【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました

みっきー・るー

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「わあ……」

 朝食後、気分転換を兼ねて庭を散歩していた私は、眼前に広がる光景に感嘆の息を漏らした。
 うさぎや犬、牛、馬……。
 ちょうど飼育小屋の清掃時刻だったようで、何匹もの動物が、柵に囲われた放し飼いのスペースに放たれている。

「お、奥様!?」
「見ているだけだから、気にしないで作業を続けてちょうだい」

 私の姿に気付いた使用人たちが、ざわついてしまった。申し訳なく思いつつ、動物を囲う柵に手を置いて、中へと視線を傾けた。
 ぬくぬくとした日差しに照らされた犬が、桃色のお腹を丸出しにして大地に背中をこすりつけている。

「か、可愛い……」

 猟犬のような見た目の厳つい犬から、もふもふとした長毛種まで様々だ。
 牛や馬は静かに草を食んでいて、別の柵に囲われた中には、うさぎが寛いでいる。

「ここは天国かしら」

 私のつぶやきを近くにいた使用人が拾った。人の良さそうな笑みを浮かべて、こちらに寄ってくる。

「奥様は動物がお好きですか?」
「ええ。お父様たちの目を盗んで、馬の世話をしたこともあるわ」
「それは素晴らしい!」

 年嵩のいった男性は目尻の皺を深くして笑う。

「いいものをお見せしましょう」

 ちょいちょいと手招きをしながら彼は犬舎のほうへと進む。
 そのまま小屋の中へ通されると、そこには女性の使用人がいた。

「っ!?」

 彼女は私の姿を見て驚きの声を上げそうになるが、どうにか堪える。何かに気を遣っているようだ。

「奥様、こちらをご覧ください」

 祖父くらいの年齢の使用人に促されて大きめの木箱の中を覗くと、柔らかい敷布の上に産まれて間もない子犬が数匹入っていた。よく見れば、近くに母犬らしき姿もある。

「可愛い……っ」

 私は手を口に当てて、興奮した声を殺すように告げる。

「でしょう。あちらには別の母犬が数週間前に産んだ子犬もいます」
「出産シーズンなのね」

 根拠のない感想を伝えると、彼は「ははっ」と楽しそうに笑う。そして、扉を開けて別室へと通してくれる。そこでは別の使用人が犬舎内を清掃している最中だった。
 足元には走り回る子犬たち。先ほど見た子犬たちよりも大きくて、ずんぐりむっくりして、手足も短い。

「わぁ……、か、可愛い……」

 あまりにも可愛い存在を前にして、語彙の低下を感じる。

「抱いてみますか?」
「ぜ、ぜひ!」

 彼は比較的おとなしそうな子犬を一匹抱き寄せて、そして、私に差し出す。

「抱き方は分かりますか?」
「はい、もちろんです」

 ぬいぐるみのような白い子犬を抱くと、ずっしりとした重さと温もりが伝わってくる。

「可愛い……」

 つい顔を寄せて頬ずりすると、子犬は四肢をばたつかせた。

「おっと、奥様。気をつけてくださいね」
「どうしてこんなにたくさんの犬がいるの?」
「このお屋敷は建物よりも庭のほうが広いので、警備の目的で訓練しております。まあ、それだけではないですが……」

 人の良さそうな初老の使用人は困ったように笑って誤魔化した。
 彼からは悪意を感じないので、耳に入れるような情報でもないと思われたのだろう。

「何か色々な用途があるのね」

 実家にも私設の騎士団と共に、屋敷の敷地内を巡回する訓練された犬がいた。けれど、あまり犬舎へは行かせてもらえなかったから、何匹くらい飼っていたのか具体的には知らない。
 公爵邸の敷地は広く、自由に歩き回るような雰囲気でもなかった。

(このくらいの大きさのほうが、住みやすくていいわね)

 犬舎の窓から見えるヒュドル邸を眺めながら、私は嫌味にとられそうなことを思う。
 ぼうっとしていたら、腕の中の子犬が足をばたつかせた瞬間、顎に小さな痛みが走った。

「奥様!」

 彼は驚いた表情で私の抱く子犬を引き取ろうと手を伸ばす。

「え、まだ抱いていたいわ。だめかしら?」

 赤子をあやすように腕を揺らすと、犬舎にいた別の使用人たちが怖々とこちらに目を向けている。

「奥様、顎を引っかかれています。痛くありませんか?」
「平気よ。子犬の爪は細くて加減もできないから、少し戯れただけで傷になるのよね」

 腕の中で、ぱたぱたと尻尾を振りながら、元気よく動く子犬を大地に下ろす。

「みんな、そんな顔をしなくていいのに。よくあることでしょう?」
「儂らはそうですが……」

 突然、犬舎の扉がノックされて開いた。ぎょっとした表情のアーファ様が顔を覗かせる。

「ペレーネ、探しましたよ!」

 彼は足下から子犬が抜け出そうとしたのに気づいて、慌てて扉を閉める。

「こんなところで何をしていたのですか」
「散歩です」
「できれば、侍女を連れて散歩して頂けますか? 僕を含め、皆が貴女を捜していました」
「それは大変申し訳ありません」

 抑揚のない口調で謝罪を告げると、一気に犬舎内の雰囲気が悪くなってしまった。
 
「ペレーネ。ここはどうしたのですか?」

 彼は自身の顎を指さした。

「顎が痒くて掻いていたら、爪が引っかかってしまいました」
「痛くありませんか?」
「平気です」

 さきほども同じ台詞を使用人から言われた。それなのに、どうして相手がアーファ様に変わると腹立たしく感じるのだろう。
 私は戸惑う使用人たちに声をかける。

「お邪魔をしてごめんなさい。子犬を見せてくれてありがとう」

 礼を伝え、私は犬が抜け出さないように気を付けながら、犬舎の外へ出た。

(せっかく楽しい気分だったのに台無しだわ……)

 屋敷へと続く石畳の小道を歩いていくと、後ろからアーファ様が追いつき横に並んだ。

「犬が好きですか?」

 つい無視したくなるけれど、そんな理由もないので、私は前を向いたまま答える。

「動物はどれも好ましいです」
「そうなのですね。馬にも慣れていたので、もしかしたらと思っていました」
「…………何かご用でしたか?」
「あ、そうでした!」

 アーファ様は歩みを止め、私のほうへ身体ごと向き直った。

「採掘現場の責任者を選抜するために、公爵家から選定員が派遣されることになっていたのですが、ご存じでしたか?」
「はい。現地の状況や領地内で雇う人員を視察して、誰が適任か決める方ですよね?」
「その選定員の方が王都からお見えになりました」
「それは初耳です」

 こういうときは事前に手紙などで連絡がくるはずだ。しかし、そんな話は聞いていない。
 どうやらアーファ様も少々戸惑っているようで、眉を下げて頷く。

「予定ではもう少し先に訪れるはずだったのですが、他の予定が早々に済んだらしく、そのままこちらに移動されたそうです」
「多忙な方なのですね……」

 アーファ様は再び歩き始め、屋敷の正面玄関側に向かう。私は客人が使用する馬車停めを見て、見覚えのある馬車に息を呑んだ。

「まさか!」

 思わず駆け出し、玄関扉の前に立つ人物を視認する。相手も私に気が付いたようで、振り返り片手を上げた。

「おにいさま!」

 出迎えの者や、彼が伴ってきた部下の横を通り過ぎて駆け寄る。

「ペレーネ。結婚したのだから、もう少し淑女らしい行動を心がけなさい」
「だって! まさか、おにいさまが来るなんて思いもしなかったから!」

 呆れた表情の青年は、私の突然の動きに追いついたアーファ様へ目を向けた。

「伯爵。ペレーネを探してきてくれてありがとう。どうやら迷惑をかけていそうだね」
「いえ……、そんなことはありません」

 アーファ様は訝しげな眼差しで私を見た。

「どうして、おにいさまとお呼びするのですか?」
「彼は従兄ですが、兄の親しい友人なのです。幼い頃から、よく我が家に遊びに来ていました。だから私にとっては、もう一人の兄のような存在です」
「幼い頃からそう呼んでいたのですか?」
「はい」
「呼び方を直すように伝えているのに、直らないんだよなぁ……」

 従兄は軽口を叩きながら私の頭を撫でる。
 彼の名はルイ゠ジリアス。国王陛下の上の弟、ジリアス公爵の三人目の息子だ。

「だって、お兄様よりも、おにいさまのほうが私に優しくしてくれるんですもの」
「調子がいいな」

 彼は私の顔を見ながら苦笑し、ふと一点に視線を縫い止めた。私の顎に長い指が触れて顔を上向かせる。

「これはどうした?」
「子犬に頬ずりしていたら引っかかれました」
「相変わらずだな……」

 おにいさまは笑いを噛み殺し、上着のポケットから小さな瓶を取り出した。切り傷などに塗る薬用の軟膏を差し出す。

「これでも塗っておけ」

 素直に受け取ると、彼はぐるりと屋敷内を見回した。

「で、ヒュドル伯爵。どこで話をする?」
「あ……、失礼いたしました」

 アーファ様は侍女に応接室へ通すように伝え、おにいさまは微笑みを残して去っていく。
 その背を見送っていると、アーファ様は私をちらりと見やった。

「ペレーネ。服を着替えてきてください。……犬の毛が付いています」
「犬の毛?」

 そう言われて、自分自身を見下ろすと、短毛種の白い毛がたくさん服に付着している。絶対に従兄は内心で笑っていただろう。

「僕はジリアス公爵令息にお渡しする書類を用意してきます。貴女は彼の対応をお願いいたします」
「かしこまりました。おにいさまは晩餐もこちらで?」
「はい。予定していた滞在先がまだ整っていません。今、急ぎ準備をさせています」
「おにいさまったら、伝令の一つくらい寄越せなかったのかしら……」

 几帳面なはずなのに、いい加減な面もある。そんな性格を思い出して思わず頬がほころんだ。

「一晩、当家に宿泊され、翌朝に用意した屋敷へ移動されるそうです」
「だから皆、忙しそうなのですね」

 突然の訪問客に屋敷内はてんやわんやしている。
 相手の素性も王族に連なる血筋であるがゆえ高位だ。もてなす経験も少ないのかもしれない。
 私は近くにいた侍女に、思いつく限りの従兄が好む食事を伝えた。
 毎日美味しい食事を提供してくれる料理長のことだ。限りある中でも、きっと場に相応しい食事を用意してくれるだろう。

「ペレーネ」

 なぜかアーファ様は少しだけ不愉快そうだ。

「どうして、その傷が犬に傷つけられたものだと教えてくれなかったのですか?」

 一瞬なんのことか分からなかったが、顎の引っかき傷について言われているらしい。

「あの場にいた者を咎められたり、犬舎に行くのを禁じられたりしたら嫌だと思ったのです」
「僕はそんなことしません……」
「そうですか。では、次からは素直に答えます」

 私は適当な返事をして頭を下げる。
 腑に落ちない表情を浮かべるアーファ様と目が合ったけれど、訊ねるのも面倒で、私は着替えるために自室へ急いだ。

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