【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました

みっきー・るー

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 翌日、私はおにいさまから受け取った宝飾品の収められた箱を丁寧に包装していた。
 メッセージカードを付けるべきか悩んだが、特別な日の贈り物でもないのだからと理由をつけてやめておいた。

(あらためて考えると恥ずかしい……!)

 何と説明をして渡せばいいのだろう。
 結婚指輪の代わりにしたいわけではない。ただ、私のためにくれた物を身に着けて欲しいと思っただけなのだ。
 アーファ様に抱く感情が何なのか分からなくても、普段の会話も増え、夜の営みも上手くいっている。
 当初ほどの嫌悪感もない。
 これから先の未来、仲の良い夫婦として過ごしていけるかもしれない。
 包み終わった贈り物を手にして、私は意を決して部屋の外へ出た。
 外出するとは聞いていないので、この時間帯は執務室で働いているはずだ。
 浮ついた気持ちで訪れるのは気が引けるが、そろそろ昼食の時刻なので大目に見てほしい。
 それに贈ったあとの反応が見たくて仕方がない。

(まるで子供ね……)

 こんなことをおにいさまに知られたら、また子供扱いされてしまう。
 アーファ様の執務室の前に着き、部屋の扉をノックしてみると反応がない。
 彼には仕事を補佐する執事が一人しかおらず、今は鉱山開発の関係で、各所と連絡を取るため不在がちだ。
 念のため扉の把手を回すと、扉は簡単に開いてしまった。

「不用心だわ……」

 いくらこの屋敷の人間たちが信用の置ける者ばかりだとしても、気が抜けている。
 誰もいない執務室に入り、私は室内を見回した。
 整理整頓が行き届いている。調度品は古いけれど重厚かつ質の高い物ばかりで、代々大切に使われてきた感じがする。
 ただ当の本人が若く、領主としての経験も浅いから、少々頼りなく見えるだけだ。
 結婚してからも詐欺師まがいの人物から接触されることがままあった。
 私が対応に出ると、『女は』という顔をされ、世間知らずの公爵家の令嬢を想像しているのか、上辺だけの対応をされる。
 しかし私は父の英才教育のおかげで、横柄な高位貴族の振る舞いが得意だ。悪意には悪意で応えると彼らはとりあえず諦めて帰る。

(アーファ様も気をつけてはいるけれど甘いのよね)

 今は父が派遣した顧問もいるから下手な話に騙されることはないだろうが、彼のお父様が亡くなった頃、詐欺にも遭ったようだから心配だ。

(メモ書きでも残しておこうかしら……)

 書類が出しっぱなしの執務机に贈り物の箱を置いた。
 なるべく書類には目を向けないようにして、机の前面に向かい一番上の引き出しを開けてみると、紙とペン軸が種類ごとに整然と仕舞われていた。
 小さな白紙を取り出して机上のインク瓶を持ち上げると、中身は空だ。

(なるほど。インクが切れて予備も無く、慌ててどこかに取りに行ったのね)

 残していくメモには、気をつけるべき注意点をつらつらと記したい気分である。

(どうしようかしら。戻ってくるまでここで待つ?)

 案外、予備が引き出しに入っていることに気づいていないのではないだろうか。
 少々抜けたところがある人だから、あり得そうだ。
 夫には悪いが、そう想像するとおかしくて笑いが漏れる。
 二段目の深めの引き出しを開けてみると、中に入っていた瓶が揺れて音を立てた。
 小さな瓶が小箱の中に並んでいるが、箱には隙間が空いている。どうやら、数本がすでに使用されているようだ。

「これ……」

 初夜の日、私が侍女に頼んだものと同じ小瓶。
 この国の避妊薬は、認可されているものが一種類だけなので間違いないだろう。
 一箱に何本入っていたのだろう。何本減っている?
 私は彼と何回性交をした?
 数えてはいけないと思うのに、頭の中は忙しなく回転する。
 奥が見づらくて、思い切り手前に引き出すと、ガタンと引き出しが床に落ちた。
 重たい音と共に中身が跳ね、また引き出しの中に落ちる。

(ああ、焦るからこんなことになるのよ……落ち着いて、落ち着いて)

 呼吸が浅くなっている。
 これではますます思考がまとまらない。
 引き出しの中でばらけてしまった物を整えながら、指先が厚紙のあいだに挟まれていた物に触れた。
 それは一通の封筒と栞。
 淡い紫や青色でまだらに染められた美しい封筒。そこに押し花の栞が挟まれている。
 秘密を暴くような真似はだめだ。
 お互い知らないままのほうが上手くいくことだってある。
 そう思うのに、私はアーファ様宛ての手紙を読んでしまった。

  ◇

 扉の取手が回り、アーファ様はインク瓶を手にして戻ってきた。
 執務室にいるはずのない私を見て、ぎょっとしている。

「ペレーネ、どうしてここに」
「……部屋を出入りするときは鍵を閉めてください」
「そ、そうでしたね」

 アーファ様は机に近づき、外れた引き出しを抱える私を見て表情を強ばらせた。

「メモを残そうと思いインクを探していたら、勢い余って引き出しを外してしまいました。申し訳ありません」
「ペ、ペレーネ!」
「すぐに戻します」

 手が震えて引き出しが上手く収まってくれない。机に向かい引き出しをはめ込もうとするたびに、ガタガタと音が鳴る。

「ずっと試しているのですが……はまらなくて」
「僕がやりますから!」

 差し出された手が引き出しを掴み、箱の中で小瓶同士がぶつかった。
 音に引き寄せられるように、私たちはそれを見る。

「いつから服用されていたのですか?」
「初夜と……精霊の子に会った日の夜以外は服用していました……」
「ほとんどではありませんか!」

 悲鳴のような甲高い声が出てしまった。
 アーファ様は私の顔を見て苦しそうに眉を下げる。

「貴方が王族の血を引く子が欲しいと言ったのですよ!?」
「あの時はそう言うしかなかった! もっともな理由がないと、貴女は離縁する方法ばかり探したでしょう!?」
「ならば、どういうつもりで私を抱いたのですか! 孕み袋としての利用価値も感じていなかったのなら性処理ですか!?」
「その言い方はやめてください! そんなふうに思っていたわけではありません!」

 可能性のある理由なんていくらだって思いつくのだから、こんな問答は時間の無駄だ。
 私は気持ちを落ち着かせようと、静かに深呼吸をする。

「……公爵家からの援助は鉱山開発の出資契約で済む話ですし、私が有責での離縁ならば慰謝料も得られます。婚姻を継続する形にこだわっていらしたのは、解決に何年かかるか分からない精霊のことを、懸念されていたからなのですね」

 アーファ様はぐっと唇を引き結んで視線を彷徨わせる。
 否定もしないなんて、どこまで素直な人なのだろう。
 私は手にしていた引き出しを彼に押し付けて、部屋の扉を目指す。

「待ってください! 話を聞いてください!」
「……お会いになればいいのでは?」
「え?」
「向こう側も嫁ぎ先との離縁を計画されているようですし、私は止めません」
「そ、そんなつもりはありません!」
「では機が来たらそうするつもりでしたか? 大切に仕舞われていたお手紙に、精霊の件が解決したら会いたいと書かれていました。婚前からお二人でご相談されていたのでしょう?」
「それは――」

 アーファ様が焦ったように口を開きかけた瞬間、扉がノックされた。すぐに声が出せないでいると、もう一度同じような調子で扉が叩かれる。
 私はアーファ様に確認もせずに扉を開けた。
 そこには不在だと思っていた彼の執事が、親書の収められた箱を手にして立っていた。
 執事は私がいたことが予想外だったのか、驚き瞠目している。

「アーファ様は中にいらっしゃいます」

 私は微笑んで執務室を出た。

 ――背筋を伸ばし、つねに顔を上げて前を向いて歩く。
 
 私は見た目だけはいいから、そうして口を開かずにいれば相手は勝手に私を評価してくれる。
 両親や兄もいつもそう言っていた。
 アーファ様が精霊の加護を取り戻すために、私との婚姻を受け入れたことは事前に分かっていたことだ。
 生まれ持った性質にしか価値を感じられていないからといって、傷つく必要なんてない。
 周囲はいつも、そうやって私に価値を感じるのだから。
 本当は部屋でお喋りをして紅茶を嗜んでいるよりも、動物の世話をしているほうが楽しい。馬に跨がって遠乗りだってしたい。
 しかし、そういう令嬢を貴族男性は好まない。
 いずれ結婚をしなければならない身としては、取り繕う方法を覚えておけと口うるさく注意されてきた。
 おにいさまは私を否定しないでいてくれたけれど、ああいう男性は稀だ。

(……アーファ様の穏やかな性格や、環境の緩さに心地良くなっていたのかもしれないわね……)

 私は廊下の窓から屋敷の庭を眺めた。
 花壇で揺れる薄紫色のルピナスの花。門扉の近くにある花壇にも植えられていた。珍しい品種でもなく、公爵邸の庭にもたくさん咲いていた。

「彼女の好きな花だから植えていたのかしら……」

 引き出しの奥に大切に仕舞われていた手紙。
 ルピナスと同じ色に染められた封筒は、彼女の好む色なのだろう。
 使用感のある押し花の栞は思い出の品なのかもしれない。
 祭りの日。アーファ様がルピナスの花を模したブローチを、面映ゆそうに見ていたことを覚えている。
 そこかしこから、彼女への想いが残っている事実を見せつけられている心地がした。
 左手の薬指を眺めながら、ふと指輪以外の揃いの品を欲しくなった理由に気付く。

「私、アーファ様の特別になりたかったんだわ……」

 結婚指輪を身につけている自分がひどく滑稽に思えて、指輪を指から引き抜くと、肌に少しだけ指輪の跡が残っていた。
 アーファ様は片想いだったと言っていたけれど、共に過ごすうちに惹かれていくこともあるはずだ。
 考えることを止めたくて、私は窓際から離れた。

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