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7 これは嫉妬①
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「貴方を情夫にするべきか悩んでいるの」
悩ましげに睫毛を伏せた美しい令嬢は、ティータイムに相応しくない悩みを吐露した。
バレリアンは口にした紅茶を噴いてしまう。
「ごほっ、ごほっ、な、なにを、突然!」
むせながら抗議すると、ダリアは不思議そうに首を傾げる。
ダリア付きの侍女であるキーラはバレリアンに手布を渡した。彼女は主人の発言に全く動じていない。
バレリアンはダリアとキーラを交互に見て嘆息する。
「だって、この館の使用人たちは、貴方は情夫にされたと思っているでしょう?」
彼は否定出来ず、新緑の瞳を彷徨わせている。
「だから考えたの。まずは情夫について具体的に調べたわ」
「調べたんですか?」
バレリアンは目を瞠った。
「ええ。やはり、性的関係を主とした愛人関係のことみたい。確かに情夫がいると有名な貴婦人たちは、夫や婚約者がいる方が多いわ。あと未亡人の方とか」
「あの、それ以外の選択肢は無いんですか?」
バレリアンは決して図々しい性格ではなさそうだが、若さ故か、相手の立場が上でも理不尽には抗おうとしてしまう。
それすら無駄だと思っているダリアとは根本的に考え方が違う。
そんな真っ直ぐな性格も好ましいと思う。
「ないわ。だって、興味があるんですもの」
バレリアンは顔を顰めた。
端正な顔立ちが台無しだ。
その表情すら、ダリアの欲を疼かせることに彼は気づいていない。
「痛いことをされるのと、恥ずかしいことをされるのどちらがいい?」
ダリアはキーラから一冊の本を受け取った。
にっこりと微笑みながら、本の中身をバレリアンに見せる。
「情夫にしてもいいのだけど、わたくしは貴方と肌を合わせることは出来ないの。だから一方的に貴方を攻めるだけになるのよね。そうなると、どちらが貴方の性的嗜好に沿うのか確認したくて」
ダリアから手渡された本は貴族が閨について学ぶ教本だった。
バレリアンは本の中身に視線を落とし、言葉を失う。
女性が閨で何をしたらいいか、手練手管が記されていた。
そして彼女が真面目に印を挟んだページには、性的嗜好により痛みを快感として得る者もいると書かれていた。
これのことを言っているのか。
バレリアンは閨の教本を閉じて、固い視線をダリアに向けた。
「貴族はこんなことまで勉強するんですか?」
「ええ。わたくしのように高位の貴族令嬢は、同程度の地位、もしくはそれ以上の方と結婚することが多いわ。世継ぎのこともあるし、旦那様にご満足頂けるよう閨のことも学んでおかなくてはいけないの」
バレリアンは重い溜息をついた。
他の使用人たちが、お嬢様の情夫にされたと噂していることは彼も知っていた。
お互い血気盛んな若い男女だ。勝手な想像が独り歩きしているのだろう。
でも、ダリアはバレリアンに肌を許さない。
情夫と言うよりも。
「俺は閨教育の練習台ですか?」
「あら、わたくしの遊び相手よ。だから悩んでいるんじゃない。誤解されているのなら、情夫にしたほうがいいのかしらって」
「俺は、痛いのも恥ずかしいのもどちらも嫌です」
きっぱりと告げる姿は罰を受けている者の態度ではない。
痛覚に訴える罰ほど相手の心を折るものはないだろう。でもダリアはただ痛めつけたいわけではない。
「わたくし、貴方の欲を晒したお顔が好きだわ」
「は……?」
ダリアは美麗な微笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がる。そしてキーラに退室を命じた。
その動きにバレリアンの背筋が凍る。
数日前、あんなことをされたばかりだ。
二人きりになったら何が起きるか容易に想像がつく。
「でもお嬢様。今晩は旦那様とお仕事に行かれる日です」
「大丈夫よ。疲れることはしないわ」
「かしこまりました」
ダリアと侍女のやり取りを見つめ、バレリアンは愁眉を寄せた。
おかしいのは主人だけではないようだ。
キーラが退室し、ダリアはバレリアンを振り返る。
「とりあえず両方試してみましょうか」
「りょ、両方?」
「痛いことと恥ずかしいこと。選べないなら、両方試しましょう」
「お、俺の返答を聞いていましたか!?」
「聞いていたわよ。貴方の嫌がる事をした方が、楽しいじゃない?」
「楽しくありません!」
ダリアは応接室の隣に続く扉を開ける。そこはダリアの寝室だ。
「今日はベッドでやりましょう。この間は床だったから、痛かったわよね?」
配慮する点がおかしい。
「ば、罰なら別のものにしてください! 鞭打ちの果てに町に捨ててくれても構わない」
「そんなに嫌なの?」
「嫌です」
「あんなにも反応していたくせに」
ダリアはくすくす笑い、バレリアンは頬を紅潮させる。
「あ、あんな事をされたら、誰だって!」
「そうよね。男性は好きでもない女性を抱けるもの」
「俺は好きな女性としか、そういうことはしたくないです!」
「心と体が裏腹でも反応してしまうくせに?」
バレリアンは下唇を固く噛んだ。恥ずかしいと言うよりは、屈辱を感じている表情だ。
ダリアは口の端を持ち上げ笑う。
「早くベッドに行きなさい」
「…………っ!」
バレリアンはダリアを睨みつけたが、すぐ顔を背ける。
彼は小さく深呼吸を繰り返し、寝室へ移動した。
悩ましげに睫毛を伏せた美しい令嬢は、ティータイムに相応しくない悩みを吐露した。
バレリアンは口にした紅茶を噴いてしまう。
「ごほっ、ごほっ、な、なにを、突然!」
むせながら抗議すると、ダリアは不思議そうに首を傾げる。
ダリア付きの侍女であるキーラはバレリアンに手布を渡した。彼女は主人の発言に全く動じていない。
バレリアンはダリアとキーラを交互に見て嘆息する。
「だって、この館の使用人たちは、貴方は情夫にされたと思っているでしょう?」
彼は否定出来ず、新緑の瞳を彷徨わせている。
「だから考えたの。まずは情夫について具体的に調べたわ」
「調べたんですか?」
バレリアンは目を瞠った。
「ええ。やはり、性的関係を主とした愛人関係のことみたい。確かに情夫がいると有名な貴婦人たちは、夫や婚約者がいる方が多いわ。あと未亡人の方とか」
「あの、それ以外の選択肢は無いんですか?」
バレリアンは決して図々しい性格ではなさそうだが、若さ故か、相手の立場が上でも理不尽には抗おうとしてしまう。
それすら無駄だと思っているダリアとは根本的に考え方が違う。
そんな真っ直ぐな性格も好ましいと思う。
「ないわ。だって、興味があるんですもの」
バレリアンは顔を顰めた。
端正な顔立ちが台無しだ。
その表情すら、ダリアの欲を疼かせることに彼は気づいていない。
「痛いことをされるのと、恥ずかしいことをされるのどちらがいい?」
ダリアはキーラから一冊の本を受け取った。
にっこりと微笑みながら、本の中身をバレリアンに見せる。
「情夫にしてもいいのだけど、わたくしは貴方と肌を合わせることは出来ないの。だから一方的に貴方を攻めるだけになるのよね。そうなると、どちらが貴方の性的嗜好に沿うのか確認したくて」
ダリアから手渡された本は貴族が閨について学ぶ教本だった。
バレリアンは本の中身に視線を落とし、言葉を失う。
女性が閨で何をしたらいいか、手練手管が記されていた。
そして彼女が真面目に印を挟んだページには、性的嗜好により痛みを快感として得る者もいると書かれていた。
これのことを言っているのか。
バレリアンは閨の教本を閉じて、固い視線をダリアに向けた。
「貴族はこんなことまで勉強するんですか?」
「ええ。わたくしのように高位の貴族令嬢は、同程度の地位、もしくはそれ以上の方と結婚することが多いわ。世継ぎのこともあるし、旦那様にご満足頂けるよう閨のことも学んでおかなくてはいけないの」
バレリアンは重い溜息をついた。
他の使用人たちが、お嬢様の情夫にされたと噂していることは彼も知っていた。
お互い血気盛んな若い男女だ。勝手な想像が独り歩きしているのだろう。
でも、ダリアはバレリアンに肌を許さない。
情夫と言うよりも。
「俺は閨教育の練習台ですか?」
「あら、わたくしの遊び相手よ。だから悩んでいるんじゃない。誤解されているのなら、情夫にしたほうがいいのかしらって」
「俺は、痛いのも恥ずかしいのもどちらも嫌です」
きっぱりと告げる姿は罰を受けている者の態度ではない。
痛覚に訴える罰ほど相手の心を折るものはないだろう。でもダリアはただ痛めつけたいわけではない。
「わたくし、貴方の欲を晒したお顔が好きだわ」
「は……?」
ダリアは美麗な微笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がる。そしてキーラに退室を命じた。
その動きにバレリアンの背筋が凍る。
数日前、あんなことをされたばかりだ。
二人きりになったら何が起きるか容易に想像がつく。
「でもお嬢様。今晩は旦那様とお仕事に行かれる日です」
「大丈夫よ。疲れることはしないわ」
「かしこまりました」
ダリアと侍女のやり取りを見つめ、バレリアンは愁眉を寄せた。
おかしいのは主人だけではないようだ。
キーラが退室し、ダリアはバレリアンを振り返る。
「とりあえず両方試してみましょうか」
「りょ、両方?」
「痛いことと恥ずかしいこと。選べないなら、両方試しましょう」
「お、俺の返答を聞いていましたか!?」
「聞いていたわよ。貴方の嫌がる事をした方が、楽しいじゃない?」
「楽しくありません!」
ダリアは応接室の隣に続く扉を開ける。そこはダリアの寝室だ。
「今日はベッドでやりましょう。この間は床だったから、痛かったわよね?」
配慮する点がおかしい。
「ば、罰なら別のものにしてください! 鞭打ちの果てに町に捨ててくれても構わない」
「そんなに嫌なの?」
「嫌です」
「あんなにも反応していたくせに」
ダリアはくすくす笑い、バレリアンは頬を紅潮させる。
「あ、あんな事をされたら、誰だって!」
「そうよね。男性は好きでもない女性を抱けるもの」
「俺は好きな女性としか、そういうことはしたくないです!」
「心と体が裏腹でも反応してしまうくせに?」
バレリアンは下唇を固く噛んだ。恥ずかしいと言うよりは、屈辱を感じている表情だ。
ダリアは口の端を持ち上げ笑う。
「早くベッドに行きなさい」
「…………っ!」
バレリアンはダリアを睨みつけたが、すぐ顔を背ける。
彼は小さく深呼吸を繰り返し、寝室へ移動した。
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