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目的地である坑道の入り口付近に到着すると、警邏の騎士たちはぎょっと瞠目した。
「みんな、ご苦労様」
彼らも実家の私設騎士団に所属する者たちだ。王都に住まいがありながら、離れた地を守護しなくてはならない。私の我が儘に巻き込んでしまった気がして居た堪れない。
「これ、差し入れを作ってもらったの。よければ休憩のときに食べてちょうだい」
料理人たちに頼んで、彼らへの差し入れも用意させていた。
嬉しそうに笑い受け取る彼らと、一言二言言葉を交わしていると、駆け足の蹄の音が響いた。
「ペレーネ!」
髪を乱し、額に汗を滲ませた夫が、馬の手綱を引きながら止まる。
「坑道に何の用ですか!?」
それは犬に顔を埋めているときに聞いてほしかった。
夫は焦った声を発しながら馬から下りた。そして、手綱を共に連れてきた護衛に渡す。
「あれからすぐに追ってきたのですか?」
「当然でしょう!」
アーファ様は髪も乱れているが服も少々よれている。
犬にもみくちゃにされていたせいで、ところどころ毛が付き、上着の裾には懸念していた犬歯による穴が空いている。
「確認したいことがあったので参りました」
「なにを確認したいのですか?」
「確認してから、きちんとご報告いたします。では失礼いたします」
「……僕も一緒に行きます」
アーファ様はじとりと私を見つめている。
「頭痛は治りましたか?」
「それは放っておいてください!」
どうして怒っているのだろう。それに、アーファ様に説明しながら中を確認するのは面倒だ。
(土地の持ち主は彼だから拒めないけど……)
仕方がないので、私たちは護衛を伴い坑道の中へと入った。
◇
「ペレーネ。どこまで行くのですか?」
しばらく進むと、夫は落ち着きを取り戻したのか、静かな声で訊ねてくる。
私は岩壁に触れながら前回案内された地点を通りすぎ、さらに奥へと進む。
「たぶん、このあたりだと思います」
目星をつけた岩壁を撫でて、持参した大きな袋からつるはしを取り出した。
「なぜ、こんなものを!?」
「ここを少々掘りたいのです」
両手に力を込めてつるはしの柄を握り持ち上げようとして、慌てたアーファ様に止められた。
「僕がやります!」
「え、でも、申し訳ないですわ」
「その気遣いは別の方向で発揮してください……」
夫は私の返答など聞く気はなさそうだ。
つるはしを奪うように手に取り、さきほど私が見ていた辺りを指差す。
「ここですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
アーファ様は私に離れるように告げて、つるはしを振り下ろした。
頭の髄を震わせるような音が坑道内を反響する。思わず両耳を塞ぎ、護衛たちを振り返ると、彼らは視線を逸らしつつも訝しげな表情を浮かべている。
その反応はもっともだ。しかし、見えないふり聞こえないふりに徹するよう言及されている優秀な彼らは、この先もきっと忘れたふりをしてくれるだろう。
しばらく掘り進めると、手のひらほどの穴が空いた。アーファ様の動きを止めて穴に手を乗せると、手首ほどの深さがある。
冷たい大地に触れた肌がじんわりと湿り気を帯び始めた。手を離してみると、土の色は少しずつ濃く変化していく。
「やはり水脈がありますね」
「え!?」
アーファ様は目を見開き、私と同じように手を大地に付けた。
「僕は地質学には詳しくないのですが、地盤が緩かったりするのでしょうか?」
これから鉱山開発に取り組むのだから、安全面が気になるのだろう。
「これは精霊の通り道なので、懸念されるような水脈ではなく、とても小さなものだと思います」
「精霊……?」
「精霊はこんなふうに目立たない通り道を作ります」
「も、申し訳ないのですが、仰っている意味が分かりません……」
「まだ仮説の段階なので確信が持てましたら説明いたします」
もう一度掘った穴を見て、岩壁をなぞるように天井へ視線を滑らせる。
「では次の目的地へ移動いたします。……アーファ様もご一緒に向かわれますか?」
「当然でしょう!」
夫は眉を跳ね上げて、つるはしを大きな袋へ戻した。そのまま早足で出口へと歩を進める。
(おかしな展開になってしまったわ……)
そもそも、精霊に関しては独自で調査するつもりだった。彼がこんなに形で関わってくるとは思わなかった。
「あの、アーファ様? べつに私を見張らなくても悪さなどしませんよ?」
もしかしたら何か疑われているのかもしれない。悪意がないことを伝えると、夫は心底不快そうに眉をひそめた。
「僕は貴女を疑ってはいません。ただ貴女の行動が予測できなくて心配なだけです」
「ああ、私に何かあっては色々と困りますものね。護衛を増やしてくればよかったかしら」
「……何を色々と想像しているのですか」
「え?」
意味が分からず首を傾げると、アーファ様は「もういいです」と言って嘆息した。
◇ ◇ ◇
その後、坑道を出て、馬と不必要な荷物をそのままにして、私たちは山道を登り始めた。
地図であたりをつけた場所は峠だ。
使用人たちに聞いたところ、そこには小さな池があり、周囲は草原の続く開けた場所らしい。
半刻ほど歩くと、太陽の光を反射して輝く、池の水面が見え始めた。
突き刺すような空の青さに目を細めて、広がる景色に息を吐く。
遠くに見える山の稜線。麓に並ぶ色とりどりの屋根。白い綿菓子のような雲がゆっくりと流れる中、小さな池の周りでは背の低い草花が揺れている。
「美しい場所ですね……」
感嘆の声を漏らすと、アーファ様は目尻を下げて微笑んだ。
私は護衛から荷物を受け取り、適度な距離を保ちながら休むように伝える。
アーファ様の護衛の昼食までは用意していなかったので、どうしようかと悩んだが、護衛用のバスケットを開くと、一人では食べきれないほどの量の食事が入っていた。
これなら二人で分けても大丈夫そうだと胸を撫で下ろし、護衛たちから離れて池のある場所へ向かう。
「このバスケットも重いですね……。女性一人に用意する量ではない気がします」
アーファ様は手にしたバスケットを顔の高さまで持ち上げて困惑している。
「たくさん用意してくれたみたいで嬉しいです」
「負担になってはいませんか?」
「負担ですか?」
「うちは長く勤めている者が多く、仕事ぶりは丁寧ですが、その……態度が軽いというか緩いというか」
「とてもよくして頂いていますわ。私の食事の好みを知りたいと試行錯誤していることも、ありがたく思っています」
微笑みを返してから、バスケットを適当な場所に置くように伝え、私は煌めく池の水面を淵から覗き込んだ。
深さはそれなりにありそうだ。底は色が濃く見えない。前のめりに水の中を見ようとして、がしりと腰に腕が回された。
「危ない!」
驚いた顔のアーファ様は、私を池から引き離し、距離をとらせる。
「近づきすぎです!」
とっさの行動だったのか腰を抱く腕の力が強い。しかし、彼の手は震えていた。
「ご、ごめんなさい……不注意でした。あの、池の水に触れてもいいですか?」
「それは必要なことですか?」
「はい、必要です」
「……僕も一緒についていきます」
アーファ様は渋々といった態度で私を腕の中から解放した。
(なぜだろう……すごく恥ずかしい)
彼はどちらかと言うと優男だ。
騎士でもないから鍛えているわけでもない。それなのに腰に回された硬い腕の感触を思い出すと、頬が熱くなる。
彼に悟られないように池の外周に近づいて膝をつく。そして両手を伸ばして池の水に浸した。
水面は温かいが、その下はひんやりとしている。
坑道の中で感じた気配を探していると、突然、眼前で水が大きく跳ねた。
ばしゃり、と音を立てて、それはアーファ様の顔にかかる。
「うわ!?」
驚いて叫んだ夫は濡れた髪をかきあげて、何事かと池を振り仰ぐ。
静かな水面は何事もなかったように凪いでいる。
「さ、魚が跳ねた……? この池にそんな大きな魚がいたかな……?」
アーファ様は静かな池の水面を凝視している。魚の影でも探しているのだろうか。
その姿がおかしくて、私は吹き出してしまう。
「笑わないでください!」
恥ずかしそうに眉を寄せた夫は、顔の輪郭から伝う水の雫を手の甲で拭っている。
「だって上着は濡れているし、裾は犬に噛まれて小さな穴が空いています。今日のアーファ様は散々ですね」
笑ってはいけないと思うほど笑いが深まる。
普段はそれなりに身なりを整えている姿しか見ていない。けれど今日はずっとこんな姿しか見ていない。
アーファ様は赤面して言葉を詰まらせていたが、ふいに異変に気付き、私へ手を伸ばした。
突然、池の表面から大きな飛沫を放ちながら水柱が立ち上る。
「っ!?」
腕の中に庇うように抱き寄せられて、私は目を白黒とさせた。同時に探し求めていた気配を感じる。
「い、いったい……これは……?」
恐れを感じる声が耳に届くが、私を強く抱きしめる腕の力は弱まらない。
ざぶざぶと、滝の音のような水音が響く。
「それは精霊です」
「精霊っ!?」
アーファ様は私を胸にかき抱いたまま少しだけ身を離した。背に回った手がまだ離れないので、警戒しているのだろう。
水の纏うひんやりとした空気が頬を撫で、池から立ち上がった水柱が生き物のようにくねりと歪む。そして、まるで私を確認するかのように近づいてきた。
「で、でも、領地に精霊の気配は感じないと……」
「詳しくはのちほど説明いたします」
彼の胸をぐっと押して身体を離し、一歩、精霊へと近づく。焦ったアーファ様は声を上げた。
「大丈夫です。精霊は理由もなく人間を傷つけたりしません」
「しかし……」
匂いを嗅ぐ犬のように、水柱が私の眼前まで近づく。池の水の生臭い匂いが鼻先をかすめた。
精霊の雰囲気が和らいだことを感じた瞬間、水柱はゆっくりと水面に沈み、やがて静かに姿を消した。
「みんな、ご苦労様」
彼らも実家の私設騎士団に所属する者たちだ。王都に住まいがありながら、離れた地を守護しなくてはならない。私の我が儘に巻き込んでしまった気がして居た堪れない。
「これ、差し入れを作ってもらったの。よければ休憩のときに食べてちょうだい」
料理人たちに頼んで、彼らへの差し入れも用意させていた。
嬉しそうに笑い受け取る彼らと、一言二言言葉を交わしていると、駆け足の蹄の音が響いた。
「ペレーネ!」
髪を乱し、額に汗を滲ませた夫が、馬の手綱を引きながら止まる。
「坑道に何の用ですか!?」
それは犬に顔を埋めているときに聞いてほしかった。
夫は焦った声を発しながら馬から下りた。そして、手綱を共に連れてきた護衛に渡す。
「あれからすぐに追ってきたのですか?」
「当然でしょう!」
アーファ様は髪も乱れているが服も少々よれている。
犬にもみくちゃにされていたせいで、ところどころ毛が付き、上着の裾には懸念していた犬歯による穴が空いている。
「確認したいことがあったので参りました」
「なにを確認したいのですか?」
「確認してから、きちんとご報告いたします。では失礼いたします」
「……僕も一緒に行きます」
アーファ様はじとりと私を見つめている。
「頭痛は治りましたか?」
「それは放っておいてください!」
どうして怒っているのだろう。それに、アーファ様に説明しながら中を確認するのは面倒だ。
(土地の持ち主は彼だから拒めないけど……)
仕方がないので、私たちは護衛を伴い坑道の中へと入った。
◇
「ペレーネ。どこまで行くのですか?」
しばらく進むと、夫は落ち着きを取り戻したのか、静かな声で訊ねてくる。
私は岩壁に触れながら前回案内された地点を通りすぎ、さらに奥へと進む。
「たぶん、このあたりだと思います」
目星をつけた岩壁を撫でて、持参した大きな袋からつるはしを取り出した。
「なぜ、こんなものを!?」
「ここを少々掘りたいのです」
両手に力を込めてつるはしの柄を握り持ち上げようとして、慌てたアーファ様に止められた。
「僕がやります!」
「え、でも、申し訳ないですわ」
「その気遣いは別の方向で発揮してください……」
夫は私の返答など聞く気はなさそうだ。
つるはしを奪うように手に取り、さきほど私が見ていた辺りを指差す。
「ここですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
アーファ様は私に離れるように告げて、つるはしを振り下ろした。
頭の髄を震わせるような音が坑道内を反響する。思わず両耳を塞ぎ、護衛たちを振り返ると、彼らは視線を逸らしつつも訝しげな表情を浮かべている。
その反応はもっともだ。しかし、見えないふり聞こえないふりに徹するよう言及されている優秀な彼らは、この先もきっと忘れたふりをしてくれるだろう。
しばらく掘り進めると、手のひらほどの穴が空いた。アーファ様の動きを止めて穴に手を乗せると、手首ほどの深さがある。
冷たい大地に触れた肌がじんわりと湿り気を帯び始めた。手を離してみると、土の色は少しずつ濃く変化していく。
「やはり水脈がありますね」
「え!?」
アーファ様は目を見開き、私と同じように手を大地に付けた。
「僕は地質学には詳しくないのですが、地盤が緩かったりするのでしょうか?」
これから鉱山開発に取り組むのだから、安全面が気になるのだろう。
「これは精霊の通り道なので、懸念されるような水脈ではなく、とても小さなものだと思います」
「精霊……?」
「精霊はこんなふうに目立たない通り道を作ります」
「も、申し訳ないのですが、仰っている意味が分かりません……」
「まだ仮説の段階なので確信が持てましたら説明いたします」
もう一度掘った穴を見て、岩壁をなぞるように天井へ視線を滑らせる。
「では次の目的地へ移動いたします。……アーファ様もご一緒に向かわれますか?」
「当然でしょう!」
夫は眉を跳ね上げて、つるはしを大きな袋へ戻した。そのまま早足で出口へと歩を進める。
(おかしな展開になってしまったわ……)
そもそも、精霊に関しては独自で調査するつもりだった。彼がこんなに形で関わってくるとは思わなかった。
「あの、アーファ様? べつに私を見張らなくても悪さなどしませんよ?」
もしかしたら何か疑われているのかもしれない。悪意がないことを伝えると、夫は心底不快そうに眉をひそめた。
「僕は貴女を疑ってはいません。ただ貴女の行動が予測できなくて心配なだけです」
「ああ、私に何かあっては色々と困りますものね。護衛を増やしてくればよかったかしら」
「……何を色々と想像しているのですか」
「え?」
意味が分からず首を傾げると、アーファ様は「もういいです」と言って嘆息した。
◇ ◇ ◇
その後、坑道を出て、馬と不必要な荷物をそのままにして、私たちは山道を登り始めた。
地図であたりをつけた場所は峠だ。
使用人たちに聞いたところ、そこには小さな池があり、周囲は草原の続く開けた場所らしい。
半刻ほど歩くと、太陽の光を反射して輝く、池の水面が見え始めた。
突き刺すような空の青さに目を細めて、広がる景色に息を吐く。
遠くに見える山の稜線。麓に並ぶ色とりどりの屋根。白い綿菓子のような雲がゆっくりと流れる中、小さな池の周りでは背の低い草花が揺れている。
「美しい場所ですね……」
感嘆の声を漏らすと、アーファ様は目尻を下げて微笑んだ。
私は護衛から荷物を受け取り、適度な距離を保ちながら休むように伝える。
アーファ様の護衛の昼食までは用意していなかったので、どうしようかと悩んだが、護衛用のバスケットを開くと、一人では食べきれないほどの量の食事が入っていた。
これなら二人で分けても大丈夫そうだと胸を撫で下ろし、護衛たちから離れて池のある場所へ向かう。
「このバスケットも重いですね……。女性一人に用意する量ではない気がします」
アーファ様は手にしたバスケットを顔の高さまで持ち上げて困惑している。
「たくさん用意してくれたみたいで嬉しいです」
「負担になってはいませんか?」
「負担ですか?」
「うちは長く勤めている者が多く、仕事ぶりは丁寧ですが、その……態度が軽いというか緩いというか」
「とてもよくして頂いていますわ。私の食事の好みを知りたいと試行錯誤していることも、ありがたく思っています」
微笑みを返してから、バスケットを適当な場所に置くように伝え、私は煌めく池の水面を淵から覗き込んだ。
深さはそれなりにありそうだ。底は色が濃く見えない。前のめりに水の中を見ようとして、がしりと腰に腕が回された。
「危ない!」
驚いた顔のアーファ様は、私を池から引き離し、距離をとらせる。
「近づきすぎです!」
とっさの行動だったのか腰を抱く腕の力が強い。しかし、彼の手は震えていた。
「ご、ごめんなさい……不注意でした。あの、池の水に触れてもいいですか?」
「それは必要なことですか?」
「はい、必要です」
「……僕も一緒についていきます」
アーファ様は渋々といった態度で私を腕の中から解放した。
(なぜだろう……すごく恥ずかしい)
彼はどちらかと言うと優男だ。
騎士でもないから鍛えているわけでもない。それなのに腰に回された硬い腕の感触を思い出すと、頬が熱くなる。
彼に悟られないように池の外周に近づいて膝をつく。そして両手を伸ばして池の水に浸した。
水面は温かいが、その下はひんやりとしている。
坑道の中で感じた気配を探していると、突然、眼前で水が大きく跳ねた。
ばしゃり、と音を立てて、それはアーファ様の顔にかかる。
「うわ!?」
驚いて叫んだ夫は濡れた髪をかきあげて、何事かと池を振り仰ぐ。
静かな水面は何事もなかったように凪いでいる。
「さ、魚が跳ねた……? この池にそんな大きな魚がいたかな……?」
アーファ様は静かな池の水面を凝視している。魚の影でも探しているのだろうか。
その姿がおかしくて、私は吹き出してしまう。
「笑わないでください!」
恥ずかしそうに眉を寄せた夫は、顔の輪郭から伝う水の雫を手の甲で拭っている。
「だって上着は濡れているし、裾は犬に噛まれて小さな穴が空いています。今日のアーファ様は散々ですね」
笑ってはいけないと思うほど笑いが深まる。
普段はそれなりに身なりを整えている姿しか見ていない。けれど今日はずっとこんな姿しか見ていない。
アーファ様は赤面して言葉を詰まらせていたが、ふいに異変に気付き、私へ手を伸ばした。
突然、池の表面から大きな飛沫を放ちながら水柱が立ち上る。
「っ!?」
腕の中に庇うように抱き寄せられて、私は目を白黒とさせた。同時に探し求めていた気配を感じる。
「い、いったい……これは……?」
恐れを感じる声が耳に届くが、私を強く抱きしめる腕の力は弱まらない。
ざぶざぶと、滝の音のような水音が響く。
「それは精霊です」
「精霊っ!?」
アーファ様は私を胸にかき抱いたまま少しだけ身を離した。背に回った手がまだ離れないので、警戒しているのだろう。
水の纏うひんやりとした空気が頬を撫で、池から立ち上がった水柱が生き物のようにくねりと歪む。そして、まるで私を確認するかのように近づいてきた。
「で、でも、領地に精霊の気配は感じないと……」
「詳しくはのちほど説明いたします」
彼の胸をぐっと押して身体を離し、一歩、精霊へと近づく。焦ったアーファ様は声を上げた。
「大丈夫です。精霊は理由もなく人間を傷つけたりしません」
「しかし……」
匂いを嗅ぐ犬のように、水柱が私の眼前まで近づく。池の水の生臭い匂いが鼻先をかすめた。
精霊の雰囲気が和らいだことを感じた瞬間、水柱はゆっくりと水面に沈み、やがて静かに姿を消した。
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