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第一章
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翌朝、フレーゼとリージは、ロアのサロンで二人並んで長椅子に腰掛けていた。
ロアは机を挟んだ向かい側で眼前に並べられていく紅茶や食器類を眺めている。
これから勉強の時間では? そう言いたげな表情だ。
「先生、何を考えているのだろう」
ロアは不思議そうにぼやいた。
当のフレムはまだ到着していない。何故か勉強の前にティータイムにしようということだけ伝えらて、こういう形で待機している。
今朝、フレーゼは自室のベッドできちんと眠っていた。着替えたはずの服は衣装部屋に戻されていて、寝間着姿だった。
魔法は何でも出来るのだと感嘆が漏れる。
その内にリージもあんな感じになるのだろうか。隣に座る義弟を見やると、何故か睨まれて顔を逸らされた。
「ちょっとリー……」
「はーい! 皆さん! 先生のお手製パンですよおおお」
フレーゼの抗議の声は、浮かれたテンションの大人に搔き消された。
浮足立つ大人の登場に子供三人は目を丸くしている。
フレムは熱々の鉄板を魔法で持ち上げていて、芳醇な匂いが湯気と共に漂った。
侍女はトングを手にして、浮かんだ鉄板から机の上の皿にパンを移動させていく。
「先生が作ったんですか?」
ロアは積み上がるパンを眺めながら問う。
「そうだよ~」
「へえ。先生は多才ですね」
パンのいい匂いが、三人の鼻腔をくすぐった。
「さあ、食べて食べて!」
楽しそうなフレムの姿に戸惑いつつも、ロアはパンに手を伸ばした。リージもそれに続く。
「いただきます」
ロアとリージが口をつけたのを確認してから、フレーゼもパンを一口ほおばった。
(熱い! でも、ふかふかで美味しい!)
実家で使う酵母と別の酵母だったから、実家で馴染んだ味とは違うが、とても美味しい。
「これって…………」
リージは眉を寄せて思案に耽る。しかしそれ以上は何も言わなかった。
(気付かれたかな……?)
フレーゼはリージを視界に入れず、黙々と食べ進める。
深夜、先生の部屋でパンを作っていたと聞いたら、さすがに怒られる。これは黙っていた方がいい。
フレムもそのつもりだから、自分が作ったと言いパンを振舞っているのだろう。
「おいしい」
ロアはふうわりと笑んだ。
「いつも食べるパンと何が違うのだろう?」
ご機嫌なフレムはロアの隣に腰かける。
「これからも、ちょくちょく焼こうと思うんだ。みんな、楽しみにしててね」
フレムはそう言いながらパンを口に運ぶ。
ふと彼の赤い瞳が揺れた。
「……?」
フレーゼはフレムから視線を逸らせずにいたが、彼は思いついたように口を開いた。
「今日は庭に出て、本でも読もうか。食べたら休憩! これ重要!」
フレムの言葉に王子二人はぎょっとした表情に変わった。彼らは休憩の後、勉強量が増やされることを知っている。
休憩を提案するのはいつもフレムなのに、何故か、補習分の課題を出されるのだ。
その点フレーゼは気楽でいい。勉強量も王子二人とは違い、課題も増やされない。
どうせ、いつかはこの城を出るのだ。帰る実家があり、迎えてくれる両親がいる。
そう思った直後、腕に鋭い痛みが走った。
「いっ!」
フレーゼは驚いて腕に触れてみるが、既に痛みはない。
何だったのだろう。
「義姉さん?」
リージが怪訝そうに、こちらを見ている。
「あ、ううん。何でもない」
何故だろう。
両親の姿を思い浮かべたはずなのに、両親の顔が思い出せない。
黒く塗りつぶしたように真っ黒で、影のような姿が眼裏に浮かぶ。
フレムはてきぱきと侍女に指示を出している。
庭に数冊の本とブランケットが用意され、パンは籠に仕舞われた。
「残りは外で食べよう」
フレムはそう告げてテラスから庭へ移動していく。ロアはゆったりと立ち上がり、フレーゼへ視線を向けた。
「準備が早いなあ。フレーゼ嬢、行こうか」
「は、はい!」
ロアに手を差し出されフレーゼは慌てて立ち上がる。
こういう時は手を重ねてエスコートを受け入れなくてはならない。貴族とは面倒なマナーに縛られた人々だ。
フレーゼはぶるりと体が震えるのを感じた。
「どうしたの? 体調悪い?」
「いえ、食べ過ぎたみたいです」
「そう?」
ロアの手に自らの手を重ねる。
何か変だ。体の底から湧き上がる悪寒が抑えられない。
庭に出ると、突き刺すような朝の日差しに目が眩み、フレーゼは額の前で手を翳した。
綺麗に整えられた庭園には、いつの間に用意したのか、陽の光を遮る天幕が張られている。
庭に敷かれた布の上に腰を下ろすと、その隣にロアが座った。
「ピクニックみたいだね」
ロアに微笑みかけられて、フレーゼは頷き返す。
「王子様が地面に座るなんて意外です」
「うん、僕も戸惑ってるよ。でも先生は、そういうことも含めて、色々な経験をさせてくれる人なんだ」
ロアはフレムを一瞥した。彼はまだ何か持ってくる気なのか、侍女に言葉をかけている。
「殿下は先生が大好きなんですね」
「その表現はどうかと思うけど、まあ、そうだね」
照れくさそうにロアは笑む。
一方で、離れた位置に置かれたガーデンテーブルに、リージは教本や文房具を並べている。
その脇でリージ付きの侍従が日傘を立てた。
「リージはこっち来ないの?」
ロアの問いにリージは顔を顰める。
「殿下と違い勉強に余裕がないんです」
リージは予習復習に力を入れることにしたらしい。
ピクニックスペースから僅かに距離をとり、彼は自分の居場所を確保したようだ。
「真面目だなあ」
ロアは手元に視線を戻し、フレーゼとの間に用意された本を一冊ずつ手に取った。
「物語や図鑑、これは……薬草学?」
準備された書物は系統がバラバラなようだ。ロアは一人ごちながらページを捲る。
横顔が綺麗な曲線を描き、綺麗だ。
朝日に透けた黒い睫毛は光を包んでいる。
フレーゼは淡い水色の表紙が目に留まり、手に取ってみた。
表紙に描かれたドレス姿の女性が、とても繊細に塗られていて美しい。
装丁もしっかりしている。
中を見ると文字が大きく、挿絵もシンプルだ。
絵本と呼ぶには重厚過ぎるが、随筆というには易しい。
「それ、気に入った?」
ロアはついと近づき、フレーゼに寄り添う。
距離を詰められどきりとしたが、どうやら本を覗き込もうとしたようだ。
緊張する気持ちを抑えるように、フレーゼは口を開く。
「表紙がとても可愛くて気になったんです」
「その本ね、もっと幼い頃に乳母が読んでくれたんだ」
ロアは懐かしそうに笑う。
「女の子は魔法でお姫様になるんだ。でもその魔法には代償が伴うんだけど、なんやかんやあって、王子様と結婚して幸せに暮らす話だよ」
「大分説明を端折りましたね」
前世でもそういったお話は多かった。可哀想な女の子の前に王子様が登場し、大体が幸せな結婚に帰着する。
ロアはフレーゼと視線を合わせた。
「そういう話は好き? 今のフレーゼも同じような状況になってるよ」
フレーゼは驚き瞠目する。
そんな風に考えたこともなかった。でも言われてみれば、確かにその通りだ。
目の前にいるのは将来有望な美少年の王子。
今まで平民だったフレーゼは、何故かドレスを着て城にいる。
まるで物語の主人公のようだ。
リージと玉の輿だなんて、ふざけた会話をしたけれど、改めて自分の現状を省みると夢のようである。
ロアは試すように目を眇めた。フレーゼの反応に興味があるようだ。
「確かに綺麗なドレスも、格好いい王子様も憧れます。でも」
「でも?」
「王家って一夫多妻が多いですよね?」
「はい?」
予想外の言葉に、ロアは困惑の表情を浮かべる。
「奥さんが複数いるなんて嫌です。男性はそれで満たされるのかもしれませんが、私は嫌です。たった一人の誰かが私だけを見て愛してくれるなら、王子様でなくていい」
フレーゼはお姫様の描かれた本を閉じた。
「だから私、村に帰って両親の後を継いだら、同じ村の人と恋をして結婚したいとなぁと思っています」
「…………この国の王家は一夫多妻制じゃないよ」
ロアはフレーゼの勢いに圧されつつ、やっと言葉を発することが出来たのがこれだ。
少々狼狽えつつもロアは先を続ける。
「確かに異国には後宮がある王家もあるけどね」
「でも、こ」
そう言いかけてフレーゼはとんでもなく失礼な言葉を発しそうだったことに気付いた。
脳裏に浮かんだこの国の王は、彼の父親なのだ。
フレーゼは慌てて口を両手で塞ぐと、ロアは苦笑を返す。
「政略結婚だから、そうは言っても色々あるよ」
「殿下、ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないよ」
ロアが困ったように笑う。
「国王に本命の女性がいること自体は珍しいことじゃないんだ。お祖父様もそうだったし、なんだったら実はお母様も別に想い人がいるんだ」
フレーゼは言葉を失った。
「でもこの国は権力の集中を避けるため、側室は置かないと決められているし、王妃に子が出来なかった場合にのみ養子をとる事になっている。今回のリージの場合は、そもそも王位継承権は与えられない前提だからね」
「……え?」
全く知らなかった事実にフレーゼは言葉を詰まらせる。その反応に驚いたのはロアだ。
「知らなかったの? リージは魔力を制御出来ないから、王家で引き取ることになったんだよ」
リージが魔力を制御出来ない?
王宮に来る前から、リージが魔力を自覚していたとは知らなかった。
「でも政略結婚は楽だよ」
ロアはいつもの作り物の笑顔で言った。
「相手は僕の地位と結婚したんだと、はっきり分かるからね。こんな地位だと結婚に対して愛とか信じられないんだ」
あなたが私を好きだなんて信じられない。私は何も感じない。
頭の中で声が響く。そう言ったのは誰だった?
ううん、違う。
これは前世で自分が誰かに告げた言葉だ。
誰に言った?
「フレーゼ嬢?」
「あ……ごめんなさい」
「顔色が悪いよ。疲れてるんじゃない?」
そうかもしれない。
フレーゼは額に手を当てながら眩暈を抑える。頭の中がぐるぐる回っている。
「先生! フレーゼ嬢が」
ロアが声を上げた。
何故だろう。瞼が重く開けていられない。頭が重たくて、ロアを見返すこともできない。
ざくざくと芝生を踏む音がして、慌てたような誰かの声も聞こえる。
次第に音が遠ざかり、聞き取りづらい。
「フレーゼ、目を閉じて」
フレムの声がした。
こつんと額に何かが当たる。ひんやりとした温度を感じて、何だろうと思う間もなく、フレーゼは意識を手放した。
ロアは机を挟んだ向かい側で眼前に並べられていく紅茶や食器類を眺めている。
これから勉強の時間では? そう言いたげな表情だ。
「先生、何を考えているのだろう」
ロアは不思議そうにぼやいた。
当のフレムはまだ到着していない。何故か勉強の前にティータイムにしようということだけ伝えらて、こういう形で待機している。
今朝、フレーゼは自室のベッドできちんと眠っていた。着替えたはずの服は衣装部屋に戻されていて、寝間着姿だった。
魔法は何でも出来るのだと感嘆が漏れる。
その内にリージもあんな感じになるのだろうか。隣に座る義弟を見やると、何故か睨まれて顔を逸らされた。
「ちょっとリー……」
「はーい! 皆さん! 先生のお手製パンですよおおお」
フレーゼの抗議の声は、浮かれたテンションの大人に搔き消された。
浮足立つ大人の登場に子供三人は目を丸くしている。
フレムは熱々の鉄板を魔法で持ち上げていて、芳醇な匂いが湯気と共に漂った。
侍女はトングを手にして、浮かんだ鉄板から机の上の皿にパンを移動させていく。
「先生が作ったんですか?」
ロアは積み上がるパンを眺めながら問う。
「そうだよ~」
「へえ。先生は多才ですね」
パンのいい匂いが、三人の鼻腔をくすぐった。
「さあ、食べて食べて!」
楽しそうなフレムの姿に戸惑いつつも、ロアはパンに手を伸ばした。リージもそれに続く。
「いただきます」
ロアとリージが口をつけたのを確認してから、フレーゼもパンを一口ほおばった。
(熱い! でも、ふかふかで美味しい!)
実家で使う酵母と別の酵母だったから、実家で馴染んだ味とは違うが、とても美味しい。
「これって…………」
リージは眉を寄せて思案に耽る。しかしそれ以上は何も言わなかった。
(気付かれたかな……?)
フレーゼはリージを視界に入れず、黙々と食べ進める。
深夜、先生の部屋でパンを作っていたと聞いたら、さすがに怒られる。これは黙っていた方がいい。
フレムもそのつもりだから、自分が作ったと言いパンを振舞っているのだろう。
「おいしい」
ロアはふうわりと笑んだ。
「いつも食べるパンと何が違うのだろう?」
ご機嫌なフレムはロアの隣に腰かける。
「これからも、ちょくちょく焼こうと思うんだ。みんな、楽しみにしててね」
フレムはそう言いながらパンを口に運ぶ。
ふと彼の赤い瞳が揺れた。
「……?」
フレーゼはフレムから視線を逸らせずにいたが、彼は思いついたように口を開いた。
「今日は庭に出て、本でも読もうか。食べたら休憩! これ重要!」
フレムの言葉に王子二人はぎょっとした表情に変わった。彼らは休憩の後、勉強量が増やされることを知っている。
休憩を提案するのはいつもフレムなのに、何故か、補習分の課題を出されるのだ。
その点フレーゼは気楽でいい。勉強量も王子二人とは違い、課題も増やされない。
どうせ、いつかはこの城を出るのだ。帰る実家があり、迎えてくれる両親がいる。
そう思った直後、腕に鋭い痛みが走った。
「いっ!」
フレーゼは驚いて腕に触れてみるが、既に痛みはない。
何だったのだろう。
「義姉さん?」
リージが怪訝そうに、こちらを見ている。
「あ、ううん。何でもない」
何故だろう。
両親の姿を思い浮かべたはずなのに、両親の顔が思い出せない。
黒く塗りつぶしたように真っ黒で、影のような姿が眼裏に浮かぶ。
フレムはてきぱきと侍女に指示を出している。
庭に数冊の本とブランケットが用意され、パンは籠に仕舞われた。
「残りは外で食べよう」
フレムはそう告げてテラスから庭へ移動していく。ロアはゆったりと立ち上がり、フレーゼへ視線を向けた。
「準備が早いなあ。フレーゼ嬢、行こうか」
「は、はい!」
ロアに手を差し出されフレーゼは慌てて立ち上がる。
こういう時は手を重ねてエスコートを受け入れなくてはならない。貴族とは面倒なマナーに縛られた人々だ。
フレーゼはぶるりと体が震えるのを感じた。
「どうしたの? 体調悪い?」
「いえ、食べ過ぎたみたいです」
「そう?」
ロアの手に自らの手を重ねる。
何か変だ。体の底から湧き上がる悪寒が抑えられない。
庭に出ると、突き刺すような朝の日差しに目が眩み、フレーゼは額の前で手を翳した。
綺麗に整えられた庭園には、いつの間に用意したのか、陽の光を遮る天幕が張られている。
庭に敷かれた布の上に腰を下ろすと、その隣にロアが座った。
「ピクニックみたいだね」
ロアに微笑みかけられて、フレーゼは頷き返す。
「王子様が地面に座るなんて意外です」
「うん、僕も戸惑ってるよ。でも先生は、そういうことも含めて、色々な経験をさせてくれる人なんだ」
ロアはフレムを一瞥した。彼はまだ何か持ってくる気なのか、侍女に言葉をかけている。
「殿下は先生が大好きなんですね」
「その表現はどうかと思うけど、まあ、そうだね」
照れくさそうにロアは笑む。
一方で、離れた位置に置かれたガーデンテーブルに、リージは教本や文房具を並べている。
その脇でリージ付きの侍従が日傘を立てた。
「リージはこっち来ないの?」
ロアの問いにリージは顔を顰める。
「殿下と違い勉強に余裕がないんです」
リージは予習復習に力を入れることにしたらしい。
ピクニックスペースから僅かに距離をとり、彼は自分の居場所を確保したようだ。
「真面目だなあ」
ロアは手元に視線を戻し、フレーゼとの間に用意された本を一冊ずつ手に取った。
「物語や図鑑、これは……薬草学?」
準備された書物は系統がバラバラなようだ。ロアは一人ごちながらページを捲る。
横顔が綺麗な曲線を描き、綺麗だ。
朝日に透けた黒い睫毛は光を包んでいる。
フレーゼは淡い水色の表紙が目に留まり、手に取ってみた。
表紙に描かれたドレス姿の女性が、とても繊細に塗られていて美しい。
装丁もしっかりしている。
中を見ると文字が大きく、挿絵もシンプルだ。
絵本と呼ぶには重厚過ぎるが、随筆というには易しい。
「それ、気に入った?」
ロアはついと近づき、フレーゼに寄り添う。
距離を詰められどきりとしたが、どうやら本を覗き込もうとしたようだ。
緊張する気持ちを抑えるように、フレーゼは口を開く。
「表紙がとても可愛くて気になったんです」
「その本ね、もっと幼い頃に乳母が読んでくれたんだ」
ロアは懐かしそうに笑う。
「女の子は魔法でお姫様になるんだ。でもその魔法には代償が伴うんだけど、なんやかんやあって、王子様と結婚して幸せに暮らす話だよ」
「大分説明を端折りましたね」
前世でもそういったお話は多かった。可哀想な女の子の前に王子様が登場し、大体が幸せな結婚に帰着する。
ロアはフレーゼと視線を合わせた。
「そういう話は好き? 今のフレーゼも同じような状況になってるよ」
フレーゼは驚き瞠目する。
そんな風に考えたこともなかった。でも言われてみれば、確かにその通りだ。
目の前にいるのは将来有望な美少年の王子。
今まで平民だったフレーゼは、何故かドレスを着て城にいる。
まるで物語の主人公のようだ。
リージと玉の輿だなんて、ふざけた会話をしたけれど、改めて自分の現状を省みると夢のようである。
ロアは試すように目を眇めた。フレーゼの反応に興味があるようだ。
「確かに綺麗なドレスも、格好いい王子様も憧れます。でも」
「でも?」
「王家って一夫多妻が多いですよね?」
「はい?」
予想外の言葉に、ロアは困惑の表情を浮かべる。
「奥さんが複数いるなんて嫌です。男性はそれで満たされるのかもしれませんが、私は嫌です。たった一人の誰かが私だけを見て愛してくれるなら、王子様でなくていい」
フレーゼはお姫様の描かれた本を閉じた。
「だから私、村に帰って両親の後を継いだら、同じ村の人と恋をして結婚したいとなぁと思っています」
「…………この国の王家は一夫多妻制じゃないよ」
ロアはフレーゼの勢いに圧されつつ、やっと言葉を発することが出来たのがこれだ。
少々狼狽えつつもロアは先を続ける。
「確かに異国には後宮がある王家もあるけどね」
「でも、こ」
そう言いかけてフレーゼはとんでもなく失礼な言葉を発しそうだったことに気付いた。
脳裏に浮かんだこの国の王は、彼の父親なのだ。
フレーゼは慌てて口を両手で塞ぐと、ロアは苦笑を返す。
「政略結婚だから、そうは言っても色々あるよ」
「殿下、ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないよ」
ロアが困ったように笑う。
「国王に本命の女性がいること自体は珍しいことじゃないんだ。お祖父様もそうだったし、なんだったら実はお母様も別に想い人がいるんだ」
フレーゼは言葉を失った。
「でもこの国は権力の集中を避けるため、側室は置かないと決められているし、王妃に子が出来なかった場合にのみ養子をとる事になっている。今回のリージの場合は、そもそも王位継承権は与えられない前提だからね」
「……え?」
全く知らなかった事実にフレーゼは言葉を詰まらせる。その反応に驚いたのはロアだ。
「知らなかったの? リージは魔力を制御出来ないから、王家で引き取ることになったんだよ」
リージが魔力を制御出来ない?
王宮に来る前から、リージが魔力を自覚していたとは知らなかった。
「でも政略結婚は楽だよ」
ロアはいつもの作り物の笑顔で言った。
「相手は僕の地位と結婚したんだと、はっきり分かるからね。こんな地位だと結婚に対して愛とか信じられないんだ」
あなたが私を好きだなんて信じられない。私は何も感じない。
頭の中で声が響く。そう言ったのは誰だった?
ううん、違う。
これは前世で自分が誰かに告げた言葉だ。
誰に言った?
「フレーゼ嬢?」
「あ……ごめんなさい」
「顔色が悪いよ。疲れてるんじゃない?」
そうかもしれない。
フレーゼは額に手を当てながら眩暈を抑える。頭の中がぐるぐる回っている。
「先生! フレーゼ嬢が」
ロアが声を上げた。
何故だろう。瞼が重く開けていられない。頭が重たくて、ロアを見返すこともできない。
ざくざくと芝生を踏む音がして、慌てたような誰かの声も聞こえる。
次第に音が遠ざかり、聞き取りづらい。
「フレーゼ、目を閉じて」
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こつんと額に何かが当たる。ひんやりとした温度を感じて、何だろうと思う間もなく、フレーゼは意識を手放した。
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