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1 罰を決めた

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 男女の営みを目撃した翌日。
 好天の朝。
 きれいに手入れされた庭の緑は太陽の光を受けて輝き、花は自らの美しさを誇示するように空を向いて咲いていた。
 自室の窓からお気に入りの庭園を眺め、ダリアは紅茶を口にふくむ。

「今日も美味しい紅茶をありがとう」

 脇に控えていたキーラは、笑みを浮かべてお辞儀を返した。
 ダリアは彼女がとても好きだ。
 賢く慎ましい。そして野心をその胸に隠している。
 自分の望みが叶うよう努力を重ねている姿は、美しくて綺麗だと思う。
 赤い髪をきつく結い上げ、つんとした茶色の瞳。
 ダリアはキーラの容姿や性格、全てを美しいと思っている。

 部屋の扉がノックされた。
 キーラが扉を開けると、公爵付きの壮年の執事がそこに立っていた。
 入室を許された執事は、ダリアに礼の形をとる。

「お嬢様。旦那様がお呼びです」
「わかったわ」

 ダリアは数時間前に共に食事をとった父の姿を思い浮かべた。
 他人の情事を目撃した話など、朝食をとりながら聞きたくなかったのかもしれない。

 公爵の執務室前に着き、執事は扉を開けた。
 無表情の父が長椅子に腰かけ待っていた。父は人払いを告げ、執事は部屋を出て行く。
 しんとした室内に無表情の父と笑顔の娘だけが残る。

「ダリア。用件は分かっていると思うが」
「はい、お父様」
「何故あのような場所にいたんだ?」
「眠れなかったのです。退屈でしたので、館内を見て回っておりました。それに館の治安も気になりました」
「だから姿を消すローブを羽織り、館内を見て回っていたというのか」
「はい、その通りですわ。お父様はそういったことにローブを使わないのですか?」

 ダリアは父のローブが仕舞われているクローゼットに目を向けた。
 執務室の奥に設えられたクローゼットには、ダリアと同じローブがもう一着ある。

「そういったことに使ったことはない」
「あら、そうですか? もし使用人たちが、悪巧みでもしていたら困りますわよ」
「彼らが我々に刃向っても無事では済まないだろう」
「まあ……そうですが」

 表情を変えず淡々と語る父の姿を見つめ、内心で苦笑してしまう。

 ヒソップ王国、唯一の公爵家であり、その当主であるアゲラタム=ペンタスは王家の影として職務を忠実にこなす男だ。
 ペンタス公爵家は何百年も昔に王家から分家した一族であり、唯一、公爵を名乗ることが許されている家門だ。

 遥か何百年も昔、魔法という名の不可視の力が世界の繁栄を担っていた。
 魔法が失われた近年、その能力は王家とペンタス公爵家の血族のみに備わっている。
 そして互いの権力維持のため、三世代前の当主が王家と密約を結び、彼らの政敵となる存在を影で消す役割を引き受けたのだ。
 その密約は今日ま出維持されている。
 現在、影としての職務を忠実にこなせるのは、魔法という特殊能力を持つ父アゲラタムと、娘のダリア二人だけだ。

「それで地下牢の二人はどうするつもりだ。任せてくれるならば、わたしが処理をしよう」

「いいえ、お父様のお手を煩わせるつもりはありません。わたくしが処理いたします」

「どうするつもりだ?」
「そうですね。女の方は何処かに嫁がせようと思います。男の方は……」

 ダリアは口の端を持ち上げ、意地悪く笑う。娘の表情を見て父は僅かに瞳を揺らした。

「ちょうど遊び相手が欲しかったので、わたくしが直々に罰を与えますわ」
「お前はそんな趣味があったのか」

 珍しい反応を返されて、ダリアは密かに驚いた。
 普段の父は感情を表に出さず、ダリアに対しても淡々と接している。
 厳しくされるわけでも、優しくされるわけでもない。
 そんな関係なのだ。
 ダリアも公爵家の職務上、父と同じように感情を表に出すことは殆どない。
 そう躾けられているからだ。しかし無表情は難しいので、仮面のような笑顔を絶やさないようにしている。

「お父様は誤解をされているようですわ」
「別に咎めてはいない。好きにしたらいい」

 ダリアは父を見つめながら、口を開く。

「お父様にお伝えしたいことがあります。王家との婚約の件ですが、ご意向に沿うことに決めました」

 父は紅茶のカップを手に持ち動きを止めた。まっすぐにダリアを見返す。

「本当にそれでいいのだな」
「はい。王太子殿下はとても誠実な方です。この婚姻は我が公爵家と王家の懸け橋になると思いますわ」
「わかった。王宮に伝令を出そう」
「よろしくお願いいたします」

 ダリアは礼をとり、そのまま部屋を後にした。

 今日は珍しい父の姿が幾つも見られた。
 他人にはきっと見分けられないだろう。父は僅かな動揺をみせていた。

 完全無欠の冷酷な公爵。それが世間の評価だ。

 同年代と比べ、父の見た目は若く、美青年だった過去を髣髴とさせる歳の取り方をしている。
 栗色の髪や同色の瞳。そして美貌。
 魔法と呼ばれる古代の特殊能力。全て父からの遺伝だ。
 ダリアが幼い頃から公爵家に対し抱いてきた感情は、良いものばかりではない。
 しかし、父も同じような経験をしてきたはずだ。
 似た者同士の親子だからこそ、王家との婚約を娘は受け入れると思っていたはずだ。
 それなのに、あんな心配を滲ませた瞳を向けてくるなんて。
 ダリアは父の栗色の瞳を思い出し、胸奥がちくりと小さく痛んだ。

 
 数日後、ダリアは自室でティータイムを楽しんでいた。
 優雅な仕草でデザートを食し、そして視線を部屋の奥に向けた。
 男は扉のすぐ手前で膝をつき俯いている。手首は後ろ手に拘束され、彼の両隣は公爵家の騎士が立っている。

「バレリアン」

 ダリアは男の名を呼んだ。
 彼はびくりと体を震わせ、恐る恐る顔を持ち上げる。

 情事を目撃された夜以降、彼はずっと投獄されていた。
 公爵家独自の規則は、公爵家の中でだけ適用される法律のようなものだ。
 彼のような下位の平民であれば、何かあれば館の中で揉み消されることは大いにある。

 考える時間は沢山あっただろう。自分の事だけでなく、恋人の安否も不安で仕方なかったはずだ。

「バレリアン。貴方を調べさせてもらったわ。姓はなく、故郷に叔母と妹が暮らしている。妹は病に伏せており、貴方は給金の殆どを仕送りに充てている」

 バレリアンは緑色の瞳を見開いた。
 たった数日牢にいただけなのに少し痩せたようだ。いや、やつれたのかもしれない。
 ダリアは目を眇め、彼の頭から足の先までを眺めていく。
 貴族のような気品は感じられないが、顔立ちは悪くない。
 濃い茶色の柔らかそうな髪。庭園に広がる木々の葉と同じ色の瞳。
 ただ貴族家で働く使用人であるならば、感情が顔に出てしまう点はよくない。
 何が主人の逆鱗に触れるか分からないのだから。
 彼の憎しみのこもる視線を感じて、ダリアは笑う。

「貴方の罰が決まったわ。貴方はわたくしの遊び相手になるの」
「は……?」

 バレリアンは素っ頓狂な声を発したが、すぐに隣の騎士が彼の頭を押さえつけ下げさせる。

「あの女、リナリーといったかしら。彼女はもう罰を受けたわ。貴方も受けなくては不公平でしょう?」

 ダリアは令嬢の鑑のような美麗な笑みを浮かべたが、あいにく彼は頭を押さえつけられていて見られない。
 バレリアンの肩が震えている。

「異議がないのなら身支度を整えなさい。ねえ、返事は?」

 ダリアはバレリアンの前で身を屈め、震える肩に触れた。

「…………お嬢様のご意思に従います」
 彼は掠れた声で答えたが、顔を下げられたままでは表情が見られない。
 どんな顔をしているのだろう。
 ダリアは目視で隣の騎士に合図をした。
 バレリアンは髪を掴まれ、頭を強引に引き上げられる。
 彼は痛みに眉を寄せ、新緑の瞳にダリアを映す。その瞳は怒りに満ちていた。

 ダリアは胸奥に湧き上がる熱を感じ、歪む口元を手で隠す。

「ああ、本当に憎たらしい男ね……」
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