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手に入れたら『想像していたのと違う』と感じることは、往々にして起こりうる事象だと思う。
ずっと欲しかった物をいざ手に入れてみたら、周囲から思っていたような反応がもらえなかったりする。
そうなると、好きだと思っていたはずなのに、一切の興味が失せてしまうのだ。
よくよく思い出せば、幼い頃からいつもそうだった。
可愛い玩具や人形。おしゃれに興味が出てきたら、流行りのドレスや宝飾品。
今まで光り輝いていた存在はくすんで見え、何でもない背景と化す。
どうやら今回も同じだったようだ。
私、ペレーネ゠リュフトは、同じ年齢のアーファ゠ヒュドル伯爵の妻になった。
公爵令嬢と伯爵位を持つ青年との婚姻。
招待客の好奇の視線や嘲笑を感じたが、そんなことはどうでもいいと感じるくらいに、私はこの婚姻を望んでいた。
私たちは王都の神殿で式を挙げ、その後は公爵邸の大広間にて披露宴が催された。
そして、恋い焦がれていた男性と迎えた初夜。
無理やり手に入れた夫との性行為が終わった今、私は虚無感に襲われている。
私の中に吐精した夫は、硬さをなくしたものを私から抜いて、憤懣やるかたなしといった表情で身を離す。
私を含め友人の令嬢たちは、初めての行為を小説などで覚え、きゃっきゃと楽しそうに夢想していた。
文字だけで繰り広げられる世界は無限に想像が湧く。だから、私も期待しすぎたのだろう。
二年前、私はある夜会で不埒者に襲われそうになった。それを救ってくれたのが夫となった男性だ。
あのとき以来、私は彼のことを目で追うようになり、のちにそれは『恋をしている』のだと知った。
ちょうどたくさんの縁談を申し込まれていた時期だったから、『彼のことが好きなの』『本気の恋なの』と、それっぽい言葉を並べると、娘の幸せを祈る両親や、妹に甘い兄は絆されてしまう。
我が家には後継ぎの兄もいて事業も順調だ。よほどひどい相手でなければ当家に利が少なくとも、娘の意思を尊重しようと考えたのだろう。
夫には相思相愛の婚約者もいたが、どうせ貴族令嬢は政略的な観点から嫁ぎ先を決めるものだ。相手の令嬢とて同じはず。
地位の高さを使って二人の仲を裂き、強引に手に入れた夫は、当然のように初夜を拒絶した。
想定内だったから、『貴族の婚姻はこんなものだ』とか『責務を果たしてください』とか、卑怯な言葉を吐いて彼を煽り、むりやり行為に及んだ結果がこれだ。
(これは受粉ね……)
夫は必要最低限の動きしかしていない。
花粉をつけた蜂が別の花の上に跨がり、ただ触れただけ。それと似ている。
私は寝台から身を起こして股から垂れる彼の精に触れて顔を顰めた。
破瓜の血と精が混ざっている。
愛撫なんて言葉があるくらいだ。性行の準備を整える行為は、愛なんて無いのだから成されていない。何も準備されていなかった膣への挿入は、すごく痛かった。
性交への興味から多少は濡れていたが、痛みが下腹部に広がると同時に心がどんどん冷えていった。
男性は楽でいい。好きでもない女を抱いても快楽を得ることが出来て、女の中に精を出せるのだから。
夫は寝台から離れて身だしなみを整えている。私と目を合わせようとはせず、眉間に深い皺を刻んでいる。
(行為のあいだも私を見ようとしなかったわ……)
こういうときは全裸になるものだと思っていたが、彼はナイトガウンの合わせを少しくつろげて陰部をあらわにしただけだ。
(私一人だけ肌を晒しているなんて、ばかみたい)
私は唇を噛んで、膣から垂れる精を拭き取り、卓の上に置いた呼び鈴を揺らす。
初夜を迎えた寝室に使用人を呼ぶなんてあり得ないと思ったのか、夫は驚き目を剥く。
ナイトガウンを羽織り、腰紐を結んでいると、私専属の侍女が姿を現した。
「湯浴みの用意をしてちょうだい。あと、避妊薬」
「すでに整えてございます」
付き合いの長い侍女だから、きっと色々な状況を想定していたのかもしれない。
手の行き届いた対応に、おもわず笑みがこぼれる。
「ありがとう。すぐに向かうわ」
侍女はお辞儀をして部屋を出て行った。
言葉を発せなくなっていた夫は、信じられないものを見る目で私を見ている。
「な、なぜ、避妊薬を……? さきほど貴女は、跡取りを作ることは貴族の義務だと仰ったではありませんか!」
私は寝台から離れて、部屋を出ようと歩みだす。
「待ってください! どうして何も答えないのです!」
腕を強く掴まれ、振り向かされた。
腹の底から込み上げてくる苛立ちを抑え込み、私は睨むように彼を見上げる。
「離縁してください」
「え……」
「私、貴方のことが嫌いです」
夫は言葉を詰まらせ、私の腕を掴む手を離す。
「慰謝料は、なるべく言い値で用意させます。では、身体が気持ち悪いので湯浴みをして参ります。また明日の朝にでも話しましょう」
硬直する夫を一人残して私は部屋を出た。
あれだけ初夜が楽しみだったのに、彼の触れた部位すべてが気持ち悪い。
そうは言っても、彼はほとんど私に触れていないから、入念に洗いたいのは主に膣だ。
自室に設えられた湯室へ移動して、私は避妊薬を口にする。
指を膣内に入れて掻き出す動きをすると、とろりと精が溢れ出た。
「たくさん出るものなのね……」
もしくは、溜まっていたのだろうか。
結婚前はそういう想像も楽しかったけれど、彼への興味が失せた今は不快なだけだ。
湯浴みを済ませて自室の寝台に向かう。夫が泊まる貴賓室へ行く気にもならない。
初夜を迎える屋敷が実家でよかった。
これが夫の屋敷だったら、逃げ場がなくなっていたかもしれない。
私は寝台に横になり瞼をぎゅっと閉じる。
「なにが初夜よ。素敵なことのように表現しないでほしいわ」
明日からのことを考えると憂鬱だ。
離縁したいと告げたら、さすがの両親も怒るだろう。
(恋って、こんなものなのね……)
下腹部に残る異物感と鈍痛を感じながら、私は眠りに落ちた。
ずっと欲しかった物をいざ手に入れてみたら、周囲から思っていたような反応がもらえなかったりする。
そうなると、好きだと思っていたはずなのに、一切の興味が失せてしまうのだ。
よくよく思い出せば、幼い頃からいつもそうだった。
可愛い玩具や人形。おしゃれに興味が出てきたら、流行りのドレスや宝飾品。
今まで光り輝いていた存在はくすんで見え、何でもない背景と化す。
どうやら今回も同じだったようだ。
私、ペレーネ゠リュフトは、同じ年齢のアーファ゠ヒュドル伯爵の妻になった。
公爵令嬢と伯爵位を持つ青年との婚姻。
招待客の好奇の視線や嘲笑を感じたが、そんなことはどうでもいいと感じるくらいに、私はこの婚姻を望んでいた。
私たちは王都の神殿で式を挙げ、その後は公爵邸の大広間にて披露宴が催された。
そして、恋い焦がれていた男性と迎えた初夜。
無理やり手に入れた夫との性行為が終わった今、私は虚無感に襲われている。
私の中に吐精した夫は、硬さをなくしたものを私から抜いて、憤懣やるかたなしといった表情で身を離す。
私を含め友人の令嬢たちは、初めての行為を小説などで覚え、きゃっきゃと楽しそうに夢想していた。
文字だけで繰り広げられる世界は無限に想像が湧く。だから、私も期待しすぎたのだろう。
二年前、私はある夜会で不埒者に襲われそうになった。それを救ってくれたのが夫となった男性だ。
あのとき以来、私は彼のことを目で追うようになり、のちにそれは『恋をしている』のだと知った。
ちょうどたくさんの縁談を申し込まれていた時期だったから、『彼のことが好きなの』『本気の恋なの』と、それっぽい言葉を並べると、娘の幸せを祈る両親や、妹に甘い兄は絆されてしまう。
我が家には後継ぎの兄もいて事業も順調だ。よほどひどい相手でなければ当家に利が少なくとも、娘の意思を尊重しようと考えたのだろう。
夫には相思相愛の婚約者もいたが、どうせ貴族令嬢は政略的な観点から嫁ぎ先を決めるものだ。相手の令嬢とて同じはず。
地位の高さを使って二人の仲を裂き、強引に手に入れた夫は、当然のように初夜を拒絶した。
想定内だったから、『貴族の婚姻はこんなものだ』とか『責務を果たしてください』とか、卑怯な言葉を吐いて彼を煽り、むりやり行為に及んだ結果がこれだ。
(これは受粉ね……)
夫は必要最低限の動きしかしていない。
花粉をつけた蜂が別の花の上に跨がり、ただ触れただけ。それと似ている。
私は寝台から身を起こして股から垂れる彼の精に触れて顔を顰めた。
破瓜の血と精が混ざっている。
愛撫なんて言葉があるくらいだ。性行の準備を整える行為は、愛なんて無いのだから成されていない。何も準備されていなかった膣への挿入は、すごく痛かった。
性交への興味から多少は濡れていたが、痛みが下腹部に広がると同時に心がどんどん冷えていった。
男性は楽でいい。好きでもない女を抱いても快楽を得ることが出来て、女の中に精を出せるのだから。
夫は寝台から離れて身だしなみを整えている。私と目を合わせようとはせず、眉間に深い皺を刻んでいる。
(行為のあいだも私を見ようとしなかったわ……)
こういうときは全裸になるものだと思っていたが、彼はナイトガウンの合わせを少しくつろげて陰部をあらわにしただけだ。
(私一人だけ肌を晒しているなんて、ばかみたい)
私は唇を噛んで、膣から垂れる精を拭き取り、卓の上に置いた呼び鈴を揺らす。
初夜を迎えた寝室に使用人を呼ぶなんてあり得ないと思ったのか、夫は驚き目を剥く。
ナイトガウンを羽織り、腰紐を結んでいると、私専属の侍女が姿を現した。
「湯浴みの用意をしてちょうだい。あと、避妊薬」
「すでに整えてございます」
付き合いの長い侍女だから、きっと色々な状況を想定していたのかもしれない。
手の行き届いた対応に、おもわず笑みがこぼれる。
「ありがとう。すぐに向かうわ」
侍女はお辞儀をして部屋を出て行った。
言葉を発せなくなっていた夫は、信じられないものを見る目で私を見ている。
「な、なぜ、避妊薬を……? さきほど貴女は、跡取りを作ることは貴族の義務だと仰ったではありませんか!」
私は寝台から離れて、部屋を出ようと歩みだす。
「待ってください! どうして何も答えないのです!」
腕を強く掴まれ、振り向かされた。
腹の底から込み上げてくる苛立ちを抑え込み、私は睨むように彼を見上げる。
「離縁してください」
「え……」
「私、貴方のことが嫌いです」
夫は言葉を詰まらせ、私の腕を掴む手を離す。
「慰謝料は、なるべく言い値で用意させます。では、身体が気持ち悪いので湯浴みをして参ります。また明日の朝にでも話しましょう」
硬直する夫を一人残して私は部屋を出た。
あれだけ初夜が楽しみだったのに、彼の触れた部位すべてが気持ち悪い。
そうは言っても、彼はほとんど私に触れていないから、入念に洗いたいのは主に膣だ。
自室に設えられた湯室へ移動して、私は避妊薬を口にする。
指を膣内に入れて掻き出す動きをすると、とろりと精が溢れ出た。
「たくさん出るものなのね……」
もしくは、溜まっていたのだろうか。
結婚前はそういう想像も楽しかったけれど、彼への興味が失せた今は不快なだけだ。
湯浴みを済ませて自室の寝台に向かう。夫が泊まる貴賓室へ行く気にもならない。
初夜を迎える屋敷が実家でよかった。
これが夫の屋敷だったら、逃げ場がなくなっていたかもしれない。
私は寝台に横になり瞼をぎゅっと閉じる。
「なにが初夜よ。素敵なことのように表現しないでほしいわ」
明日からのことを考えると憂鬱だ。
離縁したいと告げたら、さすがの両親も怒るだろう。
(恋って、こんなものなのね……)
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