや正月は一緒に過ごそうと言ってくれたのだ。特別な日を一緒に過ごせることが嬉しくて待ち遠しい。
そんな心に一滴の墨を落とすような出来事が起きたのはある放課後実結が部室へと向かっていた時だった。
「永井先輩」
呼びかけられる声に足を止めて振り向いて、実結は固まった。
「河西、さん……」
言葉が上手く出てこないのは意外な人物だったからだ。
河西真悠子とは彼女が退部してから話すこともなかったのだ。元々仲が良かったわけでもなく、顔を合わせれば気まずさしかない。協力を頼まれたにも関わらず、彼女の恋が実らなかった原因が自分であるという後ろめたさもあるのだ。
「相変わらず仲がよろしいようで」
微笑みながらも真悠子はそんなことを言う。慶とのことを言っているのか、和真のことも含めてなのかは判断できないが、嫌みだと実結は感じる。だからこそ、何も言えなかった。
「遠間と付き合ってるくせに休みの日も三人でいるとか」
尚も続ける真悠子に実結は益々何も言えなくなってしまった。内心ではギクリとして冷や汗が出やしないかと思うところだった。
「まさか、二人と付き合ってるなんて言いませんよね?」
核心を突く言葉が実結には恐ろしくてたまらなかった。決して知られてはいけないことだ。誰かに知られてしまえばもう三人で一緒にいることはできなくなるだろう。その日々は実結にとって失いたくないものになっていた。
「そんなわけないでしょ……趣味が一緒なだけだよ」
喉が締め付けられるようで、そう返すことさえ今の実結には精一杯だった。
嘘を吐くことに抵抗はあるが、真実を言うわけにもいかない。だが、三人で写真を撮りに行くのもまた事実だ。慶ならば上手くごまかせたかもしれないが、実結には難しいことだ。とにかく、この場を切り抜けたい一心だった。
「ですよねぇ」
本当に納得したのかはわからない。実結にとっては生きた心地のしない時間だ。
「こんな人に負けたとか本当に信じられない」
吐き捨てるような言葉にも返す言葉はない。勝負をしていたわけではない。実結自身もまた勝てたわけではない。
けれども、言いたいことを言って満足したように去っていく真悠子の後ろ姿を実結は見送ることしかできなかった。
***
真悠子に言われた言葉は実結の心にシミを作り、しこりのようにさえなっているようだ。
時折、脳裏に蘇っては胸を突き刺すような痛みを実結に与えるが、彼女に言われたことを実結は誰にも相談しなかった。元気がないことを見抜かれても誤魔化し続けた。
三人でいる間は忘れられても一人になった瞬間に急に辛くなる。少しでも長く一緒にいたい思いは日に日に強くなり、初詣でもそう願ったほどだ。
だが、終わりを予感させる言葉は突然だった。
「いよいよ和真先輩も卒業ですね」
三人で過ごせる貴重な日に、突然そう言った慶の声は心なしか弾んで聞こえた。後ろから抱き抱えられているせいで実結からは表情が見えないが、ニコニコと笑みを浮かべているのだろうと想像するのは容易だ。
そうして実結が見るのは前方に座っている和真だ。彼は肩を竦めて笑った。
「嬉しそうに言うな」
呆れを露わにした和真の表情は実結の推測は間違っていなかったことを示しているようだ。
「遠くに行くわけじゃない。時間があれば、いつだって会いに来る」
「えっ」
驚きの声をあげるのは慶だ。写真部の先輩の一人は地元を離れて遠方の大学に行くと言っていたが、和真の大学がそう遠くないことは慶も知っているはずだった。
「なんだ、その反応。邪魔者が完全にいなくなるとでも思っていたのか?」
「ええ、これを機に実結先輩からも卒業してくれると思ってたんですけど」
考えもしなかった言葉に実結は後頭部を殴られたような気分だった。
「そのつもりはない。実結ちゃんから別れを言われない限りは」
「大学には誘惑がいっぱいですよ」
和真の言葉にほっとしながらも慶の言葉に揺らぐ。ずっと繋ぎ止めておけると思っていたのは傲慢だったか。
しかし、和真も大学で新たな出会いがあれば気が変わってしまうかもしれない。
「じゃあ、そろそろ、先輩に決断してもらう時ですかね」
「え……?」
耳元に吹き込まれる言葉に実結は困惑するしかなかった。自分が何を決めるというのか。わかっているのに聞きたくはなかった。
「俺と和真先輩、どっちを選びますか?」
それは実結にはまるで悪魔からの質問のように聞こえた。二人の内どちらかしか助けられないと言われているようなものだった。選ばれなかった方はきっと実結から離れていく。
「バレンタイン……はせめて先輩に思い出を作ってあげましょうかね」
どちらか一人に決めることが確定のように慶は進める。
今年のバレンタインデーは実結にとって特別で、二人に手作りのチョコレートを渡すことを楽しみにしていた。どんな物が好きか、喜んでくれるかと考えている間は気が紛れたのだ。こんなことになるとは考えもせずに。
「ホワイトデーに決めてください。どっちのお返しを受け取るか」
いつまでも、このままでいられるはずもないとわかっていたはずだった。
だが、それは実結にとっては究極の質問だった。
慶とは毎週末一緒にいるが、部活を引退した和真とは校内でも会う機会が減っている。それでもクリスマスや正月は一緒に過ごそうと言ってくれたのだ。特別な日を一緒に過ごせることが嬉しくて待ち遠しい。
そんな心に一滴の墨を落とすような出来事が起きたのはある放課後実結が部室へと向かっていた時だった。
「永井先輩」
呼びかけられる声に足を止めて振り向いて、実結は固まった。
「河西、さん……」
言葉が上手く出てこないのは意外な人物だったからだ。
河西真悠子とは彼女が退部してから話すこともなかったのだ。元々仲が良かったわけでもなく、顔を合わせれば気まずさしかない。協力を頼まれたにも関わらず、彼女の恋が実らなかった原因が自分であるという後ろめたさもあるのだ。
「相変わらず仲がよろしいようで」
微笑みながらも真悠子はそんなことを言う。慶とのことを言っているのか、和真のことも含めてなのかは判断できないが、嫌みだと実結は感じる。だからこそ、何も言えなかった。
「遠間と付き合ってるくせに休みの日も三人でいるとか」
尚も続ける真悠子に実結は益々何も言えなくなってしまった。内心ではギクリとして冷や汗が出やしないかと思うところだった。
「まさか、二人と付き合ってるなんて言いませんよね?」
核心を突く言葉が実結には恐ろしくてたまらなかった。決して知られてはいけないことだ。誰かに知られてしまえばもう三人で一緒にいることはできなくなるだろう。その日々は実結にとって失いたくないものになっていた。
「そんなわけないでしょ……趣味が一緒なだけだよ」
喉が締め付けられるようで、そう返すことさえ今の実結には精一杯だった。
嘘を吐くことに抵抗はあるが、真実を言うわけにもいかない。だが、三人で写真を撮りに行くのもまた事実だ。慶ならば上手くごまかせたかもしれないが、実結には難しいことだ。とにかく、この場を切り抜けたい一心だった。
「ですよねぇ」
本当に納得したのかはわからない。実結にとっては生きた心地のしない時間だ。
「こんな人に負けたとか本当に信じられない」
吐き捨てるような言葉にも返す言葉はない。勝負をしていたわけではない。実結自身もまた勝てたわけではない。
けれども、言いたいことを言って満足したように去っていく真悠子の後ろ姿を実結は見送ることしかできなかった。
***
真悠子に言われた言葉は実結の心にシミを作り、しこりのようにさえなっているようだ。
時折、脳裏に蘇っては胸を突き刺すような痛みを実結に与えるが、彼女に言われたことを実結は誰にも相談しなかった。元気がないことを見抜かれても誤魔化し続けた。
三人でいる間は忘れられても一人になった瞬間に急に辛くなる。少しでも長く一緒にいたい思いは日に日に強くなり、初詣でもそう願ったほどだ。
だが、終わりを予感させる言葉は突然だった。
「いよいよ和真先輩も卒業ですね」
三人で過ごせる貴重な日に、突然そう言った慶の声は心なしか弾んで聞こえた。後ろから抱き抱えられているせいで実結からは表情が見えないが、ニコニコと笑みを浮かべているのだろうと想像するのは容易だ。
そうして実結が見るのは前方に座っている和真だ。彼は肩を竦めて笑った。
「嬉しそうに言うな」
呆れを露わにした和真の表情は実結の推測は間違っていなかったことを示しているようだ。
「遠くに行くわけじゃない。時間があれば、いつだって会いに来る」
「えっ」
驚きの声をあげるのは慶だ。写真部の先輩の一人は地元を離れて遠方の大学に行くと言っていたが、和真の大学がそう遠くないことは慶も知っているはずだった。
「なんだ、その反応。邪魔者が完全にいなくなるとでも思っていたのか?」
「ええ、これを機に実結先輩からも卒業してくれると思ってたんですけど」
考えもしなかった言葉に実結は後頭部を殴られたような気分だった。
「そのつもりはない。実結ちゃんから別れを言われない限りは」
「大学には誘惑がいっぱいですよ」
和真の言葉にほっとしながらも慶の言葉に揺らぐ。ずっと繋ぎ止めておけると思っていたのは傲慢だったか。
しかし、和真も大学で新たな出会いがあれば気が変わってしまうかもしれない。
「じゃあ、そろそろ、先輩に決断してもらう時ですかね」
「え……?」
耳元に吹き込まれる言葉に実結は困惑するしかなかった。自分が何を決めるというのか。わかっているのに聞きたくはなかった。
「俺と和真先輩、どっちを選びますか?」
それは実結にはまるで悪魔からの質問のように聞こえた。二人の内どちらかしか助けられないと言われているようなものだった。選ばれなかった方はきっと実結から離れていく。
「バレンタイン……はせめて先輩に思い出を作ってあげましょうかね」
どちらか一人に決めることが確定のように慶は進める。
今年のバレンタインデーは実結にとって特別で、二人に手作りのチョコレートを渡すことを楽しみにしていた。どんな物が好きか、喜んでくれるかと考えている間は気が紛れたのだ。こんなことになるとは考えもせずに。
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