54 / 59
続く日々
終わりの気配
しおりを挟む
楽しい日々は速く過ぎ去り、冬休みが近付く頃、実結も少なからず浮かれていた。
慶とは毎週末一緒にいるが、部活を引退した和真とは校内でも会う機会が減っている。それでもクリスマスや正月は一緒に過ごそうと言ってくれたのだ。特別な日を一緒に過ごせることが嬉しくて待ち遠しい。
そんな心に一滴の墨を落とすような出来事が起きたのはある放課後実結が部室へと向かっていた時だった。
「永井先輩」
呼びかけられる声に足を止めて振り向いて、実結は固まった。
「河西、さん……」
言葉が上手く出てこないのは意外な人物だったからだ。
河西真悠子とは彼女が退部してから話すこともなかったのだ。元々仲が良かったわけでもなく、顔を合わせれば気まずさしかない。協力を頼まれたにも関わらず、彼女の恋が実らなかった原因が自分であるという後ろめたさもあるのだ。
「相変わらず仲がよろしいようで」
微笑みながらも真悠子はそんなことを言う。慶とのことを言っているのか、和真のことも含めてなのかは判断できないが、嫌みだと実結は感じる。だからこそ、何も言えなかった。
「遠間と付き合ってるくせに休みの日も三人でいるとか」
尚も続ける真悠子に実結は益々何も言えなくなってしまった。内心ではギクリとして冷や汗が出やしないかと思うところだった。
「まさか、二人と付き合ってるなんて言いませんよね?」
核心を突く言葉が実結には恐ろしくてたまらなかった。決して知られてはいけないことだ。誰かに知られてしまえばもう三人で一緒にいることはできなくなるだろう。その日々は実結にとって失いたくないものになっていた。
「そんなわけないでしょ……趣味が一緒なだけだよ」
喉が締め付けられるようで、そう返すことさえ今の実結には精一杯だった。
嘘を吐くことに抵抗はあるが、真実を言うわけにもいかない。だが、三人で写真を撮りに行くのもまた事実だ。慶ならば上手くごまかせたかもしれないが、実結には難しいことだ。とにかく、この場を切り抜けたい一心だった。
「ですよねぇ」
本当に納得したのかはわからない。実結にとっては生きた心地のしない時間だ。
「こんな人に負けたとか本当に信じられない」
吐き捨てるような言葉にも返す言葉はない。勝負をしていたわけではない。実結自身もまた勝てたわけではない。
けれども、言いたいことを言って満足したように去っていく真悠子の後ろ姿を実結は見送ることしかできなかった。
***
真悠子に言われた言葉は実結の心にシミを作り、しこりのようにさえなっているようだ。
時折、脳裏に蘇っては胸を突き刺すような痛みを実結に与えるが、彼女に言われたことを実結は誰にも相談しなかった。元気がないことを見抜かれても誤魔化し続けた。
三人でいる間は忘れられても一人になった瞬間に急に辛くなる。少しでも長く一緒にいたい思いは日に日に強くなり、初詣でもそう願ったほどだ。
だが、終わりを予感させる言葉は突然だった。
「いよいよ和真先輩も卒業ですね」
三人で過ごせる貴重な日に、突然そう言った慶の声は心なしか弾んで聞こえた。後ろから抱き抱えられているせいで実結からは表情が見えないが、ニコニコと笑みを浮かべているのだろうと想像するのは容易だ。
そうして実結が見るのは前方に座っている和真だ。彼は肩を竦めて笑った。
「嬉しそうに言うな」
呆れを露わにした和真の表情は実結の推測は間違っていなかったことを示しているようだ。
「遠くに行くわけじゃない。時間があれば、いつだって会いに来る」
「えっ」
驚きの声をあげるのは慶だ。写真部の先輩の一人は地元を離れて遠方の大学に行くと言っていたが、和真の大学がそう遠くないことは慶も知っているはずだった。
「なんだ、その反応。邪魔者が完全にいなくなるとでも思っていたのか?」
「ええ、これを機に実結先輩からも卒業してくれると思ってたんですけど」
考えもしなかった言葉に実結は後頭部を殴られたような気分だった。
「そのつもりはない。実結ちゃんから別れを言われない限りは」
「大学には誘惑がいっぱいですよ」
和真の言葉にほっとしながらも慶の言葉に揺らぐ。ずっと繋ぎ止めておけると思っていたのは傲慢だったか。
しかし、和真も大学で新たな出会いがあれば気が変わってしまうかもしれない。
「じゃあ、そろそろ、先輩に決断してもらう時ですかね」
「え……?」
耳元に吹き込まれる言葉に実結は困惑するしかなかった。自分が何を決めるというのか。わかっているのに聞きたくはなかった。
「俺と和真先輩、どっちを選びますか?」
それは実結にはまるで悪魔からの質問のように聞こえた。二人の内どちらかしか助けられないと言われているようなものだった。選ばれなかった方はきっと実結から離れていく。
「バレンタイン……はせめて先輩に思い出を作ってあげましょうかね」
どちらか一人に決めることが確定のように慶は進める。
今年のバレンタインデーは実結にとって特別で、二人に手作りのチョコレートを渡すことを楽しみにしていた。どんな物が好きか、喜んでくれるかと考えている間は気が紛れたのだ。こんなことになるとは考えもせずに。
「ホワイトデーに決めてください。どっちのお返しを受け取るか」
いつまでも、このままでいられるはずもないとわかっていたはずだった。
だが、それは実結にとっては究極の質問だった。
慶とは毎週末一緒にいるが、部活を引退した和真とは校内でも会う機会が減っている。それでもクリスマスや正月は一緒に過ごそうと言ってくれたのだ。特別な日を一緒に過ごせることが嬉しくて待ち遠しい。
そんな心に一滴の墨を落とすような出来事が起きたのはある放課後実結が部室へと向かっていた時だった。
「永井先輩」
呼びかけられる声に足を止めて振り向いて、実結は固まった。
「河西、さん……」
言葉が上手く出てこないのは意外な人物だったからだ。
河西真悠子とは彼女が退部してから話すこともなかったのだ。元々仲が良かったわけでもなく、顔を合わせれば気まずさしかない。協力を頼まれたにも関わらず、彼女の恋が実らなかった原因が自分であるという後ろめたさもあるのだ。
「相変わらず仲がよろしいようで」
微笑みながらも真悠子はそんなことを言う。慶とのことを言っているのか、和真のことも含めてなのかは判断できないが、嫌みだと実結は感じる。だからこそ、何も言えなかった。
「遠間と付き合ってるくせに休みの日も三人でいるとか」
尚も続ける真悠子に実結は益々何も言えなくなってしまった。内心ではギクリとして冷や汗が出やしないかと思うところだった。
「まさか、二人と付き合ってるなんて言いませんよね?」
核心を突く言葉が実結には恐ろしくてたまらなかった。決して知られてはいけないことだ。誰かに知られてしまえばもう三人で一緒にいることはできなくなるだろう。その日々は実結にとって失いたくないものになっていた。
「そんなわけないでしょ……趣味が一緒なだけだよ」
喉が締め付けられるようで、そう返すことさえ今の実結には精一杯だった。
嘘を吐くことに抵抗はあるが、真実を言うわけにもいかない。だが、三人で写真を撮りに行くのもまた事実だ。慶ならば上手くごまかせたかもしれないが、実結には難しいことだ。とにかく、この場を切り抜けたい一心だった。
「ですよねぇ」
本当に納得したのかはわからない。実結にとっては生きた心地のしない時間だ。
「こんな人に負けたとか本当に信じられない」
吐き捨てるような言葉にも返す言葉はない。勝負をしていたわけではない。実結自身もまた勝てたわけではない。
けれども、言いたいことを言って満足したように去っていく真悠子の後ろ姿を実結は見送ることしかできなかった。
***
真悠子に言われた言葉は実結の心にシミを作り、しこりのようにさえなっているようだ。
時折、脳裏に蘇っては胸を突き刺すような痛みを実結に与えるが、彼女に言われたことを実結は誰にも相談しなかった。元気がないことを見抜かれても誤魔化し続けた。
三人でいる間は忘れられても一人になった瞬間に急に辛くなる。少しでも長く一緒にいたい思いは日に日に強くなり、初詣でもそう願ったほどだ。
だが、終わりを予感させる言葉は突然だった。
「いよいよ和真先輩も卒業ですね」
三人で過ごせる貴重な日に、突然そう言った慶の声は心なしか弾んで聞こえた。後ろから抱き抱えられているせいで実結からは表情が見えないが、ニコニコと笑みを浮かべているのだろうと想像するのは容易だ。
そうして実結が見るのは前方に座っている和真だ。彼は肩を竦めて笑った。
「嬉しそうに言うな」
呆れを露わにした和真の表情は実結の推測は間違っていなかったことを示しているようだ。
「遠くに行くわけじゃない。時間があれば、いつだって会いに来る」
「えっ」
驚きの声をあげるのは慶だ。写真部の先輩の一人は地元を離れて遠方の大学に行くと言っていたが、和真の大学がそう遠くないことは慶も知っているはずだった。
「なんだ、その反応。邪魔者が完全にいなくなるとでも思っていたのか?」
「ええ、これを機に実結先輩からも卒業してくれると思ってたんですけど」
考えもしなかった言葉に実結は後頭部を殴られたような気分だった。
「そのつもりはない。実結ちゃんから別れを言われない限りは」
「大学には誘惑がいっぱいですよ」
和真の言葉にほっとしながらも慶の言葉に揺らぐ。ずっと繋ぎ止めておけると思っていたのは傲慢だったか。
しかし、和真も大学で新たな出会いがあれば気が変わってしまうかもしれない。
「じゃあ、そろそろ、先輩に決断してもらう時ですかね」
「え……?」
耳元に吹き込まれる言葉に実結は困惑するしかなかった。自分が何を決めるというのか。わかっているのに聞きたくはなかった。
「俺と和真先輩、どっちを選びますか?」
それは実結にはまるで悪魔からの質問のように聞こえた。二人の内どちらかしか助けられないと言われているようなものだった。選ばれなかった方はきっと実結から離れていく。
「バレンタイン……はせめて先輩に思い出を作ってあげましょうかね」
どちらか一人に決めることが確定のように慶は進める。
今年のバレンタインデーは実結にとって特別で、二人に手作りのチョコレートを渡すことを楽しみにしていた。どんな物が好きか、喜んでくれるかと考えている間は気が紛れたのだ。こんなことになるとは考えもせずに。
「ホワイトデーに決めてください。どっちのお返しを受け取るか」
いつまでも、このままでいられるはずもないとわかっていたはずだった。
だが、それは実結にとっては究極の質問だった。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる