宇宙の果てに咲く花 【完結】

藤沢はなび

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序章 (宇宙戦争編)

ここから逃げよう

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「カナタくん。あなたを第一軍隊の指揮官に任命したいの」
 それはまるで余命宣告かのように、重苦しい空気をまとっていた。

 僕はただ一言「……はい」と答えるしか出来なかった。
 そういう決まりだからだ。

 僕は、複数の自然能力が現れてからは技術者になることを諦め、シーセイルのため生きることを決意した。
 シーセイルに何かあったら出動する、それが僕とハニル様との契約であり、僕の初めての、シーセイルに対する誓いだった。

「ごめんね……こんな時に」
 申し訳なさそうに顔を伏せる、ラミエルの母であり、この惑星の最高責任者でもあるハニル。
 彼女とは幾度となく対峙した。
 しかし、眩しすぎるがあまり僕はいつも彼女に逆らうことは出来なかった。
 ほら、今だってそうだ。
 嘲笑が込み上げてきそうなほど、僕は彼女に何も言えない。

 ――正直、僕のことなんかどうでもよかった。
 だけど、彼女の……ラミエルの笑顔を失うような事態は、それだけは、何としてでも避けたい自分がいた。

「あの……ラミエルは大丈夫なのでしょうか」 
 恐る恐る口を開くと、ハニルは少し考えた素振りを見せたあとゆっくりと話し出した。

「……あの子もかなり……強いから、孤児院からは手を引いてもらって、第二部隊の隊長にさせるつもり」

「――――え」
 全身から血の気が引いていくのが分かった。
 僅かに震える唇と指先――。

 ラミエルが……戦う? 過去リオン人の為に身を犠牲にしようとしたあのラミエルがリオン人を殺す……?
 しかも第二部隊なんて――そんな前線で――。
 そんなことをさせればきっと彼女の心は壊れてしまう。
 この状況にただでさえ不安を募らせているはずなのに、孤児院の子供たちと引き剥がされ、武器を手に取って戦うなど、そんなことをさせれば……ラミエルは……。
 想像しただけでも恐ろしかった。

 ――もう何言ってるの! いい加減分かってよ!――
 ――あなたの方がずっと好きなの! 大切なの! 決まってるでしょう!?――
 ――ねぇいっその事、逃げよう?――

 ラミエルの涙に震えた言葉たちが胸にこだまする。

 シーセイルに対する誓いなど、ラミエルの前では通用しなかった。
 逃げられるのならば、僕だってそうしたかった。

 ……あの時断ったのは、ラミエルが正気じゃないと思ったからだ。
 不安に駆り立てられたまま咄嗟に "逃げよう" と言った彼女の瞳は、明らかに普段の彼女ではなかった。
 けれど、もし本当にこの状況から逃げられるのならば。
 ああこの場から逃げたい、彼女と二人で逃げてしまいたいと思うほどに僕は――。

 ラミエルの手を取って駆ける未来を想像した時、暗い闇にか細い一筋の光が差し込んだかのように救われていく自分がいた。

「婚約そうそう、本当に……ごめんなさい」
 ハニルは申し訳なさそうに頭を下げるが、僕は未だ何も言えなかった。

「……しばらく、ラミエルとは離れ離れになるけれど、大丈夫?」

 僕はぎこちなく微笑んだあと、少しだけ俯いた。

 大丈夫なわけが無いだろう。
 日に日に失われていくであろうラミエルの笑顔に、僕は何もすることが出来ないのに、このまま離れ離れになり、しかも互いに戦場にでる? 
 想像しただけでその場から泣き崩れそうになるほど嫌だ。

 しかし僕はうなだれたまま、答えるしか出来なかった。
「……はい」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その日はシーセイル責任者としての母に呼び出されていた。
 ――恐らくリオンとの戦争に関することだろうと、戦争に出て欲しいとでも言われるのだろうと、ある程度言われる内容の予想はついていた。

 丁寧に髪を結い、正装をまとった。
 母との約束の時間まであと2時間。

 ――リンアイスが攻撃されたのが一昨日。
 その日から爆撃音がなりやむことはなく、街は未だパニック状態だと聞く。
 孤児院に関することは母が全て手はずを整えると言って聞かず、私は部屋に閉じ込められていた。
 日に日に募っていく不安に心は崩壊寸前だった。

 ――あの日からカナタとは会っていない。
 あの日カナタは泣き縋る私を家まで送り、私の手を振り払ってセターレの実家へと帰った。
 そしてその後は一切の連絡も寄越さなかった。
 忙しいカナタの事だ。様々な対応に追われているのだろう。
 彼は、いつだってシーセイルを守るために……動いてきたし、それは理解しているつもりだ。
 きっとこれからも彼の心はそこにあるのだと、分かっているーー。

 本棚に飾っているカナタとの写真にふと視線を移す。
 青空、大きな木の下で、向かい合って無邪気に笑い会う2人。
 戻りたいとは思わない――今がいつだって一番愛している時だ。
 けれど私は未だ悩んでいた。
 果たして私は笑顔で彼を見送ることが出来るのだろうかと。
 あの、戦争では負け無しと呼ばれるリオン人と戦うという選択をカナタがしたとして、私はそれでもカナタの選択を尊重出来るだろうか、と。
 そっと瞳を伏せた時、突然電話が大きな音を立てて鳴った。

 ――カナタからだった――
 驚いた私は急いでその電話を取る。
「カナタ? 大丈夫? どうしたの?」
 電話を取るなりすぐ声をかけた私に、カナタは震えた声で縋るようにこう言った。

「――ラミエル。今すぐ荷物をまとめて」
「……えっ。どういうこと? 荷物ってどれくらいの――」
「……逃げよう。ラミエル」
「――――え?」
 電話越しでもカナタが酷く焦っていることは分かった。
「セターレの権限でプライベートの宇宙船を用意した」
「カナタ、それ――」
「逃げようラミエル。どこでも好きな場所に行こう」
「ねぇカナタ、何か、あったの――?」

 確かにあの日逃げようと言ったのは私だ。
 しかしカナタはそれを一度は断わった。
 ――シーセイルのために戦わなければならないから――と。
 カナタは何故……今になって逃げようとそう言ってきたのだろうか。

 あの日の私の言葉が彼の負担になっているのなら、私はそれを取り除くべきだと思った。
「カナタ。私なら……大丈夫だから」

 しかしカナタはそれでもどこか焦った声色で――
「あの時は本当にごめん。僕が全部悪かった。だから逃げよう、ラミエル。シーセイルは危ない」
「――え、でも」
 迷った。カナタの本心がどこにあるのかを測りかねていた。

「ラミエル!」
 突然鼓膜に届いた、泣き叫んでいるかのようなカナタの声に私は肩を震わせる。

 ーーあぁ、苦しい。例えシーセイルの為だと言えど、私は笑顔で彼を戦場に見送ることは出来ないと、この時気付いた。

「……ね、プレアデスがいいな」
「ああ。プレアデスに行こう」
「うん……」
「30分後、迎えに行く。髪色……目立つから帽子かぶってきて。じゃあ……また」
「また」

 電話を切った手が震えていた。
 しかし私はその後ハッとして、急いでクローゼットからトランクを取り出した。
 目につく必要最低限のものを、おもむろにトランクに詰め込んでいく。

 そして最後に書き置きを残した。

 ――私は戦えません――

 最後に、いつだったかカナタに被せた事のある無地の麦わら帽子でその髪色を隠した。
 そして私は小さなトランクを抱えながら、エリヤの目を盗んで玄関まで降りた。
 未練がないと言えば嘘になるけれど、カナタとならこれまでと同じように生きていけるような気がした。
 不思議と寂しさは感じなかった。
 生まれ育った惑星も何もかもを捨て去ってカナタと逃げることを私は恥じない。
 カナタが望むのならば、そこにカナタが居るのならば、私はどこへでも共に行く覚悟だった。

 上がる息を抑え、門をくぐり抜けた先には……カナタが待っていた。
 たった数日ぶりなのに、とてつもない愛おしさに胸をかき乱されていく。

「カナタ!」
 私が声をかけるとカナタは振り向き、私はそのまま彼の胸に飛び込んだ。
「行こう」
 笑ったカナタは私の手を握ると、そのままセターレ国の空港まで走り出した。



 ――しかし大通りに出た途端、私は言葉を失った。

 リンアイスとの戦争で生まれた破片が空から振ってきていたのだ。
 その破片は街を壊し、人々はパニック状態。
 その見知らぬ街の風景に、思わず足は止まってしまう。
 カナタは一瞬だけ私の表情を見ると悲しそうに微笑み、そのまま有象無象の人いきれを縫いながら、無理やり私の手を引いて駆けた。
 酷く煙る空気の中、何がどこにあるのかさえ分からないし、どこに向かっているのかさえ分からない。
 カナタが引いてくれるこの手だけが、私の道標となっていた。
 けれど、その手のひらから伝わる熱いものでも無視できないほどの、悲惨な声達が、私の心を揺らしていた。
 遠くから聞こえる赤子の泣き声、傷を負っている人たち、それを介抱し励ます人々。空に向かって悪態をつく人々、それをなだめ気丈に前を向く人々。

「シーセイルを信じるのよ」――そんな声も聞こえた。

 シリアンの証である花びらの石が "行かないで" とでもいうようにチクリと痛んだ。

 あぁ、私たちだけで逃げていいのだろうか――。
 カナタは力強く痛いほどに私の手を握りしめてくれているのに、私は不覚にも自分の心を疑った。

 本当は分かっているはずだ。
 ――走り続けるその後ろ姿を抱きしめてでも止めるべきだ。今からでも遅くはない。
 カナタもきっとこの情景に私と同じくらい胸を引き裂かれている。

 私が逃げたいとそう言ってしまったから、だからカナタは自分の思いを押し込め、走っているのだ。
 私が逃げようとさえ言わなければ、カナタは真っ直ぐに前を見すえて戦うことを選んだはずだ。

 すれ違う人たちの声が、表情が、ドラマが私の心を重くさせていく。

 ――出来ない。出来るはずがないーー

 この人たちを置いてカナタと逃げることなんて、私にはとても出来なかった。
 そしてカナタにもその選択をさせたくはなかった。
 誰かを見捨ててまで共に逃げる、というその辛い選択を、カナタにさせたくはなかった。


 私は無理やり立ち止まった。
 荒い呼吸を整えながら、私は彼に掛ける言葉を探す。
「カナタ」
 濁っている景色の中、セターレ国の空港はもうすぐそこだ。
 あと少し、本当にあと少し走れば、2人だけで逃げられる。
 その事実を諦めるという選択は、私にとって断腸の思いだった。

 カナタは恐る恐る振り返り、少し微笑んで私を見つめる。
 まるでその次の私の言葉を知っているかのように――。

 その潤んだ瞳はあまりにも優しくて――私はその次の言葉を口に出すのを躊躇ってしまう。
「カナタ……」
「どうしたの? ラミエル」
 カナタはまだ強く握っているその手をさらに強く握りしめた。


「ごめんなさい……逃げられない」

 私のその一言にカナタが息を飲んだのが分かった。
 数秒の間が二人の間を流れる。

 カナタは優しく、それは優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、謝らないで」
 その声は震えていて、彼の優しさにまた涙が頬を伝っていく。
「あなたが戦うというのなら、私も戦う。一緒に戦うから」

「うん」

「……ごめんなさい。私から言ったのに」
「いいよ、大丈夫。気にしないで。……大丈夫だから」
「……ごめん、本当に。ごめんなさいカナタ」
 伝っていく涙を拭うことも忘れ、私は真っ直ぐにカナタを見つめた。

「大丈夫だから」
 カナタは……微笑んでいた。
 今にも泣き出しそうに、それはとても辛そうに微笑んでいた。

「あぁ……ごめんなさい……本当に」
 私はそのカナタの姿に耐えきれず、両手で顔を覆い泣き崩れる。
 
「いいよ、大丈夫だから。もう謝らなくていいから」
 カナタの震える腕はゆっくりと私を包み込んだ。


 そうして私はシーセイルに残り、彼と共に戦うことを決意した。
 全ての責任者であるハニルの異動の指示にも従い、私はカナタの直属の部隊のひとつを任されることになった。




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