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第一章
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□ □ □ □ □ □
あんたなんて大嫌い。
耳を塞いでも聞こえてくる言葉。心の中に溜まっていく澱が消えない。ずっと罵りが頭を駆け巡っていく。
これは夢だ。
早く起きなきゃ。起きたい。
これが現実なら消えてなくなりたい。
□ □ □ □ □ □
「うっ……」
夜も更けた頃。くぐもった声をあげてフレーゼは寝返りを打った。
リージは水盥に手布を浸し固く絞る。そして熱に浮かされているフレーゼを見やり、額に乗る手布を取り換えた。
「まだ熱いな……」
リージは温まった手布を水盥に浸し、ベッド脇の椅子に腰かけて深く嘆息する。
フレーゼは朝からずっと高熱を出し眠り続けている。
疲れが出たのだろう。そう王宮付きの医師が言っていた。
目を覚まさなければ薬も飲ませられない。
フレーゼが疲弊している原因は分かっている。自分が彼女を巻き込んだからだ。
嫌がらせのつもりもあるし、離れたくなかったのも事実だ。
ちらりと窓へ視線を向けると、月が明るく光っていた。
昨夜、リージは人の気配を感じて目を覚ました。
フレーゼがベッドを抜け出し、部屋の外へ出た時は驚いた。寝間着姿であることも構わず後を追うと、そこには言葉を交わすフレーゼとフレムがいた。
二人は偶然遭遇した様子だったが、突然現れた扉と共にフレーゼは姿を消してしまった。
翌朝、サロンで焼きたてのパンが出てきた時は驚いた。
あれはフレーゼが作ったパンだ。何故か確信があった。
彼女が意識を手放した時、駆け寄ったフレムはフレーゼの額に自らの額を当て、刹那、僅かな魔力の気配がした。
彼は何かをした。
魔法を習い始めて僅かな時間しか経っていないが、魔力とは肌をざらりと舐めるような感覚がする。
あの感覚は間違いない。
飄々とした魔法使いは、フレーゼに興味を持っている。
理由は分からない。
リージはうなされているフレーゼに手を伸ばし、汗で張り付いていた額の髪をよける。
引き攣った古い傷跡が現れ、リージはそれを指の背で撫でた。
◇
「うーん!」
フレーゼは久しぶりの晴れ晴れとした心地に、両腕を頭の上に伸ばし軽く柔軟をした。
何日も高熱を出していた所為で、身体の節々がギシギシと凝っている気がする。
リージは呆れたように眉を寄せている。
「義姉さん、俺に感謝しろよ。同室だから仕方なく看病してやったんだ」
「はいはい、分かってるわ。何回言うのよ」
「覚えるまで何回でも言うさ」
リージは上着を羽織り、金糸の刺繍が見えるように袖口を折る。手には茶の革手袋を持っていた。
「あんた、乗馬なんて出来るの?」
「出来るんじゃなくて、やるしかないだろ」
「それはそうだけど」
乗馬服に着替えたリージはフレーゼに視線を移した。
意地悪く微笑む姿に、苛立つ。
「何その笑い方」
「いや、今日は王子様と二人きりだから頑張れよ」
「は?」
リージはフレーゼの耳元で囁くように言った。
「玉の輿狙うんだろ?」
「な、な、何を言っ……!」
リージはフレーゼの反応を無視して、早々に部屋を出て行ってしまった。
「ああ、もう!」
フレーゼは八つ当たりに手近にあったクッションを叩く。そして気持ちを落ち着かせようと、深呼吸を繰り返した。
心の中で膨れ面を作りつつ、勉強用具を準備するため机へ向かう。熱が出ていたせいで久しぶりの勉強だ。復習から始めた方がいいだろう。
一輪挿しに生けられた桃色の花が机の端に飾られている。室内に生花が飾られていると、気持ちが上がり素敵だ。
ぐるりと室内を見回すと、あちこちに色鮮やかな花が生けられている。
熱で苦しんでいる間、ロアが見舞いに寄越した花たちだ。わざわざロア本人が部屋まで訪れて、侍女に渡してくれていたらしい。
(きちんとお礼、言わなきゃ……)
フレーゼは教本を手に取りながら、インク瓶を見やる。
「あれ?」
残り少なかったインクが波々と注がれている。瓶のラベルも、普段使っていた物とは別物のようだ。
残りが少ないから、新しい物をお願いしなくてはと思っていたところだった。
侍女が気づき、新品を用意してくれたのかもしれない。
「これ、家の近くの雑貨屋にも売ってたような……」
フレーゼは思わず顔を顰める。
今まで使っていたインクは、ロアやリージと同じ物だった。
身分不相応なフレーゼにはこのくらいがお似合いだとでも言われている気がした。
「お嬢様、時間に遅れますよ。準備は整いましたか?」
年嵩のいった見慣れた侍女が扉の入り口で待っている。
表情の変化に乏しい人だが、仕事は早く丁寧で、嫌がらせのようなことは一切しない。
仕事に忠実で、それ以上の干渉をしてこない女性だ。
「はい。行けます」
フレーゼは手にしたインク瓶を勉強で使う一式と共に箱に入れ、侍女に手渡した。
(何もされないなら、まだいいほうよね……)
登城したばかりの頃を思い出しながら、フレーゼは部屋を出て、目的地へと急いだ。
あんたなんて大嫌い。
耳を塞いでも聞こえてくる言葉。心の中に溜まっていく澱が消えない。ずっと罵りが頭を駆け巡っていく。
これは夢だ。
早く起きなきゃ。起きたい。
これが現実なら消えてなくなりたい。
□ □ □ □ □ □
「うっ……」
夜も更けた頃。くぐもった声をあげてフレーゼは寝返りを打った。
リージは水盥に手布を浸し固く絞る。そして熱に浮かされているフレーゼを見やり、額に乗る手布を取り換えた。
「まだ熱いな……」
リージは温まった手布を水盥に浸し、ベッド脇の椅子に腰かけて深く嘆息する。
フレーゼは朝からずっと高熱を出し眠り続けている。
疲れが出たのだろう。そう王宮付きの医師が言っていた。
目を覚まさなければ薬も飲ませられない。
フレーゼが疲弊している原因は分かっている。自分が彼女を巻き込んだからだ。
嫌がらせのつもりもあるし、離れたくなかったのも事実だ。
ちらりと窓へ視線を向けると、月が明るく光っていた。
昨夜、リージは人の気配を感じて目を覚ました。
フレーゼがベッドを抜け出し、部屋の外へ出た時は驚いた。寝間着姿であることも構わず後を追うと、そこには言葉を交わすフレーゼとフレムがいた。
二人は偶然遭遇した様子だったが、突然現れた扉と共にフレーゼは姿を消してしまった。
翌朝、サロンで焼きたてのパンが出てきた時は驚いた。
あれはフレーゼが作ったパンだ。何故か確信があった。
彼女が意識を手放した時、駆け寄ったフレムはフレーゼの額に自らの額を当て、刹那、僅かな魔力の気配がした。
彼は何かをした。
魔法を習い始めて僅かな時間しか経っていないが、魔力とは肌をざらりと舐めるような感覚がする。
あの感覚は間違いない。
飄々とした魔法使いは、フレーゼに興味を持っている。
理由は分からない。
リージはうなされているフレーゼに手を伸ばし、汗で張り付いていた額の髪をよける。
引き攣った古い傷跡が現れ、リージはそれを指の背で撫でた。
◇
「うーん!」
フレーゼは久しぶりの晴れ晴れとした心地に、両腕を頭の上に伸ばし軽く柔軟をした。
何日も高熱を出していた所為で、身体の節々がギシギシと凝っている気がする。
リージは呆れたように眉を寄せている。
「義姉さん、俺に感謝しろよ。同室だから仕方なく看病してやったんだ」
「はいはい、分かってるわ。何回言うのよ」
「覚えるまで何回でも言うさ」
リージは上着を羽織り、金糸の刺繍が見えるように袖口を折る。手には茶の革手袋を持っていた。
「あんた、乗馬なんて出来るの?」
「出来るんじゃなくて、やるしかないだろ」
「それはそうだけど」
乗馬服に着替えたリージはフレーゼに視線を移した。
意地悪く微笑む姿に、苛立つ。
「何その笑い方」
「いや、今日は王子様と二人きりだから頑張れよ」
「は?」
リージはフレーゼの耳元で囁くように言った。
「玉の輿狙うんだろ?」
「な、な、何を言っ……!」
リージはフレーゼの反応を無視して、早々に部屋を出て行ってしまった。
「ああ、もう!」
フレーゼは八つ当たりに手近にあったクッションを叩く。そして気持ちを落ち着かせようと、深呼吸を繰り返した。
心の中で膨れ面を作りつつ、勉強用具を準備するため机へ向かう。熱が出ていたせいで久しぶりの勉強だ。復習から始めた方がいいだろう。
一輪挿しに生けられた桃色の花が机の端に飾られている。室内に生花が飾られていると、気持ちが上がり素敵だ。
ぐるりと室内を見回すと、あちこちに色鮮やかな花が生けられている。
熱で苦しんでいる間、ロアが見舞いに寄越した花たちだ。わざわざロア本人が部屋まで訪れて、侍女に渡してくれていたらしい。
(きちんとお礼、言わなきゃ……)
フレーゼは教本を手に取りながら、インク瓶を見やる。
「あれ?」
残り少なかったインクが波々と注がれている。瓶のラベルも、普段使っていた物とは別物のようだ。
残りが少ないから、新しい物をお願いしなくてはと思っていたところだった。
侍女が気づき、新品を用意してくれたのかもしれない。
「これ、家の近くの雑貨屋にも売ってたような……」
フレーゼは思わず顔を顰める。
今まで使っていたインクは、ロアやリージと同じ物だった。
身分不相応なフレーゼにはこのくらいがお似合いだとでも言われている気がした。
「お嬢様、時間に遅れますよ。準備は整いましたか?」
年嵩のいった見慣れた侍女が扉の入り口で待っている。
表情の変化に乏しい人だが、仕事は早く丁寧で、嫌がらせのようなことは一切しない。
仕事に忠実で、それ以上の干渉をしてこない女性だ。
「はい。行けます」
フレーゼは手にしたインク瓶を勉強で使う一式と共に箱に入れ、侍女に手渡した。
(何もされないなら、まだいいほうよね……)
登城したばかりの頃を思い出しながら、フレーゼは部屋を出て、目的地へと急いだ。
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